新人戦モノリス・コード決勝。
一高 vs 三高の試合、草原ステージ横にある客席は超満員。観客が期待に満ちた様子で待つ中、競技開始のブザーが鳴った。
試合開始直後、両陣営の間で砲撃が交わされた。一高陣内の空中に圧縮空気弾の魔法式が顕現し、達也の『術式解体』で吹き飛ばされる。達也も振動系魔法を放つが、将輝の情報強化で簡単に防がれてしまう。
その光景に観客は大喜びし、一高の生徒は声を失っていた。
「何という胆力」
「彼は本当に二科生なの?」
一高天幕でも同じ映像が見られており、そこにいる生徒たちは達也の力量に目を見開いていた。魔法力そのものではなく、攻撃に晒されながらも正確に魔法を行使するその精神力に、上級生たちは驚きの声を上げていた。
だが、幹部たちの表情は優れなかった。
「でも、やっぱり……」
「ああ、達也くんの手数が減ってきている」
二人の距離が近づくにつれて、達也は防御に手を回さなければならない。達也の絶対的不利が続く中、試合は新たな局面を迎えた。
自陣のモノリスで待機していた真紅郎が、一高陣内に向かって遠回りに動き出したのだ。その動きに合わせてエリカと幹比古も動き出した。
真紅郎が駆け出したのを、達也も黙って見ていたわけでは無い。達也は慎重な歩みを疾走に切り替えて、一気に距離を詰めに掛かった。
だが、その分将輝の放つ魔法を『術式解体』で撃ち落すのが難しくなり、ついには撃ち落せなかった攻撃が達也に襲い掛かってくるようになった。達也はそれを体術を併用して回避していくが、数十メートルの距離から、将輝に近づけなくなった。
真紅郎がフィールドの半分ほど進んだところで、視界にエリカの姿が映った。真紅郎は迷わずエリカに『
しかし、自己加速術式を使ったエリカを目視で捉えることができず、発動ができなかった。
(くそっ、速い!)
間近で見るエリカのスピードに驚いていた真紅郎はそのままエリカを目で追おうとしたが、頭上に事象改変の兆候があり、慌てて『避雷針』の魔法を発動した。
幹比古が発動した雷撃魔法は咄嗟に一本の草を『避雷針』にすることで回避できたが、かなりギリギリだった。
(厄介な!)
先に邪魔な援護射撃を潰そうと思い、後方にいた幹比古へと目を向ける。だが、幹比古を見た瞬間、遠近感が定まらずにふらついてしまった。
(幻術!?)
相手を直接視認しなくてはならない『不可視の弾丸』を逆手に取られたと思い、立て直そうと地面を踏みしめたその時、背後にエリカが現れ、真紅郎の意識を刈り取った。
「ミキ! 砲撃には気をつけなさいよ!」
「分かってる! それじゃあ敵陣に……来たよ!」
真紅郎を倒して早々、エリカから怒号が飛ぶ。幹比古もそれに応えようとしたが、中断せざるを得なかった。
突如、二人の付近に空気の爆発が生じたのだ。言うまでもなく、将輝からの砲撃だ。
「これに気をつけながらいける!?」
「ちょっと厳しいけど、大丈夫だ!」
二人は将輝からの攻撃を躱しながら、三高の陣地へ進むことを決めた。
真紅郎がやられたことで、幹比古とエリカに魔法を放っていた将輝だったが、二人を倒し切れずに達也へと視線を戻した。
「ッ!?」
油断していたわけでは無いし、きちんと警戒もしていた。だが、ほんの一瞬意識が逸れた瞬間に、達也との距離は五メートルにまで詰まっていた。
達也の体術ならば一投足の間合い、一投足を必要とする間合いだ。
将輝の表情に紛れも無い動揺が走った。恐慌にも似たそれは、あるいは、実戦経験を積んだ兵士が持つ恐怖に対する直感か。
レギュレーションを超えた威力の圧縮空気弾が十六連発で達也に向けて放たれた。
(しまっ!)
