九校戦一日目が終了し、生徒会の女子と摩利によってささやかな祝勝会が開かれていた。消灯時間を過ぎているのだが、それを気にする者はいない。
「会長、優勝おめでとうございます」
「ありがとう。摩利も大会記録更新おめでとう」
「ああ、あたしもあそこまで良いとは思わなかったさ」
真由美は圧倒的な強さでトーナメントを勝ち上がり見事優勝。摩利は大会記録を三十秒も更新して準決勝進出。これ以上ないスタートだ。
「まずは予定通りだな。男子の波乗りも服部が圧勝したしな」
「服部君はここに着いた時には調子が悪そうでしたが、昨日には持ち直していましたから」
「ですが、男子波乗りで準決勝に進んだもう一人の選手はどうも調整が合わないようで、担当の木下君とCADの調整をするようです」
「木下は確か明日のサブじゃなかったか」
摩利は達也の調整を受けてからエンジニアの重要性を再認識したようで、担当エンジニアを全て記憶していた。
「木下君は明日女子クラウド・ボールのサブ担当ですが」
「木下君がつきっきりだとイズミンが一人になっちゃうし、厳しいわね……」
「では、男子のサブの石田君に頼みますか?」
「男女ともだと、石田君に負担が掛かっちゃうわよ」
「では司波君に頼むのはどうでしょう? 司波君の担当は午後の桐原君だけですし」
鈴音が達也の名前を出すと、真由美は複雑な表情を浮かべた。
「達也くんに真由美の競技を担当させるのはリスキーじゃないか? 担当の和泉も達也くんには否定的だ」
「ですが司波君なら不測の事態にも対応出来るでしょうし、他にメンバーもいません」
摩利と鈴音、どちらも言っていることは正しいのだが、正しいが故に話は進まない。
「摩利、大丈夫よ。そろそろ私もきちんと謝らないとだし、いい機会だわ」
「真由美……」
「大丈夫よ、競技には差し支えないから」
「…わかった。だがあたしから連絡するが、構わないか」
「ええ、お願いするわ」
摩利がその場で端末を取り出し電話を掛けるが、達也は一向に出ない。
「出ないな……」
「調整でもしているのでしょうか」
「いや、その場合達也くんはいつも連絡を取れるようにしてくれる。何かあったか……」
同室の幹比古に確認してみると、「明日の競技があるから調整してくる」との事で、部屋にはいないらしい。
「これは本格的に何かあったな……」
摩利がそう呟いた時、端末の通知音が鳴った。
「達也くんか! 今どこにいる!?」
『……いきなりですね、何かありましたか?』
冒頭から摩利が怒鳴ってしまったので、達也は困惑している。
「いや、すまない。だが今どこにいるんだ」
『……すみません、近くに知り合いが来ていたので外出していまして、ホテルにはいません』
「はぁ?」
当たり前だが、一高メンバーの規定として夜間の外出は禁止されている。
『すみません、一時間ほどなので良いかと思ったのですが』
「……もういい、早く戻ってこい」
『分かりました……それと、俺から言うのもなんですが、ご用件を伺ってもいいですか?』
「ああ、すまんな。明日の女子クラウド・ボールのサブエンジニアがいないんだ。達也くんにはその担当をしてほしい」
『……クラウド・ボールには七草会長もいるのですよね』
電話越しにもわかる気が乗らないといった声音に、真由美がショックを受ける。
「そうだ。だが今回のことを見逃すということで受けてくれ。正直人が足らん」
摩利もここは押し通すしかない。真由美が向き合うと言っているのだから、その手伝いくらいはしなくては。
『……分かりました、詳細は明日の朝伺う形でいいですか?』
「ああ、それで構わない」
達也も了承したので、摩利は電話を切った。
「はぁ、今の時間は何だったんだ」
「まあまあ、何事もなかったんだからいいじゃない」
「そうだな……だがやはり随分と嫌われているぞ、何とかなるのか?」
「うぅ……言わないでよ、分かってるから」
摩利は別に真由美を責めているのではない。親友の前途多難さを心配しているのだ。真由美にもそれは分かっているのだが、達也の態度があまりにも素っ気ないのでこう返すしかなかった。
◆
達也は知り合いに会っていたと言っていたが、これは半分以上ウソである。藤林と会っていたのは確かだが、その目的は
「学校の先輩?」
「ええ、明日の連絡をするために電話が来たのですが、その所為で外出しているのがバレたみたいです」
達也は一仕事終えてから端末の電源を入れ直したのだが、タイミングが悪かったようだ。摩利たちがあと三十分遅ければ何事もなく終わったというのに。
「それで? 達也くんって真由美さんと仲が悪いの?」
「俺が一方的に嫌っているだけですね。あちらは知りません」
「ふーん、でも最近はもういいって思ってない?」
こういったところがやはり年長者なのだろう、よくわかるものだ。
