『一高内対抗戦』
2月10日、日曜日。第一高校の演習林を会場として開かれたモノリス・コード対抗戦。
服部や幹比古、エリカを擁する『チーム山岳部』が優勝したことで、予告されていた全日程は終了した。
そして、サプライズとして開かれるエキシビションマッチ。
出場するのは、これまで運営側に徹していた深雪たち5人の生徒会チーム。
それに対するは、対抗戦上位4つの連合チーム。優勝した『チーム山岳部』など31人。
その戦力差は6倍だ。
「では打ち合わせ通り、俺たちは5グループに別れて行動する」
試合開始直前、演習林を背にして服部が言う。
「2つのモノリスの守備にそれぞれ5人、攻めてくるであろう九島光宣への攻撃隊が4人。残りの17人は、敵陣モノリスの攻略に掛かってくれ」
総勢30人の選手たちが、それぞれ気合の入った表情で、気合の入った返事をする。
彼らは演習林に入り、開始位置であるモノリスの前にて、開始のブザーを待つ。
「レオ、アンタもちゃんとやりなさいよ」
「おうよ。深雪さんか、船尾たちかは分かんねぇけど、やるだけやってやんよ。おめえも光宣に目にモノ見せてやれよ」
「当然」
優勝したレオやエリカも、檄を交わしながらその闘志を高めていた。
このモノリスにいるのは、モノリスの守備を担う服部、幹比古、五十里、花音など、対光宣に備えて戦力を集中させた防衛組。
沢木にエリカなど、演習林内で光宣に先制攻撃を仕掛ける──光宣との戦闘を志願した、要するに戦闘狂メンバー。
そして、レオや山岳部など、モノリスの攻略組、その半分の10人だ。
本気で勝利だけを目指すなら、連合チームは全選手を攻撃に回すべきだった。
光宣のお披露目も兼ねたこのエキシビションでは、生徒会チームの攻撃は光宣と予想される。機動力で遥かに劣る彼は、演習林を走破するのにそれなり以上の時間を要する。
その前に全戦力を泉美船尾のペアにぶつけ、モノリスを攻略したほうが確実だった。
少なくとも攻略組は、二手に分けるなんてことをせずとも、エリカの視界を頼りにして勝ち目の薄い深雪に挑まない選択肢もあった。
だが、誰もそれを提案しなかった。
エキシビションだからという理由ではない。
高校生にして国内最高峰の魔法師である司波深雪、才能だけなら深雪にも匹敵する九島光宣。彼らに本気で挑める機会など、金輪際訪れないかもしれない。
彼らはその機会を、逃したくなかった。
レオはこれから進むモノリスに、深雪がいるのか、船尾・泉美ペアがいるのか知らない。エリカに訊ねることもしない。
だって、知らなくていい。どちらにせよやる事は変わらない。
試合開始を告げるブザーが鳴る。
「──っしゃ、行くぜ!」
レオは『チーム山岳部』の部員4人を率いて、演習林に突入した。
レオたち山岳部にとって、一高の演習林は庭である。その走破には慣れていたし、実際に他の攻略組よりも早く敵陣モノリスにたどり着いた。
彼らの視線の先にいるのは、林間に開けた空き地に設置されたモノリスと、それを守護する二人の女子生徒。──船尾春花と七草泉美だ。
「レオ、どうする、待つか?」
「いや、行く」
木の陰に隠れながら、レオたちは小声で話し合う。
「5人以上いても、打ち合わせもしてねぇんじゃ有利になるとは限らねぇし、何より俺たちは魔法戦より肉弾戦だろ?」
レオの発言は、決して船尾たちを舐めているわけではない。
魔法師の戦いは、必ずしも数が多ければ有利になるわけではないのだ。
無秩序に発動された魔法は、他の魔法と干渉してしまう。どちらかの魔法が発動しないだけならまだいい、最悪は全ての魔法が相克を起こすこと。