我を取り戻した将輝は後悔したが、魔法を展開してしまってからでは遅すぎる。
『術式解体』は、サイオンの圧縮弾で強引に魔法式を吹き飛ばす技術。強引であるが故に、その効率は極めて悪い。将輝ほどの強者が作り出す魔法式を消し飛ばすためには、達也にとっても大量の、並みの魔法師では一日かけても搾り出せないほどのサイオンを圧縮する必要がある。
それが一瞬で、十六連発。
『術式解体』では間に合わないと判断しながらも、達也は『分解』を選択しない。情報構造体を分解する『術式解散』を隠したまま、『術式解体』で迎撃する。
その結果、ある意味、必然か。迎撃は十四発までしか間に合わず、達也は最後の二発の直撃を受けた。
達也が許容量を超えたダメージを負った事で、無意識化で魔法が発動する。
それは誰の目にも視認できない速度で、達也の意識すら追いつかない速さで、彼の怪我は無かったことになった。
何故目の前の将輝が隙だらけの状況で硬直しているか、達也は知らない。
そんなことを考える間もなく、棒立ちの将輝の左耳の真横へと右手を突き出す。達也が親指と中指を擦り合わせた瞬間、音響手榴弾に匹敵する轟音が鳴り響く。
音が鳴り止むと将輝は地面に崩れ落ち、達也はガックリと膝をついた。
達也が将輝を倒した瞬間、エリカと幹比古も足を止め、突如発生した轟音に耳を塞いでいた。
「達也くん!」
膝をついた達也にエリカが気を取られた瞬間、エリカに向かって土砂の塊が襲い掛かった。言うまでもなく、三高最後の選手の魔法だ。
「エリカ、危ない!」
だが、幹比古が精霊を使役して土砂を退けた。
「っ…ミキ、ゴメン! 助かったわ!」
「僕の名前は幹比古だ! それよりも一気にやるよ!」
こんな時でもいつも通りを忘れない幼馴染に、エリカは楽しそうな笑みを浮かべた。
自己加速術式を用いつつジグザグにステップを踏むエリカに対して、三高選手は遠距離からの攻撃でかろうじて接近を防いでいる。
だが、残る一高の選手はエリカだけではない。
「エリカ!」
幹比古が叫ぶと同時に、右手を地面に叩きつける。エリカもすぐさま距離を取った。
『地鳴り』
地面が揺れて三高選手がよろめき、
『乱れ髪』
体勢を立て直そうとした瞬間、足首に草が絡みついてきた。
「くそっ」
三高選手はそれを引きちぎろうと足元に注意が逸れた。その隙をエリカが見逃すはずもなく、一瞬で間合いを詰めて『小通連』を振り抜き、三高最後の選手を打ち倒した。
その瞬間、一高の勝利が決定し、大歓声が巻き起こった。
◇◇◇
三高全員の戦闘不能により、一高の新人戦モノリス・コード優勝が決定した。
観客席から届く大歓声に、達也は気恥ずかしさを感じつつも、ある種の達成感を覚えた。その歓声の中、エリカと幹比古に合流しようと歩き出したのだが、
「達也くん!」
達也が近くまで進むと、ヘルメットを取ったエリカが飛び込んできた。その行動に、会場が一瞬で静まりかえり、傍にいた幹比古は顔を赤くしている。
「お、落ち着け、エリカ」
達也も動揺が抑え切れなかった。だが、エリカはそんなことを気にする余裕がないようだ。
「大丈夫なの!? 怪我はない!?」
「ああ、問題ない。鼓膜が片方破れていて、耳がよく聞こえないくらいだ。それ……」
「そっちじゃなくて! さっきの砲撃は!?」
「あれも大丈夫だ、怪我はしていない。それより……」
「ホントに!?」
「……本当だ」
「よかったぁ」
エリカは達也の無事が確認できて、ようやく落ち着いたようだ。
「……それよりもエリカ、少し離れないか?」
「え、何が? …………あっ」
エリカは首を傾げていたが、少し考えてから達也の顔が異常に近くにあることに気づいたようだ。
「ゴ、ゴメン……」
赤くなった顔を隠すように俯いて、両手で達也の胸を押しながらそろそろと距離を取った。