「まあ、あれ以降二科生の差別は見られませんし、あの出来事の詳細だけ分かればまた違うのでしょうけど」
真由美が二科生を差別していないことはこの四カ月で理解した。だが、見逃された理由が分からないことには信用もできないのだ。
「やっぱりね。達也くんは変な人を集める才能があるからな~」
「なんですか、それは……」
だが、藤林のよくわからない茶々によって達也は呆れた表情に変わるのだった。
◇◇◇
九校戦二日目、達也は一高天幕に居た。
クラウド・ボール女子選手三人の調整データを頭に入れ終えた頃、摩利が声を掛けてきた。
「達也くんは午前女子のサブだ。勝ち進んだメンバーが少ない場合は早めに抜けることもできるから、その後に桐原の方に行ってくれ」
「分かりました」
桐原のCADの調整は朝の内に済ませてあるので、直前に選手の体調を確認するだけで十分だ。問題があるとすれば、午前中はエリカたちと観戦する予定だったので、何人かからは少し責められたことか。
「それはそうと達也くん……あまり不機嫌じゃないな?」
「気分はよくありませんが、仕事なので」
達也の正直な回答に呆気に取られていた摩利だったが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうだな、達也くんはその辺律儀だったな。それじゃあ行ってこい」
達也は摩利に一礼して、コート脇に向かった。
コート脇にいた真由美の服装は、テニスウェアとしか思えないポロシャツとスコート。機動性重視と言うよりもファッション性重視の格好だった。
少しでも裾が捲くれたらアンダースコートが見えそうなくらい短いスコートは、激しい動きが必要なクラウド・ボールには不向きだと達也は思ったが、自分が気にすることでもないと判断した。
「七草会長」
「な、なんでしょう?」
達也が声を掛けると、真由美は必要以上に驚いていた。
「和泉先輩から会長を担当するように言われましたので、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく……」
三年エンジニアの和泉理佳は、ぽっと出の二科生に仕事を任せたくないらしく、達也の担当は自分で調整している真由美になった。要するに何もするなということである。
「えっと、データはもう頭の中に入ったの?」
「ええまあ」
「全員分?」
「ええまあ」
同じ言葉を使って短く返事をした達也を、真由美は目を丸くして見つめた。
「達也くんってホント凄いのね。それって瞬間記憶とか完全記憶じゃないの?」
「俺としては、普通の魔法力が欲しかったですけどね」
達也の返事を聞いた真由美は、何か言いたいことを我慢しているように見える。先ほどから口を閉じたり開いたりと忙しない。このまま試合に臨めば実力を発揮することはできないだろう。
「会長、これは仕事なので俺も真剣にやります。それは会長も同じでしょう?」
「え、ええ」
「試合が終われば聞きますから、今は集中してください」
真由美は目を見開いたまま達也を見ていたが、そろそろ時間も押している。
「そろそろ試合が始まりますよ」
「……そうね、それじゃあ行きましょう」
そう促された真由美は真剣な表情になっており、これなら心配いらないだろうと達也も安心した。
試合が始まってからは、昨日のスピード・シューティングのように完全なワンサイドゲームになっていた。
クラウド・ボールと言うのは、テニスに近い競技だ。一定時間でボールが追加され、目まぐるしくボールが互いのコートを行き来する……と言うのが一般的な試合の情景なのだが、達也の目の前で繰り広げられている試合は、少し毛色が違った。
相手は移動魔法でボールの軌道を曲げて返しづらい所を狙い返球している。だが、そのボールがネットを越えた瞬間、ボールは倍速になって跳ね返る。すべてのボールが例外なく。
真由美の使っている魔法は、運動ベクトルの倍速反転、逆加速魔法『ダブル・バウンド』一つだけ。
女子クラウド・ボールは三セットマッチ。だが相手選手は自分の限界を見誤ってるのか、第一セット終了時点で既に息絶え絶えだ。
セット間のインターバルのブザーが鳴らされると、その場に膝をついて崩れた。ペース配分を誤って
インターバルの間、選手はベンチに戻るのが普通なのだが、真由美は得体の知れない感覚に囚われていた。
(何この視線……明らかに他の人とは違う)
スタンドから向けられる異性の視線は、自分の太ももや胸元、チラリと見えるアンダースコートに向けられるお馴染みのものだ。だが、コート傍のベンチから向けられる視線は、そんな生易しいものでは無かった。
(私の全てを見透かされてるような……『七草真由美』を構成する全てを見られてるような、そんな感じがする……)
今まで感じた事の無い視線に、真由美の足は動こうとしない。
(これが摩利の言っていた『俎上の鯉』になるって感覚なの……?)