そうならないように、チーム戦ではお互いの意思疎通が必要なのだが……己の肉体を鍛え、それを補助する魔法が得意である彼らは、その辺りの調整が下手だった。
意思は固まった。
「3……2……1……GO!」
レオの合図に合わせて、全員が木陰から飛び出し、モノリスを守護する敵二人の前に躍り出た。
──その直後、二人の部員が突如視界から消えた。
「何だ!?」
レオは咄嗟に足を止め、振り返る。
見れば、地面に穴が空いており、見えなくなった二人はそれに落ちたのだと理解する。
直後、レオの魔法感覚が、その穴に向けて魔法が放たれたのを感じ取った。
『
空気中の窒素の密度を引き上げ、その空気塊を移動させる魔法。
気体の成分構成を維持しつつその流れを操るという、制御が非常に困難な魔法だ。
4月の決闘騒ぎでは、香澄と泉美が『
酸素濃度が極端に低下した気流が、気道を通って肺に到達する。
穴に落ちた二人は、低酸素症により意識を失った。
「マジかよ……!」
先制攻撃したはずが、二秒で二人を落とされた。レオはそれに戦慄しながらも、足を止めることはなかった。
まずは厄介な──落とし穴を提案したであろう船尾へ襲いかかる。船尾もそれに応じ、白兵戦の間合いに入った。
だが、レオが最後の一歩を踏み出した瞬間、その身体が浮き上がった。
『ベクトル反転障壁』
泉美が展開した魔法は、レオの突進を跳ね返すだけの強度を示した。
隙だらけの体勢を晒したレオの胸に、トンッと船尾の掌が触れた。直後、彼の身体が急加速する。
「やべぇ……!」
時速50キロにも迫る勢いで、
レオはその最高点で浮遊感を味わいながら、全力で『
斜方投射により林の中に投げ出されたレオ。
彼は硬化魔法により、枝や着地との衝撃を受け切ったが、急いで戻った頃には、残った二人が既に地に伏していた。
人数で勝っていたのに、その優位が一瞬で消された。この状況では迂闊な真似はできない、一旦引いて後続の選手と協力したほうが──
──そんなセオリーに縛られない男が、ここにはいた。
レオは、そんな理屈から泉美が気を抜いたのを直感で見抜いた。そんな彼女に向かって猛然と突進したのである。
虚を突かれ、さらにはその迫力に、泉美が「ヒッ!」と悲鳴を漏らした。
けれど、その突進が届くことはなかった。
レオの身体を、急激な重力が襲う。船尾が発動した加重増大魔法が、彼の突進を止めた。
その隙に泉美はレオから十分に距離を取り、『
レオの干渉力では、船尾の加重魔法からは抜け出せない。抜け出せたとしても、『空気弾』を躱せるタイミングにない。
泉美は、決まったと思った。
だからこそ、泉美を二度目──否、二度目と三度目の驚愕が襲った。
レオは、船尾の加重魔法から抜け出した。魔法ではなく純粋なパワーにより、増大された重力を振り切った。
続けざまに発動した硬化魔法『甲冑』は、後出しのため不完全な完成度だった。にも拘らず、泉美の『空気弾』を受け切ってみせた。
「うそ……!」
「泉美、物理は無理! 後続が来るから後回しして、最後に固めて窒素!」
驚愕に囚われる泉美に、船尾から怒号が飛ぶ。短いセリフにも拘わらず、泉美は警告の意味を理解した。
完成する前とはいえ、魔法を肉体の力のみで打ち破った。一撃で意識を奪う威力の『空気弾』を不完全な魔法防御で受け切った。──西城レオンハルトの肉体は、生物が持ち得る範疇を逸脱している。
威力規定の範囲内で彼を倒すには、動けない状態で『窒息乱流』を浴びせ続け、酸欠で意識を奪うのが確実だ。
それには後続を全て倒すことが必要。
「私が補助!」
「
泉美は、船尾とアイコンタクトを交わす。
