週が明けた月曜日、達也が教室に入るとE組はかなり盛り上がっていた。
その中心はもちろん幹比古。だが、達也が来たことでそれが二つに割れた。
「司波君、おめでとう」
「おう司波、頑張れよな」
達也と幹比古はクラスメイトから次々に激励されていた。特に達也は実習で全クラスメイトと交流があったので、数えてはいないがおそらく全員から言われただろう。
幹比古はあまり社交的ではないのだが、かなりの人数から祝われたようだ。
「情報が早えなぁ……まだ発表されてないだろ」
「本当ですね。でも、先輩からも聞きましたし、皆さんも同じなのでしょうね」
レオたち三人には選ばれたことは伝えていたのだが、どうやら噂の発信源はここではないらしい。
「達也さんも出るんですよね?」
「うん、まぁ……」
「一年じゃ達也だけなんだろ?」
レオが言ったように、エンジニアとしてメンバーに選出された一年は達也のみだ。
「一科の連中、か~な~り口惜しがってるみたいよ。それに、ミキもいるから尚更ね」
「正直面倒でしかないんだが……」
今回の九校戦メンバー選出では、会議以降も一科生に絡まれてうんざりしている。達也以外のエンジニア七人では、好意的なのは三人だけなのだ。幹比古もバトル・ボードでは苦労しているだろう。
「仕方ないですよね。嫉妬は理屈ではありませんから」
「大丈夫よ。発足式じゃ石も魔法も飛んでこないから」
美月の指摘も尤もであり、エリカの極端すぎる慰めに俯いてため息を吐いた。
四限が終了し、達也は幹比古と発足式が開かれる講堂の舞台裏にやってきた。
「達也くん、吉田。発足式ではこれを着てくれ」
「……これは?」
「技術スタッフと選手のユニフォームだ」
摩利が持っているのは一高カラーのブルゾンとスポーツジャケット。当たり前だが、左胸にはエンブレムが刺繍されている。またトラブルの原因になりそうだったが、ここで着ないという選択肢は取れない。達也は渋々ブレザーを脱いだ。
発足式は恙なく進行していった。当たり前だが、エリカが言っていたように石も魔法も飛んでこなかった。だが、達也としては居心地は非常に悪い。おそらく、幹比古も同じような環境だろう。
真由美が一人一人紹介していき、深雪が競技エリアへ入場する為に必要なICチップを襟元につける。選手だけでも四十人いるのでかなり時間がかかったが、技術スタッフの紹介に入ったところで、達也は隣の男子生徒から声を掛けられた。
「何だか緊張するね」
軽く目線をズラすと、同じように目線をズラしていた男子生徒と目が合った。
話し掛けてきたのは、五十里啓という二年生。理論分野では二年トップ、実技でも成績上位の猛者である。五十里は達也に好意的な技術スタッフの一人であり、達也としても緊張せずに済む相手だ。
「そうですね」
五十里のおかげで周りを見渡す余裕ができたのだが、最前列にいるメンバーを見てギョッとした。エリカをはじめとして美月やレオ、E組のクラスメイトが勢揃いしている。
エリカも気づかれたことに気づいたようで、こちらに手を振っている……それも、かなり大きめに。二科生であるE組は周りの一科生から白い目で見られているのだが、めげずに陣取った席なのだろう。
そんなことを考えているうちに、最後の一人である達也の名前が呼ばれ、達也は一歩前に出て一礼する。襟に徽章をつける深雪は完全な愛想笑いだ。
深雪が徽章をつけ終わり達也が一歩下がった瞬間、いきなり大きな拍手が響き渡った。目を向けるまでもなく、エリカとレオに煽られたクラスメイトが一斉に手を打ち鳴らしたのだ。
一科生からブーイングが起こりかけたのだが、それに先んじてステージ両端にいる真由美と深雪が手を打ち鳴らした。講堂全体から拍手が鳴り響き、達也に向けての拍手は選ばれたメンバー全員に向けての拍手にすり替わった。この機転には達也も二人に称賛の視線を送る。
「これで九校戦発足式を終わります。我々一同、力の限りをつくしますので、応援お願いします」
真由美が式を閉める挨拶をし、メンバーが一礼して脇に捌けていく。その間も講堂全体から鳴り響く拍手は止む事は無かった。
