九校戦編1
国立魔法大学付属魔法科高校は現在、全国に九つ存在する。
その九校から選りすぐりの魔法科高校生たちが選抜され、その若きプライドを懸けて栄光と挫折の物語を繰り広げる。
魔法関係者のみならず、多くの観客を集める魔法科高校生たちの晴れ舞台。
その舞台が『九校戦』。正式名称・全国魔法科高校親善魔法競技大会。
今年も、もうすぐ幕を開ける。
◆
二○九五年七月中旬。
魔法科高校にも定期試験は存在し、魔法理論の記述テストと実技テストが行われる。先日、一学期定期試験が行われ、個人返却と学内ネットでの成績優秀者発表がされたのだが、その結果に生徒たちの間でざわめきが生じていた。
総合成績優秀者は
一位 1−A 司波深雪
二位 1−A 桜井水波
三位 1−A 光井ほのか
四位 1−E 吉田幹比古
五位 1−A 北山雫
実技試験成績優秀者は
一位 1−A 司波深雪
二位 1−A 桜井水波
三位 1−A 北山雫
四位 1−A 森崎駿
五位 1−A 光井ほのか
記述試験成績優秀者は
一位 1−E 司波達也
二位 1−A 司波深雪
三位 1−E 吉田幹比古
四位 1−A 桜井水波
五位 1−A 光井ほのか
ざわめきの原因は三つ。
一つ目は、一年E組の吉田幹比古。
二科生である幹比古が記述試験で三位、実技試験では七位、総合でも四位に食い込んでいた。幹比古のポテンシャルを考えると意外でも何でもないのだが、入学以来二科生のことを「ウィード」「補欠」「スペア」と見下して来た者たちにとっては衝撃の結果だった。
二つ目は、一年E組の司波達也。
記述試験で一位。一科生たちからすればこれだけでも腹立たしく、達也と親交がある者たちであれば当然の結果なのだが、その点数が驚きだった。二位の深雪と「平均点」で十点以上の差をつけてのぶっちぎりのトップだったのだ。
そして三つ目が、一年E組。
記述試験の成績上位者を見ていくと、九位、柴田美月。十五位、千葉エリカ。成績上位者二十名に二科生が四名も入っており、その全てがE組の生徒。
また、これは発表されていないが、実技試験の結果では上位百名の内、九名が二科生であり、その内の八人がE組なのだ。
もし仮に、第一高校に一科生二科生の入れ替わり制度があるならば、E組の三分の一の生徒が一科生になれるという結果に、職員室では大騒ぎになった。
こう見ると全て達也が関わっていると言えるかもしれない。
◆
達也と幹比古は生徒指導室に呼び出されていた。目の前には教頭の八百坂、そのほかにも二人の教師がいる。
「それでは、吉田君は司波君に相談をしてから魔法を使う感覚を取り戻したということですか」
「は、はい、四月の下旬に司波君に相談したことで、魔法を発動するときの速度感覚が取り戻せました」
幹比古はいきなり呼び出されて少し緊張しているようだ。達也としては早く終わってほしい以外、何とも思っていないのだが。
「そして、実技の実習でも司波君はE組の生徒たちに指導していたと」
「はい、司波君はクラスメイトに魔法発動の指導をしていました」
「そうですか」
入学当初に差があった生徒たちが、達也の指導によって上位に食い込んだのだ。教師としては面白くないのだろう。特に、一科生の教師は面目丸つぶれだ。
「司波君も実技試験で手を抜いたりはしていないのですね」
「はい、自分は実技が苦手ですから」
「なるほど……わかりました。二人とも退室していいですよ、わざわざありがとうございます」
八百坂は意外とあっさりしており、すぐに退室の許可が出た。
生徒指導室から退出した達也たちは「アイネブリーゼ」に向かった。店内には既にエリカ、美月、レオの三人に加え、ほのかと雫の二人もいた。
「呼び出しお疲れ~、どうだった?」
「予想通りだったよ。俺と幹比古、それにE組の成績についてだった」
「やっぱりなぁ、学校側も面白くねぇんだろうぜ」
「それよりもさ、一科の連中の悔しそうな顔見た? ほんと面白かったわよね~」
「性格のわりぃ女だ」
「なによ」
「なんだよ」
「はいはい、エリカちゃんもレオくんもそこまで」
会話開始から流れるように喧嘩になりそうだったが、最近は美月も慣れてきたようで達也に助けを求めることも少なくなった。今も手を叩いてすぐに収めた。
