大会四日目、本戦は一旦休みとなり、今日から五日間一年生のみで行われる新人戦が開始される。
達也は先ほど発表された競技予定を見てため息を吐いた。
「さすがに今日は無理だったか」
「誰が被ったんだい?」
達也の呟きに反応したのは五十里だ。五十里は新人戦男子バトル・ボードを担当するので、幹比古のサブエンジニアにもなっている。
「幹比古が第二レース、水波が第四レース、ほのかが最終レースです。午前の幹比古と雫の競技が被るので、五十里先輩にお願いするところでした」
「分かったよ、あとで吉田くんにも一声かけておいてくれる? その後は僕が担当するからさ」
幹比古は五十里に任せることになったが、女子の二人が被らなかったのは不幸中の幸いだろう。女子バトル・ボードの担当エンジニアは和泉理佳で、達也もあまり頼りたくはない。
それはともかく、五十里も快諾してくれたので達也は幹比古の所へ向かった。
「幹比古、調子はどうだ」
「問題ないよ、達也は北山さんの所へ行くんだろう?」
「すまないな、最後まで見られずに」
「そんなことないよ、このCADなら直前の調整も要らないからね。あとは僕の仕事さ」
バトル・ボードでは待ち時間が三十分を超えるためメンタル維持が大変なのだが、幹比古はその部分も優秀だったため心配していない。
「そうか、それじゃあ頑張ってくれ」
「うん、達也も頑張ってね」
達也も幹比古に手を振って、スピード・シューティングの会場に移動した。
女子スピード・シューティング予選。雫は達也の調整したCADを手に小さく頷いた。
「んっ……万全。自分のより快適」
顔にも声にも表情が乏しいので当初は戸惑うこともあったが、今では達也も大分慣れてきた。
「達也さん、やっぱり雇われない?」
「…この試合前に、冗談を言う余裕があれば大丈夫だな」
「冗談じゃ無いよ」
雫は達也とCADメンテナンス契約を結ぼうと、幾度となくアピールしているのだ。
「専属じゃなくても良いから」
「何度も言っているように、それは俺がライセンスを取ってからな」
「分かった」
少々不満そうだが、雫は今回も素直に頷いた。最初こそかなり食い下がったが、それ以降はすぐに引き下がってくれる。
「いよいよだな、雫」
「うん」
大幅に緊張感を削がれたが、雫はいつも通りのようなので達也も一安心だ。
「よし、頑張れ」
「うん、頑張る」
達也は一言そう伝えて、雫を送り出した。
◆
それと同じ頃、観客席では緊張しているほのかの姿があった。
「ほのかさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、私のレースは午後だからっ」
明らかに硬い笑顔のほのか。ここには雫も達也もいないので、必然的に宥める役目ができるのは一人しかいない。
「大丈夫よ、ほのか。達也くんが担当してるんだから、反則以外では負けないわよ」
「……そうね、それは確かに」
「だから落ち着きなさい、今から緊張してたらもたないでしょ?」
エリカのアドバイスで少しだけ冷静になったほのかは、周りを見る余裕ができたようだ。
「そういえば、観客が多くない?」
「多分達也くんの所為じゃない? あの辺とか絶対偵察に来てるし」
「だろうなぁ、あれだけ派手な成績だしな」
「まあこれが終わったら急いでミキの所へ行きましょ、多分そっちも混んでるだろうから」
「そうだな」
エリカとレオが話を逸らしたので、ほのかの緊張がなくなりかけていたのだが、
「吉田くんもそうですけど、ほのかさんも頑張って下さいね、注目されていると思いますから」
「ゔっ……」
「あれ?」
「美月……」
「まあ、これが美月よね……」
「あ、あの……私、余計なこと言いましたか?」
自分が余計なプレッシャーをかけた事に気付いていない美月は、レオとエリカから向けられる視線の意味が分からず、しきりに首を傾げていたのだった。
時を同じくして観客席、一年生たちとは少し離れた場所に生徒会役員+風紀委員長の姿があった。
「真由美、本部に居なくて良いのか?」
「そっちははんぞーくんに任せてあるから大丈夫よ。何キロも離れてる訳じゃ無いんだし。というよりも、摩利も幹部でしょうに」
「あたしは風紀委員長だから問題ない」
「そういう事では無いと思いますがね」
真由美と摩利に付き合わされる形で、鈴音も観客席からの観戦となった。鈴音は作戦スタッフなので、本当はまずいのだが。
「あいつが調整したCADだからな、どんな性能を見せてくれるんだ」
「そうね、摩利やはんぞーくんも凄かったけど、今回はどんなのかしら」
