「──勝者、船尾春花」
審判である深雪はそう宣言すると、達也へ光宣を任せて船尾のもとへ駆け寄る。
「春花ちゃん、大丈夫かしら?」
「ちょっと無理です……治癒魔法ください」
深雪の見立て通り、船尾はかなりいっぱいいっぱいだった。
先ほどの加速魔法、術式の簡略化のために慣性中和を併用していなかった。かなりのGが船尾を襲っていたはず。そこに加減されていたとは言え、六発の『空気弾』をノーガードで受けたのだ。意識があるだけ称賛される頑丈さだった。
「全くもう…無茶しすぎよ」
「無茶しないと勝てないじゃないですか……それに、ここまで無茶しても相手のミス頼りなんですから」
「…そうね」
深雪はそう同意すると、船尾へ魔法を掛ける。その圧倒的魔法力により発動された治癒魔法には、船尾を一時的に立ち上がらせるだけの力があった。
「骨は折れていなかったけど、打ち身が酷いわ。当然知っていると思うけど、魔法による治療は結局のところ応急処置で」
「定着するまでは仮に治っているだけ。決して、瞬時に健康状態を取り戻すものじゃない。──大丈夫です。分かってます」
深雪のセリフを横取りする形で、船尾は自分に言い聞かせるように口に出した。
彼女は今、自分は治癒魔法が無ければ立つことすらできないと、正確に理解していた。
「完治までどのくらい掛かりますか?」
「二、三日は絶対安静ね」
「ということは、週末には間に合いますね」
その上で、週末──お泊り会をするなら土日の一泊二日だ──に間に合うなら問題無いと、船尾は満足げに鼻を鳴らした。
「船尾」
「あ、達也先輩、ありがとうございます」
達也が小銃形態の特化型CADを手渡す。
「視たところ壊れてはいなさそうだが、後でちゃんとチェックするか?」
「そうですね。お願いしてもいいですか?」
「ああ。それにしても、まさかCADを弾丸にするとは思わなかったぞ」
「……怒ってます?」
「他の機種ならまだしも、このCADなら怒りはしない」
「助かったー」
「あの、司波先輩……このCADが、何か?」
二人の会話に割り込んで、泉美が問う。
「これはローゼン社のCADで三世代ほど型落ちした旧モデルなんだが。構造が単純なためバッテリー持ちも良く、何より物理的強度が非常に高い。一部では熱烈に支持されている機種なんだ」
「そゆこと。これ硬すぎて、多分釘打てるよ」
船尾はCADをコートへ仕舞いながら、達也の説明を引き継いだ。泉美がさらなる質問を投げ掛ける。
「船尾さんはCADにも詳しいのですか?」
「ううん、偶々安く売ってたから。九校戦明けから二つのCADの同時操作やりたいって思ってたんだけど、『二機目はお小遣いからやり繰りしなさい』ってお母さんに言われて……最新式ってめちゃくちゃ高いじゃん」
市販されているCADは政府が価格の九割を補助しているとはいえ、通常購入金額は三~五万円。最新式や特殊なタイプであれば、十万を超える物もある。
「そう言えば値段までは聞いていなかったな。幾らで買ったんだ?」
「いちにっぱです、新品ですよ」
「それはそれは……掘り出し物だな」
「はいっ」
達也はトーラス=シルバーとして多額の報酬を得ているが、これに心が動く程度には、金銭感覚は庶民寄りだ。
このモデルがデッドストックだった事も合わせて、割と奇跡的な確率だ。
ただ、彼の感想は周囲の共感を得られるものではなかった。深雪や水波、泉美は、彼の言葉に愛想笑いを浮かべて相槌を打つのみ。
このあたり、軍や研究所で「庶民」と交わる機会の多い達也と、四葉や七草の直系として育てられた深雪や泉美、ガーディアンとしてCADに苦労したことがない水波──達也と彼女たちの間には培われた感覚の差があるようだ。
◆
覚醒は速やかなものとは言えなかった。
意識に靄がかかったように、現状が上手く把握できない。
自分はここで何をしているのか……?