その場から動かない真由美に、そろそろ運営本部の人間が騒ぎ出しそうだ。
(ええい! 女は度胸!!)
足に前進を命令して、真由美は達也の待つベンチに向かって行った。
「お疲れ様です」
傍に来ると、さっきまでの視線が嘘のように霧散した。それに達也の様子がいつもと違う、自分への嫌悪感は全く見られない。その二つの要因により、真由美もくだけた様子で応じた。
「お疲れ様って、まだ試合は終わってないんだから気を抜いちゃダメよ」
「いや、終わりですよ。対戦相手が棄権してこの試合は終わりです」
達也が断定口調で述べた瞬間、タイミングよく審判団と相手スタッフが何かを話していた。
「魔法の連続使用による想子の枯渇でしょう。会長の相手を務めるには力不足でしたね。行きましょう、一応CADをチェックしておいた方がいいですし」
「……見てるだけでよく分かるわね」
「キチンと視ていれば分かりますよ」
◆
試合が早めに終わったので、達也は念のために控室でチェックを済ませ、プログラムを弄る事無く真由美にCADを返した。
そして第二回戦、真由美は試合開始と共に戸惑いを覚えた。
(何で……?さっきより調子が良い?)
クラウド・ボールと言う競技は、半日で最大五試合をこなさなければならない。疲労により調子が下がることはあっても、向上することはありえない。
となると、普通でない原因がある、可能性は一つしか無い。第一セット終了後、真由美はすぐにベンチへと移動した。
「達也くん、プログラムは弄らなかったんじゃなかったのっ?」
ベンチに着いてすぐに達也を問い詰めた。
「……何か問題でもありましたか?」
「術式構築の効率が明らかに上がってたわよ! ハードを弄る時間なんて無かったし、ソフトを弄ったんじゃないのっ?」
「……効率が上がったんですよね? 下がったんじゃなく」
「それは……」
自分の態度が理不尽であること自覚した真由美の勢いは、みるみるとしぼんでいった。
「とりあえず座りましょう」
対する達也は冷静に真由美に着席を促す。
「効率が上がったのは、ゴミ取りをしたからです」
「……分解も何もしてなかったじゃない」
「ハードのゴミ取りでは無く、ソフトのゴミ取りです。CADのシステム領域に、アップデート前のシステムファイルの残骸が散らばってたので、それを取り除いたんです。普通なら気付く事も無いので言いませんでしたが、会長の感性を甘く見てましたね。すみませんでした」
「あ、えっと、いいのよ。そういうことなら、達也くんは自分の仕事をしてくれただけだもんね。私の方こそゴメンなさい……」
エンジニアとしての仕事を全うしてくれた達也に対して、自分は何て理不尽な事を言ってしまったのだと、真由美は恥じた。
そして、明らかに自分を嫌っているのにここまでしてくれるのかと嬉しさも感じた。
「ねえ達也くん」
「何ですか?」
「後でそのゴミ取り? のやり方教えてくれるかな?」
「そんなことよりも、今は試合に集中して下さい」
達也は教えるとは言ってないのだが、真由美はやけに気合が入っていた。
「もちろんよ、お姉さんに任せなさい!」
色々ツッコみたいところはあるのだが、下手に口を挟んで水を差すのもいけないと思い、達也はあっさりと流した。
結果、全試合無失点で真由美は女子クラウド・ボールを制したのだった。