九校戦初日、達也は朝早くから競技場に来ていた。
今日の達也は、バトル・ボードの予選に出場する摩利と服部のエンジニアとして、行動しなければならない。
「ふぅ、ひとまずは安心か……」
「あ、大丈夫だったの?」
「はい、渡辺先輩が第一レースで、服部先輩が第三レースでした」
「それなら良かった」
声を掛けてきたのは女子バトル・ボードを担当する、三年生の平河小春。
「平河先輩のお手を煩わせることがなくて良かったです」
バトル・ボードは決勝を除き、男女で会場が違う。もし摩利と服部が被っていたら小春に摩利のことを任せなくてはいけなかったので、達也としては一安心である。
「気にしないでいいわ……それと、あっちで渡辺さんが呼んでるわよ」
「みたいですね、それでは失礼します」
小春の指さす方向を見ると、摩利が早く来いと身振りで示している。達也は小春に一礼して、摩利の所へ向かった。
「遅いぞ」
「そんなに責めないでください」
摩利の叱責を軽く流し、ケースに保存していたCADを取り出して摩利に渡した。
「どうですか?」
「ふむ、問題ないぞ」
言葉だけでなく自分の「眼」でも確認した。本当に調子は良さそうだし、CADにもマッチしている。
「良かったです」
達也の仕事はこれで終わりなのだが、摩利のレースにはあと一時間以上ある。着替えと移動の時間を加味してもあと三十分は余裕があるだろう。
「そういえば、達也くん。なぜ北山のアプローチを断っているんだ?」
直前に作戦会議をする性格ではないのは分かるのだが、選んだ話題がこれである。ちなみに摩利が言っているのは、雫のメンテナンス契約の要請のことだ。
「俺は学生ですからね、金銭をもらっての調整はしたくないんです。一般ではモグリ扱いされますからね」
「なるほどな、君のことだから目立ちたくないからとか言いそうだったが、ちゃんとした理由があるのだな」
「そうですね」
実際はその通りだったので少し動揺したが、摩利には気づかれなかったようだ。
「それでは少しだけ確認作業に移りますか」
第一レースなので何か波乱があるとも限らない。摩利も達也の雰囲気が変わったことを察知して、それ以上は話題を逸らすことなく真剣な様子だった。
◆
エリカ、美月、レオ、幹比古、ほのか、雫の六人は、バトル・ボード会場に到着した。
一高のトップバッターは真由美のスピード・シューティングと摩利のバトル・ボードの二つ。達也が調整したCADを使うということで摩利の方を見に来た。
「……なんか前の方の雰囲気おかしくねぇか」
「ったく、あの女のどこが良いのかしら……」
レオたちはスタンバイしている摩利にではなく、観客席の最前列に目を向けていた。そこには多くの女子生徒が殺到しており、制服を見るとかなりばらつきがある。
「でも分かる気がします。渡辺先輩はカッコいいですから」
「美月、あの女に騙されてるよ」
「そんなことないと思うんだけど……」
エリカの言葉をほのかが否定したが、レース開始が近づいていたのでコースに視線をやり、顔を顰めた。
「相変わらず偉そうな女……」
エリカの視線の先では、摩利がボートの上で立ったまま腕を組んでいる。バランス感覚の差なのだが、ボート上で膝をついている他の選手をかしずかせているようにも見える。
「何か機嫌悪くねぇか?」
「何でも無いわよ」
エリカの変化にレオが気付き確認するが、スタートのブザーによって会話は打ち切られた。
「自爆戦術って……バカじゃないの」
「先輩には全く影響ないもんな」
「それよりも、スタートからすごい速い?」
雫の言葉通り、摩利はスタートダッシュの速度から他の選手とはまるで違った。
「あれは達也さんのおかげだよ」
「どういうことですか?」
疑問に応えたのは幹比古だ。
「渡辺先輩はマルチキャストとか魔法の切り替えがすごく上手いんだ。それで、達也が練習中に提案したのがあれなんだけど」
「普通のスタートに使う魔法は、加速する術式と一緒に、姿勢維持のために慣性制御の術式も組み込まれているの。でも、渡辺先輩はそれをほとんど使ってないの」
「起動式が小さくなる分一瞬で加速できるんだけど。その分滑らかに次の魔法に移るのが難しくて、僕には使いこなせなかった」
「それに体幹がしっかりしてないと落水しちゃうから、私も使えなかったんだ」
「でも使えれば反則級」
エリカたちは幹比古とほのかの説明に納得の表情を浮かべていたのだが、それ以上に雫の言葉に深く頷いた。
「それにしても、相手になってねぇな」
「本当ですね」
スタート以降も摩利はグングンと他校の選手を突き放し、早くも独走状態になっている。
