ガーディアン解任   作:slo-pe

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国内留学編7

 

 

 三月に入り、今年度も残り一ヶ月を切ったある日。

 九校の魔法科高校を繋いで行われていたオンライン会議が、ようやく終結した。

 

 議題は魔法科高校間の交流活性化。

 今回の国内留学を機に、九校戦や論文コンペといった競い合う関係だけでなく、生徒間交流も本格化させる方向へ話が進んだ。

 まずは来年度から、九校戦の優勝校へ各校から留学生派遣、モノリス・コード対抗戦の継続などが決定され、国防軍からの支援も確約されている。

 

 決定したそれら全てを、進行役である深雪が改めて読み上げる。

 

「ではこれにて、来年度における魔法科高校各校の交流についての会議を終了いたします。皆様、ご協力ありがとうございました」

 

 最後に深雪が一礼すると、画面に映る各校八人の生徒会長たちも一礼し、それぞれ通話を切った。

 

「深雪様、お疲れ様でした」

「ありがとう水波ちゃん」

 

 全員の通話が切れた事を確認した水波がそう言うと、深雪も頭を上げた。

 

「泉美ちゃんと春花ちゃん、それにスミスくんも、お疲れ様。これから卒業パーティの準備も大詰めになるからあまり休めはしないけれど、今日くらいは一休みしましょうか」

「「「はい」」」

 

 カメラ横で控えていた一年生役員の三人も、ほっと息を吐く。ささやかな打ち上げにと、用意していたお菓子や紅茶の準備を進める。

 

「一条さんも、九島くんも、三高二高と事前に打ち合わせしていただき助かりました。お陰でスムーズに会議が進められました」

「いえ、とんでもない」

「お役に立てて何よりです」

 

 国内留学生である将輝と光宣にも、深雪はそう労いを伝えた。

 

 

 

 生徒会室にて、ささやかな打ち上げパーティが開かれた。

 水波お手製のミニケーキや、泉美・船尾持ち込みのお菓子、将輝や光宣が実家から送らせた御当地土産など、長テーブルに並べられた甘味を摘みながらお喋りに興じる。

 

「船尾さん、また模擬戦をしてくれませんか?」  

 

 歓談が一段落したのを見計らって、光宣は船尾へこう問い掛けた。

 

「やだ」

 

 生徒会室に、端的な拒否が響いた。

 

「僕が二高に帰る前に、一度だけでも」

「やだ」

「どうしても、ですか?」

「どうしても、です」

 

 光宣の美貌に負けず、船尾は再度拒否を示す。

 

「あのね、私じゃ、普通に、勝てないの」

 

 短く言葉を切って、最後に「わかる?」と詰める船尾。

 だが光宣も引かなかった。船尾に二度目の敗北を喫して以来、対抗戦や交流会議が続き、リベンジの機会はなかった。今日を逃せば、生徒会は卒業パーティの準備に掛かりきりになる。光宣にとって、これが最後のチャンスだった。

 

 睨み合うこと暫く、船尾は視線を別の人物へ移した。

 

「一条さん」

「なんだ」

「今の九島くんと私が戦ったら、どっちが勝つと思いますか?」

「九分九厘、光宣が勝つだろう」

 

 船尾は予想通りの回答を得られたことで、光宣へ向き直ろうとして──

 

「──だが、勝敗は戦ってみるまで分からない。実際俺も一昨年の九校戦、絶対的有利な戦いで達也に負けている」

 

 光宣が頻りに頷く一方で、船尾は将輝を睨む。その眼差しは「こいつ余計な事言いやがって……」と言わんばかりの鋭さを有していた。

 

「…………はぁ」

 

 結局、折れたのは船尾だった。

 

「条件。勝っても負けても、これで最後。次はやらない」

「分かりました」

 

 光宣の返事を聞いた船尾は、水波へと体を向けた。

 

「水波先輩」

「なんでしょうか」

「勝っても負けても、ご褒美ください」

 

 船尾のおねだりを受けた水波は、深雪へ視線を移す。深雪も笑って頷いた。

 

「それじゃあ春花ちゃんが勝ったら、生徒会役員四人でお泊り会でもしましょうか」

「「お泊り会!?」」

 

 深雪からのまさかの提案に、船尾と、傍で聞いていた泉美が声を上げる。

 

「いいんですか!?」

「ええ」

 

 船尾と泉美が手を取り合って歓喜する。その間、光宣は深雪へ視線で感謝を告げる。

 しばらく喜び合っていた船尾たちも、落ち着きを取り戻した。

 

