論文コンペ本番まで、あと一週間と一日。
プレゼンテーションのバックアップは、全校一丸という表現が誇張でない体制となっていた。
デモ用の装置の製作に携わっている者、舞台上の演出をプランする者、客席の効果的な応援を指導する者……九校戦では出番の無かったインドア派の生徒たちもその才を存分に発揮している。
一方、体育会系の生徒たちも、自分たちの役割を確実に果たすため、準備に余念が無かった。
学校に隣接する丘を改造して作られた野外演習場。その人工森林の中で、七宝琢磨は木陰に身を潜め、息を殺して周囲を警戒する。彼はコンペの警備部隊員として、上級生相手に大立ち回りをしていた。
もっとも、琢磨の相手は一人ではないし、味方とも言える陣営も一人ではない。
開始当初は10対5。一年生10人を、上級生5人が追い込むという仕様だった。
それが開始30分で2対5、既に8名もリタイアしている。
琢磨も先手を取れる状況であれば、何度か攻撃を仕掛けてはいる。だが基本的に二人一組で行動する上級生は、さすがに瞬殺とはいかない。長引けば応援が来るため、深入りもできなかった。
(……どうするか)
一応の体裁として、時間制限はある。45分、つまり残り15分を逃げ延びれば、琢磨たちの勝利となる。
だが知覚系の魔法が不得手な琢磨にとって、常時周囲を警戒するというのは厳しい。魔法力よりも先に気力が尽きてしまう。琢磨はそれを恐れていた。
そんな彼に──
「七宝」
唐突に掛けられた声に、琢磨は戦闘態勢を取りそうになった。けれど、その聞き覚えのある声に、ギリギリのところで堪えることができた。
「七草」
「よっす」
声を潜めてその名を呼ぶと、香澄も小声で応えた。
「何しにきた」
非友好的にも聞こえる琢磨の物言いだが、香澄もそれが緊張状態故のことだと理解している。
「協力しようと思って」
だからこそ彼女は緩く、共闘を持ち掛けた。
「協力?」
「そ。私たち以外は皆脱落しちゃって、倍の人数を相手にしなくちゃだし。正直しんどいでしょ」
「……そうだな」
琢磨は一度冷静になると、香澄の現状分析を潔く認めた。
「それで、協力と言ってもどうする。この状況で打ち合わせなんてできないし、協力できるほどお互いを知っているわけではない」
「別にそんなの要らないよ、自分の身は自分で守れる。七宝は、先輩たちの対処をお願い」
「どういうことだ」
「私と船尾が、エリカ先輩に知覚技術教わってるって知らない?」
「……ああ、そういうことか」
琢磨は香澄の意図を察した。
「つまり、お前が周囲の敵を認識して、俺が戦闘を担うと」
「そゆこと。私は
「──戦闘があった場合、俺に任せると」
「できる?」
「誰に聞いてる、やるに決まってるだろ」
「あはっ。ほんと偉そうなとこは変わんないよね」
二人は手早く作戦を共有し、最後には軽口で締めた。
「ただ、一つ……いや一人だけ問題がある」
「うん、そうだね」
その表情が、引き締まる。
「「沢木先輩」」
二人の声が重なった。
今回の上級生5人は、二人ペアが二つ、そして沢木が単独で追っ手役を担っている。
「沢木先輩以外なら、最悪2対4でも逃げ切れると思うけど」
「逆にあの人は2対1でも狩られる可能性が高いからな」
服部と並ぶ、最上級生ツートップの一角。
その戦闘力は、琢磨と香澄をしても「ほぼ確実に返り討ちにされる」と認識するほどだ。
「でも沢木先輩は一人で行動してるから、誰かと間違えることはないと思う」
香澄が教わった技術は、透視であり、影絵のようなものだ。そこに何があるのかまで見通すことはできない。
だが敵を見つけ、見失わない──上級生の接近を感知し、沢木一人を索敵し続けるにはそれで十分だった。
