第三試合
一二年生のみで構成され、雫・ほのか・琢磨がリーダーシップを取る『チーム体育会』。
それに対するは、五十里・花音率いる『チームカップルズ』。
この試合は、高い知覚力を持った魔法師たちの活躍が目立つ試合だった。
『チーム体育会』の片方のモノリスを守護するのは、雫とほのか。
「──来た」
ほのかの呟きに、雫は素早く魔法を編み上げる。CADに手は触れない、完全思考型CADのためその必要がないのと、相手に警戒させないためだ。
「場所は?」
「十一時の方角に二人、距離は三十。木の裏で作戦会議してる」
「了解」
ほのかの得意魔法は光波振動系。彼女は光を曲げ、さらには増幅し、林という遮蔽に隠れた敵をいち早く見つけた。
雫もほのかの報告から、編み上げていた魔法式に座標情報を入れた。
「合図は──」
「──私から」
雫の言葉をほのかが繋ぐ。
直後、相手選手二人のまさしく目の前に、眩い光の塊が出現した。
相手選手が視界を奪われた隙に、雫の魔法が畳み掛ける。
『
その周囲に連続して爆風が炸裂し、彼らをまとめて吹き飛ばした。
「……どう?」
「……うん、大丈夫。気絶してる」
警戒しながらの雫の問いかけに、ほのかはそう答えた。
ほのかはそのまま気絶した選手たちのヘルメットを移動魔法により遠隔で外し、自身の手元に運んだ。
「流石だね」
「精密操作は得意だから」
雫の称賛に、ほのかは微笑んで応じる。
「でも雫……ちょっとやり過ぎじゃない?」
「大丈夫、ルール違反のブザーは鳴ってない」
「それはそうだけど……気分上がっちゃった?」
「うん」
親友に誤魔化しは効かないだろうと、雫は素直に認めた。
先ほど雫が放った魔法『能動空中爆弾』。
一昨年の九校戦にて達也が開発し、雫が使った『
自身の周囲を十二分割し、それぞれの角度を番号化。その番号に距離のみを(大雑把に)追加入力して座標を確定、その一帯で圧縮空気を破裂させる魔法だ。
モノリスは演習林の中でも開けた空き地に設置されている。
この魔法は、モノリスの周囲三六〇度全てを有効範囲とし、なおかつ座標設定の手間を大幅に削っている。
とにかく、楽なのだ。雫の苦手な細かな制御を不要とした魔法は、行使に伴うストレスを全く感じさせない。
九校戦でも似たような感覚はあったが、達也の自宅にあるあの調整機を使うようになってからは、さらに別格の快感を得られるようになった。
それを初めて実践──対人戦で使えるようになり、雫は舞い上がっていた。
「調子乗ってルール違反だけはしないように気をつける」
「うん。それだけがすごく心配」
ほのかに告げられたことで改めて高揚を自覚した雫は、つまらない負け方だけはしないよう自身に言い聞かせた。
ほのかたちとは別の『チーム体育会』のモノリス。
それを守護する男子生徒は、視線の先に不自然な『色』を見つけた。
『霊子放射光過敏症』
霊子放射光、つまり
この男子生徒は、美月ほど強力な「目」ではないものの、その代わりほぼ完璧にコントロールできていた。
彼は、魔法師が漏らす微弱な
「──来た」
男子生徒の声に、隣の女子生徒が手首に巻いたCADに手を添える。
「合図は俺から──行くぞ!」
「ええ!」
相手が機を窺っている隙に先んじて、彼らは魔法を放った。
対する『チームカップルズ』も負けていない。
二つに分かれたモノリス守備組、その一方で知覚を担うのは五十里。
予め地下に「陣」張ることで、固体表面・内部に想子の糸を通し、地上にも索敵という作用を及ぼしていた。
刻印魔法の権威・五十里家、その英才とされる五十里啓が得意とするこの技術は、敵の接近を詳らかにしていた。
「来たよ」
五十里の隣で起動式を展開するのは、花音ではない。三年男子二人組が、このモノリスの守護していた。
「場所は?」
「正面に四十メートル。警戒しながら木陰を移って接近してるよ」
「了解──援護は任せた!」
男子生徒は拳銃型の特化型CADを手に、五十里の指示した場所へ突撃した。そのまま、魔法を放つ。
展開されたのは、加重増大魔法。
突如増大した圧力に、相手選手のうち一人は地に伏し、もう一人は片膝をついたがすぐさま抜け出した。
地に伏したままの選手へ、五十里が電撃を浴びせて意識を奪う。
加重魔法から抜け出したのは琢磨。
林から空き地へ飛び出した琢磨は、三年生二人を相手に先手を取られながらも食らいつく。そして、厄介な知覚能力を持つ五十里を落とした。
「……これ、どうすっかなぁ」
琢磨にトドメを刺した男子生徒は、顔を引き攣らせながら倒れた五十里を丁寧に横たえる。