「それにしても、今回は衝撃的でしたね」
「というか、全部達也さんの所為だけど」
ほのかの素直な感想に、雫のツッコミが飛ぶ。ちなみに、ほのかの成績は実技と記述が共に五位、総合で三位。雫は実技が三位、記述が八位、総合で五位だ。
「私もまさか上位に入れるとは思っていませんでした。達也さん、ありがとうございます」
「美月は俺が教えなくても入れたと思うけど」
「いえ、そんな……」
「あたしも達也くんに教えてもらって上位だしね」
上位に入れて笑みを隠せずにいる美月と、自慢げなエリカ。なお、美月は実技でも百位以内に入っている。
「まあでも、少しすっきりした感はあるな」
「達也でもそんなこと思うんだなぁ」
声に出したレオだけでなく一同が意外感を示したが、達也は感情の上限が決まっているだけで、ある程度は普通の感性を持っている。入学時のいざこざで一科生に苛立ちを感じていても当然だろう。
「あれだけ目の敵にされたらな」
「それもそうさな」
とはいえ、これ以上引っ張る話題でもないので達也から話題を変えた。
「それよりも、幹比古の成績もかなり良かったな」
「ミキは一科に転科とかしないの?」
「僕の名前は幹比古だ! ……そういう話はなかったけど、できたとしても遠慮したいな」
「吉田くん、どうしてですか?」
「今のクラスが好きなのと、達也の指導が受けられるからね」
「そうなんですね、よかったです」
二科生のままだと聞いて嬉しそうな美月、他の三人は少し照れくさそうだ。
「それに……僕が一科に転科するとしたら、色々恨まれそうだしね」
「実力を見せつけられても認めないなんて……ほんっとどうしようもないわね」
「同じ一科生として恥ずかしい」
エリカが呆れを隠さず鼻で笑い飛ばし、雫も淡々と賛同する。少し暗い雰囲気になったのを察知したほのかが、急いで話題を変えた。
「で、でも成績上位者って、九校戦に出られるんですよね?」
「魔法の相性もあるけど、試験の結果も大切」
雫が言う通り、九校戦の選手選考は競技の適性もあるが、基本的には定期試験の成績が反映され、成績上位者は選手に選ばれる。その為に定期試験に力を入れる生徒も少なくない。
「僕は達也が出ないなら出たくないな」
「どうしてですか?」
「一科生ばかりで僕は居心地が悪そうだし……それに、達也以外が調整したCADを使いたくないんだ」
前半はエリカたち二科生が、後半はほのかと雫が深く頷いた。二人も競技に出ることはほぼ確実なので、切実な問題なのだろう。
「ねえ達也さん、九校戦のエンジニアやってほしい。私とほのかと吉田くん、あと水波の四人分」
実際に口を開いたのは雫だが、その隣でほのかも視線を送っている。ちなみに、水波のCADは入学前から達也が調整している。
「俺も四人のCADは調整したいんだが……俺は二科生だからな、他の選手から反感を買う人選はしないだろう」
雫以外のCAD調整は達也が請け負っている。達也もこのメンバーなら担当したくはあるし、一科生の鼻を明かしてやりたいのは山々なのだが、エンジニアに選ばれないことにはどうにもならない。だから半分以上諦めていたのだが、雫の熱意を甘く見ていた。
「私が選ばれたら達也さんを推薦する。それで、私の専属になってもらう」
「あっ、雫ずるい! 達也さん、私も担当してくださいね!」
盛り上がっている二人に、達也は苦笑いを返すのだった。
◇◇◇
九校戦代表メンバーは、生徒会と部活連が主体となって選出する。例年は選手選考はなんとか決定し、技術スタッフの選考に頭を悩ますのだが、今年は様子が違った。
その原因である男子生徒二人は生徒会室に呼び出されていた。
「それでお話とは何でしょうか?」
目の前には生徒会メンバー五人に加え、部活連会頭の克人、風紀委員長の摩利、一高の幹部が勢揃いしていた。
「あたしから説明しよう」
摩利が口を開く。真由美でないのは、達也がいるからだろう。
「吉田を九校戦の選手にしようとしているんだが、どの競技に出すかの意見を聞きたい」
「何故俺に聞くのでしょうか」
「吉田はE組だからな。達也くんの指導を受けているのだろう?」
呼び出された際に予想はしていたが、生徒会メンバーにも伝わっているようだ。
