小高い丘の上にある寺、九重寺にやって来た達也。階段を上り切って門をくぐったと同時に、修行僧たちが襲い掛かってきた。だが達也は驚くこと無く捌いていく。約二十人による総掛かりなのだが、達也は苦にした様子も無い。全員が地面に伏した頃にどこからともなく声が聞こえてきた。
「う~ん、今日も弟子たちは達也くんに勝てないかぁ」
気づけば八雲が斜め前に立っていた。
「おはようございます、師匠」
「うん、おはよう。それじゃあ今日も始めようか」
朝の挨拶もそこそこに、八雲は達也にそう告げる。達也も異論はないようで、すぐに構えを取って八雲に向かっていった。
「今日は、これくらいにしておこうか」
「そう、ですね……」
汗を流して肩で息をしている八雲に対して、達也は土の上に大の字になって荒い息を整えている。八雲は達也の息が整うのを待ってから、しみじみと呟いた。
「もう体術だけじゃ達也くんに敵わないかもねぇ……」
「体術で互角なのにこれだけ一方的にボコボコにされるのも喜べないのですが……」
「そこまで一方的でもない気がするけどね。でも、それは当然だよ。僕は君の師匠で、さっきは僕の得意な土俵で組手をしていたんだから。それに、まだ十五歳の君に後れを取るようでは、弟子に逃げられてしまいそうだ」
「それでも悔しいものですよ」
達也の素直な返答に、八雲は「そうかい」と笑い、朝食を勧めるのだった。
◆
八雲との稽古を終えた達也は、自宅で汗を流してから学校へ向かった。
一年E組の教室に入ると、いきなり陽気な声がかかってきた。
「達也くん、おはよー」
エリカは空席の机に座りながらこちらに手を振っている。その隣に美月がいるので、二人でお喋りでもしていたのだろう。
「おはよう、エリカ」
「達也くんの席ここだってさ」
どうやらエリカは達也の席に座っていたらしい。
「そうなのか。美月はまた隣だな、よろしく」
「よろしくお願いします」
「何か私だけ仲間外れな気がするなー」
明らかな棒読み口調だったので、達也も冗談で返すことした。
「エリカを仲間外れにするのは難しそうだ」
「何よそれ~!」
エリカも笑いながら抗議で返してきたが、隣にいた美月はかなり焦った。
「あ、あの、お二人まで、喧嘩は駄目ですよ……」
「ん?」
「えっと、美月? 冗談だからね?」
「え……も、もちろん分かっていましたよ?」
誤魔化しているのが丸わかりの美月を、達也は生温かい目で見つめ、エリカはニヤリとした笑みを向けた。
「ホントに~?」
「エリカちゃん!」
「きゃ~、美月が怒った~」
達也は楽しそうにしている二人を横目に、端末にIDを差し込んだ。
「ん? ねえ達也くん、何してるの?」
「受講登録を済ませておこうと思ってね」
キーボードオンリーで受講登録を始めた達也に、エリカも美月も目を丸くしている。だが、達也の操作方法に驚愕していたのは二人だけではなかった。
「スゲー!」
「ん? レオか、おはよう」
ちょうど登校してきたレオも、達也の手元を覗き込んできた。
「おう、達也もな。それにしても、今時キーボードオンリーなんて珍しいな」
「そうか? 慣れるとこっちの方が楽だし速いんだ」
「確かにすげースピードだよな。俺にはできなさそうだけどよ」
「あんたじゃ無理に決まってるじゃない」
「何だと?」
「何よ、どう見たって向いてなさそうじゃない」
「それを言うならオメーもそうじゃねえか!」
「二人とも! 喧嘩は駄目ですって!」
昨日に引き続き何回やれば気が済むのか。二人の喧嘩はメンバーのお約束になりつつあるな、と現実逃避をしていたが、さすがに美月が気の毒になり、達也は何度目か分からない仲裁に入った。
◇◇◇
その後、オリエンテーションが終了して昼休みに入り、食堂で昼食を取っていた。実はここに来るまでにも二度ほど二人の喧嘩があったが、ここでは割愛する。