バトル・ボードでは波に乗った選手たちが魔法で水面を荒らして妨害するといった戦術が一般的であり、それがこの競技を華のあるものに仕上げていた。しかし、ここまで距離が離れてしまっては、もはや魔法による妨害など不可能だ。
「渡辺先輩は去年のバトル・ボード優勝者。それに達也さんが担当なんだから、これくらい当然」
「それにしたってなぁ」
摩利は今回の九校戦練習期間において、相手選手への妨害は全く練習していなかった。妨害された時の対応は練習したが、それも僅かである。
自身の恵まれた身体能力と魔法運用力、そして達也のCADがあれば独走できると判断し、ただひたすらにタイムを縮めることを目指していた。
九校戦はショーとしての一面も大きい。それに真っ向から喧嘩を売る摩利の走りにレオは複雑な表情だ。一方で雫の意識はレースから逸れて摩利の使用している魔法に移ったようだ。ほのかと幹比古に説明を求め、摩利のマルチキャスト技術に感嘆していた。
「お疲れ様です」
「ああ、無事予選突破だ」
摩利はそのままぶっちぎりでゴールし、大会記録を三十秒ほど更新してしまった。
「それだけでは済まない気がしますが。とにかく、おめでとうございます」
「ありがとうな。このあと、服部の調整もあるんだろう? そっちに行ってやってくれ」
「分かりました、失礼します」
達也は摩利に一礼して男子の会場に向かうのだった。
◆
摩利の試合を見終えたエリカたちは、一時間ほど時間を潰してから男子の会場に移動した。バトル・ボードはそのコースの広さから他の競技会場と距離があるので、露店と雑談スペースが豊富にあるのだ。
「次は服部先輩か」
「ミキ、服部先輩って実際どんな感じなの? 最初の方は達也くんの練習にへばってたって聞いたけど」
「達也さんの練習……」
「ああ! ごめんって、ほのか~」
幹比古への質問がほのかへの口撃になってしまい、エリカが慌てて謝っている。
「それで幹比古、実際服部先輩はどんな感じなんだ?」
「先輩は僕よりも全然速いよ。一高では渡辺先輩や水波さんの次くらいだったし」
「水波?」
レオだけでなくエリカと美月も首を傾げているが、幹比古とほのかは苦笑いをしている。
「水波さんは渡辺先輩と同じくらい速いんだ」
「はぁ?」
「水波は一年生なのに先輩たちと同じくらい速いんです。私なんて相手にならないくらい」
「水波さんってそんなにすごい人なんですね」
美月は単純に称賛しており、レオは口を開けたまま固まっている。そして、エリカはというと、
「ん? ……え、ちょっと待って」
今の説明から別の推測にたどり着いたようだ。
「エリカちゃん?」
「どうかしたのか?」
「あのさ……水波って期末テスト、二位なのよね?」
「「「あっ」」」
美月たちも同じ推測に至り、ほのかと雫に視線が向けられた。
「司波さんは別格だよ。嫉妬なんてバカバカしくなるくらい」
「あれはもう人間の限界に迫ってる」
「やっぱりそうなのね……」
エリカは「気づかなきゃ良かったわ……」と呟いて、乾いた笑みを漏らした。
「始まる」
だが、雫の一言で意識が戻り、コースへと目をやるのだった。
結果として服部のレースも摩利と大枠で同じ展開で進み、ぶっちぎりの一位で終了した。大会記録には六秒届かなかったが、本日の男子最高記録を叩き出したのだった。
◇◇◇
今日の担当種目が終わったので、達也は摩利たちに断ってからホテルの一室を訪れていた。
「来たか、まあ掛けろ」
風間に掛けろと言われたが、上官でもあり目上の大人に対して、「では遠慮なく」と言えるわけもない。
「達也君、我々は君を『戦略級魔法師・大黒竜也特尉』としてでは無く、我々の友人『司波達也君』として呼んだんだ。遠慮しすぎるのも良くないよ」
「それに、君が立ったままだと話もしにくい」
「分かりました。真田大尉、柳大尉、ありがとうございます」
円卓のテーブルに座っている他の人間も達也に着席を促したことで、達也もそれ以上の遠慮はせずに一礼して席に腰を下ろした。
「まずは久しぶりですね」
「そうですね。藤林少尉だけでなく柳大尉もお久しぶりです。真田大尉、先日はありがとうございました」
「いや、こちらの方こそ助かったよ。『サード・アイ』のシステムは君でなければ手に負えないからね」
「元々あれは自分用ですからね。山中先生、そう言えば先日の検診結果をまだ頂戴していませんが」
「達也……俺にだけ態度が違わないか?」
久しぶりといっても会話が滞ることはない。
「そう言えば、昨夜はご苦労だったな」
「少佐、賊の正体は分かりましたか?」
「予想通り
出発前夜に真夜から詳細を聞いていたので、やはりという感じだ。