二人は早速行動に移した。
「距離は70、二人が索敵中。沢木先輩と他二人は射程内にはいない」
鋭く視線を巡らす香澄、その感覚は二人の気配を摑んでいる。
その報告を受けて、琢磨が悩んだのは一瞬。
「攻撃するぞ」
「倒すの?」
「いや、軽い牽制だ。見えない所から攻撃される恐怖は、確実に動きを鈍くする」
「あーね」
二人が思い浮かべるのは、おそらく同一人物。
五感の隙を、魔法的探知の隙を、意識の間隙を縫うような攻撃。
警戒しなければやられる。警戒すればその分意識を割かざるを得なくなり、次への反応が僅かに遅れてしまう。それが
「ボクたちも散々、やられてきたからね」
香澄はその共感からか、思わず学校では使わないようにしている「ボク」という一人称を口にしてしまった。彼女はそれに、気づいていない。
琢磨は耳慣れない一人称に「おやっ?」と思ったが、それを訊ねることはせず、ただ「いくぞ」と一言を口にして、魔法式を組み上げた。
魔法による模擬戦時には、事故防止と事故発生時の救護活動を目的として、屋内・屋外を問わずモニター要員が付くことになっている。
「ほぉ……」
そのモニター画面を見ながら、服部が感嘆を漏らした。
一年生でありながらここまで生き残っているというだけで、琢磨と香澄の技量は称賛に値した。
彼らの魔法力は学年という枠に関係なく優秀なものだ。しかしこうして実際に戦っているところを改めて目の当たりにすると、その魔法技能以上に堅実な立ち回りが際立っている。
「ああいう技能は吉田の方が専門だと思うが、どう見る?」
服部は隣でモニターを観ていた、現風紀委員長である幹比古にそう訊ねた。
「巧いと思います。七宝くんの得意技術である『群体制御』、それを活用した攻撃だと」
琢磨と香澄は共闘を始めてから、上級生相手に一方的に攻撃を仕掛けている。
だが琢磨の攻撃は、遠隔かつ本人が見えていないために、精確な照準は不可能だ。
故に彼は、香澄から伝えられた座標、その周辺に疎らに圧縮空気塊を作り出し、それを破裂させるという戦法を取った。
『群体制御』
旧第七研の魔法師である七宝琢磨が、最も得意とする技術。
個人を狙うのではなく、その一帯を巻き込む空気の爆弾。
上級生たちも防御は可能であるが、どこから魔法を打たれているのか分からなければ、反撃のしようがない。
攻撃を受けていない上級生が魔法の痕跡を辿ったとしても、二人との間にはまだ距離がある。香澄による探知の方が早いため、接近される前に容易に振り切ることができた。
そして彼らもまた、散発的かつ威力に欠ける、けれども確実に精神を削る攻撃に晒されるのだ。
「何より徹底して沢木先輩を避けているのがいいですね」
「そうだな。正面戦闘になれば負けが濃厚になるが、近接戦が専門の沢木は、遭遇さえしなければどうとでもなる」
服部の遠慮のない言葉に、幹比古は苦笑いを浮かべながら、答えになっていない答えを返す。
「しかし入学当初に比べて、二人が『使える』人材になったことは間違いないです。類が友を呼ぶ、とは違いますが」
「どちらかと言えば、格下と思っていた相手に敗北したからだろう。七宝も香澄さんも、ここにはいないが泉美さんも、三人が三人負けず嫌いだ」
「負けて悔しい……単純ですが、一番大きな原動力ですからね」
服部と幹比古が次世代の幹部候補をそう評している隣では、逃走に徹し、上級生をあしらい続けた一年生二人が喜びのハイタッチをする姿が映されていた。
45分。逃げ切ることを想定されていない、体裁を整えるだけの制限時間を最後まで逃げ切った、二人の勝利であった。
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