「それで水波先輩。負けた場合も、何か欲しいです」

 

 今回の模擬戦、船尾は自分の負けをかなり濃く見積もっていた。

 光宣は一高に来て、深雪や将輝に敗北し、魔法力で圧倒的に劣る船尾にも敗れた。対抗戦の練習以降では様々な選手たちと交流し、飛び抜けた才能に磨きをかけてきた。そんな彼に勝てるとは、船尾も考えていなかった。

 そしてそれは、水波も同じように考えていた。

 

「では負けた場合ですが……その時はしばらく慰めて差し上げます」

「ほんとですか?! ……その、具体的には……?」

「……膝枕、などは?」

「ぜひお願いします! ……これむしろさっさと負けた方が」

「駄目ですよ」「ダメです」

 

 船尾の漏らした呟きを、泉美と光宣が遮った。

 

「分かってるって、ちゃんとやるってば」

 

 そんな二人に、船尾は苦笑を返した。

 

 

 

 

 観客席が設置された第一演習室。審判は深雪、立会人が達也と水波。

 これまで二回と変わらないその場所で、泉美が小声で船尾に訊ねた。

 

「船尾さん、大丈夫ですか?」

「どしたの急に」

「いえ、その……冷静になると、いくら船尾さんでも、今の光宣くんに勝つのは厳しいのではないかと……」

 

 先ほどまで欲望を隠さず船尾へ期待を向けていた泉美だったが、本人の言う通り冷静になると自分が如何に無茶な要求をしていたのか理解した。

 

「そうだねぇ。元の才能がずば抜けてるのに、さらにあり得ないくらいのスピードで成長してるし……ほんとヤんなっちゃうよね」

 

 気遣わしげな泉美に対して、船尾は軽い調子で応じる。

 

「船尾さんの手札も、もうほとんど見せているのではないですか?」

「うん、完全初見の手札は殆ど無いよ。まあ、だからと言って不利になるとは限らないけど」

 

 警戒されないならそこを突く。警戒されているならそれを利用する。

 船尾を相手にするならば、意識するのもしないのも、正しくない。泉美はそれを身を以て知っている。

 

「……勝てるのですか?」

「多分無理。一条さんの言う通り、勝率なんて五パーもあれば良いほうじゃないかな」

「ではどうしてそんな軽く?」

「まあ模擬戦だし。国内最高峰の魔法師の卵相手に経験を積めると思えば、ね」

 

 軽い調子だった。けれど泉美には、その声音が少しだけ無理をしているようにも聞こえた。

 不安が滲み出した泉美へ、船尾は大丈夫だと笑顔を向けた。

 

「それに初見の手札もまだ何個か残ってるし。お泊りのためにも頑張らないとね」

 

 そう言って、自信ありげにウィンクを添えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 光宣と船尾、三回目の模擬戦が始まった。

 

 先手を打つのはこれまでと変わらず光宣。その圧倒的な魔法力で船尾を蹂躙せんとする。

 だが先の宣言通り、船尾の多種多様・変幻自在な攻撃は、初見でないはずの光宣を翻弄し、その攻撃を一時的に止ませるだけの力があった。

 

 自己加速術式や『縮地』を用いて演習室を駆け、光宣の攻撃を躱し、さらには反撃を繰り出す船尾。対して光宣は基本的にその場から動かないが、危険と判断すれば一旦距離を取るなど、安全マージンを十分に確保して戦っている。

 二人はお互いの魔法をブロックしながら、攻撃の手を敵に伸ばしている。玄人受けする互角の攻防──に見える。

 

 だが、当人たちはそう考えていなかった。

 

(理不尽だよ、やっぱり)

 

 船尾は心の奥から湧き出る感情を自覚した。

 光宣は多少後手に回っても、処理能力の差から船尾の攻撃を防ぐ事ができる。先ほどから何度か不意を突いているが、その尽くが防がれている。

 対して船尾は、ほんの一瞬の遅滞が命取りになる。遅滞など無くとも負ける可能性だって十分ある。

 

 魔法は徹底した才能主義であり、残酷なまでの実力主義だ。一高から三高までの、一科生・二科生制度を見ればよく分かる。

 船尾とて、ある程度恵まれた魔法力を持っていると自覚している。

 

 だが、こいつは次元が違う。

 魔法力に優れた数字付き(ナンバーズ)、その中でも一際優れた十師族。その上澄みをさらに掬った上澄み──傑出した魔法力を持っているのが、深雪や将輝、光宣などの怪物たちだ。

 

(……うん、無理だこれ)

 

 あまりに勝ち目のない戦いに、船尾は諦めた。

 

 諦め、開き直った。

 

(よし──やるか!)

