十月二十一日、日曜日。
論文コンペを翌週に控えたこの日、達也たちは現地警備の下見という名目で、周公瑾捜索のための情報収集を行っていた。
だが、諸々の問題があり、捜査が十分に進んだとは言い難かった。
深雪や幹比古など、自治会幹部たちは翌日の学校のため東京に戻ることとなったが、達也、エリカ、レオ、そして大学生である真由美は、翌日も調査を続けるため、新たにホテルに部屋を取っていた。
部屋割りは当然、達也とレオ、エリカと真由美の男女分けだ。
ホテル近場の大衆食堂で夕飯を済ませた四人は、女子組の部屋に集まっていた。
「本当はホテルのレストランでもって思ってたんだけど、ジャケットの達也くんはまだしも、私服のエリカちゃんと西城くんは難しいわよねぇ」
「犯罪者の捜索にドレスコードが必要だなんて思いませんって」
「思わなくても、『もしも』に備えておくのが七草なのよ。これはもう癖ね」
真由美の発言は無邪気なものだった。だから余計、達也たちは彼女との差を痛感した。
十師族の双璧であり、最も社交的な家系である七草家。その長女である真由美に掛かる負担はどれほどのものか。
一般家系であるレオはもちろん、正式に四葉家の一員として認められていない達也、千葉家の爪弾きものであるエリカも、それを推し量ることはできない。
そんな真由美の誘いで始まったこの夜会。
彼女が少しでも羽を伸ばせるならと。既に空になった、そしてまだ幾つか残っているアルミ缶、その中身には触れまいと達也たちは心に決めた。
「七草先輩、少しピッチが速いのでは……」
ただ、達也としてもこれくらいの忠言はするべきだと思った。
「大丈夫よ。寝るのはこの部屋だし、エリカちゃんがいるからそういう心配もないし……何より二日酔いを気にしなくていいって良いわねぇ」
間延びした声で、へにゃりと笑う真由美。
そんな彼女でも、遠慮がちに注がれる呆れた視線には敏感に気付いた。
「なによ、達也くんが言ったんでしょ。『再成』があるから気にせず飲めって」
「確かに言いましたが……」
達也を言いくるめて満足した真由美は、その笑顔を隣のエリカに向ける。
「エリカちゃんも飲む? 美味しいわよ?」
「いえ、アタシはいいです」
「そっか、残念……達也くんには魔法使ってもらわなくちゃだから駄目だけど、西城くんもどう?」
「俺も遠慮しときます。適当にツマミ食って満足してるので」
「そう? ならいいんだけど」
多少酔っていても、無理に酒を勧める──かつてアルコール・ハラスメントと呼ばれた行為──ことはしない真由美。
達也たちも、これくらいならいいかと、目を見合わせた。
そうして真由美の飲酒を止める者がいなくなり、本人の酔いが回ってきたのも相まって、そのペースは加速していった。
買い込んだ缶を全て飲みきった頃には、真由美の意識はかなり怪しくなっていた。
「これ飲み過ぎじゃねえか?」
「んー、まあ……『再成』で戻せるならいいんじゃない?」
「あんな神みたいな魔法が、無駄遣いすぎるだろ……」
「あはは……」
レオは軽く、いやかなり引いた様子で呟く。
エリカは過去に一度飲酒した際、達也の『再成』で戻してもらった経験があるため、コメントすることなく曖昧に笑って流した。
そんな二人のやり取りに、真由美は反応することはない。ただエリカに引っ付いて、時折猫のように顔を擦りつけている。
「先輩、そろそろ解散しますか?」
「んー……まだだめー」
真由美は今にも眠ってしまいそうな感じだ。けれど、先ほどから何度か投げられるこの問いには、明確に否を返している。
「……あと少ししたら終わりにしますからね」
「うん、わかったー」
エリカは一つ学んだ。真由美は酔っ払うと幼児退行するタイプだ。絡み酒や泣き上戸よりマシかもしれないが、手間が掛かることに変わりはない。
最悪『再成』の前に真由美が寝てもいいように、エリカは彼女を支えながらベッドに向かい、腰掛ける。
「ありがとうねー」
「はいはい」
緩く感謝する真由美に、エリカも「仕方ないなこの人」くらいの温度で応じる。
「う~ん、何かしんせん」
「はっ?」
さすがにこの発言は脈絡が無かった。
反射的に問い返したエリカへ、真由美は穏やかな笑みを返した。
「私って兄と妹はいるけど、弟も、姉も、いないのよねぇ……」
「はぁ……」
それは知っていた。秘密主義の四葉と違い、七草家は社交的な家柄だ。少し調べれば、その家族構成を知ることは難しくない。
そもそも妹である香澄と泉美は、現在進行系でエリカたちの後輩だった。
「たつやくんとかエリカちゃんたちって、私のこと、特別扱いしないじゃない?」
「……そんなに馴れ馴れしくしているつもりもありませんが」
助けを求められた達也が、エリカに代わってそう言うと、真由美はクスッと笑った。
