二月も終わりに近づいたある日の放課後。
生徒会室の中央テーブルには、一丁の特化型CADが置かれていた。
その周囲を囲むのは、生徒会役員たち。そして、雫、達也、さらに自由登校中の中条あずさである。
「うわーっ、シルバー・モデルの純正品だぁ!」
嬉々として眺めるあずさの言う通り、FLTのロゴが刻まれたそれはシルバー・モデルの最新作だ。
「いいなぁ、このカット。抜き撃ちしやすい絶妙の曲線はそのままに、女性用にチューンされたサイズ感。高い技術力に溺れないユーザビリティへの配慮。ああ、憧れのシルバー様……」
あずさは今にも頰ずりしそうな勢いだ。これが雫の私物でなければ実際にしていただろう。
達也も、雫も、深雪たち生徒会役員も、ポーカーフェイスを保つのに一苦労だった。
だが、この場にはあずさに負けない熱量を持った生徒が一人だけいた。
「中条先輩も分かりますか!? 今までのシルバー・モデルは大型拳銃、つまり男性が使うものとして設計されていて、懐から抜き打ちすることを前提に作られていたんです。ですがこの最新作──ティア・モデルは女性用、手の大きさに合わせたことは勿論、ポーチから取り出すことを考えた構造になっているんです!」
「そうなんですよ! ポーチに収まるサイズ感とフォルム、しかもそれをシルバー・モデルの代名詞とも言える『ループ・キャスト』や照準補助の性能を殆ど落とさずに実現してみせる技術力! 流石はシルバー様ですよね!」
二人が熱を上げているCAD。トーラス・シルバーの最新作、ティア・モデル。
特化型CADには、大きく分けて二つのタイプがある。
一つがショートタイプ、一部でシビリアンタイプと呼ばれる、実弾拳銃の銃身に当たる部分が短いタイプの物だ。もう一つがロングタイプ、一部でキャバルリータイプと呼ばれる銃身部分が長いタイプである。
CADの銃身部分には照準補助装置が組み込まれており、魔法的な座標を計測するためのアクティブレーダーがこの「銃身」の正体だ。
つまり、長い銃身を持つCADはそれだけ照準補助を重視する魔法師に需要があり、特化型の起動速度のみを求め、照準補助を必要としていない魔法師には、軽くて携行も取り回しも便利なショートタイプの方が向いていると言える。
今回のティア・モデルは、女性魔法師に向けたCAD。
今までのロングタイプのメリットを引き継ぎつつ、可能な限り取り回しのしやすいことをコンセプトにしていた。
代わりにバッテリーの連続稼働時間が短くなるというデメリットはあるが、そもそも特化型を使用する魔法師も戦闘以外では電源を切っている。一日二日程度なら充電無しでも問題はなかった。
その後もあずさとケントは、ひとしきりティア・モデルを称賛、さらには過去のシルバー・モデルとの性能比較をしていたが、ようやく満足したようだ。
満ち足りた笑顔で、持ち主である雫にお礼を言った。
「北山先輩は、ティア・モデルの開発にも携わっていたのですよね?」
ケントは続けてこう訊ねた。
ティア・モデル──
「うん。取り回しのしやすさと、照準補助の感触をフィードバックしてただけだけど」
CADをポーチに仕舞いながら答えた雫に、達也も補足を入れる。
「『シルバー・モデルは使いやすいけど持ちにくい』と雫が言ったことで、開発に取り掛かることになったんだ。モデル名を考える際にも、雫の名前が真っ先に挙がっていたな」
「なるほど。司波先輩はFLTでアルバイトをしているのでしたね」
ケントは納得がいったと頻りに頷く。
一方で、トーラス・シルバーの正体を知る深雪、水波、雫、あずさ、そして当人である達也。この場の過半数は、アルバイトという単語に内心笑いを堪えていた。
「でも兄さんも少しやり過ぎですよ。いくら雫の要望に応えるためとはいえ、完全思考型補助デバイスの生産で忙しい第三課に別の案件を持ち込むなんて」