 

 船尾は汎用型CADをはめた左腕を、実習着の上に羽織っていたコートに突っ込んだ。そして、左手を懐に差し入れたまま、特化型CAD(・・・・・・)の引き金を引いた。

 

 

 

「くっ……!」

 

 突如身体を前後に揺さぶられ、光宣は脳震盪を起こし片膝を突いた。

 光宣生来の『情報強化』によって威力はかなり弱められていたが、船尾の魔法は確実に光宣へダメージを与えていた。

 

 防御は間に合わなかった。というより、防御体勢を取ってすらいなかった。

 船尾が左手を懐に差し入れた、光宣がそう認識したのと同時に魔法が発動した。

 

(ドロウレス……船尾さん、こんな技術まで……)

 

 光宣は頭痛に苛まれながら、船尾の手札を正確に把握した。

 

『ドロウレス』

 拳銃型CADを抜かずに撃つ高等技術。

 

 船尾が使ったのは、左腕に巻いた汎用型ではなく、懐に隠していた特化型CAD。よりスピードに優れた機種だ。

 だが、通常なら特化型を使用したとしても、船尾の処理能力では光宣に先んじることはできないはずだ。船尾が通常の「抜いて、狙いをつける」という手順を踏んでいたなら。

 

 だが船尾はCADを抜かずホルスターに入れたままの状態で、自分の感覚だけで照準をつけて魔法を放ったのだ。

 なまじ「CADを向けた方向に照準をつける」という補助機能を持つが故に、小銃形態CADでは抜かずに撃つのが難しい。それを船尾は、発動が速いという特化型CADの特徴を損なわず実行して見せた。

 

(しかも、それだけじゃない)

 

 光宣が驚愕していたのは、ドロウレスの技術だけではない。

 彼を真に驚愕させたのは、船尾が汎用型CADを起動させたまま、特化型CADで魔法を放ったことだった。

 

 

 

 

 

「あいつ、まだ隠し玉があったのか」

「不機嫌そうだな、琢磨」

「言ってやるなよ」

 

 琢磨に梶原、千川ら一年生モノリス・コード組が、眼下の試合を見てそう呟く。

 琢磨と船尾は頻繁に模擬戦を行っており、三学期に入ってからは琢磨の二勝四敗。ただでさえ負け越しているのに、さらに船尾は手札を隠していたのだ。琢磨が機嫌を傾けるのも当然であった。

 

「それにしても、二つのCADの同時操作か……」

 

 複数のCADを同時に操る技術は、想子(サイオン)の完全な制御を必要とする非常に難度の高いテクニックだ。

 対戦相手の光宣も、左右手首に二つのCADを使っているが、左右同時の魔法展開はしていない。

 

 だが船尾は今、目の前で、左腕に巻いたCADで魔法を発動させながら、小銃型CADを起動させた。想子信号波の混信を起こすことなく、二つ目のCADで起動処理を完了させたのだ。

 

 初手の振動波は、並の魔法師なら戦闘不能になるはずの威力だった。

 だが、光宣が無意識に展開している『情報強化』により減衰され、片膝を付かせるに留まった。

 

 小銃型CADを引き抜き、次に放ったのは超音波を発生させる魔法。

 

 発生した超高周波音が光宣を襲った。光宣は驚きと初撃のダメージからか、少し遅れて超音波を無効化した。

 

 その後光宣は反撃に移るが、牽制程度の軽い攻撃だ。

 船尾はそれを回避しつつ、汎用型と特化型、二つのCADを使い分け猛攻を仕掛ける。

 

「超音波の方は、大した威力じゃなさそうか……?」

「多分……にしては光宣もやりづらそうだけど」

 

 梶原と千川が、船尾の魔法をそう評する。そこに琢磨が補足を入れた。

 

「まともに受ければ軽い耳鳴り程度はするだろう。何よりよく見れば、高周波音だけじゃなく、低周波音も発生している」

「ん? ……ああ、本当だ」

「光宣も気付いているようだが、最初に受けた振動波と超高周波音の影響がまだ残っているな。そこに超低周波音も浴びせられて、三半規管が大幅に狂わされたんだろう」

 

 琢磨はそこで一拍置いて、二人の理解が追い付いていることを確認してから続きを述べた。

 

