ガーディアン解任   作:slo-pe

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日常編10

 

 

 

 真由美が説得のお礼ということで再度教室に来たことで、エリカの機嫌が悪くなったりもしたが、概ね平和に時が過ぎて選挙当日になった。

 選挙は午後の授業を全て潰して行われるということで、昼休みの食堂はその話題でいっぱいだった。

 

「七草会長は一科生縛りのルールを廃止すると言っていましたが、本当にできるのでしょうか」

「できるんじゃねぇか。二科は全員賛成だろうから、一科の三分の一くらいなら賛成しそうだしよ」

 

 レオが意外にもきちんと考えていたので、達也は少し驚いてしまったのだが、それはエリカも同じだった。

 

「あんたもしっかり考えてるじゃない。見かけによらず」

「見かけによらずとはなんだ」

「あんたはどう見ても肉体労働派でしょ、この野生動物」

「なんだとこら。息継ぎも無しで断言しやがったな」

 

 達也たち五人が、また始まったと思い放置していると、今日は何故かすぐに終わった。どうやらエリカが早めに興味を無くしたらしい。

 

「会長の提案だけど、可決はされるんじゃない? 反発はあるだろうけど」

「そうだね、未だに根強い反対派がいるから」

「危険なことが起きなければいいんですけど」

 

 最後のほのかの言葉は全員の総意だったが、誰も穏便に終わるとは思ってはいなかった。

 

 

 

 

 達也たちは講堂の最後列に座り、壇上での真由美と反対派の討論を眺めていた。反対派の代表者は浅野というらしいが、どの意見も真由美を納得させるには至らない。

 

「現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? 生徒会役員に採用したい二科生がいるのですか?」

「候補者がいる、いないの問題ではありません。制度は組織の考え方を示すものです。二科生が生徒会役員になれないというのは、生徒会が二科生を拒否しているという意思表明であり、そんなことはあってはならないのです」

「詭弁です! 相応しい二科生がいなければそんなことは起きません!」

 

 今の真由美の話を聞いていないとすら思える浅野の言葉に、達也は眉を顰めた。会場の雰囲気から形勢不利は明らかとはいえ、さすがにヒステリックになりすぎだ。

 

「会長! 貴女の本音は意中の二科生を生徒会役員にしたいって事じゃないんですか!」

 

(『意中の』ね……よほど頭に血が上ってるのか、表現が露骨になってきたな)

 

 やけくそ気味に「そうだ!」という散発的な声が上がる。さすがに面倒なことになってきたと思ったが、その騒ぎは壇上からの一言によって一瞬で鎮圧された。

 

「もういいのではないですか」

 

 司会者として壇上にいた深雪がいつの間にか立ち上がっていた。

 

「浅野先輩。今までの発言から論理的な思考が欠如していると判断し、議事進行係補佐の権限に基づき退場を命じます。不服があるなら、七草会長が特定の二科生に対して特別な感情を抱いてるという発言の、根拠を示してください」

「それは……」

 

 元々ただのヒステリックから出た言葉なので浅野は口籠った。深雪はそんな浅野を冷たく見下ろしている。

 その視線に、浅野だけでなく、講堂全体が凍りついている。深雪としては少し苛ついているだけなのだが、浅野を、講堂全体を呑み込むには十分な視線だった。

 

「……訂正します。退場の必要はありませんが、討論を終わらせていただきます」

 

 少し遅れて我を取り戻した服部が、討論を強制終了させる。深雪は何事もなかったかのように、一礼して席に着いたが、それだけで講堂にいた全生徒が緊張から解放された。

 

「すごいわね……」

「だな……」

 

 隣にいたエリカとレオも声を漏らしている。先ほどの深雪の発していた威圧感は、最後列にいた達也たちの言葉を奪うほどに、講堂全てを吞み込んでいたのだ。

 その後は反対派の妨害も不発に終わり、生徒会役員の一科縛りルールは撤廃される事が賛成多数で可決された。

 

 その後はすぐに生徒会長選挙に移る。壇上にあずさが立ち、ピョコンとお辞儀をしてから演説を開始する。時々、「しっかり~」とか「頑張れ~」といった妙な応援があったのはご愛嬌だろう。

 演説は概ね無難に進んでいたのだが、あずさが次期生徒会役員に言及したとき、また波乱が起こった。

 

「あの二科生のこと~」

「あずさちゃんは年下が好みなの~」

 

 最近あずさのCAD調整の指導をしていたことが仇になり、思わぬところからヤジが飛んだ。反対派の不満が噴出しただけの低レベルな野次だった。だが、これまた再度、思わぬところから騒ぎが起きた。

 

