ガーディアン解任   作:slo-pe

31 / 126
九校戦編19

 

 

 九校戦八日目、新人戦全日程が終了し、その日の夕食は盛大に行われていた。

 新人戦優勝と総合優勝のプレ祝賀会のようなものだったのだが、その立役者である達也と幹比古、エリカは姿を見せなかった。もっと言えば、新人戦女子の優勝者であるほのかと雫も同じだ。

 

「達也くん、準備終わった?」

「ああ、ちゃんと七人分用意してあるぞ」

「さすがだぜ、達也!」

 

 ここはホテルに併設されている演習場、本来立ち入り禁止なのだが、エリカがコネをフル活用したことで使用許可が下りた。ここにいるのは達也たち選手団に美月とレオを加えた七人。

 

「さて、さっそく始めるか」

 

 達也たちが何をするかというと、昨日披露した飛行魔法の体験会だ。競技の後、控室に乗り込んできたエリカが「あたしにも使わせなさい」と言ったところ、その場にいた全員が賛同したのだ。

 

「それにしても、本当に達也さんの予想通りになりましたね」

「エリカとレオだからな」

「そうですね、エリカと西城君ですものね」

「なぁ、俺らバカにされてねぇか?」

「今だけは良いのよ、それで全員が飛べるんだから」

 

 達也は予めこのメンバー全員のCADを用意していたのだ。飛行データを取るという建前で、FLTから現在改良中のハードを借りてきているので、エリカたちは最新鋭の飛行魔法を使える。

 

「全員マニュアルは読んだと思うが、この魔法は体力の消費が激しいからな。絶対にサイオン切れにならないようにしてくれよ」

「おう、ちゃんと気をつけるぜ!」

「分かったから早く早く!」

「二人が一番心配なんだがな……」

 

 待ちきれないといった様子なのは、エリカとレオだけではない。美月、幹比古、雫の三人もワクワク顔でCADを握りしめている。

 

「それじゃあ始めようか」

 

 達也の合図と共に、一斉にスイッチが押された。

 

「うっわ、これすっご~」

「うおっと、意外にバランスが取りずれぇな」

「あんた下手ねぇ、もっと軽やかに動きなさいよ」

「うっせぇな! これムズイんだよ!」

「レオもエリカも気をつけてよ」

「ミキもはしゃいじゃいなさいよ! あっ、そうだ! 鬼ごっこしましょ、一番トロいあんたが鬼で」

「上等じゃねぇか! 二人ともすぐに捕まえてやるよ!」

「ちょっ、僕もやるのかい!?」

「当然よ!」

 

 エリカとレオはこんな時でも喧嘩を忘れずに、幹比古を巻き込んで鬼ごっこを始めた。

 

「達也さん見て、浮いてる」

「見てるぞ。飛んでいる感触はどうだ?」

「うん。ちょっと怖いけど、すごく気持ち良い」

「それなら良かった」

「達也さんも後で一緒に飛ぼうね」

「少しデータを取ったら合流するよ」

「分かった、待ってる」

 

 雫はふわふわと空中を漂っている。

 

「わっ、これ難しいですね」

「最初は難しいよね。少し練習しよっか」

「ほのかさん、ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ私の手、持てる?」

「あ、はい……わっ、ほのかさん、引っ張らないでっ」

「大丈夫よ、そんなに速くないから」

 

 ほのかは美月の練習に付き合っている。

 

 友人たちが思った以上にハイペースではしゃいでいるので、達也は少々不安になった。

 

(念のため台車を用意しているが、全員乗れるか分からないな……まあ最悪、レオと幹比古は自力で帰らせればいいか)

 

 そんなことを考えていると、エリカがこちらに手を振ってきた。

 

「達也く~ん、そろそろこっち来てよ~」

 

 今のところ全員問題ないようなので、あとは機械に任せて達也も遊ぶことにした。

 

「達也、随分と速ぇじゃねぇか」

「CADを用意したのは俺だからな」

「じゃあさ、達也くんが鬼やってよ。こいつだと全然捕まえてくれなくてさぁ」

「悪かったな、一番トロくて」

「俺は構わないが、すぐに捕まっても文句は受け付けないぞ?」

「おっ、言うねぇ」

「自信満々じゃねぇか」

「それじゃあ僕たちは逃げようかな」

 

