九校戦五日目、新人戦の二日目。
今日は午前に水波の女子クラウド・ボールと、雫の女子ピラーズ・ブレイクが控えている。
だが、今日も選手が被る心配はしなくて良さそうだ。雫が予選第一試合だったため、試合終了後すぐに行けば水波との兼任も可能だった。
朝一から試合があるので早めに会場入りした達也だったが、
「おはようございます!」
「達也さん、おはよう」
「二人とも、おはよう」
達也よりも先に二人の出場選手が来ていた。
「悪いな雫、待たせたか?」
「大丈夫だよ、達也さんだって三十分前に来てるんだから。今日は私が早かっただけ」
「そうか。それならよかった」
雫の服装も気になったのだが、達也は先にもう一つの疑問を解消することにした。
「それで、エイミィはなんでこんなに早く来ているんだ? 確か、第五試合じゃなかったか?」
雫と一緒にいたのは、新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク出場選手である英美。達也の言う通り予選第五試合に出場するので、こんなに早く来る必要はないのだ。
「昨日の興奮が抜けなくて、目覚ましが鳴る前に目が覚めちゃったの。それで雫の応援に来ようかなって」
昨日のスピード・シューティングでは、英美は第三位と言う好成績を収めた。準決勝で三高の選手に負けはしたものの、好成績には変わりはなく、その興奮が残っていてもおかしくは無い。
「そうか、それじゃあ雫は最終チェックをしようか」
達也はそう言って、ケースからCADを取り出して雫に渡した。
「どうかな?」
「いつも通り快適だよ」
「それならよかった……それで、エイミィ」
達也は雫の調子を確認してから、その後ろでニコニコとしているエイミィに声を掛けた。
「実は早起きしたんじゃなくて、昨日は眠れてないんだろう?」
「……分かります?」
しかしこの指摘には笑っていられないようで、気まずそうな表情を浮かべながら達也に問いかける。雫は何故分かったのかと首を傾げている。
「少し測定だけしておこうか、中条先輩にもデータを送った方がいいからね」
「ウチの親より鋭いかも……」
女子アイス・ピラーズ・ブレイクのエンジニアはあずさであり、測定データはあずさに送るつもりだ。
英美が言われた通りにヘッドセットを装着すると、その結果が映し出されているディスプレイを見ていた達也の眉間に皺が寄っていく。それにつられるようにして、英美の身体が徐々に縮こまっていく。
「達也さん?」
達也の表情に不安を覚えたのか、雫が声をかけた。その問いかけで現実に戻ってきたのか、達也は眉間の皺を伸ばして雫に笑いかけた。
「エイミィ、君も安眠導入機を使わない人かい?」
「もっ、て、司波君も?」
英美の反問に、幾分和らいだ表情で達也が頷く。
「ワァオ、お仲間。あれって何か気持ち悪いじゃないですか。妙なウェーブが出てて」
「気持ち悪いのは同感だが、どうしても眠れない時には話は別だ。特に翌日に大事な試合が控えている場合は特に」
「は~い」
達也に注意され、エイミィはまるで親に怒られた子供のような返事をした。達也はその様子に苦笑したが、雫の試合もあるので気持ちを切り替えた。
「このデータは中条先輩に送っておく。エイミィはカプセルで睡眠をとった方がいいと思うよ、今の時間なら空きもあるだろうしね」
「わ、分かりました!」
英美はそう言って、部屋から出ていった。達也はそれを見送ってから、雫へと向き直った。
「それで、雫はその格好で出るのか?」
「そうだけど?」
雫は何故そんな事を聞くのか分からないとばかりに首を傾げたあと、少し不安げに達也を見る。
「似合ってないかな?」
「いや、似合っているし可愛いんだが……」
雫の衣装──振袖は間違いなく似合っている。だが達也が気にしているのは衣装そのものではなく別の場所だ。
「袖は邪魔にならないか?」
「大丈夫だよ。袖は小さめだし、試合中は襷を使うから」
襷で袂を押さえなければいけないのなら、最初から着なければ良いのにとも思ったが、雫が気に入って着ているのなら別に良いかと、それ以上は何も言わなかった。気合十分といった様子の雫を、達也はそのまま送り出したのだった。
◆
一高天幕では真由美と摩利がモニターで雫の試合を見ていた。
「今日は朝から北山の出番か」
「今度はどんな奇策を見せてくれるのかしら?」
「北山も実力は十分だからな。正攻法で攻めてくるかもしれん」
「それは分からないわよ? 光井さんのレースもあったし」