「いや、気にしなくていい……」
二人の間に気まずい雰囲気が流れ、幹比古もそれに呑まれている。
「幹比古もお疲れ様。怪我はしていないか?」
「あ、うん。大丈夫だったよ……」
ようやく復帰した達也が話題を変えようとしたのだが、幹比古も生返事しか返せなかったので、居心地の悪さは変わらなかった。
「……それより今は戻ろうか、いつまでもここにいる必要もないしな」
とにかく現状を変えたい一心の達也の言葉に、二人はすぐに頷きを返した。
◆
「達也さん……」
達也が将輝からの砲撃を受けた瞬間、水波は胸の前で手を握りしめ、哀しそうに達也の名を呟いた。隣にいる深雪からすれば、何故そんなことを気にするのか分からない。深雪も水波も、達也が『再成』を使えることを知っている。達也が怪我をすることなど無いと分かっているのだ。
その後、達也が何事も無かったかのように動き出して将輝を戦闘不能にしたが、これも驚くに値しない。力を制限されていようと、達也が将輝程度に負けるはずは無い。そう思う程には、深雪は達也の強さに信を置いている。一方の水波は、達也の勝利を我が事のように喜んでいる。
(それにしても水波ちゃん。これで隠しているつもりなのよね……)
水波から達也のことを話題に出すことはないが、好意的に見ていることは明白だ。深雪があまりお世話をさせていないという理由もあるかもしれないが、達也の家に行った時はご機嫌な様子を隠しきれていない。
水波の交友関係にまで口を出すつもりはないので静観しているが、何故達也を選ぶのかは理解できない。
(あの人は四葉の魔法師としては欠陥品で、感情の欠けたただの道具なのに……)
そう思っていた深雪には、目の前の光景が信じられなかった。
(えっ……? あの人が動揺している? ……いえ、そのくらいは当然よね。あんな美人に抱きつかれたのだから)
深雪の目から見ても、エリカはとびきりの美少女だ。いくら精神に欠落があるとしても、少しくらい動揺はするだろう。
(でも、千葉さんが飛びつく前。あの人が優勝を喜んで見えたのは気のせいかしら……?)
三年間ガーディアンとしての達也を見てきたが、嬉しそうな顔など見たことが無かった。いつもこちらに感情の見えない視線を向けてくるだけ。深雪はその視線が大嫌いだった。
それから逃れるために、わざわざガーディアンを変えてもらったのだ。だが、先ほどの達也は普通の高校生に見えた。少なくとも、心を持たない道具とは違うように思えた。
(もしかしたらあの人にも……いえ、そんなことは無いわ。私の勘違いね)
深雪はそう考えて、達也から意識を外した。
◇◇◇
モノリス・コード決勝を終えて、達也たちは医務室に直行した。
将輝からの過剰攻撃の件もあり、大事をとっての処置……という建前だが、本音は真由美や摩利から揶揄われるのが嫌だったのだ。
「鼓膜破裂だけだね。君ってどんな身体しているんだい?」
「少々古流の武術を嗜んでいまして」
「嗜むってレベルじゃ済まないんだけど……機会があれば弄ってみたい気もするね」
軍の医者は人体実験が好きなのか、山中軍医少佐と同じことを言われた。あながち冗談でもない口調だったので、さっさと退出することにした。
「これで終わりであれば失礼したいのですが」
「ああ、すまないね。それじゃあ、念のため安静にしておくこと」
「分かりました、失礼します」
医者に一礼して天幕から出ると、二人のチームメイトが待っていた。
「達也くん、本当に大丈夫だった?」
「あぁ、鼓膜以外特に問題ない」
「一条選手の攻撃を受けたのに……君ってどんな身体しているんだい?」
「さっき中の医者にも同じことを言われたな」
軽い口調でそう言われ、二人も「達也(くん)だからね、こんなこともあるか」と納得した。しかし、納得したのも束の間、新たな二人組が声を掛けてきた。