 その後は達也が鬼役の鬼ごっこが再開され、すぐに捕まった三人が文句を垂れたり、雫やほのか、美月たちと空中遊泳したりと楽しんでいた。

 

 そして、空を自由に飛べるという解放感に我慢などできるはずもなく、結局想子(サイオン)切れ寸前まで飛び回っていたのだった。

 達也とほのか以外の全員が疲労困憊で立てなくなったので、達也は呆れながら演習場の脇から台車を引っ張ってきた。途端に歓喜した二人は置いて行こうかとも思ったが、結局は五人全員を乗せてからホテルへと帰るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 九校戦九日目。今日からは中断されていた本戦に戻る。

 ただ、既に一高の優勝が決定しており、完全に消化試合なので会場も盛り上がりに欠けている。だがそれは達也や摩利といった一高選手が気を抜いて良い理由にはならない。

 

「それで、あたしはいつも通りで良いんだな?」

 

 摩利が出場するミラージ・バット第二試合の直前、達也と摩利はCADの最終チェックをしていた。

 実はその前に摩利からは昨日のことで揶揄われたのだが、それは割愛してもいいだろう。

 

「はい。予選の選手を見ましたが、渡辺先輩なら普通に勝ち抜けるでしょう」

「そうか……」

 

 摩利は明らかに残念そうな顔をしている。達也は苦笑しながら口を開いた。

 

「飛行魔法は体力の消費が激しいですからね、決勝までは取っておきましょう」

「それくらいは分かっているさ」

 

 摩利も達也に突っ込まれて若干に不貞腐れているが、これなら精神面も心配なさそうだ。時間に余裕があったこともあり、達也は摩利に質問を投げかけた。

 

「渡辺先輩、一つ質問してもいいですか?」

「なんだ」

「あの時、何故俺の説得に加わらなかったのですか?」

 

 達也の言う『あの時』とは、新人戦モノリス・コードの代役の説得のことだ。摩利の性格からして口を挟んでくると思っていたのだが、結局最後まで口を出さなかった。

 

「ああ、大した理由ではないが」

 

 摩利はそう前置きして、軽い口調のまま続けた。

 

「あたしは達也くんの担当だったからな、達也くんの忙しさも少しは知っているつもりだ。それにモノリスは元々が危険な競技だし、今回はそれ以上だった。実際に出場するのは達也くんだし、万一怪我をすれば最終二日にも影響が出る。無理に引き受けさせなくてもいいと思っていたんだよ」

「そうですか……」

 

 正直なところ、かなり意外だった。大会練習期間では気分屋なイメージしかなかったのだが、こんな気遣いもできるのかと感心した。それを認めるのも癪なので曖昧な言葉を返したのだが、

 

「意外だろ?」

「……それが無ければ、尊敬できるんですけどね」

「あはは、自覚しているさ」

 

 この意地の悪い部分が無ければ尊敬できる先輩なのに。達也はそんなことを思いながら、話を打ち切って端末へと目を移すのだった。

 

 

 

 

 その後、摩利は危なげなく決勝に進んだ。だが喜ぶのも束の間、達也の端末に一通のメールが届いた。達也はそれを受けて初日と同じホテルの一室を訪れていた。

 

「来たか、まあ掛けろ」

「ありがとうございます」

 

 部屋にいたのは風間と藤林のみ。一瞬遠慮した達也だったが、先日と同じことを言わせるわけにもいかず、一言礼を述べて腰を下ろした。

 

「達也、君を呼んだのは四葉殿からの連絡があったからだ」

「叔母上から、ですか?」

 

 風間の発言に達也は身を固くした。真夜から指示を受けることなど、心当たりがなかった。

 

「そう身構えなくてもいいぞ。おそらくは、親心というものだ」

 

 だが、風間の口調からどうやら杞憂で済みそうだ。達也が安心している間に、後ろに控えていた藤林が端末を操作している。

 

「達也くん、準備ができたわよ。私たちは外にいるから、終わったら声を掛けてね」

「ありがとうございます」

 

 何とも至れり尽くせりな環境だが、すぐにスクリーンに映像が映し出されたので、そちらに意識を集中した。

 

「こんにちは、叔母上、母上」

『達也さん、こんにちは』

『達也、大会期間中に連絡をくれても良かったんじゃない?』

 