舞台裏に戻った達也に幹比古が歩み寄ってきた。
「達也、お疲れ」
「幹比古もお疲れ様。というよりも、最後が一番疲れたな」
「あはは……」
幹比古は乾いた笑いを漏らした。
「エリカには困らされてばかりだな」
「まあ、本当に嫌なことはしないからいいんだけどね」
さすがは幼馴染といったところか、幹比古の言葉には説得力がある。
「そうだな、俺たちを思ってやってくれたんだろうし、素直に受け取っておくか」
達也はそう言ってブルゾンを脱ぎ始め、幹比古もそれに倣った。エリカはおそらく一科生を煽りたかったのだろうということは、二人とも口にはしなかった。
◆
発足式も終わった放課後、選手と担当エンジニアとの顔合わせがある。
達也が担当するのは本戦の三人と新人戦の四人、合計七人で十二種目。全六十種目を八人のエンジニアで担当すると考えれば、少し負担が大きいような気もするが。
担当するのは、
摩利のバトル・ボードとミラージ・バット。
服部のバトル・ボードとモノリス・コード。
桐原のクラウド・ボール。
幹比古のバトル・ボード。
水波のバトル・ボードとクラウド・ボール。
ほのかのバトル・ボードとミラージ・バット。
雫のスピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイク。
達也がエンジニアチームから疎まれているのは、これが原因の一つでもある。通常はスケジュールの関係上、一種目につき一人のエンジニアが担当するのだが、達也は変則的に固定の選手として担当が決まっているのだ。
「改めまして、CADの調整や作戦などを担当する事になりました、一年E組の司波達也です」
先輩もいるので敬語で挨拶をし、達也はすぐにスケジュール確認を行った。去年から同じ競技に出ている上級生は、CADの調整のみ行ってしばらくは自主練。今年初めての一年生は、達也と作戦と練習メニューを考えるところから始めることに決まった。
「あたしたちの調整はいつやるんだ」
「これからやるのですが、桐原先輩から調整を行います。その間に渡辺先輩と服部先輩は、一年生にバトル・ボードとミラージ・バットの説明をしてもらえますか」
「いいぞ」
「了解した」
「ありがとうございます。それと、雫はスピード・シューティングで使う予定の保護ゴーグルが少し特殊だから、先にマニュアルを読んでおいてくれ」
「うん、分かった」
三人が了承してくれたので、達也は桐原を連れて調整室に向かうのだった。
桐原たち上級生を終えて、ほのかと水波、雫の順番に作戦会議をした後、達也は最後の幹比古に声を掛けた。
「最後に幹比古だが、吉田家の術式は九校戦じゃ使えないんだろう?」
ここまで達也は幹比古の古式魔法が入ったCADに触れていない。幹比古も達也に調整を頼むことはなかった。
「いや、CADで発動すれば問題ないよ」
だから、この回答には驚いてしまった。
「秘密にしているのは魔法そのものじゃなくて発動過程なんだ。だから、呪符じゃなくてCADでなら問題ないよ」
「そうだったのか……」
正直な話これは朗報だった。
「それなら、幹比古には古式魔法と現代魔法の使い分けを練習してもらう」
「使い分け?」
「ああ、移動は現代魔法の方が効率はいいが、相手選手の妨害は古式魔法の方が上だろう。その二つを使い分けるよう練習しようか」
「なるほどね……いいよ、CADにプログラムしてあるのは好きにいじってもらって構わないさ」
そう言って幹比古は達也にCADを手渡す。その顔には達也への確かな信頼があった。
◇◇◇
美術部の活動が終わり、美月は一人待ち合わせの場所に佇んでいる。
達也や幹比古は九校戦のメンバーとして、遅くまで学校に残って練習やその指示をしている。運動部に所属しているエリカやレオも色々と仕事があるらしい。そのため最近は、文科系クラブに所属している美月が他のメンバーを待つことが多い。
だが、いつまでも何もせずにいるわけではなく、美月は一人思考に沈んでいた。
(発足式の時、エリカちゃんは何であんなに一生懸命だったのかな……?)
