夏休みに入り、九校戦の練習も本格化してきた頃。達也はクラウド・ボールの練習場にいた。
「なぁ司波、今日は何をすればいいんだ?」
「桐原先輩は今日もいつもと同じです。ラケットを使う分体を動かしますから、そのために魔法での足捌きにもっと慣れてください。正直まだまだ無駄が多いです」
「分かったよ、お前って結構なスパルタなんだな……」
「そんなことはないですよ。水波もそれで頼む」
「分かりました」
達也がクラウド・ボールのルーティーンとして課しているのは、桐原と水波の壁当て練習。水波がネット際に障壁を張ってボールを跳ね返し、桐原がそれを打ち返すだけの練習。要するにただのラリーだ。
水波が得意としているのは障壁魔法。だが、合計九つのボールが飛び交うクラウド・ボールの性質上、ボールを打つたびに障壁を作り直す必要がある。水波の得意としているのは強固な障壁を維持することで、細かな切り替えはあまり得意としていない。そのため、魔法の切り替えと同時発動の練習を行っているのだ。
桐原は自分でボールを返すだけなので簡単に思えるが、ボールは一つではなく九つ。それら全てを返し続けるには、コートを縦横無尽に駆け続けなければいけない。魔法技能と身体操作の両方を必要とするかなりのハードワークだ。
それに、桐原にとって何より嫌なのが、
「桐原先輩、今のはいけたはずです」
「疲れたのは分かりますが、手を抜かないように」
手を抜くと達也からのダメ出しが飛んでくることだ。達也には造作もないことなのだが、桐原からすると「何故そこまで分かる!」と言いたいくらい、的確にダメ出しが飛んでくるのだ。
加えて、ムキになって魔法の出力を間違えると、そのままの威力で跳ね返ってくるので、桐原にとっては精神修行の面もあるかもしれない。
「ふぅ、なぁ桜井、司波のトレーニングってこんなキツいんだな」
三セットのルーティーンを行った二人は、現在コート脇のベンチで休んでいる。桐原の感覚として、剣術部の練習よりもハードだ。
「そうですね。バトル・ボードでは魔法もですけど、体力トレーニングが厳しいです」
「だろ? けどよ、あいつの練習は理に適ってるし、指摘も一々的確なんだよな」
「はい。そのお陰で私も競技の仕様にかなり慣れてきました。会長にはまだ勝てませんが……」
「桜井は会長以外には負けてねぇもんな。俺も会長から点が取れるようになってきたし、気合入れねぇとな」
クラウド・ボールには真由美も出場予定であり、優勝候補筆頭だ。真由美は一高選手の中でずば抜けた実力であり、桐原も大差で負けている。だが、最近は数点ではあるものの、真由美から点が取れるようになってきた。
水波も競技ルールに慣れてきた最近は、接戦とまではいかないが、そこそこ善戦している。現時点で真由美から得点を奪えるのは、桐原と水波の二人のみということもあり、三人はよく一緒に練習しているのだ。
「桐原先輩、水波、再開してもよろしいですか?」
「分かりました」
「おう、今行くぜ」
次の練習は水波が使う障壁の種類が二つに増える。桐原は同じくラリーとして返すだけだが、その難易度が跳ね上がるのだ。
桐原の練習メニューには、決め球の練習はない。最初は少しだけあったのだが、物足りなく感じた桐原が練習時間外に勝手にやり始めたので、達也がメニューから外したのだ。桐原としては面白くないのだが、その分成果は出ているので大人しく練習している。
「それでは、始めてください」
達也の掛け声とともに、桐原と水波が魔法を発動させた。
◆
達也が次に訪れたのはスピード・シューティングの練習場。
「雫、調子はどうだ」
「ん、問題ない」
「そうか」
この競技で雫が使うのは二つの魔法のみ。CADも予選と本選用に二つ用意している。
だがそれとは別に、保護ゴーグルに空間を仕切るためのHMDの機能を組み込んである。通常ゴーグルは照準器として使用するので、用途が違う分慣れるまで時間がかかるのだ。
「ゴーグルと魔法の使い方にはもう慣れたか?」
「うん、もうこれ以外は考えられない」
「それならよかった、今から一度試してみるか」
達也はそう言って、装置の設定をいじり始めた。雫もCADを取り出して既定の場所に移動した。
「予選用ならパーフェクトか」
「百点だよ」
雫は微かな笑みと共に右手にはVサインを作っている。雫の実力もあり、かなり余裕があるので達也もつられて笑みを浮かべた。
「そうだな、とりあえずミスがないように繰り返しやることだな」
器具にさえ慣れてしまえば、雫がスピード・シューティングでするのはそれくらいだ。元々が選手の実力次第といった競技なのだから。
「分かった、体力トレーニングも忘れないようにする」
「そうだな、夏バテだけはしないようにしなきゃだからな」
雫は体を動かす競技ではないが、真夏に魔法の連続行使をするので雫にも魔法を使わない体力トレーニングも課している。どうやらこの競技に関しては雫の心配はしなくても良さそうなので、達也は予定より早めに切り上げて別の場所に移動するのだった。