 真夜は普通に挨拶を返したが、深夜はかなり不満そうだ。連絡する時間が無かったという理由があるのだが、それで納得してもらえるとは思っていない。

 

「モノリス・コードに出る件は、葉山さんにビデオメッセージは送ったのですが……」

『それでも連絡は欲しいものよ』

『姉さん。達也さんも時間がなかったのですから、今日は見逃してあげましょう』

『分かったわ……』

 

 今日は珍しく真夜が深夜を宥めてくれたので、達也は少し安心した。

 だが、これは間違いだった。真夜はいち早く次の話題に移りたかったのだ。

 

『達也さん、モノリス・コードでは面白いことになりましたね』

『ああ、そうだったわね。達也、貴方意外とモテるのね』

 

 面白がっていることを隠しもしない二人に達也は沈黙を選んだのだが、どうやら悪手だったようだ。

 

『あの娘は千葉家の令嬢でしょう? 達也さんも隅に置けないわね』

『それにあの娘、すごく可愛いじゃないの。剣術もかなり強いみたいだし』

『そうですね。ブランシュの時にも連れていっていましたし、実力はばっちりですね』

『今までは浮ついた話なんてなかったから心配していたけど、高校に入ってから一気に変わったわね』

『そういえば、一昨日は肩を寄せ合って歩いていましたね』

「ちょっと待ってください……何故知っているのですか?」

『ふふ、これも四葉の力よ』

 

 真夜はようやく反応が得られて嬉しそうに笑っている。隣にいる深夜も同じだった。

 

「……そうですか」

 

 諜報能力の使い方を全力で間違っている気もするが、気にしてはいけない。

 

「それで、今日俺に連絡してきたのは何故でしょうか?」

『もう少し付き合ってくれてもいいと思うのだけれど仕方ないわね』

 

 深夜がそう言って、隣にいる真夜に視線を向けた。

 

『今回、達也さんが一条選手に勝ったことで師族会議が開かれました。内容はくだらないものだったのだけれど、十師族の強さを見せつけなさい、だそうですよ』

「予想はしていましたが、やはりそうなりましたか」

 

 四葉家は十師族という仕組みにあまり興味が無いので大した問題とは思っていないが、他の十師族からすれば今回の結果は一大事だろう。

 

『それ自体は正直どうでもいいのだけれど、達也さんにも何か言ってくるかもしれないから気をつけてくださいね』

「分かりました」

『邪魔をしても悪いですし今日はこの辺で失礼しますね。午後も頑張ってくださいね』

 

 真夜はご機嫌なまま電話を切った。

 

 

 

 その後、摩利はミラージ・バット決勝戦を制し、優勝を飾った。それ自体は喜ばしいのだが、とある問題が起きてしまった。

 摩利が強く主張したため、2セット目から飛行魔法を使うこととなったのだが、最終セット終了間際に安全装置が作動してしまった。摩利としては2セットだけならいけると判断した上での決行だったが、思った以上に消耗が激しかったのだ。

 飛行魔法はただでさえ起動式の連続処理で消耗が激しく、スイッチをオンにしている間は使用者の想子を使い続けてしまう。もし想子切れになるまで使い続けた場合、その瞬間空中から自由落下することとなり、危険すぎて使えたものではない。

 そのための安全装置。術者から供給される想子の補充効率が半減すると、起動式に予め組み込まれた変数が、自動的に1/10Gの軟着陸モードを指定するようになっている。

 ゆったりと足場である柱に着陸した摩利は、自身のエンジニアである達也に視線を向ける。特に怒ったり呆れたりはしていなさそうなので、ほっと一息をつく。その姿に競技が終わっていないにも拘らず、パチパチと拍手が鳴り響いた。

 

 達也も別に問題はないと考えていた。圧倒的点差に対して、残り時間は僅か十数秒、摩利が逆転されることはないだろう。それどころか、達也個人としてはありがたいとまで思っていた。

 九校戦はショーとしての一面が大きい。ミラージ・バットという花形競技で飛行魔法のお披露目をしただけでなく、その安全装置の有用性まで実演できて、いい宣伝になったと顔には出さずほくほくしていたのだった。

 

 

 

 最終日のモノリス・コードでは、師族会議の影響もあり、克人が相手選手を蹴散らすかの如く、単騎での活躍を見せつけて優勝を飾った。

 三連覇、並びに本戦全種目優勝。一高黄金世代の名に恥じぬ圧倒的な成績で九校戦は幕を下ろした。

 