「自己加速術式と『縮地』、右に左にと転換する船尾を捉える必要があるのに、回転を知覚する器官を狂わされては、動きも鈍くなる──決定打を打つんじゃなく、決定打を打つために相手の思考速度を鈍らせる。俺や七草たちも、あれに何度も嵌められた」

「なるほどな」

 

 琢磨の解説に、梶原たちも納得の表情を浮かべた。

 

「それにしても船尾のやつ……本当に器用だな」

「何がだ?」

「あいつ、森崎先輩の『ドロウレス』だけじゃなくて、『クイック・ドロウ』そのものも盗んでるぞ」

「え……あー、なる」

 

 森崎の部活の後輩である千川が、少しの観察の末に理解を示した。

 特化型CADのスイッチや起動式のセレクターを操作する手癖。そこには森崎の片鱗があった。

 

『クイック・ドロウ』

 CADを構えていない状態から、素早くCADを作動させ、素早く起動処理を済ませる技術。

 森崎一門はこの特殊技能を極めることで、魔法力自体は平凡と見られる中でも、「数字付き」の本流に勝るとも劣らぬ高い評価を得ている。

 

 森崎も汎用型と特化型、二つのCADを所持(・・)しているが、二つの同時操作(・・・・)はしていない。想子波の干渉を防ぐために、片方のCADで魔法を行使する際には、もう片方のCADを瞬時にサスペンド状態にしているのだ。

 拳銃形態のCADを抜く速さ、CADのオンオフの切り替えの速さ、敵に照準を合わせる速度。この三つの要素において、森崎は一高トップクラスの実力者だった。

 船尾はそれを模倣していた。

 

 とはいえ、完全に模倣しているわけではない。船尾の場合、一度抜いた特化型CADは左手に持ったままだし、何より左手首に巻いた汎用型はずっとオンのままだ。

 船尾も器用ではあるが、本家本職の森崎ほど素早く切り替えることはできない。そのため、スイッチのオン・オフを特化型CADだけに絞っていた。

 

 二つのCADの同時操作は、非常に難度の高いテクニック。それを特化型を使う瞬間だけに絞り、さらにクイック・ドロウで極限まで短くする。

 一流に及ばない技術を寄せ集めて、一流を再現する。『これぞ、船尾春花』と言うべき技能だった。

 

 

 

 琢磨たちの会話が聞こえたわけではないが、光宣は船尾に対して、心からの称賛を向けていた。

 

(凄いな……)

 

 達也、エリカ、幹比古、三七上、服部、香澄・泉美、森崎。もしかしたら沢木や桐原辺りも入っているかもしれない。

 光宣は、対抗戦に向けて多くの一高生たちと交流してきた。だから以前より理解できる。船尾の見せる技術の一つ一つが、どんな組み合わせで成り立っているのか。

 

 光宣は改めて船尾へ敬意を表した。もし仮に船尾に、琢磨や香澄たち並みの──十師族として平均以上の──魔法力があれば、光宣は確実に負けていた。

 

(だけど、そんなことはない)

 

 光宣は未だ、先に受けた振動波や超音波のダメージが残っていた。

 軽い頭痛だが、下手な攻撃はカウンターの餌食になってしまうため、今は耐え忍ぶ時だと守備に力を割いていた。

 そのお陰もあってか、超音波を含む船尾の攻撃は完全にシャットアウトできている。あとは頭痛が抜ければ、光宣はそう思っていた。

 

 光宣は現在、肉眼で船尾を認識できていない。魔法的感覚で、自己加速術式やその他の発動気配を追っていた。

 それが、途端に途切れた。光宣は準備していた魔法を発動した。

 

『下降旋風』

 

 単に自分を中心とした下降気流を作り出すだけの魔法で、殺傷力は皆無に近い。だがこの気流は、術者の周囲、三六〇度全てに振り注ぐ。

 

「きゃっ……!」

 

 光宣の背後から、船尾の悲鳴が上がった。

『縮地』を用いてあと三歩の距離まで光宣に接近していた船尾だが、急速かつ強力に発生した気流に巻き込まれて大きく体勢を崩した。

 小銃形態の特化型CADが床に落ちた。船尾は追撃を警戒したのか、拾うよりも後退することを選択した。

 

(よしっ、これでもう特化型を考慮しなくて済む)

 