目が覚めて、光宣の意識に最初に浮かんだ思惟が、この疑問だった。
「九島くん、気がついたかしら?」
優しげな声に意識を向けると、この世のものとは思えない美貌をたたえた少女がいた。
「深雪さん……」
光宣は徐々に覚醒する頭で、この場にいる理由と、現在の状況に思い至った。
「保健室……僕は、また負けたんですね」
「ええ、模擬戦は春花ちゃんの勝ちよ。ただ、彼女の方が重傷ではあったけれど」
「重傷……」
光宣が放った『
実際に決め手となったのは後者の魔法だが、肉体に残るダメージは前者の方が大きい。
「彼女は今どこに?」
「生徒会室で仕事をしているわ。治癒魔法を掛けて動けるようになったら、『お泊り会のために巻きで進めます!』って張り切っちゃって」
無理は禁物なのだけど、と深雪は呆れた様子だ。
「さて、反省会をしましょうか。呼ぶのは春花ちゃんだけでいいかしら?」
「はい。大丈夫です」
深雪の確認に、光宣はベッドの上に身体を起こしながら答えた。
少ししてから、船尾が保健室にやって来た。
「九島くん、体調は平気?」
「はい、問題ないです。船尾さんは…平気ではないですよね」
「…そうだね、深雪先輩の治癒魔法が無かったら歩くこともできないし」
船尾は苦い笑みで、正直に答えた。
船尾からすれば、あの模擬戦は、圧倒的な才能差を改めて突きつけられた、苦い戦いだった。
対する光宣も、隔絶した魔法力を持ちながら、自身の未熟さを露呈させた苦い戦い。
互いになんとも言葉にしづらい気持ちを抱えて、ぎこちない雰囲気が形成される。
「それじゃあ二人とも、反省会を始めましょうか」
それを切り裂くように深雪が音頭を取った。
「とは言っても、全部ではないけれど……春花ちゃんが使った特化型CADについて、九島くんもその原理は理解してるわよね?」
「はい、二つのCADの同時操作と『クイックドロウ』の併用……ですよね?」
「そうね。兄さんや雫の『二つのCADの同時操作』と森崎くんの『クイックドロウ』。その合わせ技により難易度を下げて、春花ちゃんでも制御可能な技術となった」
深雪は、光宣なら模擬戦の最中にもそれを理解できている前提でおり、それは正しかった。
「それじゃあその後、光宣くんが『窒息領域』に気付いてからの話ね」
深雪はそう前置きすると、ゆっくりと説明を始めた。
「春花ちゃんが発動した全力の『領域干渉』、この魔法の目的は二つ。一つは九島くんの意識を春花ちゃんから逸らす囮の役割……もう一つは、同時に発動された遅延型の魔法を隠すためだったの」
「遅延型発動術式、ですか」
古式魔法ではよく使われる手法、「九」の魔法師である光宣は当然知っていた。だが、現代魔法戦において使われたのを見たのは初めてだった。
「使用した魔法は……加速魔法、ですか?」
「さすがね。物体を九島くんの後頭部目掛けて打ち出すだけの加速系単一魔法。シンプルな術式だから構築に時間が掛からないし、何より継続的な魔法ではないから、魔法的な感覚でも捉えにくい」
「二重の隠蔽……今思い出しても、事象改変の兆候は見えなかったです」
「あの時の九島くんは酸欠から解放された直後で、春花ちゃんに意識を集中していたから余計ね」
「はい……」
強力な魔法(領域干渉)をブラフとして、本命の攻撃(船尾本人の接近とCADの投射)には敢えて魔法的痕跡が極めて薄い、シンプルな加速術式を用いる。
言葉にすれば単純だが、光宣の感受性を相手にそれを通すのは至難の業だ。船尾はそれを、酸欠というデバフを合わせることで成立させた。
光宣が俯いたのは僅かな時間、顔を上げると船尾へこう問い掛けた。
「船尾さん、どこまでが貴女の作戦だったんですか?」
「全部」
即答だった。
「CADを落としたのは私のミス、そこで思い付いた作戦で……いつかは『窒息領域』に気付くだろうから、それで私から一瞬意識が逸れる。そこからさらに『領域干渉』で意識を逸らさせて、私は直接攻撃。絞め落とせたならそれで良し、反撃された時のために背後からCADをぶつけた……あれが対処されたら私に打つ手は無かったけど」
「……つまり、僕の攻撃を受けるのも想定内だったと?」
「うん」
口に出した光宣は「本気か、こいつ」を通り越して「正気か、こいつ」という顔をしている。船尾はそれを笑って流した。
「前の一条さんとの試合とか、今日の試合やって分かったと思うけど……地力に差がありすぎて、九島くんが当たり前を熟すだけで、私がどれだけ手を尽くしても勝ちがなくなるんだよ。だからその当たり前を崩す必要があった、それだけだよ」
「それはそうですけど……」
その言葉に、光宣は反論できない。
実際、光宣が本当に最善手を取り続けることができれば、船尾が勝つことは不可能だった。
「では、僕が一旦距離を取ったらどうするつもりだったんですか?」
「その場合はまた別のアプローチを考えるよ」
光宣は、一度見た遅延術式は二度も通じないと思った。だが、知っているからこそ脅威となる事もある。今回の模擬戦でも『使う・使わない』の二択で何度も翻弄されていた。
それに、特化型CADが船尾の手に戻れば、光宣はまた警戒を余儀なくされる。ここで反論するほど、光宣は子供ではなかった。
「では、『空気弾』で勝負が決まる可能性……それも考えていたのですか?」
「もちろん」
光宣の「まさか」という問いに、船尾は即答した。
「だから賭けるしかなかった。九島くんの真面目さと、一回目の反則負けと、勝利への執着と、私への過剰な警戒。全部利用して、その上で私の意識が残る方に賭けたの」
「何故、そんな賭けができたんですか……?」
「九島くんを信じてたから」
独り言に近い光宣の問いに、船尾は誤解の余地なく答えた。
「九島くんならどれだけ撹乱しても反応してくるし、それを成立させる魔法力もある。一回目の反省から、万が一にも
光宣は、初めて船尾と戦うと決まった時、彼女のことを無意識に見下していた。
敗北を二度味わったことで、彼女を優秀な魔法師であると認識した。
そして今回、万全の体勢で挑んで、その上で三度目の敗北をした。
船尾の魔法力が凡の域を出ないという評価は変わらない。魔法師としての格は、自分の方が上だと今でも思っている。
だが、そんな事は関係ない。
──船尾春花は、九島光宣にとって学ぶべき魔法師である。
光宣は初めてそう感じた。