こんにちは、slopeです。
今回は、94話『古都内乱編7』の前段のお話です。
良ければこちらを読み返してから、次に進んでいただけると嬉しいです。
それではどうぞ。
「それでは次に、京都での捜索に向けて、生徒会二人の説得を考えましょうか」
深雪が議題を移す。
「そうですね」
幹比古が頷く。
十月も半ばに差し掛かり、論文コンペまで残された時間は少ない。
達也の要請により周公瑾の捜索を手伝うことになった深雪たちは、警備の下見という名目で、20〜21日の土曜日曜、京都へ向かう。
深雪、水波、幹比古は、そのための諸々の調整を話し合っていた。
達也、エリカ、レオはともかく、自治会幹部である深雪たち三人が学校を空けるのは、決して小さな問題ではない。
幹比古の方は、風紀委員として雫やほのかといった理解者がいるため、業務と建前の両方とも調整が可能だったが、生徒会はそうもいかなかった。
「泉美ちゃんに関しては、なんとかなると思います」
「……なんとか、ですか」
「ええ」
確信を滲ませた深雪のセリフに、幹比古は苦笑した。おそらく、泉美の深雪に対する信仰心を上手く煽って、言質を取るのだろう。
『副会長として、私の代わりをお願いしたい』
『春から生徒会業務に携わっている泉美ちゃんならできる』
『先輩方とも上手く連携を取れるはず』
そんな言葉が幹比古の脳裏を掠める。
勢いで了承してしまえば最後、泉美は一度吐いた言葉を取り消すことはしないだろう。
決して口にはできないが、深雪も慣れてきたんだな、と幹比古は思った。
「問題は春花ちゃんですね」
「ええ」
気持ちを切り替え、幹比古は再び同意した。
船尾春花。
新入生総代・七宝琢磨との模擬戦以降、一年生の中でも高い実力を示し、その評価を上げ続けている少女。
水波のストーカー予備軍として知られている彼女だが、深雪の信奉者である泉美とは、決定的に違う点が一つある。
志望校変更、部活被せ、九校戦同種目選出、生徒会選出、等々……割と洒落にならない執着を見せていながらも、その実、判断そのものは驚くほど理性的だ。
「春花ちゃんは、水波ちゃんが多少おだてたとしても、上手くはいかないでしょう。私と水波ちゃん、その両方が行く必要はないと、食い下がってくるはずです」
深雪はそう言うと、水波へ視線をやる。
「船尾さんは、下手に小手先の話術でどうこうするよりも、正論で説き伏せた方がよいかと」
水波はそう言うと、一度言葉を切った。
「彼女は、感情を目的としていても、感情で行動することはないです」
「確かに。今回の件でも、水波さんと京都に行きたいと主張はするかもだけど、それにちゃんと理屈も付けてくるだろうね」
幹比古は納得した。
これまでの船尾の行動を振り返れば、その予想はかなり確度が高い。
おそらく第一声は、深雪と水波が生徒会を離れることへの、業務上の懸念。
第二に、二人が京都へ行く必要性を問うてくる。
そして最後に、深雪の代わりとして、船尾が京都へ行く。つまりは水波と二人で京都旅行へ向かいたいと──そんな欲望を、理屈で包んで主張してくると、三人は読んでいた。
「でしたら」
深雪が静かに続ける。
「春花ちゃんを納得させるに、予め正論を固めておきましょうか」
「はい」
深雪の示した指針に、水波が頷く。
「まずは、会場付近の地理的要因の確認でしょうか」
「そうね。街の外れに位置する国際会議場、その周辺には湖や山もありますし、人員の提案より事実確認を先にしましょうか」
水波の提言に、打てば響くように深雪が応じる。
そこに幹比古が、携帯端末で会場周辺の地図を呼び出し、二人にも見えるようにテーブルに置く。
「会場周囲の交通量は、横浜ほど多くはありません。犯罪者や破壊工作員が潜伏できる場所も、人工の施設という点では多くないように見えます。ですが、周りに自然が多いということは、それ用の準備をすれば隠れる所は幾らでもあるということです」
「吉田くんがそう言うのであれば、春花ちゃんもツッコんではこないでしょうね……でしたら、会場周辺だけでなく、広い範囲で下見が必要と話を展開していきましょう」