「誰だ今のは!」

「言いたい事があるなら前に出てきなさい!」

「卑怯者を吊るせ!」

 

 あずさのファンが近くの反対派と小競り合いを始めたのだ。

 

「お静かに願います! ご着席ください!」

「落ち着いてください、みなさん!」

 

 服部や真由美が事態の収拾に乗り出したが、逆上した生徒には聞こえていない。

 風紀委員も止めてはいるが、こちらも効果は無いようで、団子状態の喧嘩がどんどん広がっていく。

 

「なぁ、さすがにまずいんじゃねぇか」

「あれじゃあ止めようがないわよ」

 

 レオとエリカでさえ子供の取っ組み合いには興味がないようで、かなり引き気味だ。その間にも騒ぎは大きくなっており、飛び交う野次も聞くに堪えないものになっていった。

 

「おいおい……魔法まで使い始めたぜ」

 

 単純な移動魔法や空気弾ではあるが、それでも危険なことには変わりない。

 達也もどうにかならないものかと思っていると、

 

「きゃっ!」

 

 悲鳴の中に慣れ親しんだ声を聞き取った。

 

(ほのかに雫、それに水波か)

 

 騒ぎの中心近くにいた三人だったが、どうやら流れ弾が飛んできたようだ。

 水波が障壁を張ったおかげで怪我はしていないようだが、ほのかたちの顔には、紛れもなく恐怖と不安の表情があった。一度頭を冷やすため視線を外すと、美月にも同じ表情が見られた。さすがにこれ以上は看過できない。

 

「エリカ、美月」

 

 二人の名前を呼び、順番に目をやる。

 

「少しだけ我慢してくれ」

 

 達也の有無を言わせない口調に、二人がコクコクと頷く。達也は人垣を見据え、息を吸い込む。

 

「止まれ!」

 

 鋭い怒声が講堂に響いた。

 その声に、その場にいた全員が硬直した。

 魔法ではない。

 その声に込められた意志の力に、生徒の意識が圧倒された。

 

 達也はゆっくりと歩き出す。

 人垣を割る必要もない。

 取っ組み合っていた生徒も、そうでない生徒たちも、ただただ圧倒的な存在に身体が反応してしまう。

 

 達也は誰にも触れることなく壇上まで進み、あずさの手からマイクを取った。

 

「お騒がせしました。今は演説中ですので、野次を飛ばすのはお控え下さい」

 

 語気を強めているわけではないし、ましてや殺気や威圧感が含まれているのでもない。

 ただ、自分たちよりも遥かに強い存在に、生物としての本能が口を開くことを許さない。

 

「では中条先輩、続きをお願いします」

「は……はい……」

 

 達也はあずさにマイクを返してから壇上を下りた。

 その後は憑き物が落ちたように、会場は完全な秩序を取り戻した。野次も声援も無いまま粛々と進行し、投票作業までスムーズに行われて生徒会長選挙は無事終了した。

 

 

◇◇◇

 

 

「達也くん…あれはシャレにならないわよ……」

 

 達也がクラスに戻って言われた第一声がこれだった。声を掛けてきたエリカ以外は、達也を遠目に見ているだけだ。エリカは手も足も、声すらも震えていたが、それでも声を掛けてくれたことはありがたかった。

 

「すまないな」

 

 達也としてもこう返すしかない。他に手段がなかったとはいえ、怖がらせた自覚はあるのだから。しかし、エリカは一つ息を吐いてから笑みを浮かべた。

 

「いや~、達也くんはさすがだわ~。あんな騒ぎを収めちゃうなんてさ。レオ、あんたもそう思うでしょ」

「お、おう! 達也にはホント感謝だぜ」

 

 レオがそれに応じたおかげで、もう二人から声がかけられた。

 

「あの、達也さん、さっきはありがとうございます」

「た、達也。僕からも、ありがとう」

「いや、大したことはしていないさ」

 

 達也の周囲のメンバー四人がいつも通りに戻ったことで、クラス内の雰囲気も段々と元に戻ってきた。

 

「ほのかと雫も誘って、放課後にまたケーキでも食べに行かないか?」

「おっ、いいじゃない。もちろん、達也くんの奢りよね」

「今日くらいはな」

「よっしゃ、さすがだぜ達也」

「それじゃあ早く行くわよ」

 

 エリカが端末を取り出したところで、E組は完全にいつも通りの空気に戻ったのだった。

 

 

 

 

 翌日、投票結果が発表され、あずさの生徒会長就任が決まった。

 投票数、五百五十四。

 内、有効投票数、百七十三。

 

 この大量に発生した無効票によって、達也にとって不名誉で恥ずかしいあだ名が増えるのは、また別の話。

 

 

 

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