細かな作戦はない。ただ、お互いの役割の確認と、絶対に対処しなくてはならないことを、再度頭に叩き込んだ。
そうして、目の前のレオと、演習林から飛び出してきた後続の選手たち。合わせて6名を前に、泉美は気合を入れ直した。
◆
──七草泉美は、速い、強い、多い。
発動速度が速い。術式の干渉強度が強い。
彼女の魔法師としての圧倒的な才能が、数の不利を打ち消していた。
だが泉美は、白兵戦をしないという意味で、純粋な魔法師だ。それにいくら才能に優れていても、数の利は大きい。
彼女だけなら、ここまで劣勢にはならなかった。
──船尾が厄介過ぎる
一学年戦闘力トップの船尾。
彼女は個々の魔法の性能ではなく、状況に合わせて魔法を組み合わせることで、先日はあの九島光宣にも二連勝している。その長所を、多人数相手にも遺憾なく発揮してみせた。
今この戦況を動かして、操っているのは、彼女だった。
出会い頭には、おそらく落とし穴に使ったであろう土を、レオたち6人に向けて発射。
一点を狙うのではなく顔を、胸を、手足を目掛けて襲い掛かる無数の土塊による弾丸。
味方の一人が対物障壁でその尽くを防ぎきったかと思えば、彼の目の前には既に船尾がいた。
『縮地』
魔法ではなく、身体的な技術により、自己加速術式と同等の速度で移動した船尾を、彼は捉えられなかった。
胸に当てられた掌から直接体内に振動系魔法を叩き込まれ、前のめりに倒れた。
一人の脱落を合図に始まった魔法戦。
けれど、連合チームは思うように攻撃ができなかった。
船尾は自己加速術式と『縮地』を自由自在に切り替え、場を駆け回る。
魔法の気配を追えば、次の瞬間には気配なく接近される可能性。白兵戦が不得手な選手は、即座に離脱するために魔法のリソースを割かざるを得なかった。
そして、そんな注意散漫な状態では、才能で上をいかれている泉美の魔法攻撃を凌げるはずもない。
さらに二人、泉美により意識を奪われた。
──他に意識を割いているとはいえ、魔法防御の上から一撃で意識を奪う。
その才能を証明する魔法を目の当たりにした選手の一人が、泉美へ突進した。
船尾との距離は離れており、泉美も別の二人を倒したばかり。攻めるならこのタイミングだった。
「ぃったっ……!」
けれど彼も、突然頭に土塊が飛来したことで、その足を止めてしまう。──初手に船尾が発射し、足元に転がっていたそれを、船尾が再利用したのだ
二度目の土塊は、移動魔法により軌道を制御されているわけではなかった。初速だけを与えられたそれは、発動の一瞬を逃せば魔法的探知では捉えられない。
プロテクターがあるため一撃でノックアウトされるわけではないが、ダメージは免れない。
魔法によるダメージを受けながら冷静に魔法を構築できる精神力の持ち主など、そうはいない。痛みで構成中の魔法は霧散し、泉美からの追撃でジ・エンドだ。
さらに一人、戦線を離脱した。
残るはレオともう一人。またもや一瞬で数的優位を削られた。
その間、レオも何もしていなかったわけじゃない。
高速移動する船尾を前に立ちはだかれば、本人にはさっさと逃げられた。そして、置き土産とばかりに移動魔法を仕掛けられる。
二度も同じ手は食わないと、レオは硬化魔法を発動させた。
自分が立っている所──自分の靴裏と接触している面を基準点として、自分の肉体と基準点の相対座標を固定する魔法。
自他共に認める彼の得意魔法は、船尾の魔法が発動している途中からでも、その相殺を間に合わせることができた。
だが、そうして走り出そうとしたレオは、足裏が地面から離れなかったことで、盛大に転んだ。
レオが魔法の効果時間を誤ったのではない。彼の魔法を予測していた船尾が、移動魔法と合わせて、硬化魔法を発動させていたのだ。