「千代田怒らせたら、次の試合前に俺が棄権になるかもしれん……」
試合後の惨状を想像して、ぶるりと身体を震わせた。
五十里たちとは少し離れた『チームカップルズ』のモノリス。
その前にて、チームメイトを恐怖させていた花音は、膝を付き地面に掌を当てて瞑目していた。
「……来たわね」
千代田家に与えられた二つ名は「地雷源」。
振動系統・遠隔固体振動魔法、その中でも特に、地面を振動させる魔法を千代田家の魔法師は得意としている。
花音はその副産物として、地面からの振動に人一倍敏感だった。かつて船尾が「震度一未満の揺れにも気づく」と言っていたが、それでは不十分。
彼女がその知覚をフルに活用すれば、人間が地面を踏みしめたことによる微かな振動すら、敏感に感じ取ることができる。
「どこから?」
「分かんない。あっちの方から、多分二人」
隣の女子生徒からの問いに、花音は斜め前を指差す。
振動を感じ取れるとはいえ、元々花音は厳密な制御が得意ではない。威力、スピード、スタミナいずれも一級品だが、精確性に難がある。これは自他共に認める彼女の短所だ。
知覚技術も、「なんか近づいてきた」程度の認知しかできない。
だが、彼女にとってはそれで十分だった。
「炙り出しはやるから……あとは頼んだわよ!」
花音が地面に置いていた掌をグッと押し込む。
直後、演習林の一部で強大な地震が起きた。それにより、知覚技術の乏しい女子生徒にも、相手選手二人の位置が把握できた。
「そこかぁ!」
女子生徒はその周囲へ向けて、大量の魔法をばら撒いた。
『音響爆弾』
作用点から球状に大音響を発生させる魔法。
この魔法は敵を倒すというより敵の足止めをすることが目的の補助的な魔法であり、直接的な攻撃力はそれほどでもない。
だが、至近距離で大量にばら撒かれた『音響爆弾』は、相手選手二人の三半規管を完全に狂わせた。
その隙に放たれた花音の地面を伝った振動魔法により、相手選手たちは意識を失った。
林の中で倒れた彼らのヘルメットを取り外して、モノリスの前に戻る。
「ふぅ……これでよし、と」
一仕事終えて、花音たちは一息ついた。
「それにしても、貴女の魔法相変わらず派手ね」
「千代田さんだけには言われたくないかな!」
二人は多少の喧嘩腰で話し出した。
カップルで参加したにも拘わらず、モノリス守備組の四人は、お互い恋人と離れ離れにされたのだ。
魔法適正とそれによる作戦立案のため仕方がないとはいえ、攻撃組の四人はそれぞれ恋人同士で行動しているため、彼女たちの不満は溜まる一方だった。
「あーもう……せっかく啓と一緒に試合できると思ったのに……」
「千代田さん元気出して! 絶対優勝してケーキ爆食いするんでしょ!」
花音は地面に手を当てて索敵を続けつつ弱音を吐く。
女子生徒はそんな花音を──音を得意とする魔法適正とは無関係のはずだが──声高に激励するのだった。
──互いの攻撃組が壊滅したことで、戦場は静寂に包まれた。守備を捨てるか、維持するか。両チームは動けずに睨み合う。
結局、その均衡が崩れることはなく、試合は生徒会判定により引き分けとなった。
◇◇◇
対抗戦の試合映像は、モニターに生中継されている。前日に体調不良で学校を休んでいた九島光宣は、その中継を保健室のベッドで見ていた。
本来なら自宅療養が必要なのだが、この映像は魔法科高校九校にしか放映されないため、無理を押して登校したのだ。
「皆さん、すごいな……」
本日行われた全十試合の中継が終わり、光宣はため息を漏らした。
モニターには明日に行われる予定の十一試合のタイムテーブルが表示されており、彼はそれを頭に入れてから電源を消す。
「いいな……」
現在保険医は演習林脇の仮設テントにて選手たちを診ているため、この部屋にいるのは光宣のみ。一人きりの部屋の中で、光宣は思いの丈を正直に告白した。誰も聞いていないからこそ、正直になることができた。
光宣の心には、選手たちに対する賞賛と憧れが渦巻いていた。
彼らが見せた魔法そのものに対する賞賛。
演習林というフィールドの中で、魔法だけでなく身体・知覚能力を利用する「強さ」に対する憧れ。
光宣は彼らが、心から羨ましかった。ああやって、自身の磨いた知恵と力を存分に駆使して、戦うことができる。
それに対して自分は、狭いベッドの中で、パネル越しに彼の活躍を眺めているだけだ。
口惜しかった。自分に健康な身体さえあったなら、と。