「そうですか……適性だけで考えればモノリス・コードが最適だと思います、あとはバトル・ボードでしょうか。ですが、モノリス・コードは難しいでしょう」
「その理由は?」
「古式魔法の隠密性はモノリス・コードに最適です。それに幹比古は身体能力も高いですし、精霊魔法を使いますが水が一番得意だそうですよ」
「なるほど。念のためだが、モノリス・コードが難しい理由は?」
「彼は二科生です。チームメンバーの対立を招くのでは?」
「……そうだな」
摩利はすぐに引き下がったが、納得はしていないようだ。
「渡辺先輩、私はやはり吉田をモノリス・コードの選手にするのは反対です。バトル・ボードは個人競技ですが、モノリス・コードはチーム戦です。チーム内に不和をもたらす人選は避けるべきかと」
「だが彼は実技で男子二位だ。適性もあるんだから選出しないのはおかしいだろう」
「しかし……」
幹比古のモノリス・コード選出に反対したのは副会長の服部。だが、成績については反論ができずに、言葉に詰まっている。
「あの、一ついいですか」
ここで、幹比古が手を挙げた。
「なんだ、吉田」
「僕を選手として選考していただけるのはありがたいんですが、僕は達也の調整がなければ出場しないつもりです」
「なに?」
摩利が片方の眉を上げる。達也もまさか本当に言うとは思っていなかったので、内心かなり驚いている。
「僕は達也以外が調整したCADを触りたくありません。達也以外がエンジニアならここで辞退したいのですが」
「おい! よしっ」
「待て、服部」
服部が声を上げようとするが、摩利がそれを止めた。
「実はA組の北山と光井、桜井の三人からも強い希望が出ている」
どうやらほのかと雫、そして水波も達也の話をしたようだ。
「達也くん、これだけの成績優秀者が希望しているんだ。一度君の調整を見せてほしい」
呼ばれた本当の理由はこれだったらしい。
「それは構いませんが、誰のCADを調整するんですか?」
「あたしのでいい」
摩利は即答した。CADは魔法師にとって命綱に等しい、それを躊躇いもなく預けるとは。女性に言う言葉ではないが、随分と男前だ。
「分かりました」
これに応えないのは失礼が過ぎる。達也は全力で調整をすることに決めた。
調整室に来た幹部七人と達也と幹比古。
「達也くん、課題の内容だけど、時間内に摩利の私用CADを競技用のCADにコピーして、即時使用可能な状態に調整してください」
「七草会長、起動式に少し手を加えてもよろしいですか?」
「それは構わないけど、大丈夫? 起動式に手を加えるとなると時間が足りないわよ?」
「問題ありません。渡辺先輩、CADを貸してください」
「ああ」
「ありがとうございます。測定もお願いします」
摩利からCADを受け取り、まずサイオン波特性を計測する。
計測が終われば、後は設定を行うCADをセットして、自動調整結果に微調整を加えるだけだが、その為には設定済の、この場合なら設定をコピー済のCADが準備されていなければならない。だが、達也はディスプレイを見詰めたまま動かない。
深雪と幹比古以外の全員が、手順のミスかと思った。だが、その佇まいは順番を間違えて途方に暮れている、という感じではなく、怖くなるような真剣な眼差しがあった。好奇心を抑えきれなかったのか、あずさがひょこっと首を伸ばして、達也の肩越しにディスプレイを覗き込んだ。
「へっ?」
花の乙女には些か似つかわしくない、間の抜けた声を上げた。
あずさの様子に、真由美と計測を終えた摩利も、隣からディスプレイを覗き込んで息を呑んだ。
そこには、当然映し出されているべきグラフ化された測定結果は表示されておらず、ディスプレイ一杯を無数の文字列が高速で流れていた。あずさは辛うじて所々の数字が読み取れる程度で、二人には流れ去る文字列を目で追うこともできない。文字の行進は、すぐに止まった。達也は自動スクロールの停止後すぐに、調整機に競技用デバイスをセットして、猛然とキーボードを叩き始めた。
次々と、いくつものウインドウが、開かれては閉じる。開いたままのウインドウの一つが、今まで読み取っていた測定結果の原データであり、もう一つのウインドウがコピー元の設定を記述した原データであることに、あずさだけは気づいた。今、目の前でどれ程高度なオペレーションが行われているか、理解している者はいないだろう。