移動魔法を無効化した、レオの硬化魔法。その事象改変を踏み台にして、船尾も硬化魔法を発動させていた。
他人の魔法を利用して、物理法則の抵抗が弱まっている方向へ新たな事象改変をつないでいく。
これにより、船尾の魔法は弱く、バレにくい。けれどもレオを止めるには十分な効力の魔法を発動させたのだ。
さらに畳み掛けるように、加重魔法がレオを襲った。
先ほどとは違い、地面に倒れ、完全に静止した状態で嵌められた。
その手札を予測し、レオを止めるために練られた三連続魔法は、その動きを完全に封殺した。
結果、残りのチームメイトが『領域干渉』で加重魔法を無効化してくれるまで、レオは立ち上がることができなかった。
そのチームメイトも、レオを助けるために泉美から注意を逸らした結果、無力化されている。
「マジかよ……」
10人いたはずの攻撃陣が、今やレオ一人。
後輩二人の容赦のなさに戦慄しつつ、レオはすぅ……と息を吸う。
「ジークフリート!」
現在のレオが使用しているのは、ナックルダスター型のCADであり、プロテクターの下には論文コンペの手伝いのお礼として達也に貰った完全思考型CADが提げられている。
それらには、以前使っていた音声コマンドの機能はない。これはレオが、勝つと、たとえ負けるとしても最後まで戦うと、そう己を鼓舞する儀式だった。
レオの全身が
攻防一体の切り札を切った彼は、猛然と二人に突撃するのだった。
◇◇◇
倒れた選手10人分のヘルメットを取り外して──これにより意識が戻ったとしても、ルールとして戦闘不能扱いにされる──船尾と泉美はモノリスの前に腰を下ろす。
「ふぅ……これでよし、と」
「さすがに消耗しましたね」
船尾が想子の陰影を見る技術で周囲の警戒はしているものの、おそらくこれ以上の襲撃はないだろう。
一仕事終えて、二人は一息ついた。
「それにしても、来たのが西城先輩でよかったね」
「そうですね。警戒すべき魔法師、その中で一番対処しやすいのが西城先輩でしたから」
無傷で上級生たちを返り討ちにした二人だが、来られたらマズイ相手として、事前に9人の名前を挙げていた。
まずは最上級生ツートップの服部と沢木。タイマンでも勝てないのに、数的有利を取られて勝てるはずもなかった。
他にもエリカに花音の火力タイプや、幹比古に五十里の万能タイプ。
十三束や香澄、そしてレオも、その警戒すべき魔法師に当たる。
彼らは連合チームの中でも別格であると、二人はそう評していた。
「沢木先輩と千葉先輩は、九島くんのとこ行くだろうし」
「服部先輩も幹部として、最高戦力──吉田先輩や五十里先輩たちを守備に充てるでしょうから。実質、私たちが警戒するのは西城先輩と、十三束先輩に香澄ちゃんの三人だけでした」
『接触型術式解体』を持つ十三束は、魔法による直接攻撃が効かない。今回のレオのように後回しにはできず、本人の戦闘能力も高いため何より優先して倒す必要がある。
泉美と同じスペックの香澄を相手にすれば、単純計算で残りの全員を船尾一人で相手にしなくてはならなくなる。
彼らと比較すれば、肉体性能が高いだけのレオは、まだ対処しやすいと言えた。
「まあ事前に分かってても、泉美はビビってたけどね」
「……仕方ないじゃないですか。まさかあそこから抜け出して、半分生身のまま魔法を受け切るなんて。しかも2対1で突っ込んでくるとは」
「いい意味で頭悪いよねぇ」
二人はのほほんとした空気のまま、先ほどの反省会をするのだった。
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