「そういう意味じゃなくって……変に構えたり、オドオドしたり、ソワソワしたり、しないでしょ?」
それは初対面の印象が悪すぎた弊害なのでは、と達也たちは思ったが、無論そんなことは口には出せない。
「摩利とかリンちゃんとか……あーちゃんとか、はんぞーくんとか……。皆とも微妙に違う距離感っていうか……香澄ちゃんたちとも違ってて……たつやくんが弟で、エリカちゃんは姉だったら~、なんてね」
達也とエリカは、思わず目を見合わせる。
達也視点では──確かに身長を除けば、それなりにしっかりしているし、意外と色気もある。少々分かりにくいが気配りもできるようだし、「姉」と自称されても違和感は無い。
対するエリカ視点でも──実姉である行き遅れ陰険女よりは、多少面倒でも可愛げのある真由美の方がマシかと思った。
だが正直言って、こんな姉(妹)がいたら気の休まる時が無くなりそうだとも思う。二人の意見は一致していた。
「……さあ? 俺も妹だけですから」
「アタシも末っ子ですので」
「それもそっか」
これが旅行だと勘違いしてるんじゃないかと思いたくなる笑顔だった。
「香澄ちゃんと泉美ちゃんは……しっかりやってる?」
真由美はそのまま、本当の妹である双子に話題を移した。
「ええ。先日生徒会室に行った際も、泉美は業務をきちんとこなしていました。それに役員の数と仕事量が釣り合わないと、改善策も考えていたようです」
「アタシは香澄の方しか知らないですけど、着実にレベルアップしてますよ」
「そう? よかった……」
真由美は先ほどまでの酔っ払いではなく、姉としての笑みを見せる。
「香澄ちゃんは、エリカちゃんに迷惑かけてないかしら?」
「大丈夫です」
「……ほんとに?」
「ほんとです」
「よかった……あの子、ちょっと直情的なところがあるし、入学当初のことがあるから心配してたのよ」
「あー……まあ、一回痛い目見たのが良かったのかもしれませんね」
「……船尾さん、だったかしら」
真由美は捻り出すように、その名前を思い出した。
「五月頃だったかしら……あのときはびっくりしたのよ……家に帰ってきて早々、香澄ちゃんが地下室に閉じこもっちゃって……『負けた!』『殴られた!』『お姉ちゃんにもぶたれたことなかったのに!』って、ずーっと魔法の練習してるんだもの」
「三連敗でボコボコにされてましたからね」
審判としてその様子を間近に見ていた達也が、フォローするように言う。
全くフォローになっていない。少し湿気ってきたツマミを口に運びながら、レオは思った。
「泉美ちゃんも泉美ちゃんで、隣で黙々と魔法を撃ってるし……ああそう、泉美ちゃんこそ、深雪さんに迷惑掛けてないかしら?」
「あー……はい」
「……掛けてるのね」
「そこまで深刻ではないと思いますけど……深雪も最近は、上手いあしらい方を見つけたみたいですし」
「……泉美ちゃんにはちゃんと言っておくわね」
泉美ではなく、深雪の適応に話を逸らしたエリカ。アルコールが入っていながらも、真由美にはそれを理解するだけの理性が残っていた。
「……あの二人は、向いていないのよね」
そのことで中途半端に酔いが覚めたのか、真由美はそんな事を口にした。
真由美は「何に」の部分をはっきりとは口にしなかった。それが酔いによるものなのか、そうでないのかは分からない。
だが達也はもちろん、少し考えてエリカもレオも、彼女が省略した言葉が理解できた。
香澄も泉美も、十師族に向いていない。
姉の真由美も向いているかいないかでいえば向いていないのだろうが、それでも彼女にはまだ、立場と義務を優先する覚悟がある。だが香澄と泉美は、立場よりも正しさを、義務よりも人情を優先しそうな面がある。
香澄は少しばかり頭が足りないところがあり、泉美も腹黒い一面はあるが、それでも根が「善良」なのだ。
日本魔法師界の頂点、十師族の双璧『七草』には、善良でない決断も強いられる。
「悪いことではないと思いますよ。少し、羨ましい気もします」
達也が掛けたその言葉に、真由美も小さく笑みを漏らした。
真由美は、達也が名も無き家系の魔法師だとは考えていない。
「シバ」達也。司波。シ波。四波──彼と、そして深雪は、それなりに近い血縁にあり、旧第四研の「
失敗作としての隠然とした差別。現代魔法の「闇」に触れてきたであろう達也が為したフォローに、真由美の酔いは本格的に醒めてきていた。
「明日も早いことだし、そろそろ解散しましょうか……達也くん、お願いできる?」
新たに開ける缶も無く、ツマミも(レオのお陰で)残り少ない。
真由美はそう言って、夜会をお開きにすることにした。
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