暗黙のルールである座席指定を踏み倒すには大きな勇気を要した。もしエリカが居なければ大人しく後ろの方に座ってひっそりと二人に拍手して終わっただろう。
(二人を祝うためって言ってたけど、本当にそれだけなのかな……?)
エリカが一科生の意識を逆撫でするという意図があったのは否定しない。だが、それを自分から企図するのは、エリカらしくないように思えた。それに、クラスメイト全員も巻き込んでいたのだ。
(やっぱりエリカちゃんは、達也さんのこと……なの、かな……?)
美月も達也に好意は持っているが、それが
「……き」
「……づきってば」
「え……?」
「あ、ようやく気付いた。どうしたの? ボーっとしちゃって」
「え、エリカちゃん!?」
どうやらそこそこ時間が経っていたらしい。いつの間にかエリカとレオが到着していた。
「どうしたんだ美月、らしくねぇな」
「なになに~、もしかして変なこと考えてたとか~?」
エリカのことを考えていたのだが、本人を前に言えるわけがない。
「ち、違うよ!?」
「ほんとに~?」
「本当だから!」
「ふ~ん、まあいいか。ミキは分かんないけど、達也くんはそろそろ来るみたいよ」
エリカは興味が逸れたのか、レオとじゃれあい始めた。美月はその光景をぼうっと見つめていたのだが、そこに三人の待ち人が現れた。
「すまない、待たせたな」
「あっ、達也くんお疲れ~」
「お疲れ様、幹比古はまだなのか……それならちょうどいい」
何がちょうどいいのか分からずに三人は首を傾げたが、達也もすぐに説明してくれた。
「レオに試してもらいたいCADがあるんだが、明日にでも手伝ってくれないか?」
「俺が? 自慢じゃねえが、魔法は得意じゃねえぞ」
「ほんとに自慢じゃないわね……」
なにやらエリカの茶々が入ったが、達也がそれを無視したおかげで喧嘩にはならなかった。
「硬化魔法を使ったCADだからな、レオに合っていると思うんだが」
硬化魔法ということでレオの顔が一瞬、にやけた。達也もそれを見て人の悪い顔を浮かべた。
「それで、手伝ってくれるか?」
「……いいぜ、実験台になってやるよ」
完全に達也に乗せられたレオを、エリカと美月は苦笑いで見ていたのだった。
◆
翌日の練習後、達也とレオたち三人は演習室にいた。達也は刃渡り五十センチ程度の片手剣らしきものを持っている。
「試してほしいのはこれ、『小通連』だ。マニュアルはもう見たか?」
「まぁな……けどよ、ホントにあんなことできんのか?」
「それを確かめるためのテストだ。それじゃあさっそく始めるか」
「おうよ」
レオはマニュアルの内容が出来るかどうか疑問だったのだが、達也の口ぶりに安心したようで、スイッチを入れて魔法を発動させる。
「おっ?」
およそ〇.六秒後、剣の先端が空中に浮いた。レオは刀身が半分以下になった「剣」を振り回している。
「ハハッ、ホントに浮いてら、面白れ~」
「三、二、一」
「おっと」
達也のカウントに合わせて、レオは剣の動きを停止させる。
「ゼロ」
カウントが終わると、空中に浮いていた剣の先端が再び柄に収まる。
「成功だな、達也」
レオが楽しそうに親指を立てて見せたので、達也も同じポーズを返した。美月は二人を微笑ましそうに見つめているが、エリカはどことなく不満そうだ。
「でもよ、こんな形で刀身を飛ばすなんてすげぇな。硬化魔法って、繋がってなくても機能するんだな」
「『飛ばす』と言うよりも『伸ばす』と言った方がいいだろうな。間が中抜けになっているだけで、刀身の延長線上でしか動かないわけだし」
「とにかくおもしれぇぜ。よくこんな武器を思いついたな」
「武器というよりも、相手を驚かす程度しか取り得の無い玩具だがな」
「そうなのか?」
「ああ、だがこうやって楽しむ分には問題ないだろう。ところで、次はどうする? 試し斬りでも……」