このやり方なら、測定結果の全てを、デバイスの許す限り、調整に反映することができる。自動調整機能に全く頼らない、完全マニュアル調整。これなら自動調整よりユーザーの負うリスクは小さく、自動調整より遥かに効率の良い起動式の提供が可能だ。
実際に完成した競技用CADのデータも見ることができるが、あずさには到底真似できないレベルのもの。達也の調整技術は自分たちエンジニアチームの誰よりも、上だ。しかも、次元が違うほどに。
あずさは何としても、達也をチームに引き込もうと決意した。
「終了しました」
達也がCADを手渡す。摩利は少しの緊張が窺える表情で 、魔法を発動した。
「は……?」
だが、摩利の頭からは、感触を確かめるという目的が完全に消え去っていた。
「摩利……?」
周囲が訝しむ中、真由美が問いかける。だが摩利はそれを無視して幾つか別の魔法を発動させ、そして体ごと達也に向き直った。
「達也くん、一体何をした」
口早に問う摩利に対して、達也の答えは簡潔なものだった。
「渡辺先輩に合うように調整しただけです」
「いや、しかし……」
「摩利、そのCADはどうなの?」
「……いつも使っているのより速い。それどころか、使っていて全く違和感が無い……こんな感覚は初めてだ」
摩利の発言にその場がどよめいた。摩利のCADは最新型のハイスペックなものだ。競技用のCADがそれよりも速いなど、起こるはずがない。だが、そんな周りの空気さえも摩利は忘れているようだ。
「これなら北山たちが言うのも頷ける……達也くん、あたしのCADも担当してくれないか」
「ちょ、ちょっと待って摩利! まだ達也くんの選出は決まってないのよ?」
「これだけの腕で選出しないなどあり得ん、絶対に選出すべきだ」
摩利の言葉に幹比古が深く頷いており、それを後押しする声も上がった。
「私も司波くんのチーム入りを強く支持します! 司波くんの見せた技術は、高校生レベルを遥かに超えた高度な技術です! サイオン波の計測結果を原データから直接理解して、全てマニュアルで調整するなんて私にはできません! というよりも、この学校では誰もできません!」
「あたしには細かいことは分からんが、達也くんの技術は断トツだ。選ばない理由がない」
だが、そのまま決定というわけにはいかないようだ。
「確かに、渡辺先輩や中条が言うようにすごい技術なのかもしれませんが、一年生で二科生という前例が全くない状態では反感も多いでしょう。私も納得がいっていません」
「ではどうするんだ、服部」
「私も調整を受けてもよろしいでしょうか」
服部が興味本位で言っているわけではないことは、その目を見ればわかる。先ほどの発言からも、彼は二科生のことが嫌いなのだろう。
「いいだろう、達也くんも構わないか」
「いいですよ」
だから摩利も許可を出した。達也も一科生の鼻を明かせるなら、否があるはずもなかった。
服部の調整も滞りなく終了した。
「どうぞ」
「ああ」
服部は今だけは達也が二科生であることを意識から追い出しているようだ。受け取る際にも嫌悪感は見当たらない。服部は一つ深呼吸をしてから、魔法を起動させた。
「これは……」
服部は目を見開いて、先ほどの摩利と同じ反応をした。摩利は鼻を鳴らして少しドヤ顔気味だ。
「どうだ服部、あたしの言ったことが良く分かるだろう」
「そう、ですね、これは確かに……」
自慢げな摩利と呆然としている服部、幹比古はその様子に苦笑いを浮かべている。
「服部くん、どう?」
あずさが質問するが、服部はそれを手振りで制して、真由美と克人に体を向けた。
「七草会長、十文字会頭、私も司波のエンジニア入りを支持します。これだけの腕があるのならば、私も反対するつもりはありません」
どうやら服部は二科生というよりも、実力の無い者が嫌いらしい。風紀委員のメンバーと似たような豹変ぶりだ。
「服部の意見は尤もだと俺も思う。司波は我が校の代表メンバーに相応しい技量を示した。俺も司波のチーム入りを支持する」
服部が賛成し、克人が旗幟を明らかにしたことで、その場の意見が確定した。