頭脳でも魔法でも──経験から来る運用の妙を除けば──自分は国内最高峰にあるという自信が光宣にはある。それは決して、光宣の自惚れではなかった。光宣は他者の力量を認めた上で、自身のポテンシャルを正確に評価していた。
突如、光宣は激しい咳の発作に襲われた。暫く咳き込み続け、ようやく発作が治まる。
熱も下がっていないのに無理をしすぎたと、光宣はベッドに横になり目を閉じる。
「来年の九校戦……出られるといいなぁ」
四葉家の秘術か、達也個人の秘術か、光宣の身体を治せる可能性があるという。叶ってほしいと願う一方で、実現するのは難しいだろうとも思っている。
四葉家にとって、九島家は敵でもないが味方でもない。もし光宣が四葉家の立場なら、そんな勢力に肩入れするかは微妙なところだ。
希望と諦念を抱えながら、光宣は何時の間にか、眠りに落ちた。
──夢を見ていた。
──全てを諦めないで、いい夢だった。
全力ではしゃぎ、駆けることができる。
発作で咳き込むことなく、思いのまま語り合うことができる。
身体を鍛え、痛む身体を喜ぶことができる。
いつ襲ってくるか分からない不調に、怯えなくていい。
彼らが戦い、競い合う姿を、ベッドから眺めなくていい。
居場所を求めて、役割を求めて。飢えと渇きを抱えて生きていなくていい。
──そんな、幸せな夢。
温かい。
僕の身体の隅々まで読み取り、その内側へ流れ込み、包み込むような。
誰かの意志で、誰かの力で。それは差し伸べられた。
魔法と言うには、あまりに強大で、あまりに精緻で、大胆で、繊細で。僕の知る魔法とは、一線を画している。
けれど、きっと、これこそが「魔法」。これこそが真に、魔法の名に値するもの。
呼吸が楽になった。
さっきまでは寝ることすら苦しかったのに、今は安らかな気持ちでいられる。
夢の中なのに、夢のようだった。
声がする。
ゆっくり休めと、ただ一言だけ。
その声は、穏やかでも、優しくもなかったけれど。
包み込む温かさに身を任せて、僕は深く眠りに就いた。
目を覚ました光宣が一番に感じたのは、異様なまでの身体の軽さだった。
熱が下がっている、声を発しても咳き込む気配がない、全身を苛んでいた倦怠感も消えている。
生まれてからずっと付き合ってきた、忌むべき体質だ。その経験上、こんなにも早く、唐突に楽になるなんてことはあり得ない。
「……達也さん」
光宣はそう呟くと、ベッドを飛び降りて駆け出した。
校舎を駆けながら気付いた。これほど全力で走っても、辛くない。いや、体力不足なため息切れはするし、既に足が重くなってきた。改めて自身の鍛えられない貧弱な身体に嫌気が差す。
だが、それだけだ。光宣を襲う病弱さ特有の、どうにもならない不調は感じられない。
「達也さん!」
視線の先に目的の人物を見つけ、光宣は大声で呼び掛け、駆け寄る。
エリカや深雪、レオなど、普段から達也と一緒にいるメンバーの視線も光宣へ向いた。
「はぁ…はぁ……」
「光宣、大丈夫か?」
「はい…、だいじょ、ケホッ……すみません……」
咳き込む光宣の背中を、水波が優しく撫でた。
「九島さん、落ち着きましたか?」
「はい…ありがとうございます」
ようやく息を整えた光宣が、顔を上げて達也を見る。
だが、光宣が口を開くより早く、達也はこう言った。
「それでどうした光宣?
「あ……」
その一言で、光宣は察した。察してしまった。
やはりあれは達也だった。あの温かな感触は、達也によるものだ。
だが、それと同時に、あれは達也の独断だ。おそらく彼は、四葉家から治療許可を得ていない。
呆けてしまった光宣へ、達也はさらに続けた。
「休んだ方がいいぞ。
……つまり、応急処置なんだろう。
本来するはずだった継続治療よりも、さらに一時的な応急処置。それが達也の中で、ギリギリ許せるラインだったに違いない。
「……そうですね」
光宣は歓喜も、感謝も、戸惑いも、全て飲み込んだ。
達也へ、エリカへ、深雪へ、水波へ、その他この場にいる五人全員へ。光宣は輝かんばかりの笑みを向けた。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。明日の試合も、楽しみにしています」
桐原・壬生先輩のチームは見所が作れなかったためカットしました。
香澄の『スピードローダー』について、
17巻のテロで三矢家当主が使っていたやつをお借りしました。
自分の中では、魔法をお手玉しながら戦って、任意のタイミングで投げつけるようなイメージです。
対抗戦の戦闘シーンは今回のみです。
次回は進行の様子は書くかもですが、試合は結果だけさらっと出します。