九校戦二日目。午前の女子クラウド・ボールでは、真由美以外の選手も勝ち上がっていた。
そのため、達也が桐原と合流したのは昼食後、競技開始の直前だった。
「遅くなってすみません。感触はどうですか」
「問題なかったぜ。いつも通り完璧だ」
「それなら良かったです。いつも通りやれば上位入賞は堅いと思いますが、ペース配分だけは気をつけてください」
「分かってるさ。それにお前にはしごかれたからな、体力には自信があるぜ」
「先輩は調子に乗りがちですから、念のためですよ」
達也の指摘に桐原は肩をすくめた。その後は相手選手の情報確認をしているうちに、試合時間はあっという間に近づいた。
◆
エリカ、美月、レオ、幹比古の四人は、午前中のアイス・ピラーズ・ブレイクを見た後、桐原の試合を見に来ていた。
「あれ? 水波じゃない、一人?」
「エリカさん……はい、深雪姉さまはアイス・ピラーズ・ブレイクを観戦しているので」
「じゃあ、あたしたちと一緒に見ようよ、ここ空いてるからさ」
雫と同様に、深雪はアイス・ピラーズ・ブレイクに出場するため、水波とは見学する場所が違うようだ。水波は一瞬躊躇したが、レオたちも頷いていたので素直に席に座った。
「桐原先輩の試合だけど、水波は勝てると思う?」
「一高内では桐原先輩も上位でしたし、対戦相手に不運がなければ勝てると思います」
「水波さんは桐原先輩の練習相手もしてたんだろう?」
「はい、桐原先輩と私は達也さんの担当だったので、基礎練習から一緒でした」
水波は一旦言葉を切って、再度口を開いた。
「桐原先輩は七草会長とも善戦していましたし、今日も調子が良いそうです」
「会長と? それは凄いな……」
実は水波の方が桐原よりも強いのだがここでは言わない。なお、真由美の名前にエリカと美月が少し不機嫌になったが、それを表に出すことはしなかった。
「圧倒的だな」
「地力が違うわね」
試合が始まってからは、桐原が一方的に試合を進めていた。相手は魔法主体の選手で、拳銃型のCADでボールを打ち返してきている。対する桐原はラケットを使ってコートを縦横無尽に駆け巡っている。
これだけでも実力の差が出ており、桐原が得点を重ねているのだが、桐原の戦術のポイントは緩急の使い分けだろう。圧倒的なフットワークから繰り出される強打の中に、そっと織り交ぜられる緩いボール。意識の間隙を縫うように放たれるそれは、速球に集中していると気がつけない。かといって緩い球に意識を割きすぎると、自力で勝る桐原にそのまま押し潰されてしまう。
ラケット主体のため多少の失点はあったものの、第一セット終了時でトリプルスコアだ。
「あの緩いボールが効果的なのは分かるけど、なんか桐原先輩のイメージと違うんだけど」
幹比古が呈した疑問には水波が答えた。
「私と桐原先輩の基礎練習にラリー形式のモノがありまして、桐原先輩はそこから思い付きで試合に組み込んでみたそうです」
水波のこの表現はかなりオブラートに包まれている。実際は、単調できついラリー練習に不満を持った桐原が、どうにか遊びを見出そうとしていただけである。それを達也が見つけ、戦術に組み込んだという流れだ。
「へぇ、確かにあれはやられたら嫌だろうね」
だがそんな内部事情など、幹比古たちは知る由もない。
「それにしても、達也くんも凄いことするわね~」
「エリカちゃん、どういうこと?」
「桐原先輩の足捌きが四月と全然違うじゃない。あれって達也くんがしごいたんでしょ?」
美月の質問に対して、エリカは水波に顔を向けた。
「はい、達也さんはフットワークの練習に力を入れていました。その分桐原先輩は不満げでしたが」
「あの人の性格だとね……」
美月たちは水波の説明に納得したのだが、幹比古は苦笑気味だ。一科生の中で居心地が悪かった幹比古は桐原には世話になっており、その性格はよく知っている。
「二セット目も余裕そうだし、桐原先輩も優勝するんじゃねえのか」
「本当ですね、このままいってほしいです」
レオの言う通り、二セット目の桐原は先ほどよりも余裕のあるプレーをしていた。
圧倒的フットワークはそのままに、際どいボールはわざと見逃している。ダブルスコア前後を維持しつつ、体力の温存もしていた。
「多分達也くんから指示が出たのよ、相手選手はかなり疲れてるから」
「なるほどなぁ」
達也ならその程度の指示は朝飯前だろう、その場にいる全員がそう認識したのだった。
◇◇◇