◇◇◇
バトル・ボードの練習は楕円形を描く水路で行われている。達也の担当選手でこの競技に出場するのは五人。その中で一番に音を上げているのは、ほのかと服部だ。
「達也さん……もう無理です」
「ほのかは少し休んでから再開しようか。服部先輩はそろそろ再開したいのですが、大丈夫そうですか?」
「あ、ああ……一応、大丈夫だ」
音を上げている理由は、二人の基礎体力の低さが原因だ。
バトル・ボードは約十五分もの間、ボートの上に立ち続けなければならない。水路には直線やカーブはもちろん上り坂や滝状の段差まであるし、最高時速は六十キロ近くまで出るのだ。いくら魔法を使うとはいえ、肉体的な強度も必要な競技となってくる。
「それでは、服部先輩はボートでのバランス調整ですね」
「分かった……」
今のところ、服部は魔法の練習よりも体力トレーニングの方が多くの量をこなしている。というのも、思っていた以上に服部が魔法重視のスタイルだったからだ。言い方は悪いが、今までは魔法技能でカバーできてしまった所為で、身体を鍛えることがなかったのだろう。
一応補足しておくと、服部もほのかも一般人として見れば、決して運動能力は低くない。服部に関しては魔法師としてもまあまあな部類だ。ただ、まあまあで済ますほど達也も服部自身も甘くなかった。
「幹比古も一緒にやろうか」
「了解だよ、達也」
息絶え絶えな服部と違い、幹比古はまだ余裕がある。この一年に武道──古式魔法の言う武道は結構な荒行だ──を修めていたというのは本当らしい。
「それでは二人とも、お願いします」
達也の合図と共に、コースに併設されている造波機械が起動した。装置は一セット五分で稼働する、既に体力を消耗していた服部はその五分間で三回も落水してしまった。
「服部先輩は少し休んでから続きをやりましょう。その間、幹比古はコースを回ってきてくれるか?」
「うん、いいよ」
幹比古がスタート位置に向かうのを、服部はただ眺めるだけだ。最初こそ一年生の幹比古や水波と張り合っていたのだが、最近は自分のペースを守るようにしている。
達也は二人から視線を離して、別の選手たちへ声を掛ける。
「渡辺先輩と水波は今日のメニューが終わったみたいですね」
「ああ、桜井と一緒に終わらせたぞ」
摩利は一高内では近接戦闘のエキスパートだし、水波も四葉家で訓練されている。魔法無しでも十分な体力があったため、この二人もまだ余裕そうだ。
「渡辺先輩と水波は二人でタイムを計ってレースをしてみましょうか」
「おっ、いいじゃないか」
「分かりました」
「今日はあたしが勝つからな、桜井」
幹比古は現代魔法と古式魔法の併用や、吉田家の術式を達也の調整で高速化したCADで扱うのに苦戦していたりするので、達也がアドバイスすることもあるのだが、摩利と水波の二人に関しては達也が手を出すことはほとんどない。
二人にはさっさと体力トレーニングを終わらせて、本番さながらのレースを行ってもらう。摩利は今まで同レベルの練習相手がいなかった所為か、水波のことをかなり気に入ったようだ。
「ほのか、休みながらでもいいから二人のレースを見られるか?」
「はい……」
ほのかが明らかに消耗していたので、練習の代わりに二人のレースを見てもらうことにして、達也はスタート位置に移動するのだった。
◆
夕方になると、ミラージ・バットの練習が始まる。本来ならそのまま練習場に向かうのだが、達也は二人を連れて練習場脇の休憩所に向かった。
「二人ともミラージ・バットの内容には慣れてきた頃だと思います」
達也の言葉に二人が頷きを返す。
「そこでお二人には、これを使ってみてほしいと思います」
「えっ、これって……」
「はは、君は何でもありだな……」
達也が取り出したものを見て、ほのかは驚愕し、逆に摩利は呆れている。
「本番どの程度使えるかも見たいので、二人がどのくらい飛べるのか明日以降試します。今日はその準備と思ってください」
「準備? 実際に使わないのか?」
「この魔法は体力の消耗が激しいですが、原理を理解すればその効率は格段に上がります。最初の二セットは通常通りでもいいですが、最終セットだけでもフルで使えれば気持ち的にも楽になります。なので、今日一日は魔法の説明に使います」
「そういうことなら納得だ」
「私も分かりました」
二人が納得したようなので、達也は端末を取り出して説明を開始した。
「──と、こんな感じです。何か分からないことはありましたか?」
「いや、大丈夫だ。それよりもまだ時間はあることだし、一度使ってみないか?」
どうやら摩利は明日まで待てないらしい。ほのかも口には出していないが同じ顔をしている。
「……分かりました。いきなりというわけにもいかないので、練習場の端でよければやりましょうか」
途端に歓喜した二人を連れて、達也は休憩所をあとにした。