ガーディアン解任   作:slo-pe

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師族会議編18

 

 

 二月十日、日曜日。一高内対抗戦の二日目。

 第一高校の演習林脇、臨時の運営本部テントでは、光宣が張り切った様子で働いていた。

 

「深雪さん、備品チェック終了しました。他にできる仕事はないですか?」

「ありがとう。それじゃあ、そうね……スミスくんと一緒に運営補佐の生徒たちの点呼と、担当試合の割り振りを確認してきてくれるかしら?」

「分かりました!」

 

 光宣はケントと共に、意気揚々とテントを出ていった。

 

「……やる気があり過ぎるのも考えものですね」

 

 二人が遠ざかったのを確認した泉美が、ぽつりと呟いた。深雪、水波、あずさの三人もそれを窘めることなく、苦笑いで同意を示した。

 

「仕方ないですよ。昨日一昨日と体調を崩していて、イベントを楽しめなかったんですから」

 

 あずさはそう言うと、深雪へ笑みを向けた。

 

「それはそうと、サプライズが実行できそうで良かったですね」

 

 あずさが手にするタブレットに表示されているのは、本日の進行スケジュール。

 対抗戦全二十一試合のうち、昨日消化したのは十試合。そして本日に予定されているのは、十二試合(・・・・)

 

 最後の一試合は、生徒たちに公開されているものには記載されていない。生徒会役員や補助生徒など、一部にしか共有されていないものだ。

 

「ええ。折角なら楽しんでほしいですから」

 

 深雪もそれに微笑んで同意した。

 

 

 

 

 対抗戦全試合が終了した。

 

 上位四チームは、順に以下の通り。

 服部・幹比古・エリカを擁する『チーム山岳部』

 将輝・香澄らが属する『余り物チーム』

 沢木を筆頭にした『チーム体育会』

 五十里・花音が率いる『チームカップルズ』

 

『チーム山岳部』は見通しの悪い森林での奇襲により、相手チームの攻撃陣を人数・精神の両面から削る。モノリスまで到達した場合は消耗した選手を服部・幹比古が無力化。

 攻撃を担うエリカが守備を突破できず、引き分けに終わった試合もあったが、それでも無敗により堂々の優勝だ。

 

 準優勝は『余り物チーム』。個の力を十全に発揮し、攻守共に隙がない王道の強さを見せつけた。

 優勝した『チーム山岳部』にも、三年生三人がエリカを返り討ちにして引き分けに持ち込むなど善戦。敗北したのは沢木・五十嵐のコンビにモノリスを開けられた一度だけだ。

 

 沢木率いる『チーム体育会』は二敗。初戦ではエリカに、二日目には十三束・琢磨のコンビに守備を突破されたが、それ以外の試合ではその攻撃力を武器に白星を重ねた。

 三位という順位で賞品は得られなかったものの、『余り物チーム』から勝利をもぎ取った唯一のチームとして、選手たちも悔しさと共に笑みを浮かべていた。

 

『チームカップルズ』は、勝利数こそ上位三チームに劣るものの無敗、その守備の堅さが際立っていた。

 沢木、エリカ、桐原・沙耶香ペア、香澄など、各チームの精鋭攻撃陣を相手に、一度もモノリスを割らせなかった。これにより、女子が半数ということで低い順位を見積もられていた下馬評をひっくり返し、四位に入賞した。

 

 これらの結果に、用具貸与と賞品提供を担った国防軍関係者からも、「来年以降も同様の催しをしないか」と生徒会に要望が届いたという。

 

 なお賞品は、『チーム山岳部』がケーキバイキングを選択。準優勝の『余り物チーム』は、駅前の焼肉食べ放題となった。

 

 ──そして現在、その四チームの選手たちは、演習林脇の運営本部の前に集められていた。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

 そう彼らを労ったのは、生徒会長であり、今回の対抗戦責任者でもある深雪。

 その後ろには、生徒会役員である水波、泉美、船尾、ケント。元生徒会長のあずさ、臨時の役員である光宣もいる。

 

「皆さんのお陰で、第一高校史上初のモノリス・コード対抗戦を無事に終えることができました──」

 