 

◇◇◇

 

 

 現在は後夜祭。

 ホールは和やかな雰囲気に包まれていた。十日間にわたる激闘から解放された生徒たちは、その反動からか過度にフレンドリーな精神状態になっていた。

 ソフトな管弦の生演奏が流れ始めると大人たちは退場し、学生たちの時間になった。各校の少年たちはそれぞれ意中の少女にダンスの申し込みをしている。

 

「やっとか……」

 

 エンジニアとしての圧倒的な戦績に、先ほどから達也は引っ切り無しに大人たちに話しかけられていた。

 達也にとってはようやくの休憩時間だが、こうした場が苦手な達也は盛り上がることもせず、男性版・壁の花になることを決め込んだ。

 だが、そう上手くはいかないらしい。

 

「達也くん、こういう時は男の方からリードするんだぞ」

「渡辺先輩……どうしてここに?」

「人生の先輩としてアドバイスを、と思ってな……それはそうと、早く誘ってやれ」

 

 達也の苦情はさらりと流された上に、逃げるなと釘を刺されてしまった。摩利の視線の先には、もじもじとこちらを窺っているほのかがいる。

 

「分かりました。先輩も戻って大丈夫ですよ」

 

 これ以上言われるのも情けないので、達也は覚悟を決めて歩き出した。

 

「ほのか」

「は、はい!」

「……踊らないか?」

「喜んで!」

 

 覚悟を決めた割には時間が掛かっており、誘い文句も疑問形というものだったが、ほのかにとっては、十分嬉しいことのようだった。

 

 達也はほのかとのダンスを終えてから、雫と真由美、水波の三人とも踊った。そして水波と踊り終えた今は、壁際にもたれかかり休憩している。

 

「水波、助かったよ」

「いえ、私もお誘いを断るのが大変でしたから」

 

 実のところ、水波を誘おうとした男子も、達也を誘おうとした女子も少なくない数いた。だが、二人ともこれ以上踊るのは勘弁だったので、一緒に逃げてきたのだ。

 

「やはりあそこは大変そうだな」

 

 達也の視線の先には、深雪とそれを取り囲む男子の集団があった。誰も深雪と踊る段階にはいっていないようだが、人垣が崩れる気配はない。

 

「ふふ、そうですね」

「水波? どうかしたのか?」

「いえ、何でもないですよ」

「そうか……?」

 

 水波の機嫌が上向いたのは、達也が深雪のことを話題にしたからだった。どんな理由であれ、達也が深雪のことを気に掛けてくれるのは、水波にとって嬉しいことなのだ。

 

「それにしても、『クリムゾン・プリンス』も一人の高校生か」

「そうですね、深雪姉さまは関心が無いようですが」

 

 深雪を取り囲む集団の中には、三高の一条将輝もいた。だが、水波の言う通り、遠目から見ても完全な脈無しである。

 

「まあ、あの態度ならそれも仕方ないか……」

 

 一番に声を掛けたはいいが、深雪の浮かべた笑顔を見てかなり挙動不審になっている。どもるのは仕方ないとして、もう少し何とかならないものか。

 

「将輝も振り向いてもらいたいのなら、もう少し頑張らないとな」

「達也さん、一条選手とお知り合いだったんですか?」

「モノリス・コードの直後からな。過剰攻撃の件で謝りに来てくれたんだ」

「そうなんですね」

 

 モノリス・コードということで、水波が思い出したように口を開いた。

 

「達也さん、今回は本当にお疲れ様でした」

「結局毎日担当があったからな」

「達也さんが働きすぎなのはいつものことですが、私も心配しているんですよ」

「いつもすまないな」

 

 実はこのやり取りは、水波が達也の家に様子を見に来るたびに行われている。水波も本気で咎めているわけではないし、達也も苦笑交じりに返答するだけの恒例行事だ。

 

「帰ってもあまり休めないとは思いますが、少しくらい休んでくださいね」 

「ああ。また水波にも世話になるだろうから、その時はよろしく頼むな」

「はい、お待ちしております」

 

 そんな会話をしていた二人だったが、その周囲にはポッカリと空洞ができていた。

 それも当然で、二人はかなり目立っていた。水波は出場した二種目ともに圧倒的な優勝。達也は全二十種目中、十種目の担当選手が優勝し、自身もモノリス・コードで優勝。そんな二人が親しげに会話していて目立たないはずがない。

