生徒会室での一件から数日後の放課後、部活連本部。
「これはどういうことです!? 何故技術スタッフと選手席に一年の二科生が二人も座っているんですか!?」
摩利に呼ばれて会議に出席したところ、予想通りの反応が返ってきた。
「吉田は男子総合一位の実力者だ、二科生だろうと問題はない」
「選手は分かりましたが、一年のしかも二科生が技術スタッフなんて聞いたことが無いですよ!?」
幹比古については目に見える成果があるため引き下がったようだが、達也は別のようだ。「前例がない」「一年生」「二科生」という反論が多くある。
「彼のエンジニア就任は一年生四人の強い希望があった。あたしと服部も調整を受けたが、実力はここにいる誰よりも上だ」
「そ、そんなことは……」
摩利の威圧的な言葉とその内容に、反論は沈静化されたように見えるが、まだ納得のいかない者が多い。
「七草会長」
そんな中で、声を上げたのは服部だ。
「司波の技術レベルがわからないことが問題になっているのですから、実際に調整をやらせてみればいいと思います。正直な話、俺も実際に使ってみるまでは司波のことを信用していませんでしたし」
服部の正直すぎる言葉には苦笑を禁じ得ない。だが、服部が二科生嫌いなのは有名なのだろう。あの服部がそこまで言うなら、という雰囲気が形成され始めた。
「俺もその方法でいいと思う」
「十文字会頭……」
「なんなら俺がやらせてもらうが」
「司波の実力も分からないのに危険です!」
達也の調整を受けたことのある摩利や幹比古たちは呆れていた。だが、服部は良く知らない二科生に調整を任せたくない気持ちが分かるようで、真剣な表情のままだ。
「その役目、俺にやらせてください」
その場で立ち上がったのは、桐原だった。
「達也くん、課題の内容は摩利のときと同じ。桐原君の私用CADを競技用のCADにコピーして、即時使用可能な状態に調整すること。時間内であれば、起動式に手を加えても大丈夫です」
「分かりました」
起動式に手を加えるということで、鼻を鳴らした技術スタッフのメンバーが何人かいたが、達也も桐原もそれを無視した。
「それでは桐原先輩、お願いします」
達也は摩利や服部の調整と同様に、完全マニュアル調整を披露した。達也が何をやっているか理解できる人物はおらず、今時珍しいキーボードオンリーの調整方法とその速度に目を奪われていたのだった。
「終了しました」
達也に手渡されたCADを桐原が起動すると、目を見開いて数秒間固まったのち、急に笑い出した。
「ははは、こりゃすげぇわ……」
「どうだ桐原」
「問題ありませんね。いつもより使いやすいと言いますか、むしろ違和感が無さすぎて怖いくらいです」
桐原の言葉にその場がどよめいたが、克人はこれで三度目だったので特に動揺もしなかった。
「桐原もこう言っているが、まだ司波の調整技術に問題があると思う者はいるか」
先ほどまで反対していた者たちも、桐原の言葉には反論を返せないようだ。
「それでは、司波のエンジニアチーム入りは決定とする」
克人がこう告げたことで、達也のチーム入りが正式に決定した。
◆
会議が終わった後、生徒会室では一高幹部がエンジニアの担当決め会議をしていた。
「それで、達也くんの担当だが、変則的にはなるが特定の選手担当ということでいいか」
練習メニューやエンジニアの負担削減の関係上、通常は一種目につき一人のエンジニアなのだが、今回の達也に関しては例外だ。
「ええ、それでいいと思うわ。競技時間が被る選手にはサブをつけましょうか」
「ですが会長、担当選手が四人だけというのは他のエンジニアに負担が多いのですが」
「市原、何を言っているんだ。あたしの分も担当してもらうさ」
摩利が当然のように返答したので、鈴音は一瞬言葉に詰まってしまった。
「…それはいいのですが」
「達也くんの調整ってどれだけすごいのよ」
「あれはもはや魔法の類だな。この前調整してもらってから、自分のCADですら違和感が消えなくてな。今は競技用のを持ち歩いているぞ」
「魔法って……」
魔法師を志す人間のセリフではないのだが、その場にいた服部と、そして深雪は摩利の気持ちがよく分かる。
深雪も達也の技術力は認めているので、月に二回だけ達也に調整してもらっている。だが、九校戦のエンジニアを希望したりはしない。せっかく離れたのにまた一緒になるなど嫌だったからだ。