ワクワクが止まらない様子の二人に、鈴音が口を挿んだ。
「それはそうと渡辺委員長、大会期間中に司波君に絡み過ぎです」
「摩利!?」
「他校の戦術が面白いのは分かりますが、新しい術式の相談は大会が終わってからにしてください」
摩利は初日から有力選手の試合を見て、自分の役に立ちそうな魔法を見つけては、達也に持ち込んでいるのだ。
「司波君の知識を頼りにするのは良いですが、当校で一番忙しいのはおそらく彼ですから」
「……分かっているさ」
一高幹部三人が選手よりもエンジニアを話題にしているという、なんとも異様な光景なのであった。
◇◇◇
開始のランプが全て点ってクレーが現れる。得点有効エリアにクレーが入った途端、それは砕け散った。
「うわぁ、豪快」
「ひょっとして、有効エリア全域を魔法の作用領域に設定してるのですか?」
美月の質問に、ほのかが答える。
「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で標的を砕いてるんです。内部に疎密波を発生させる事で、固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化します。急加熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆く崩れ去ってしまうのと同じ原理です」
ほのかはここで一呼吸おいてから、再度口を開いた。
「それを、得点有効エリア内にいくつかの震源を設定して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させています。魔法で直接に標的そのものを振動させているのではなく、標的に振動波を与える事象改変の領域を作り出しているの。震源から球形に広がった波動に触れると、仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって標的を崩壊させるという仕組みです」
「なるほど、そう言った仕組みなんですね」
視線はシューティングレンジに固定したまま、ほのかが長い説明を終えた。美月はその丁寧な説明に、しきりに頷いていた。
少し離れたところで、同じような説明が鈴音によって行われていた。
「──と、言う訳ですね」
「なるほど……」
説明役は、達也から内容を聞かされていた鈴音。摩利も真由美も今の説明を興味深そうに聞いていた。
「ご存知の通り、スピード・シューティングの得点有効エリアは、空中に設定された一辺十五メートルの立方体です。司波君の起動式は、この内部に一辺十メートルの立方体を設定して、その各頂点と中心の九つのポイントが震源になるように設定されています。各ポイントは番号で管理されていて、展開された起動式に変数としてその番号を入力すると、震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。波動の到達距離は六メートル。つまり、一度の魔法発動で震源を中心とする半径六メートルの球状破砕空間が形成される事になります」
「……余計な力を使ってるような気がするが、北山は座標設定が苦手なのか?」
「確かに精度より威力が北山さんの持ち味ですが、この魔法の狙いは精度を補う事では無く、精度を犠牲にする代わりに速度を上げる事にあります」
ポーカーフェイスのまま鈴音は説明を続けた。だが、その表情には同情交じりの苦笑の影が見られた。
「つまり、その気になればもっとピンポイントな照準も可能という事よね? どういうことかしら?」
「この魔法の特徴は、座標が番号で管理されていると言う点です」
鈴音の説明を聞きながら、視線を試技中の雫に戻す。未だ打ち漏らしは無く、説明通りの魔法が、有効エリアに入ったクレーを破砕していく。
「制御面で神経を使う必要がありませんから、魔法を発動する事だけに演算領域のポテンシャルをフルに活用する事が出来ます。連続発動もマルチキャストも思いのままです」
説明が一段落すると同時に、競技が終了した。結果はパーフェクト。
「魔法の固有名称は『
「……真由美の魔法とは発想がちょうど逆だな」
「……よくもこんな術式を考え付くわね」
真由美の声には感嘆の成分よりも呆れ声の成分の方が多く含まれていた。
「そもそも、九校戦のために新しい魔法なんて考えるかしら」
「それはそうだが……面白いな」
一方、摩利の声は興味の方が勝っていた。