 深雪は当たり障りのない感謝を述べる。

 だが集められた生徒たちの中で、勘の鋭い何人かは、この状況と企みを隠していない深雪の瞳から、何かを察したように笑みを浮かべていた。

 

「──つきましては、最後に一試合、エキシビションマッチを開きたいと思っています」

 

 そして、彼らの予想が裏切られることはなかった。

 

「エキシビションマッチというと、司波さんたちが出場するのか?」

「はい。私たち生徒会役員も、運営に掛り切りでは寂しいですから」

 

 服部の問いに深雪は微笑みで応じる。それは、この場にいる全員が思わず引き込まれそうになる程、蠱惑的なものだった。

 だが、その回答に込められた意図に、生徒たちは何とか平静を取り戻した。

 

「……つまり、あたしたち全員と、生徒会役員で試合をするってこと?」

 

 それを口にしたのはエリカだった。

 彼女はこの対抗戦の裏の意図──顧傑の捕縛への目眩まし──を知っていたが、このサプライズは聞かされていなかった。

 

「ええ──とは言っても、強制ではありません。一条さんには出場を遠慮していただきますが、それ以外の皆さんの参加は自由です。

 こちらは中条先輩とスミスくんは出場しません。私、水波ちゃん、泉美ちゃん、春花ちゃん、そして九島くんの五人だけです」

 

 エリカの問いに短く頷いた深雪は、全体に向けて説明を続ける。

 

「加えて、勝利条件も変更します。

 エリカたち──連合チームの勝利条件は先ほどまでと同じです。二基あるモノリスのうち、どちらか一基のコード送信に成功すれば勝利。

 対して私たちは、敵陣二基のモノリス、その両方のコード送信を以て勝利条件とします」

 

 深雪の言葉を要約すると。

 八人✕四チーム、将輝を除く最大三十一人に対して、生徒会役員はたった五人。六倍以上の戦力差を相手に戦う。

 その上で、自陣のモノリスを二基とも防衛し、敵陣のモノリスは二基とも攻略すると言っているのだ。

 

「……舐められてるわね」

「そんな事ないわよ。九島くんは九校戦に出られなかった分、その実力を知っている人が少ないでしょう。彼を魔法科高校九校にお披露目するなら、これくらいでちょうどいいと思うわよ」

 

 エリカたち選手の視線が光宣へ向かう。

 どうやら彼は、このサプライズを知らされていなかったようだ。その表情には、驚愕と、動揺と、そして歓喜があった。

 

「……光宣」

「はい」

 

 エリカが光宣の名を呼ぶ。

 

「深雪はこう言ってるけど、光宣はどうするの?」

 

 エリカのこれは、質問ではなかった。

 自身を、チームメイトを、そして光宣を鼓舞させるための儀式だった。

 

「──はい、深雪さん、そして生徒会役員の皆さんの期待に応えられるよう。皆さんに勝ち、そして全国の魔法科高校生に、九島光宣の名を知らしめます」

 

 光宣は柄にもないと自覚していながら、あえて高慢に、驕慢に、傲慢に。

 一高の精鋭たちへ向けてそう宣言した。

 

 

 

 

 エキシビションマッチに向けて、各選手が準備や作戦会議を進める中で、運営本部のテントには深雪、水波、光宣の三人がいた。

 

「九島光宣くん」

「はい」

 

 静かな、けれど威厳を有した深雪の声に、光宣も真剣な表情で応える。

 

「以前から九島閣下より要請のあった、貴方の体質の治療について──昨晩、ご当主様より了承が得られました」

 

 光宣は歓喜に息を呑んだ。だが、深雪の表情にまだ続きがあると察し、逸る気持ちを押し殺して真っ直ぐに見返した。

 

「現在、最終決定権は叔母様から私に移されています。そして私は、その判断を今日、このエキシビションマッチで下します」

「……つまり、この試合で勝てば、深雪さんからの了承も得られると?」

「ええ。貴方は才能だけなら私と同等の、『九』の魔法師の最高峰。その体質さえ克服すれば、『才能だけなら』なんて枕詞が外れる日も遠くない──それを今日、示しなさい」

 

 深雪は強い口調で、そう命令した(・・・・)

