ガーディアン解任   作:slo-pe

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今回と次回は、対抗戦後の様子を計4つの短編にてお届けします。

また、タイトルについて。
pixivの方の変更に伴い、前回までの4話からタイトル変更します。

『師族会議編16〜19→国内留学編1〜4』

それに伴い、以降のお話も『国内留学編』として投稿します。
以上、お知らせでした。




国内留学編5

 

 

 二月十日、午後九時過ぎ。

 九島光宣は、マンスリーマンションの一室で静かに目を閉じていた。

 

 体調が、驚くほど良い。

 

 呼吸が軽い。

 身体が重くない。

 指先に、鈍い痛みも熱もない。

 不思議な感覚だった。

 

 物心ついた頃から、光宣の身体は壊れていた。

 

 調子が良い日ですら、ほんの数時間先にはベッドで寝込まなくてはならない可能性に怯えている。

 普通に歩き、普通に眠り、普通に朝を迎えること。それがどれほど幸福なことなのか、光宣は誰よりも知っている。

 

 そして今日。達也の施術によって、初めてその『普通』へ手が届いた。

 

「……凄い人だな」

 

 司波達也。自分を、救ってくれた恩人。

 

 光宣は今でも、魔法と頭脳の両方で、達也にそんなに劣っていないと思っている。

 達也が有している魔法技能の全貌を、光宣は知らない。だが、魔法理論やCADに関する知識、そして二年前の新人戦モノリス・コードで見せた高度な自己修復能力など、達也が規格外な存在であると認識している。

 一方の光宣も、正統な評価基準として国内屈指の魔法力を持ち、「九」の魔法師として古式魔法の知識や技術を多く蓄えている。全魔法師の天敵と成り得る『仮想行列(パレード)』が良い例だ。

 

 しかし、そんな事は関係ない。達也は光宣を救ってくれた。

 治療をしたわけではない。努力すら許されなかったこの忌むべき身体に、努力を認めてくれた。

 未来を与えてくれたのだ。

 

 それが、途方もなく嬉しかった。

 

「でも……」

 

 光宣は小さく息を吐いた。

 

 勘違いしてはいけない。

 多少の厚意があるとはいえ、達也がこの施術をしたのは、従姉である藤林の頼みがあったから、光宣の体質に同情していたから、何より四葉家の意向が得られたからだ。

 

 そこを履き違えてはいけない。

 

 自分は特別ではない。

 

 半年前までは知り合いですらなくて。

 四葉と九島、十師族の距離を保たなくてはならない間柄で。

 少し面倒を見てもらっているだけ。

 

 もっと親しくなりたい。けれど踏み込み過ぎれば迷惑になる。

 

 ──光宣、あんた友だちいないでしょ

 ──距離の詰め方が下手くそ

 ──あたしたちを気遣ってるってのは伝わってくるけど、その方向と度合いがおかしい。

 ──気を使いすぎだし、方向性が明後日の方向いてる

 ──ありがた迷惑が多いのよ

 

 以前、エリカに言われた言葉が蘇る。

 あの時の自分は、盛り上がり過ぎて善意の押し付けをしていたと、今なら自覚できる。従姉である藤林にも、何度か模擬デートをしてもらった際にはそれを指摘された。

 

 今度は間違えない。

 

 

 

 

「──というわけで、響子姉さん。これから達也さんとどう接していけばいいか、アドバイスを聞きたいのですが……」

 

 ソファーの対面に座る九島光宣は、真剣そのものの表情だった。冗談を言っている風は微塵もない。おそらく本人にとっては、これからの人生を左右するほど重要な悩みなのだろう。

 一言で言うと、あまりにも生真面目で、そして感情の分量が重かった。

 

 差し出された紅茶に手を付けず、眉根を寄せる従弟の姿に、藤林響子は困ったような、しかし愛おしいものを見るような苦笑を浮かべた。

 

「光宣くん、あなたの言いたいことはよく分かったわ。……でも、それを相談するのは私でいいのかしら?」

「はい。客観的な意見を、それも僕のことをよく知る響子姉さんからいただきたくて。以前、模擬デートをしていただいた時にも、僕の距離感の悪さを指摘されましたから……」

 

 知恵を借りるべく縋るような視線を向けてくる光宣。彼は今、達也への巨大な恩義と、エリカたちに指摘された「ありがた迷惑な距離感」の間で、完全に迷子になっていた。

 

 藤林はふう、と小さく息を吐くと、カップをソーサーに戻した。

 

「普通でいいんじゃない?」

「普通、ですか……」

「ええ。施術のお礼…はもう、言葉できちんと伝えたのでしょう? なら、あとは学校で会った時に適度に絡みに行って、もし将来、達也くんから何か頼られるようなことがあったら、その時に全力で応えればいいのよ」

「その……『適度に』というのが、僕にはとても難しく感じられて」

 