「司波達也、少しいいか」
「一条将輝に吉祥寺真紅郎……治療はもういいのか?」
「あ、ああ……二人とも軽傷だったしな」
「それなら良かった。二人とも大した怪我が無くて何よりだ」
「そうだな……」
将輝は歯切れが悪く、何か言いたそうに口を動かしている。それを見かねた吉祥寺が横から問い掛けた。
「司波達也、君は大丈夫だったのかい?」
「そ、そうだ。お前こそ怪我はないのか?」
「問題ない。鼓膜以外は無傷だ」
達也のケロリとした態度とそのセリフに、将輝が目を剥いた。
「そんなはずはない! 俺の攻撃は明らかに反則だった!」
「確かに、将輝のあの威力は規定違反だった。本当に平気なのかい?」
「そう言われても、無事なものは無事だからな……」
二人が言っていることは尤もで、達也も最初から無傷だったわけではない。普通なら死んでしまう威力の攻撃を喰らい、無意識下の『再成』が発動したから無傷でいられるのだ。その説明などしようがないので対応に困ったのだが、そこにエリカが割り込んできた。
「達也くんのことは心配するだけ無駄よ」
「そうなのかい?」
「非常識が服着て歩いているようなもんだからね」
「そ、そうか……司波達也は非常識か……」
後半部分はともかくとして、前半部分は試合終了直後のエリカの様子を見た者なら誰もが反論するはずだが、この二人は気絶していたのでそれを知らない。
「はぁ、無傷なのはわかったけど、君ってどんな身体しているんだい?」
「そのセリフは今日三回目なんだが……」
「それだけ達也くんがおかしいってことよ」
「あ、あはは……」
肩を落とした達也に、エリカが慰め? を口にした。隣で乾いた笑みを浮かべている幹比古を見るに、もはや驚くのに疲れたという方が正しいだろうか。
「司波達也、怪我が無かったのはいいが、一度だけ謝らせてくれ」
将輝はそう言って、深く腰を折った。初対面の偉そうな態度から一変して、誠実そのものといった様子だ。
「あの時はオーバーアタックを掛けてしまいすまなかった。俺の未熟の所為で、お前を要らん危険に晒してしまった」
「ああ、俺も鼓膜の件はすまなかったな」
達也が軽い態度で応じたことで、将輝も頭を上げた。
「それはそうと、今年は君に優勝を掻っ攫われたからね。来年こそはリベンジさせてもらうよ」
「そうだな。お前の担当選手には完敗だった」
「俺の場合、選手に恵まれたからな」
「それだけじゃないと思うけど……」
「達也くんは自己評価が低すぎるのよ」
幹比古とエリカの苦言には達也も曖昧な笑みを返した。
「それに、まさかエンジニアの君が試合に出るとは思わなかったさ。女子も出てくるし、一体何事かと思ったよ」
「何故最初から出てこなかったんだ?」
「幹比古は選手との仲が悪くてな。エリカは女子で、俺もエンジニアだしな」
「なるほど……試合を見る限り、吉田が出てくる方が脅威だったと思うがな」
「千葉さんのデバイスも、よく考えついたね。来年からは剣術の対策を考えなくちゃいけなくなるよ」
口ではそう言っているが、吉祥寺はとても楽しそうだ。将輝の参謀を自任する吉祥寺にとって、新しい可能性というのは楽しいものなのだ。
「話は変わるんだけど、司波達也、よかったら連絡先交換しないかい?」
「構わないぞ」
いきなりの急展開に驚くエリカたちだったが、二人は端末を取り出しながら会話を続けている。
「論文コンペだと相談はできないけど、それ以外なら色々と話したいこともあるしね」
「俺も『カーディナル・ジョージ』とは話がしたいと思っていたからな」
「……普通に名前で呼んで構わないんだけど」
「ああ、すまない吉祥寺。俺の事もフルネームじゃなくていい」
「分かったよ、達也」
試合が終わればノーサイドということで、その後はエリカと幹比古、将輝も交えて交流を深めるのだった。