 

「水波ちゃんを付けるわ。外からの攻撃は彼女が全て防いでくれる。直接攻撃は自分で防御する必要があるから『仮想行列(パレード)』を完全再現とはいかないけれど、それに近い状態は作ってあげられる……一高に来て色々な経験をした貴方なら、あの程度の人数差、覆せるはずよ」

「……分かりました」

 

 光宣はじっくりと深雪の言葉を噛み砕き、飲み込み、そして頷いた。

 

「必ず、勝ちます──達也さんからの応急処置、桜井さんの補助、そして深雪さんからの信頼。その全てに恥じないよう、全力で勝ちに行きます」

 

 先ほどのような、あえて演じた高慢さはない。静かな宣言だった。

 ただ真摯に、誠実に、光宣は深雪たちの期待を胸に刻んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 エキシビションマッチが始まった。

 深雪たち五人の生徒会チーム。

 それに対するは、対抗戦上位四つの連合チーム。将輝を除く全員が参加を表明し、その数三十一人。

 その戦力差は六倍だ。

 

 試合開始のブザーと共に、各選手たちがそれぞれ動き出す。

 連合チームは、モノリスの守備に五人ずつ割く。それ以外の全員がいくつかのグループにまとまり、演習林を進んでいく。

 生徒会チームは、モノリスの守備がそれぞれ深雪単独と泉美・船尾ペア。そして攻撃が光宣と水波のペアだ。

 

 なお、泉美と船尾はモノリス・コード用のプロテクターを着用しているが、深雪、水波、光宣の三人はそれを装着していない、制服のままだ。

 防具による光宣の身体能力低下を避ける目的もあるが、それ以上に「攻撃を受けるつもりはない」という、生徒会チームの意思表示だった。

 

 

 

 最初の戦闘は、見通しの悪い林間で起こった。

 

「九島さん、大丈夫ですか?」

「はい、達也さんのお陰で身体の調子もいいので」

 

 起伏の激しい演習林を、光宣は慎重に歩いていく。水波は歩きやすい経路を先導しつつ、周囲の警戒も怠らない。

 

「──来ましたね」

 

 けれど、その接近を先に捉えたのは光宣だった。

 

「この進行速度ですと、エリカさんや沢木先輩辺りでしょうか」

「おそらくは。桜井さん、打ち合わせ通り、防御はお願いしますね」

「かしこまりました」

 

 光宣の要請に、水波はしかと頷く。

 打ち合わせと言っても、直接攻撃は光宣の『情報強化』で防御し、それ以外の全てを水波が防御するという、単純極まりないものだ。

 しかし、光宣にとってはそれで十分だった。

 

 瞬間、光宣の魔法が放たれた。

 彼が手を向けた先、その半円で、地面が発光する。表層土を這うように無数の電流が奔り、林間に火花が弾ける。

 

 放出系魔法『スパーク』

 物質中から電子を強制的に抽出し放電現象を起こす魔法。

 

 足元から這い上がってくる電流により、奇襲の隙を窺っていた敵選手のうち、半数の二人が気絶した。

 残りの二人──沢木とエリカはそれぞれ電撃に対処し、光宣たちの前に躍り出た。

 

 それと同時に、沢木が右の拳を光宣へ突き出す。

 

『マッハパンチ』

 沢木自身が命名した得意魔法。加速した拳により空圧波を放つ魔法だ。

 

 だが、放たれた風の塊は、水波が展開した障壁魔法に衝突、霧散した。

 

 近接戦闘を得意とする二人は、高速の移動により光宣へ接近を試みる。

 だが、彼らが射程圏内に入るより速く、光宣の次なる魔法が放たれた。

 

『干渉電流』

 相手の体内電流に干渉して、外部から電流を流し込まれたのと同じ状態を作り出す魔法。

 

 高速に放たれた光宣の魔法に対し、エリカは『サイオン・ブレード』により辛うじて魔法式を破壊し、沢木は咄嗟に『情報強化』の強度を上げた。

 沢木の身体が揺らいだ。威力を減じていたとはいえ、擬似的な感電により身体の自由が奪われたのだ。

 光宣はそんな沢木にもう一度『干渉電流』を放ち、その意識を奪った。

 

 沢木が崩れ落ちた、その一瞬。エリカは地を蹴り、死角へ回り込んでいた。

 そのまま彼らの無防備な背中へ攻撃を仕掛けようとして──透明な壁に阻まれた。

 

(水波……!)