 またしても難解な魔法数式を前にしたように俯きかける光宣。そんな彼を励ますように、藤林は声を優しく和らげた。

 

「その匙加減はね、誰だって経験を積んで覚えていくものよ。それに、達也くんならあなたの多少の空回りやミスなんて気にしないでしょうし、そこまで複雑に考えなくてもいいと思うわよ?」

「ですが、失礼があっては……」

「大丈夫よ。ある程度は自分の気持ちに正直に、ある程度は相手の気持ちを考える。その塩梅は人によって違うんだから、最初から完璧を目指さなくていいの。何度も試行と反省を繰り返して、あなたと達也くんの間の『ちょうどいい距離』を、これからゆっくり調整していけばいいんじゃないかしら?」

 

 藤林はそこまで言って一息つくと、少しぬるくなった紅茶を口にした。

 

「それはそうと、体調の方はもう大丈夫なの?」

 

 そして、ふと思い出したように、光宣の顔を覗き込んだ。

 その問いに、光宣は先ほどまでの思い詰めた表情を緩め、どこか晴れやかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「ええ、問題ありません。今は毎日、基礎体力をつけるための身体トレーニングと、並行して想子操作の精密なコントロール練習に取り組んでいます」

「精が出るわね。でも、あまり無理はしちゃダメよ?」

「分かっています。……ただ、実は最初は、少しだけ違和感のようなものがあったんです」

 

 光宣は自分の両手を見つめ、指先を何度か握り締めてみせた。

 

「自分の身体ではないような、と言いますか……例えるなら、自分の体型にまだ馴染んでいない、丈の合っていない既製服のスーツを着せられているような感覚でした。微妙に肩が上がらないような、そんなもどかしさがあったんです」

「そうなの? ……最初はということは、今は大丈夫なのよね?」

 

 藤林が心配そうに眉をひそめると、光宣は慌てて首を振った。

 

「大丈夫です、初めから手探りでやっていくと言われていましたし。達也さんも僕の経過を見ながら、報告した違和感について調整していただけているので」

「ならよかったわ」

 

 従弟の快調に、藤林は表情を緩めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 二月十八日、月曜日。

 魔法協会を通じて十師族、師補十八家、百家数字付きなどの有力魔法師に対して、とある通知が出された。

 

 その余波が、第一高校の二年E組にて現れていた。

 

「エリカ、そう拗ねるな」

「拗ねてないし」

 

 そう答えるエリカだが、正面から美月に抱き着いていては説得力はない。

 

「あの、エリカちゃんは何かあったんですか?」

 

 美月はそんなエリカの背中を優しく叩きながら、達也へ訊ねる。

 

「今朝、魔法協会から有力各家に通達があったんだが……それが千葉家と渡辺家の連名で、修次さん、エリカのお兄さんと渡辺先輩の婚約を公表するものだったんだ」

「……えっと、つまり、そういう事ですか?」

「そういう事だ」

 

 暗に、エリカがブラコンで寂しがっているのかと問われ、達也はそれを肯定した。

 納得した美月は、よしよしと先ほどより労りを込めてエリカの背中を撫でてやる。

 

「別に拗ねてないから」

「そうだね」

「あのバカ兄貴、あんな女に誑かされちゃってさ」

「そうだね」

「どうせ今回も、あたしと達也くんが婚約したからって、焦ったあの女に押し切られたのよ」

「そうだね」

 

 ぶつぶつと愚痴を垂れ流すエリカに、美月も気長に応じる。

 ただ、その予測自体はおおよそ正しかった。

 

 以前、達也が克人へ協力を要請した際、フリズスキャルヴの監視を警戒して、CAD調整で直接会っていた摩利に頼み、克人へ連絡を取ってもらった。

 連絡と、深入りしないことへの対価として、摩利はとある要望を伝えてきた。それが『義妹に先を越されて家での肩身が狭い』『シュウにそれとなく伝えてくれないか』というものだった。摩利は婚約を急かすというより、将来を見据えた話をしたい雰囲気だったし、達也もそのように伝えた。

 だが、修次はそれを飛び越えて婚約に踏み切ったようだ。

 

 修次の性格を考えれば、達也からの伝言を聞いて「それならいっそ」と男気を見せた(悪く言えば勢いに任せた)結果なのだろう。

 摩利にしてみれば、願ってもない大金星といったところか。

 

 しばらくして、ようやく愚痴が尽きた。その中に本気で修次を、そして摩利を非難する言葉は無かった。

 口ではどれだけ毒づこうとも、兄の幸せを拒むつもりはない。ただ、自分の預かり知らぬところで、幼い頃から慕っていた兄が掻っ攫われたことへの寂しさは消せないのだ。

 

「エリカちゃん、今日は甘いものでも食べに行こっか」

「…うん」

 

 幼児退行したエリカの背中を、美月は変わらず、優しく撫で続けていた。

 

 

 

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