「いや、最初は俺も一人でやる予定だったんだが、水臭いことを言うなと強引に手伝って貰うことになってな」
深雪の小さな苦言に、達也も言い訳のように答える。
「もう……兄さんは水波ちゃんだけじゃなくて、雫にも甘すぎます」
「深雪様、達也様はエリカさんにも甘々です」
「そうだったわね」
主従から揃って甘々と評価され、達也は反論を試みたが、適当な言葉が見つからず、結局黙るしかなかった。
その珍しい姿は、生徒会室の面々の笑いを誘った。
◇◇◇
日はすっかり西に傾き、もうすぐ下校時刻となる。部活を終えた琢磨は、小腹を満たすためカフェに向かっていた。
ICタグのついた食券と引き換えに自動化されたカウンターでサンドイッチを受け取る。飲み物はタダの水だ。空いているテーブルを探してカフェテリアを見回した彼は、一際目立つ三人組を見つけた。
「相席しても良いか?」
「七宝くん、どうぞ」
会話に花を咲かせていた集団は、声を掛けられてようやく琢磨に気づいたようだ。了承を告げた光宣に礼を言って、琢磨はその隣に腰を下ろした。
「今日も部活動を巡っていたのか?」
「ええ、まあ……今日はクロス・フィールド部でした」
「ああ、それで……」
クロス・フィールド部は、魔法によるサバイバルゲームを行う部活だ。当然、試合会場は整地された演習室ではなく、起伏の激しい演習林だ。
クロス・フィールド部は山岳部と共に、先日の対抗戦では輝きを放っていた部活。光宣は圧倒的な魔法力を持つとはいえ、体力は平均を大きく下回る。
目に見える所に怪我はしていないが、注意して観察すると光宣はかなり消耗していた。
「ですが大丈夫ですよ。泉美さんが見守ってくれていますし、無理はしていませんから」
光宣に感謝の視線を向けられ、泉美は笑みを返す。泉美と船尾は、光宣が無理をしないよう、交代制でお目付け役を任されていた。
今日は泉美がお目付け役、船尾は生徒会業務の日だったのだ。
「七草は風紀委員の巡回か?」
琢磨は、テーブルに座るもう一人の女子生徒に訊ねる。この場に七草は二人いるのだが、その視線から勘違いを起こすことはなかった。
「ううん、泉美と船尾との待ち合わせ。とは言っても、巡回と報告書が終わって今来たところだけど」
香澄が簡潔に答えた。入学当初、七草と七宝で険悪だった雰囲気は、もうとっくに消えている。
「その船尾はどこに?」
「さあ? 時間まで少しあるし、山岳部かお料理研か、それかどっかの部活に潜り込んでるんじゃない?」
「なるほど」
現在は生徒会業務によりあまり活動できていないが、船尾は元々山岳部とお料理研を兼部していた。
そして、その他にも多数の部活に顔を出しており、それは今でも継続されている。
「あの体力は何処から来るんだろうな……」
「あれはもう体力がどうこうと言うより、そういう生き物なんだと思う……」
琢磨と香澄が揃って遠い目をする。
部活動で鍛えられ、体力には自信がある琢磨。アクティブな性格でフットワークも軽い香澄。二人をしても、船尾の体力は底なしだった。
「大学入ったら、訳分からん生活してそうだよな」
「分かる。講義、サークル、バイト、飲み会……全部普通に回してそう」
「で、本人だけ『余裕ですよ?』みたいな顔してるんだろ」
「想像できすぎる……」
例えるならそう、一世紀前の某有名大学の逸話のように。
朝、大学最寄りのロータリーで目覚め、学内でしじみ汁を飲み、普通の生徒と同じく講義を受け、講義が終わるとアルバイトに励み、それが終わるとテスト勉強……かと思いきや飲み会に参加。未明まで飲み明かし、終電を逃して連日ロータリーの植木で寝る。その上で『え、しっかり寝てますけど?』みたいな顔で普通以上の成績を取っていく。