「渡辺、少しいいか」
「なんだ、十文字」
「司波の調整技術がそれほどなら、優勝を狙える選手につけた方がいい」
「それはそうだな……そういえば服部、お前は達也くんを希望しないのか?」
希望しないわけがない。摩利の勢いがあまりにも強かったので、先ほどは言えなかったのだ。
「可能でしたら希望します。先ほど渡辺先輩が仰っていましたが、俺もあれから私用のCADに違和感を覚えていますし……」
「よし、それじゃあ多分桐原もだな。どうだ十文字、その七人なら全員が優勝候補だろう」
本戦は摩利に加えて服部と桐原。新人戦は深雪を除く上位五位のメンバー。優勝候補なのは間違いない。
「それなら問題ないだろう。七草もそれでいいか」
「え、ええ、それで進めましょうか」
最後まで摩利が会話の主導権を握りながら、達也の担当選手が決定した。
◇◇◇
会議を終えて帰宅した達也は、四葉本家へ電話を掛けた。
『達也殿、どうなさいましたか』
「葉山さん、突然連絡してしまい申し訳ありません。叔母上と、できれば母上につないでいただきたいのですが」
『ほう、どんな御用ですかな』
「九校戦のエンジニアに選ばれたので、その報告をと思いまして」
『おお、そうでしたか。それでは少々お待ちを』
葉山が電話を保留にしてから五分後、画面に真夜と深夜が現れた。
『達也さん、こんばんは。九校戦のエンジニアに選ばれたそうですね、連絡してくれて嬉しいわ』
「はい、深雪も選手に選ばれたようです」
どうやら事前に知っていたようだ。達也は報告を怠らなくて良かったと心底思った。
『達也、報告は嬉しいのだけど、それ以外の連絡が少なすぎないかしら。前に連絡をくれたのだって、三ヶ月も前じゃない。それもブランシュのアジト襲撃の報告よ』
『姉さんの言う通りね。達也さん、もう少し頻繁に連絡をもらえるかしら』
「……善処します」
『ふふ、よろしくね』
今は二人が真面目モードではないので、達也もこんなことを口にできる。
『それはそうと、達也さん』
だが、二人の雰囲気が一気に変わった。
『九校戦に国際犯罪シンジケート、
「かしこまりました」
『それじゃあ、真剣な話はここまでにしましょうか』
その後、久しぶりの電話に盛り上がった真夜と深夜は、しばらく達也を解放することなくお喋りに興じていたのだった。
真夜たちとの電話の後、夕食を終えて片付けをしている最中に、再度電話が鳴った。
「お久しぶりです、風間少佐」
『久しぶりだな、特尉』
画面に映ったのは風間玄信少佐。達也が特務士官として所属する、陸軍一○一旅団・独立魔装大隊隊長だ。
「その呼び方をすると言うことは秘匿回線ですか……よくもまぁ毎回一般家庭用のラインに割り込めるものですね」
『簡単では無かったがな。特に、君の家のセキュリティーは一般家庭にしては厳重過ぎる』
「最近のハッカーは見境無いですからね」
『新米オペレーターには良い薬になったようだ。さて、まずは事務連絡だが、本日「サード・アイ」のオーバーホールを行い、部品をいくつか新調した。これに合わせてソフトウェアのアップデートと性能テストを行って欲しい』
「分かりました、明朝出頭します」
『いや、学校を休むほど差し迫った用件では無いのだが……』
「いえ、次の休みには研究所の方で新型デバイスのテストがありますので」
『本官が言えた事では無いが、高校生になってますます学生らしくない生活になってるな』
「この言葉は好きでは無いですが、仕方ない事です」
『そうだな』
達也の諦めにも似た言葉に風間少佐も頷き、それ以上のツッコミは無かった。
『では次の話だが、聞くところによると特尉、今夏の九校戦には君も参加するようじゃないか』
「…はい」
返事をするのに少し間があったのは、達也が九校戦に参加する事が決定したのは数時間前だからだ。真夜といい、風間といい、情報が早すぎる気がしてならない。
『会場は富士演習場南東エリア。これは例年の事だが……気をつけろよ、達也』
呼び方が「特尉」から「達也」に代わった事で、この話は風間少佐としてでは無く達也の一友人の風間玄信としての進言だと即座に理解した。
『該当エリアに不穏な動きが確認されている。それに国際犯罪シンジケートの構成員らしき姿も何度も目撃されている』
「国際犯罪シンジケートと仰いましたが、もしかして無頭竜ですか?」