「意外と美味いな、ここの学食」
「あんたは口に入れば全部同じでしょうが」
「なんだとこら」
「見た目からしてそうとしか見えないじゃない」
「おい!」
「だからどうしてこんなことで喧嘩するんですか!」
今日四度目の口論が始まった。それを注意する美月と、苦笑いを堪えている達也。すっかりいつものパターンになった四人だったが、それは唐突に破られた。
「ちょっといいかい?」
見知らぬ生徒にいきなり声をかけられた。どうやら一科生のようだ、その後ろに深雪と水波がいるので一年A組の生徒だろうか。
「君たち、この席を譲ってくれないか」
「は?」
一瞬聞き間違いかと思ったのだが、どうやらそうではないようだ。
「この席を譲ってほしいんだ」
「どうしてアンタみたいなヤツの言う事を聞かないといけないのよ」
「そうだぜ、俺たちはまだ使ってんだ」
案の定、喧嘩っ早いエリカとレオが反応した。
「ふん、ウィードが何を言う。実力が全ての世界で、補欠如きが粋がるな!」
「ちょっ!」
「言い過ぎ……」
他の一科生がその言葉に頷く中、二人の女子生徒だけは非難の視線を向けた。水波も無言で不快感を表している。その事に気付いた達也は、彼女たちとなら上手く付き合えるかもしれないと思っていた。また、深雪も不快感を示してはいるものの、達也と関わりたくないからか口を出すつもりはないようだ。
とにかく、騒ぎが大きくなりすぎるのはよろしくない。
「食堂には一科と二科の区別はないはずだが?」
「そんなことは関係ないだろう、ここは魔法科高校なんだ!」
どうやらここはこちらが引かなければならないようだ。
「そうか……三人とも、あっちが空いているから移動しようか」
「おい達也!」
「感じ悪い! あたしももう行く!」
「エ、エリカちゃん!」
席を立った達也に続くように、レオたち三人も食事を中断して席を立った。
席を移ったエリカたちだったが、一科生の態度に腹立たしさを感じていた。
「達也くん! 何であっさり席を譲っちゃったのよ!」
「そうだぜ達也! あんなやつの言うことなんて聞かなくてもいいじゃねぇか!」
「二人とも喧嘩は駄目ですよ……でも達也さん、どうして席を譲ったんですか?」
好戦的な二人を諌めながらも、やはり美月も気に入らないようだ。
「三人ともすまなかったな。あれ以上口論してたら、周りに迷惑だろうからな」
「……達也くんがそう言うなら仕方ないけど」
達也があっさりと謝罪したので、三人ともすぐに引き下がってくれた。達也は三人に感謝を告げてから食事を再開した。
◆
A組の生徒とは午後の演習見学でもイザコザがあったのだが、同じことが放課後の校門でも起こっていた。
「いい加減にしてください! 昼休みから何度も何度も!」
そして遂に、理不尽な一科生の態度に美月までキレた。温和な雰囲気に似合わず、完全に怒っている。
今回の発端は、校門付近でたむろしていたA組の所為で通れなかったので、どいてもらおうと声をかけたことだった。A組のリーダー格の生徒、森崎が「ウィードの分際で生意気な」と言ったので、三度目のいざこざが起きた。
A組の生徒の中に深雪と水波はおらず、昼休みのときの女子生徒二人は後ろでオロオロしている。また、こちらを窺う視線が二つあるのだが、何をしているのだろうか。
「何を言っている! ウィードはブルームに従うなんて当たり前じゃないか!」
いつもストッパーの役割をしている美月が先頭にいるからか、エリカとレオもヒートアップしている。
「校門でたむろしてるお前らが悪いんだろ! さっさとどきやがれ!」
「そうよ! いい加減邪魔なのよ!」
「うるさい! お前たちウィードは僕たちブルームに才能で劣るんだ、身の程を弁えろ!」
そして、決定的な言葉を告げたのも、やはり美月だった。
「同じ新入生じゃないですか! 貴方たちブルームが、今の段階でどれだけ優れているって言うんですか!」