「深雪姉さま。地理的要因に加えて、去年の事件という一言を添えれば、さらに説得力も増すと思います」
去年の事件──日本だけでなく、世界の歴史に刻まれた横浜事変。
その翌年であれば、過剰と言ってもいいほどの警戒をしてもおかしくない。
「そうね」
「確かにそうだ」
水波の助言に、深雪と幹比古も頷く。
「じゃあ深雪さんと水波さんが来るという話も、その段階で出すのはどうでしょう? 去年のことがあり、生徒会長自らホテルの方と打ち合わせをしておきたいと……そんな風に理屈は付けられると思います」
「ではそのように」
深雪は一旦幹比古の提案を受け入れ、けれどもそこに難を示した。
「ですが、春花ちゃんはそれだけでは納得しないでしょう」
「十分筋は通っていると思いますが……」
幹比古は、自身の提案に穴があったのかと困惑していた。
「私が京都へ行く理由が、去年の横浜事変を受けて現地の人との顔合わせをしたい、というだけなら、警備部隊隊長の服部先輩や、それこそ風紀委員長の吉田くんの方が適任でしょう」
「……では、どういった理由を」
「警備を担う吉田くんが周囲の下見を。私と水波ちゃん、生徒たちを率いる立場の私たちがシェルターの確認を。そういった役割を示すのはどうでしょう」
「……そうですね。それなら問題ないかと」
幹比古は、理論に穴がないかと確認し、そして頷いた。
「あとはそろそろ達也さんを呼ぶ頃合いですので、その話もしましょうか」
「結構溜まってるんですか?」
「ええ。後回しにして良い雑務は、それなりに」
一年生コンビの煩悩はさておき、生徒会業務も余裕があるわけではない。
去年は五十里が論文コンペのメンバーだったこともあり、あずさ、深雪、水波の三人がフル稼働して何とか業務を回していた。
今年は生徒会役員にコンペメンバーはいないが、業務のギリギリさで言えば去年より上だった。というのも、深雪が具体的な業務を担当しておらず、全体の把握に専念しているからだ。
問題が起こる前に対処する、起こったとしても些事で済ませる。深雪はそれを徹底していた。
その代償として、捌ききれなかった雑務──後回しにしても問題なく、コンペが終わってからでも経験を積める業務──は着々と積み上がっていた。
それを一斉に処理してもらう。そう達也と深雪の間で合意に至っていた。
「あの二人なら、ここまで達也さんを呼ばなかった理由も察してくれるでしょうし、来年以降どうするのかも考えられるでしょう」
今年はいい。達也がいる。圧倒的処理能力を持ち、力を貸してくれる兄がいる。
けれどあんなイレギュラーは、今年だけだ。
去年も一昨年も、きっとその前も、生徒会役員の負担の多さは異常だった。彼らが優秀だったからぎりぎりで捌けていただけの話。
来年以降、人を増やすのか、実務を減らすよう学校に交渉するのか。考えるのは一年生たちである。
「深雪さん、中々にスパルタですよね」
「これくらいで折れるような子たちじゃありませんから」
入学当初では絶対に叩けなかった幹比古の軽口に、深雪も自然と微笑みが浮かんだ。
その後も話し合いは続き、大まかな流れが決まったところで、深雪は話をまとめるため二人に訊ねる。
「他に何か……懸念点や、京都に関して知っていることはありますか?」
「私からは何も」
「僕からも特には……あ」
深雪からの確認に、水波は端的に答え、幹比古が思い出したように反応した。
「吉田くん、何か?」
「はい、これは僕も伝聞なのですが……京都の方は、関東に比べて魔法師に非友好的なようで。先ほどの『深雪さんたちがホテルに挨拶する』理由付けを補強できるかもと」
「それは助かりますが……京都方面はそのような雰囲気があるのですか?」
「はい。僕も現地に行ったわけではないのですが──」
古式魔法師の家系故か、幹比古の必要以上に詳細な歴史講座が始まったものの、それにより得られた知見は十分に理論の補強をしてくれた。
三人はこれまで出た情報を基に、改めて説得──出来レースの打ち合わせをするのだった。