「なるほど。九校戦での賭け事ということですが、本部の場所は分かっています。実害も出てきそうなので襲撃したいのですが、大隊の協力は得られるのでしょうか」
「ああ、今晩にでも真田と藤林が行けるそうだ」
「ありがとうございます。真田大尉、藤林少尉、十時頃出発でもよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわよ。それにしても、昨日はお手柄だったわね。もしかして警戒してたの?」
「いえ、散歩していたら偶々気配を掴んだだけです」
「あんな遅い時間に?」
「競技用のCADを調整していたものですから」
「やはりエンジニアとして参加か、チームメイトは『シルバー』のことを知ってるのか?」
「山中先生、それは一応秘匿情報ですので」
「高校生の大会に君が参加するのは反則のような気もするけどね。今日の渡辺選手と服部選手のエンジニアも君だろう? 明らかにスペックが違いすぎないかい?」
「あら、真田大尉、達也くんはれっきとした高校生なのですよ」
「そうなんだけどね……」
達也の技術力の高さを知っている真田からしたら、達也が担当するだけで優勝するのではないかと思ってしまう。実際に午前中に摩利が叩き出した記録も、真田からすれば驚くに値しない。もちろん他のメンバーも概ね同意見なのだが。
「選手としては参加しないの? 『マテリアル・バースト』はともかくとしても、『フラッシュ・キャスト』や『雲散霧消』があるんだから結構良い所まで行くと思うわよ? 『トライデント』は持ってきてるんでしょ?」
「トライデントはCADのレギュレーション違反で使えませんし、フラッシュ・キャストは四葉の秘匿技術ですから」
「藤林……戦略級魔法である『マテリアル・バースト』がこんな場所で使えるわけないだろう」
「そもそも殺傷ランクAの『分解』は使えないしね……」
「あら、真田大尉はご存知無いんですか? 殺傷ランクが高い魔法でも、スピード・シューティングとピラーズ・ブレイクでは使えるんですよ?」
「藤林、それくらいにしておけ。軍事機密魔法を衆人環視の中で使うわけにはいかないのだから、言い争っても仕方ないだろう……それはそうと、達也。もし選手として出場するようなことがあれば」
「分かっています。『雲散霧消』を使わなければいけない状況になったら、諦めて負け犬に甘んじます」
「なら良い」
「ですが、自分が選手として参加するとは考え難いんですが……」
「心掛けの問題だ。分かっているならそれでいい」
今日の襲撃が上手くいけば、そんな心配もしなくて済む。達也は気合を入れ直すのだった。
◆
風間たちとのティータイムを終えて、達也はスピード・シューティングの決勝トーナメント会場にやって来た。
「達也くん、こっちこっち!」
達也の事を見つけたエリカがこちらに手を振っている。人混みの中苦労して進み、エリカの隣に座る。
「随分と人が多いな」
「七草会長が出るからですよ。他の試合はこれほど混んでいません」
「そうか、ところで幹比古は?」
「人混みで気分が悪くなったから部屋で休んでるってさ」
「なるほど……それはそうと、ほのか。見づらくないか?」
「大丈夫です」
振り返った達也に、ほのかが笑顔で首を横に振った。
「凄い人気だな」
「そうね、ほんと嫌になっちゃう」
「まあそう言うな。そろそろ競技も始まるんだから」
レオはともかく、エリカと美月は真由美への好感度がかなり低い。達也は知らないことだが、この競技も新人戦で雫が出る競技だから見に来たのであって、二人はあまり乗り気じゃなかったのだ。
なお、摩利に関しては達也や幹比古のフォローもあって好感度は回復している。
「実力はさすがだな……」
試合が始まったのだが、完全なワンサイドゲームだった。有効エリアに入った瞬間に、真由美のクレーは撃ち砕かれていく。誤射の心配が無い分、相手選手は自殺点の心配がないのだが、そんな理屈を圧倒する技量だ。
「えっ?」
そして会場が一瞬の静寂に包まれる。相手選手のクレーの後ろに真由美のクレーがあったのにも関わらず、真由美は自分のクレーだけを打ちぬいた。正面からでは無くクレーの下からドライアイスの弾丸が放たれたのだ。
「なぁ達也、今のって何かわかるか」
「七草会長は『マルチスコープ』を使っているから死角がない。そして、会長の魔法『魔弾の射手』が作りだすのは、弾丸では無く銃座だ。言ってみれば、全方位からの射撃も可能なんだ」
「そうなんですね」
達也の説明にほのかが頷く。そのすぐ後に競技が終了した。
「高校生レベルでは勝負にすらならなかったな」
達也の言う通り結果はパーフェクト。相手選手が可哀そうなくらいの圧倒的な勝利だった。