「……そんなに見たいなら見せてやるぞ」
さすがにまずいことになった。
「ハッ、おもしれぇ! 是非とも見せてもらおうじゃねえか」
レオの挑戦的な言葉も、ここだけは自重してほしかった。
頭に血が上った森崎が、腰につけていたホルスターからCADを引き抜いた。そして、あろう事か美月に照準を合わせた。銃口を向けられた美月の顔が強張る。こちらを見る視線の主も何故か動こうとしない。
「これが、才能の差だ!」
CADを抜いた森崎に対し、レオが掴みかかろうと、エリカが警棒でCADを弾き飛ばそうとするが、
「グッ!」
それよりも早く、達也が森崎の手をCADごと蹴り飛ばした。
「お前、今何をしたのか分かっているのか」
これは手を抑えて蹲っている森崎だけに向けた言葉ではなく、一科生全員に向けた言葉だ。
これ以上は、シャレにならない。
「この野郎!」
「みんなダメ!」
だが、ヒートアップし過ぎている一科生はそれを理解せず、何人かが達也に追撃をかけようとCADに手をかけた。そのうち一人の女子はそれを止めようとしている。先ほどよりも危険な状況にエリカたち三人は身構えたが、達也は何もしなかった。
全ての魔法は発動前に霧散した。何者かに起動式を打ち抜かれた為に、魔法を発動出来なかったのだ。
「止めなさい! 自衛目的以外での魔法攻撃は、校則違反以前に犯罪ですよ!」
そこに居たのは生徒会長の七草真由美と、もう一人は見覚えの無い女子生徒だった。
「風紀委員長の渡辺摩利だ。君たちは 1ーAと1ーEの生徒だな。事情を聞きますのでついてきなさい」
生徒会長に加えて風紀委員長、一高の幹部二人を前にして、一科生も二科生も何も言い返せずにいた。雰囲気に呑まれて動けなくなっている同級生を横目に、達也は摩利の前に歩み出た。
「すみません、俺から少しいいですか」
「なんだ?」
摩利は達也が何を言うのかと警戒しているが、そんなことはどうでもよかった。二人にのみ聞こえる距離まで近づいて、達也は口を開いた。
「なぜ最初から出てこなかったのですか」
達也の責めるような言葉に身を硬くする二人。まさか気づかれているとは思って無かったのだろう。わざと見逃していたこの二人に、達也はついていく必要を感じなかった。
「出てくるのが遅すぎると思いますが」
達也はその二言だけ告げて二人から離れた。今度は周りにも聞こえる声量で話しかける。
「それで、俺たちに聞きたいこととは何でしょうか」
言外にさっきまで見ていただろうに、という意味を込めて。真由美は苦い顔のままだったが、摩利はすぐに厳格な表情に戻った。
「この騒ぎの原因はなんだ」
「校門付近にいたA組の生徒に道を開けてくれないかと伝えたところ、『ウィードのくせに生意気な』と言われまして、口論の末にそちらの生徒が魔法を発動しようとしたので阻止しただけです。その後は慌てたA組の生徒が魔法を発動しようとし、七草会長がそれを阻止した形です」
ここまでの内容に何かやましいところはないし、そもそも見られていたのだから偽る必要もない。
「…なるほど。それでは、実際に魔法は発動していないんだな」
「はい、最初の魔法も発動はしていません」
「わかった。真由美、今回の件だがどう措置をとる?」
「…そうね。実際に魔法を発動してはいないのだし、新入生ということで今回はお咎めなしとします」
摩利の論法が分かった達也がすぐさま応じ、真由美もそれに続いた。
「先ほども言いましたが、魔法の不適正使用は犯罪行為です。以後このようなことのないようにしてください」
「会長がこう仰せられていることだし、この場は不問とします。以後気をつけるように」
幹部二人の言葉に、一科生も二科生も無言でお辞儀をする。二人はそのまま立ち去ろうとしたが、ふと摩利が振り返った。
「君、名前は?」
「1ーE司波達也です」
「覚えておこう」