摩利の言葉を聞いて、すぐ傍に居た鈴音は「幹部二人のする話ではないですね」とため息をついた。
「おっ、始まるな」
摩利がそう言った瞬間、開始を告げるブザーが鳴った。
「ほぅ、情報強化か。これはまた、随分と正攻法だな」
「摩利の考えが当たったみたいね」
二人が雫の守りについて考察していると、敵陣の氷柱が三本、続けざまに粉々に砕け散った。
「……今のは何だ。真由美、見えたか?」
「モニター越しでは推測にしかならないけど、多分共振破壊の応用だと思うわ。周波数を無段階に変更する振動魔法を敵陣の地面に仕掛けて、柱と共鳴が生じたところで振動数を固定、一気に出力を上げて共振状態を作り出したんじゃないかしら」
「なるほど……対抗魔法を避ける為に柱に直接魔法を仕掛けるのでは無く、地面を媒体にして使ったか。同じ地面媒体でも力任せの花音の地雷原と比べると高度に技巧的な術式だな」
「花音ちゃんは大胆さが持ち味だからね……」
「大胆というよりも大雑把だがな」
摩利からの身も蓋もない評価に、真由美も苦笑している。
「共鳴点を探るのに時間がかかるから、情報強化で時間を稼いでいるのか」
「確かに北山さんの実力なら、正攻法の方が効率が良いでしょうね」
二人は雫の力量と達也の戦術、そのどちらにも感嘆しながらモニターを見ていたのだった。
相手の悪あがきにより自陣の氷柱を一本だけ倒されたが、その後も雫は動揺する事無く勝利した。
「勝った」
「おめでとう」
櫓から降りてきた雫が端的に結果を言ったので、達也もそれに合わせた。
ただし、その右手には控えめなVサインが作られている。やはり勝利が嬉しいのだろう。
「次の試合は少し時間が空くから、体調管理だけはしっかりしておいてくれ」
「ん、分かった」
「俺はこれから水波の試合があるから、その後の昼食が終わったら一緒に来ようか」
「わかった。私も着替えたら見に行くから、頑張ってね」
「そうか、ありがとう」
雫が小さく手を振ってきたので、達也も小さく手振りを返してからクラウド・ボールの会場に向かった。
◇◇◇
達也がクラウド・ボールの会場に着くと、既に水波は最終確認を終えているようだった。
「達也さん、お疲れ様です。試合用のCADにも問題はありません」
「そうか、それじゃあ最後に作戦の確認だけでもするか」
「はい、お願いします」
朝一の雫や同じクラウド・ボールの真由美と違い、水波の服装は競技に合ったものだった。魔法オンリーで戦う水波は、万が一ボールが当たっても良いように、耐衝撃用の素材を使った長袖のシャツとパンツを履いている。
そのことに達也は安堵し、いやこれが普通だよなと考え直した。
◆
「ねぇミキ、水波ってクラウド・ボールでも強いの?」
エリカたちは雫の試合を見るのではなく、クラウド・ボールの観客席にいた。雫の予選突破を疑っていないからこその選択ではあるが、実際にその予想は当たったので特に問題はないだろう。
「僕の名前は幹比古だ……昨日桐原先輩に聞いたんだけど、すごく強いらしくて七草会長しか勝てないらしいよ」
「え、そうなんですか?水波さんって本当にすごいんですね……」
美月がしみじみと呟くが、エリカとレオは昨日のバトル・ボードで水波が新人戦レベルではないと分かっていたので、驚きも少ないものだった。
「それじゃあ、普通にいけば優勝か……どんな戦い方なんだろう」
「水波はかなり動けるが障壁魔法が得意だからな。どっちの戦法で来るのか分かんねぇぜ」
「あっ、出てきましたよ」
そんなことを話しているうちに水波がコートに姿を見せた。
「あの服装だと魔法オンリーね、障壁魔法かしら」
「じゃねえか。俺としてはラケットも見たかったんだがなぁ」
「まあいいじゃないか。そんなことよりも試合を見ようか」
幹比古の言葉によりレオも試合に意識が向いたところで、試合開始のブザーが鳴った。
「思ってたより地味だな……」
レオは思わず漏れ出たという形で声を出す。水波の試合は第一セット終了時点で二十一対〇。
水波は一点も失点していないが、目立った行動はしていない。真由美は一セット三桁得点を取ることも間々あったので、実力通りの点数差ではない。
「水波、あの子遊んでないかしら?」
「そんなことは無いと思うけど」
「だって、魔法も一種類しか使ってないじゃない。それも単純な障壁魔法よ」
不満げなエリカの言う通り、水波はここまで単純な障壁魔法しか使っていない。ボールがネットを越えた瞬間に小さな障壁を張り、相手コートにボールを返すだけ。相手が追いきれずにミスした点数があるだけだ。
「達也のことだから何か策があるんじゃないかな? それか決勝まで体力を温存するためか」