『……よく知っているな。何故無頭竜の事を?』
「つい先ほど本家に連絡したところ、叔母上から忠告を受けまして」
『なるほど、四葉殿からか』
「はい。ですが、詳細はまだ不明との事なので、分かり次第教えていただけるとありがたいのですが」
『わかった、こちらからも分かり次第伝えよう。明日は無理だが富士では会えるかもしれないな』
「楽しみにしてます」
『私もだよ……おっと、少し長く話しすぎたようだ。新米が焦ってるからそろそろ切るぞ』
どうやらネットワーク警察に回線割り込みの尻尾を掴まれたようだ。風間は達也の返事を待たずにそのまま通信を切った。
◇◇◇
日曜日、達也はフォア・リーブス・テクノロジー、略称FLTのCAD開発センターへ足を運んだ。
「あっ、御曹司!」
研究施設の中の一室に達也が入室すると、忙しく働いている研究員たちが達也に声を掛けてくる。
「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」
「お呼びですかい、ミスター」
「スミマセン主任、お忙しいところに」
「おっと、いけませんな、ミスター。ここにいるのはアンタの手下だ。手下に謙りすぎちゃあ、示しが付きませんぜ」
「皆さんは俺の部下と言う訳では……」
「何を仰いますやら。天下のミスター・シルバーともあろうお方が。俺たちはアンタの下で働けるのを光栄に思ってるんですぜ」
牛山の言葉に、研究者全員が深く頷く。ここはFLTのCAD開発第三課、世に言う「シルバーモデル」の開発部署だ。
「それを言うなら、名実共に此処のトップはミスター・トーラス、貴方じゃないですか」
「やめて下さいよ。俺は『ミスター』や『トーラス』なんて柄じゃねぇって。アンタの天才的アイディアを実現する為に、ほんのちょっと手伝っただけなんですから。御曹司が未成年って事で単独の開発権利者だとまずいって事で、仕方なく名前を連ねてるだけでさぁ」
「牛山さんの技術力がなきゃループ・キャストは実現しませんでしたよ。俺にはハードの知識も技術も不足していますし。技術も理論も、ハードとして製品化できて、初めて意味を持つものでしょう?」
「止め止め! 口じゃあは御曹司には勝てねぇ。それよか、仕事の話をしましょうや。まさか俺たちの顔を見に来たってこたぁ無いでしょ?」
「オーケー牛山さん、今日はこれです」
「これはもしや……飛行デバイスですかい?」
「ええ、常駐型重力制御魔法の起動式が入っています」
「それで、テストは……」
「いつものように俺だけですが」
息を呑む音が部屋中から聞こえた。
「おいテツ、T-7型の手持ちは幾つだ?」
「十機です」
「馬鹿野郎! 何で補充しとかねぇんだよ! あるだけ全部に御曹司のシステムをフルコピーしろ! ヒロ、テスターを全員呼べ! 何? 休みだぁ? 関係ねぇ、すぐに呼び出せ! 分かってんのか? 飛行術式だぞ! 現代魔法の歴史が変わるんだ!」
牛山の怒号に、来たときよりも研究者たちは慌ただしく動き出した。
準備が整い、達也たちは観測室へ移動していた。引きずられて来たテスターの一人は念のため命綱をつけている。
『実験開始』
テスターの身体が浮き上がる。
『離床を確認。上昇加速度の誤差は許容範囲内』
テスターが空中で停止する。
『加速度減少ゼロ……等速。加速度マイナスにシフト……停止』
「ここまでは浮遊術式でも可能な範囲だ」
『水平方向への加速。毎秒一メートルで水平移動中』
「テスターより観測室へ……飛んでる……僕は自由だ……!」
「やったー! 成功だ!」
「おめでとうございます! 御曹司!」
沸き上がる研究者たち。
研究所に歓声が響いてから数時間後。
テスターたちは現在床にぐったりと倒れ込んでいた。
「お前ら全員アホか……?」
心底呆れたように言い放つ牛山。
「体内のサイオンを自動吸引するって言っただろうが。終いには空中鬼ごっこまで始めやがって」
彼らは空を自由に飛べるという喜びと解放感にはしゃぎすぎた結果、現在の状態になったのだ。
「どうですか?」
牛山が達也に問い掛ける。
「サイオンの自動吸引スキームをもっと効率化しないといけませんね」
「それは俺の方で考えますよ。タイムレコーダーも専用回路にしましょう」
「実は同じことを考えていました」
「そいつぁ光栄ですな」
達也と牛山はニヤリと、同じような笑みを交わしあった。