九校戦二日目も終了し、一高選手、並びに技術スタッフと作戦スタッフが一同に会して食堂で夕食を摂っていた。場の雰囲気はかなり明るく、大盛り上がりだ。
それもそのはずで、今日の戦績は真由美が女子クラウド・ボール優勝、男子も桐原が優勝した。二日連続の男女同時優勝だ。アイス・ピラーズ・ブレイクでも男女共に克人と花音が予選を突破している。
その一角で、優勝した桐原を称える集団があった。
「桐原、優勝おめでとう」
「お前は堅ぇなぁ、こういう時くらいもっとはしゃげばいいのによ」
「確かに、服部くんももう少し気を抜いたら?」
「ほら、五十里もこう言ってるじゃねぇか」
「そうよ! 啓がこう言ってるんだから!」
その中心は服部、五十里、花音の二年生。花音も自身が予選を突破しているので、気分が盛り上がっているようだ。
「それもそうだな、千代田もおめでとう」
「ありがとう。それにしても、桐原くんは凄かったみたいね」
「僕も競技があったから見た訳じゃないけど、二回戦は凄かったんでしょ?」
桐原は二回戦で三高エースとぶつかったのだが、その試合も苦も無くストレート勝ちしてそのまま優勝。大方の予想を裏切る大躍進だったのだ。
「ああ、あれな。あの試合は司波に感謝しなくちゃだな」
「司波君に?」
「おう、CADのスペックが明らかに違ったからな。まともにやってたら勝てたかは分かんねぇな」
桐原も自分の力量で勝ったとは思っていない。条件が同じなら接戦だっただろう。だが結果として今日は快勝したのだ。
「ふーん、司波君のCADってそんなすごいんだ」
「すげぇなんてもんじゃねえぞ。ありゃあ一種の麻薬だな」
「……桐原の言い方はともかく、内容はまさにその通りだ」
花音から視線をもらった服部が返したセリフも、やはり達也のCADを称賛するものだった。
「司波君の技術力は凄いからね、その分スタッフではちょっと浮いてたけど」
技術スタッフの中で達也に好意的だったのは、あずさと五十里、そして平河小春の三人だけである。色々な競技を担当する達也が他のエンジニアから疎まれていたので、五十里は少々心配だったのだ。
「でも司波君もあっちで囲まれてるみたいだし、よかったじゃない」
「そうだね、懇親会では居づらそうだったからね」
花音の言葉通り、達也は一、三年生を中心に囲まれている。ほのかや雫、摩利といったメンバーがいるからという面もあるが、それでも大きな進歩だろう。五十里はそう思い、調整に入ろうと食べ終えた食器を片付けた。
だが、花音に引き留められ食堂から出られたのは解散ギリギリとなるのだった。
◆
夕食を終えて作業車で調整をしていた達也に来客があった。
「作業中にごめんなさい。四月のこと改めて謝りたくて……」
「いえ、それはもういいのですが、理由は説明してもらえるのでしょうか?」
作業車から離れた場所で話し始めたところ、達也の質問に真由美が口籠った。
「……怒らない?」
「内容によります」
だが、いい加減覚悟を決めたのだろう、頭を振ってから達也の顔を見つめた。
「達也くんの入試成績を見て、達也くんが何か力を隠してるんだと思って。それが何かを見ようとしていたのよ」
「はい?」
「だからっ、達也くんが何か隠してる力があると思っていたのよ」
聞こえなかったわけではないのだが、そんな理由で見逃されていたのかと、正直かなり呆れた。何も言わない達也に真由美が不安そうに問いかける。
「……やっぱり怒ってるわよね?」
「怒ってはいませんが、呆れてはいますね……大分問題行動だと思いますよ」
「うぅ……」
「俺は理由がわかったのでもう何とも思っていませんが、エリカたちはどう思うか分かりませんからね」
四月から反省もしていたようだし、何か実害があったわけでもないので達也としては別にもう構わない。だが、一緒にいたエリカたちは怒るだろう。
「それに関してはさっき謝って来ました。エリカちゃんや柴田さんはまだ怒ってたけど……」
「そうですか、それなら俺からは何も言うことはないですよ」
「……これからは怒らない?」
「怒るようなことをするのですか?」
少し意地が悪い返しな気もするが、真由美にも意図は伝わったようだ。
「もちろん、そんなことしないわよ。それじゃあ明日からもよろしくね」
スキップしながらホテルに戻っていく真由美の後ろ姿を見て、末尾に音符が付いていそうなセリフだなと、達也は入学式のときと同じ感想を抱いたのだった。