「温存作戦の方があると思います。複数の魔法を使い分けるのは精神的にかなりキツイですし、クラウド・ボールは午前だけで五試合もやるわけですから」
幹比古と美月の言葉にエリカも渋々納得したようで、視線を第二セットの開始のコートに戻した。
だが、ほのかは水波の、というよりも達也の作戦を知っていたので、一人ニヤけ顔を隠していたのだった。
二セット目が開始されると、水波は戦法を変えた。
「水波は障壁魔法を二種類に増やしたか……」
「そうだね……一つはさっきと同じだけど、もう一つは下向きの魔法障壁だ」
水波は二セット目から、角度を下向きにした障壁を組み込み始めた。ボールに角度がつくので相手コートに落としやすくなる。当たり前すぎて作戦とも言えない戦法だが、点数は先ほどよりも開いている。
「うわ、今のえげつねぇな」
レオが言葉を漏らしたのは、水波が魔法を使うタイミングについてだ。相手はラケットを使う選手であり、コート内を駆け回っている。当然コート後方にも動くし、複数のボールの同時処理も行う。水波はその瞬間を予測しているかのように、完璧なタイミングで下向き魔法障壁を発動しているのだ。
「あれだとラケットを使う選手は迂闊に動けないね」
「それだけじゃないわよ。点を取り返すためにリスクを負っても、その全部があっさり返されてさらに失点してる。負のスパイラルにハマってるじゃない」
「私じゃ、あそこまで上手くはできないだろうなぁ」
「水波の実力だからできる単純な力押しね」
ほのかとエリカが感想を言い合いながらも試合は進行していく。残り時間が二十秒になり、九個すべてのボールがコートへ射出された。
そのボール全ては依然として相手選手のコート側にある。このままでも水波の勝利は確実なのだが、ここで水波の動きが変わった。
コート中央にネットから天井ギリギリの高さ、コートの横幅めいっぱいの、大きな障壁が張られた。
「なんだありゃあ」
レオはそんな呟きを漏らしたが、エリカたちは驚きのあまり反応が遅れてしまった。
「……相手コートからボールを入れさせないってことか」
「……最後の悪あがきも認めないってことね」
幹比古とエリカは水波の魔法をそう分析したが、これは勘違いである。単一の魔法障壁なら国内魔法師トップクラスの能力を持つ水波に対して、クラウド・ボールの低反発ボールを防ぐ程度、多少範囲が広くとも大した労力にならない。細かく魔法を切り替えるよりも、一度作った障壁を維持する方が簡単なのだ。
だが、相手選手にはそんな意図など関係ない。最後の反撃も許されない状況に、相手選手の心は完全に折れてしまい、水波は第二セットを九十六対〇で勝利したのだった。
「水波、お疲れ様」
「達也さん、ありがとうございます」
二セットを終えて勝利した水波だったが、全く疲れた様子がない。まあ、桐原との練習では三種類の障壁を五セットやったりもしていたので、今更ではあるが。
「疲れてはいないようだが、調子はどうだ?」
「問題ありません」
水波が小さく首を横に振ったので、達也も一安心だ。
「この会場にも慣れてきただろうから、次の試合からは一セット目から障壁を二つにしてみるか?」
「そうですね。二つまでなら問題なくこなせそうです」
「相手選手は魔法主体の選手だから、二つ目の障壁は減速反転のモノにしてもいいと思うんだが、水波はどっちがやりやすい?」
障壁魔法の性質上、真由美の『タブル・バウンド』のようにボールを加速させることはできない。できるのは向きを変えることと威力を殺すことだけ。
水波の圧倒的な実力で捻じ伏せているだけで、適正だけで言えば障壁魔法はクラウド・ボールには向いていないのだ。
「今のところは変えずにいきます。途中で違和感があればその時に自分で変えてもいいですか?」
「ああ、構わない。それじゃあ次の試合まで少し休んでてくれ」
水波の状況判断能力は疑うことのないものだ。多少慌てることもあるが、新人戦レベルではそれも起こらないだろう。達也は水波を休ませるべく控室から出ようとしたのだが、不意に袖を掴まれた。
「今は達也さんの担当選手はいないのですし、二人でお話でもしませんか?」
水波は小さく笑みを浮かべながら首を傾げている。達也も当人が言うならということで、その隣に腰を下ろした。
水波はそのまま全試合無失点で優勝を飾り、本戦の真由美と同じ大記録を残した。
そして、午後の競技では深雪と雫が予選を突破した。また、残念ながら寝不足の影響もあり、英美は午後の二回戦で敗退したのだった。