 

 だが、他の生徒たちもその様子を遠目から見ているだけで、二人の間に割って入るような真似はしない。ただ一人を除いては。

 

「司波」

「……十文字会頭」

 

 達也は克人の用事の予想が付いていたので無表情で見返しただけだが、水波はムッとした表情を隠していなかった。一高三巨頭の一角に対して、「邪魔するな」「あっち行け」と目で語っていた。

 克人は水波の様子に少し気圧されたが、すぐに厳格な表情に戻った。

 

「司波、少し付き合え」

 

 克人は有無を言わせぬ様子でホールから出て行く。達也はため息を吐いてから、水波へと視線を向けた。

 

「すまない、少し席を外す」

「分かりました、いってらっしゃいませ」

 

 水波の浅い一礼に頷きを返し、達也は克人の後に続いた。しばらく歩いて中庭に抜けたところで、克人が口を開いた。

 

「司波、お前は十師族の一員だな?」

「いえ、俺は十師族ではありません」

 

 克人の質問がいくつか予測していた内の一つだったこともあり、達也は端的に返答した。

 それに、達也は十師族の血は引いているが、正式にはその一員として認められていないので、この答えでも嘘ではない。

 

「そうか」

 

 克人は無言で頷いた後、再度達也を見据えてきた。

 

「ならば、師族会議において、十文字家代表補佐を務める魔法師として助言する。司波、お前は十師族になるべきだ。そうだな……七草なんか、どうだ?」

「それは、結婚相手にどうだ、という意味ですか?」

「そうだ」

 

 真由美のことを何とも思っていないのか、政略結婚に躊躇いがないのか、達也にはどちらでも良かった。どちらにせよ、結婚相手を克人に決められるなど真っ平御免だ。

 

「俺は会長や会頭と違い一介の高校生ですので、結婚とかそういうのはまだ」

 

 達也は建前論で遠慮を表明した。

 

「そういうものか? ……まあいい。だが、あまりのんびり構えてはいられないぞ。十師族の次期当主を正面から倒すという意味は、お前が考えているよりもずっと重いからな」

 

 それだけ言うと、克人はホテル内に戻って行った。

 

「はぁ、やはり面倒事だったな……」

 

 達也は誰に聞かせるでもなくそう呟き、視線を別の場所に移した。

 

「それで、エリカは何をしているんだ?」

「あはは、やっぱりバレてた?」

「隠れているつもりもなかっただろうに……それで、どうかしたのか?」

「ちょっと気になったからね」

 

 暗闇から出てきたエリカは、そのまま達也の正面へと歩いてきた。

 

「達也くん、今回はありがとね」

「いや、俺の方こそ助かったよ」

「ううん、そうじゃなくて………あたしの剣をきれいって言ってくれたこと、すごく嬉しかった」

「……どういたしまして、でいいのか?」

「うん!」

 

 エリカの屈託の無い笑顔に心が和んだ。

 

「まあでも、次はもう少し上手く誤魔化してほしいな」

「慣れてないんでな。今後は善処するよ」

「よろしくね」

 

 そんな話をしていると、ホールから聞こえてくる音楽が変わった。エリカはホールへちらりと目をやって、意味深な視線を達也に送ってくる。

 

「ところでさぁ達也くん、この曲って最後の曲なんだよね」

 

 この曲がラストだとは知らなかったが、言いたいことは伝わった。達也は笑みを浮かべて、手を差し出した。

 

「それじゃあ、踊ろうか」

 

 だが、エリカからは不満げな視線が返ってきた。

 

「もうちょっと雰囲気良く誘ってほしいなぁ」

 

 セリフの内容もそうだが、わざとらしく伸ばした語尾に達也も苦笑を漏らした。確かに誘い文句としては不適当だったので、気を取り直して作法通りに一礼した。

 

「エリカ、俺と踊ってくれませんか」

 

 エリカは満足げに微笑んで、達也の手を取り自身の身を寄せた。

 

「こちらこそ、喜んで」

 

 エリカは達也に身を委ね、達也はエリカの手を優しく包み込んで背中を深く抱き寄せた。

 星空の下で二人がステップを踏み出した。パーティーの音楽だけが響く中、二人のダンスが始まったのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。