「あたしがやるわ」
エリカが我慢ならないといった様子で割り込んできた。
「おっ、面白そうじゃねえか」
「……当たらなければ試しにならないんだが」
「大丈夫よ」
何が大丈夫なのか分からないが、エリカも引く気は無さそうだ。達也は諦めて注意だけすることにした。
「魔法を解いている状態で強い衝撃があると折れるかもしれないから気をつけてくれよ」
「おうよ!」
「レオもしっかりやんなさいよ!」
エリカが自己加速術式を起動させ、レオに向かって突っ込んでいく。レオも刀身を飛ばしてエリカに攻撃を当てようとするが、中々難しいようだ。
「なぁ達也、これって飛ばしてる最中に間合いを変えることって出来ねぇか? コイツ相手だと当たる気がしねぇ」
「できなくはないが、難しいぞ?」
「達也くん! そっちの方が楽しそうだしやってみて!」
「……分かった、十分ほど待ってくれ。すぐに済ますから」
エリカは十分で済ますという規格外さが分かっているのだが、今更達也に突っ込んだりはしない。
達也が起動式の改造を済ませ、試し斬りという名の模擬戦が再開される。最初は苦戦していたレオだったが、段々と慣れてきたようだ。
「ねえねえ、達也くんも参加しようよ」
だが、エリカは少し飽きてきたようで、こんな提案をしてきた。
「おっ、いいじゃねぇか」
「俺は遠慮したいんだが……」
「達也さん、私も見てみたいです」
美月まで加わっては、もはや断るのは無理だ。
「ほら、美月もこう言ってるよ」
「はぁ……分かったよ」
結局は達也も参加する羽目になり、利用時間ギリギリまでデバイスチェックと模擬戦は続いた。
その後、四人は満足げな顔で帰路に就いていた。
「ふぅー、疲れたぁー」
「エリカちゃん、お疲れ」
「エリカもレオもお疲れ様」
「達也もな」
駅まではそこそこ距離があるので雑談も交えながらの帰宅だ。当然、今日の話題は先ほどの模擬戦になる。
「それにしても達也さん、本当にすごかったですね」
「そうね、あたしも全然敵わなかったわ」
「俺なんてボコボコだったからなぁ」
「最後の方は二対一だったのにね」
「そんなことないさ」
手放しに褒められるのも恥ずかしいので、その矛先を別の人間に向けた。
「エリカの剣術も、四月からかなり練度が上がっていたしな」
「あっ、分かる?」
エリカも剣術には力を入れていたのだろう。達也の称賛に頬を緩ませている。
「ああ、何度か危ないときもあったぞ」
「いや~、達也くんの調整したホウキが使いやすくて稽古が捗っちゃってさ~」
「そうだったんだね、エリカちゃんも格好良かったよ」
「ありがと、美月」
美月は何か思いついたようで、胸の前で両手を打ち合わせた。
「あ、そうだ。あんなに格好良いんだし、今度ほのかさんたちにも見てもらおうよ」
「そんな大したものじゃないって」
エリカは軽く流したが、達也も美月と同意見だ。
「俺も、エリカの剣技を周りに知ってほしいとは思っているぞ」
「そうですよね。達也さんも、そう思いますよね?」
達也と美月の手放しの称賛に、エリカもまんざらでもない様子だ。
「ん~、まぁ二人がそこまで言うなら頑張ってあげるわよ」
「楽しみにしているよ」
「私も楽しみにしてますね」
三人の間に和やかな雰囲気が流れていたのだが、
「……なぁ達也、俺には何もないのか?」
疎外感を覚えていたのか、レオが不満そうな顔で抗議してくる。珍しいレオの様子に、達也も美月も小さく吹き出してしまった。ちなみに、エリカは大笑いしている。
「すまないな、レオもかなりセンスはいいと思うぞ」
「あの、私もそう思いますよ」
「……そうかよ」
完全に不貞腐れてしまったレオ。その後は、エリカが慰めなのか揶揄いなのか分からない言葉を掛けつつ、四人は駅へと足を進めるのだった。