 光宣と船尾には隔絶した魔法力の差があるとはいえ、特化型CADは発動速度に優れている。しかも超音波攻撃は敢えて威力を落としさらに発動速度を上げていたため、光宣とてかなりのリソースを割いて警戒していた。

 それが無くなったことで、一つ余裕が生まれた。

 

 その余裕が、光宣に違和感を与えた。

 

(……おかしい、いつになっても頭痛が消えない)

 

 長すぎる、何故、と考えて、光宣はようやく覚った。

 これは超音波によるダメージではない。酸欠による症状だ。

 

窒息領域(ナイトロゲン・フィールド)

 領域内の窒素濃度を偏らせる魔法。

 

 この領域の酸素濃度は、光宣の感覚でおよそ十八パーセント。自覚症状が出るギリギリの濃度だ。しかも極めて小規模な、効果範囲を光宣の頭部周辺だけに限定している。

 おそらく光宣が脳震盪により感覚が狂っている間に発動したのだろう。光宣の感受性を以てしても、今の今まで気付かなかった。

 

 光宣は顔の周囲に微弱な下降気流を起こして、生じた窒素と酸素欠乏状態を吹き消した。

 

 安堵と同時に、最大限の警戒をする。この瞬間に、きっと船尾は襲ってくる。

 

(──来た!)

 

 光宣の背後、一メートル程離れた場所で、急速に事象干渉力が集められていく。強力な魔法が放たれる前兆だ。

 三回の模擬戦の中で、船尾が初めて見せる大技。光宣は危機感のままに振り返る。

 しかしそこに、事象改変の兆候は感じられなかった。

 

(──領域干渉か!)

 

『領域干渉』

 事象改変の結果を定義せず、ただ干渉力のみを領域に作用させる対抗魔法。

 

 この魔法は防御用の術式であり、攻撃作用は全くない。つまり、ただのブラフだ。

 またやられたと、光宣は即座に正面へ振り向く。

 

 突如、船尾が光宣の視界から消えた。彼女は斜め前上空にジャンプしただけだが、その動きに光宣の目はついていかなかった。

 跳び上がる際の一瞬だけ加速系魔法を使ったシンプルな跳躍だ。慣性中和を併用しなかったことで簡易な術式となり、何より継続的な魔法でないため、通常であれば魔法的な感覚でも船尾の動きを捉えられない。

 

 だが、光宣は捉えられた。加速魔法の痕跡から、上に飛び上がったのだと正確に推測した。

 

 もう一度加速魔法を使い、空中を蹴って方向転換。船尾が光宣へ迫ってくる。

 それ以外に魔法を使う様子はない。両手を開いた船尾の体勢から、おそらく狙いは首。この勢いのままぶつけられれば、肉体を鍛えていない光宣は容易に絞め落とされるだろう。

 

 ──防御か、撤退か、強行か

 

 以前将輝に教えられた、奇策を使われた時の対処法。光宣は強行を選択した。

 六発の『空気弾(エア・ブリット)』が形成・発射される。模擬戦のルールの範囲内に収められた弾丸は、船尾の手が光宣へ届く前に彼女を襲った。

 

 船尾の華奢な身体が吹き飛ぶ。演習室の床を転がった彼女は、咄嗟の防御も間に合わずもろに攻撃を受けたことで、立ち上がることができない。意識を失ってはいないが、それだけだ。

 

(ああ、やっとだ……)

 

 船尾に初めて負けたあの日から、ずっと待ち侘びていた。

 傍目には順当な勝利かもしれない。けれど光宣にとっては、何より価値のある勝利だ。

 

 光宣が魔法を構築する。倒れた船尾へ右手を伸ばし、確実に照準を合わせ、魔法を放とうとして──

 

 ──ガツンと、後頭部に衝撃が走った。

 

(……えっ)

 

 突然の衝撃に、光宣はふらついた。何故、と考えたところに、カランと乾いた音を立てて小銃型CADが床に落ちた。

 そして気づく。先ほど床に落ちた特化型CADが自身の後頭部を襲ったのだ。

 

 どうやって放った、何故気付かなかった。そう考える光宣は、自身へ迫る魔法を感知した。

 地面を伝った振動系魔法、これなら船尾の干渉力、しかも満身創痍の状態でも、光宣の意識を刈り取ることができる。

 

 ぼんやりとそう考えるだけで、対応はできなかった。今の攻撃を受けたことで、構築途中の魔法は霧散した。防御も撤退も強行も、間に合わない。

 光宣は自身の身体に流し込まれた振動波を感じると同時に、意識を失った。

 

 

 

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