 

 光宣たちの周囲一メートルに張られた筒状の障壁魔法により、エリカはこれ以上の接近ができない。

 撤退か強行か。エリカは迷わず強行──『サイオン・ブレード』により破壊することを選んだ。

 

 このエリカの判断を、責めることはできない。

 

『サイオン・ブレード』は、エイドスに貼り付いた魔法式を想子(サイオン)の圧力で斬り裂く技術。

 魔法式がエイドスに固着する強さに応じて、効力を発するまでにタイムラグが生じるが、普通ならそれは誤差の範囲でしかない。

 

 ──つまり、普通なら、物体の侵入を防ぐ障壁魔法は、エリカの『サイオン・ブレード』に抵抗できないはずだった。

 

 だが、水波の障壁魔法は「普通」ではない。巨大な運動量に耐える「桜」シリーズの障壁魔法は、「そこに在り続ける」性質が極端に強い。

 水波の魔法障壁は、短時間であれば『サイオン・ブレード』に耐えられる。最終的には突破されるとしても、ほんの僅かな時間を稼ぐことはできるのだ。

 

 抵抗を感じたのは一秒未満。肉眼には見えない壁が砕け散るのをエリカは実感した。

 

 一瞬。たった一瞬だ。

 だが、そのコンマ数秒のラグは、国内最高峰の魔法力を有する光宣にとって千金に値する。

 

 エリカの体内電流が干渉され、擬似的な感電を起こした。身体の自由が奪われる。意識だけはしぶとく残っていたが、前のめりに倒れる身体を止めることはできない。

 エリカは出来うる限りの受け身を取りながら、地面へと倒れ込んだ。

 

 

 

「うっそ……」

「やばいね、九島くん」

 

 試合中継がされるモニタールームにて、ほのかの呟きに雫が応えた。

 

「エリカと沢木先輩を瞬殺……分かってはいたけど、凄過ぎる」

 

 雫は目の前で起きた出来事を簡潔にまとめた。そうする事で、ようやく自分の中で飲み込むことができた。

 

「ねえ雫、九島くんが使ったあの魔法って……」

「うん、『スパーク』だね」

 

『スパーク』は放出系魔法の基礎的な術式だが、要求される事象干渉力が極めて高い。一般的な魔法師は密度が低い(一定体積内の分子数が少ない)気体をごく限られた対象範囲で電離するのが精一杯だ。

 光宣はそれを、ほぼ視界内一杯の表層土に対して発動してみせた。

 

「『スパーク』って、あんな攻撃力のある魔法じゃないんだけどな……」

 

 ほのかのセリフが、静まり返ったモニタールームに響いた。

 

 光宣の『スパーク』は、第一高校前部活連会頭・服部刑部が得意とするコンビネーション魔法『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』の放電範囲より広かった。

 服部の『這い寄る雷蛇』は摩擦による静電気を利用した放電で、他の条件を揃えている分、魔法としての難易度は『スパーク』の方が上であるにも拘わらずだ。

 

 服部を大きく上回る事象干渉力。

 実技の授業にて深雪と競っていることから理解はしていたが、実際こうして目にするとその異次元さに驚きを禁じ得ない。

 

「それにさ、あれだけの魔法を索敵に使うなんて……」

「贅沢だよね」

 

 ほのかと雫は、さらにそう続けた。

 

 強い事象干渉力を必要とする『スパーク』を、これほど多数の対象物に作用させたことにはもちろん感心した。

 だが彼女たちが本当に注目したのは、この広域スパークが単に敵を炙り出す為の下準備でしかなかったという点だった。

 

 ほのかや雫の魔法力を以てしても、干渉力の不足で発動に失敗してしまうような高威力・広範囲の魔法を、捨て石として使う。

 そんな贅沢極まりない戦法をしてみせた光宣へ、モニタールームの生徒たちは言葉を失っていた。

 

 

 

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