以前、船尾春花の行動を追った二人は、そんな片鱗を感じていた。
「あれ、七宝もいるじゃん」
噂をすればなんとやら、件の船尾がやって来た。
「何話してたの?」
「いや、お前が数年後、大学のロータリーの植木で寝てそうだなって話を……」
「え、私そんなに野蛮に見える?」
「見える」「見えるな」
「あらら」
船尾は、香澄と琢磨からの評価を軽く流した。
「そもそも私、魔法大学も防衛大も行かないんだけどね」
それどころか、予想を超える爆弾を落とした。
「え、就職するの?」
「違う違う。千葉先輩がね、卒業したら数年くらい武者修行の旅に出るんだって。私もそれに混ぜてほしいってお願いしたの」
「へ、へえ……」
大学どころかさらに破天荒な将来を告げられ、香澄の顔が引き攣る。琢磨や泉美も同じ顔をしていた。
船尾との関わりが少ない光宣だけは、それほど衝撃を受けることなく冷静に訊ねた。
「エリカさんと一緒ということは、剣術の武者修行ですか?」
「うん。本物の古流剣術をやってみたいらしくて、日本各地の剣客を訪ねてみるんだって。達也先輩のツテで九重八雲先生にも話が通ってて、昔の知り合いを紹介してくれるみたいだよ」
「あの九重先生の……」
光宣が、息を吞む。「九」の魔法師である彼は、果心居士の再来とされる当代最高の忍術使い・九重八雲の名声を良く知っていた。
なんだか帰宅の雰囲気ではなかったため、五人はそのままお喋りに興じる。
「思ったんだが」
そんな中で、ふと琢磨が光宣へ訊ねた。
「七宝くん、どうしました?」
「何故光宣は、船尾との模擬戦で干渉系統の魔法を使わなかったんだ? あれだけの練度なら、いくら船尾とて負けていたと思うが」
琢磨のそれは、他意のない純粋な疑問だった。しかし光宣は気まずそうに目を泳がせた。
「いえ、それは、その……」
光宣が言い淀んだ。琢磨たちが訝しみ場の空気が変化する直前、船尾が口を開いた。
「九島くんは、私のこと舐めてたんだよね。得意魔法なんて使わなくても負けるはずがないって」
「そんなことは……」
「違うの?」
「……すみません、違わないです」
取り繕うことはせず、光宣は素直に白状した。だが、言いかけた「そんな事はない」というセリフも、光宣視点では決して間違いではなかった。
あの時の光宣は、本当に気付いていなかったのだ。
十師族・九島家の中でもずば抜けた才能を持ち、けれどそれを磨き披露する場所には恵まれなかった。与えられたのは「九」の魔法師としての圧倒的なポテンシャルと、祖父からの「お前は優秀だ」という言葉だけ。光宣は、健康でさえあれば自分は最上位の魔法師であると、信じて疑わなかった。
同じ「九」の魔法師の親兄弟ですら、無意識のうちに見下していた光宣だ。船尾春花という、十師族になる資格もない魔法師など、眼中になかった。
それら全てを理解することはできないが、入学当初の琢磨を見ていれば、その内心もおおよそは窺える。
船尾は気分を害した様子もなく笑った。
「気にしないでいいよ、舐められるのは慣れてるし……ねえ? 七宝、香澄?」
琢磨と香澄が揃って顔を背けた。光宣は、彼らも最初は船尾の実力を軽く見積もり、自分と同じように敗北したのだろうと理解した。
その様子に興味はあったが、敗北談を無遠慮に聞くのは違う気がした。代わりに名前の挙がらなかった彼女に話を向けた。
「泉美さんは船尾さんに勝ったのですか?」
「負けましたよ。ただ私は香澄ちゃんが三連敗する所を見ていたので、舐めてかかることがなかっただけです」
「…あの時の七草は笑えたな。『もう一回もう一回……!』って、ガキみたいで」
「七宝にだけは言われたくないんだけど?」
「入学直後の俺と比べてる時点で駄目だろ」
「うぐっ……」
琢磨に噛みついた香澄だったが、まさかの返しを喰らうこととなるのだった。