「この魔法が固形物を破壊する領域を作る魔法なら、威力を調整すれば金属なども破壊できる……あたしは座標設定が苦手じゃないし、その分の起動式が小さくなると考えると、機械部隊を相手にした戦闘にも使えないか?」
摩利は対人戦闘には絶対の自信を持っているが、機械部隊にはめっぽう弱い。そのため、自分の短所を補う可能性に目を輝かせている。
「有効範囲が問題ね。狭すぎると命中させるのが難しいし何発も撃たなきゃならないわ。逆に広すぎると仲間を巻き込む可能性が出てくるわよ?」
真由美の呈示した問題点も、摩利の興味を殺ぐには及ばなかった。
「そこは術者の腕次第だな。お前の言う通り照準の腕はあたしが練習すればいいだけだし、同時照準の数を増やせば撃つ回数は減らせる。それに、最悪銃器だけでも黙らせられれば……よし! 今度アイツを捉まえて相談してみよう」
「渡辺委員長、大会が終わってからにしてくださいね」
「……分かっているさ」
鈴音から二回目の苦言が呈され、摩利も渋々頷いたのだった。
◇◇◇
「お疲れ様」
「何だか拍子抜け」
「まあそう言うな。死角を突いてくる事は無いと思っていたが、そんな意地の悪い設定はされてなかったな」
「達也さん心配し過ぎだよ」
予選競技を雫は物足りなさげではあったが、やはり嬉しそうでもあった。
「雫~、お疲れ~」
「あ、エイミィ」
扉を開けて入ってきたのはアメリア=英美=明智=ゴールディ、通称エイミィだ。
「あ、司波君もいる! お疲れ~」
そう言って満面の笑みで手を振ってくる。英美は二種目とも雫と同じ競技に出るため、達也とも関わりが多く、女子チームの中でいち早く打ち解けていた。
「ありがとう、エイミィも予選お疲れ様」
英美のスコアは九十二点。例年のボーダーラインが八十前後のため、予選は通過しているだろう。なお雫は皆中、百点満点なので予選突破は確実だ。
「ありがとう、雫は予選突破おめでとう!」
「ありがとう、エイミィ」
雫も英美とは話しやすいようで、いい形でリラックスしているようだ。
「雫、本選で使うCADだが、朝のうちに調整は済ませてあるから確認しておいてくれ。後で違和感が見つかったら、可能な限り調整はするから」
二人の邪魔をするのも気が引けたので、達也は雫にそう伝えてから控室をあとにした。
控室を出て廊下を歩いていると、通路の先に二人の男子生徒が立っていた。
「第三高校一年、一条将輝だ」
「同じく、第三高校一年吉祥寺真紅郎です」
「第一高校一年、司波達也だ。それで、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が、いったい何の用だ」
「ほう、俺だけじゃなくジョージの事も知ってるのか」
「『しば・たつや』……聞いた事無い名ですね。ですがもう忘れることはありません。九校戦始まって以来の天才技術者。試合中に失礼かと思いましたが、君の顔を見に来ました」
「弱冠十三歳で基本コードの一つを発見した天才少年に『天才』と称されるは恐縮だが……確かに非常識だ」
お互いに言葉をぶつけあっているが、逆上している雰囲気はない。あえて言うなら、むき出しの闘志を持って相手を見据えている。だが、そこに新たな声がかけられた。
「達也さん?」
声の主は雫だった。エイミィと別れて達也を追いかけてきたのだろう。
「雫か、どうかしたか?」
「ううん、本選のCADの確認が終わったから伝えようと思って」
「そうか、問題はなかったか?」
「そんなの、無いよ。むしろしっくりきすぎて怖いくらい……それで、その人たちは?」
達也は将輝たちを放って雫と話していたのだが、雫は気になったようだ。
「第三高校一年の一条将輝と吉祥寺真紅郎だ」
「そっか」
簡潔に名前だけを告げると、雫も大枠は把握したらしい。
「プリンスにカーディナル。俺はもう戻るが、まだ何かあるか?」
「いえ、今日は僕たちもこれで。今年は君とは対戦しませんが、いずれ戦ってみたいですね。もちろん勝つのは僕たちですが」
「時間を取らせたな。次の機会を楽しみにしている」
真紅郎と将輝はそう宣戦布告をして去っていった。達也は二人を一瞥しただけでそれ以上の興味を失った。今は競技を控えている雫の方が優先なのだ。
「それじゃあ雫も戻ろうか」
「二人は偵察?」
「だろうな。だが、あの二人に注目されるほどのことでもない気がするんだがな」
「達也さんは自己評価が低すぎる。あのCADを見たら注目されるのは当たり前」
「そ、そうか」
いつもよりきつめな言い方をした雫に少し気圧されながらも、達也は苦笑いを返してその場を移動するのだった。