ガーディアン解任   作:slo-pe

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横浜騒乱編
横浜騒乱編1


 

 

 国立魔法大学付属第一高校で新生徒会が発足してから一週間が過ぎた。

 新生徒会の顔ぶれは、会長・中条あずさ、副会長・司波深雪、書記・桜井水波、会計・五十里啓の計四人。

 

 生徒会入りを免れた達也は、放課後いつも通りに図書館を訪れていた。

 

「あ、司波君、お疲れ様」

「平河先輩、お疲れ様です。今日も資料集めですか?」

「ええ、学校への提出も近いしね」

 

 今までは達也一人ということもあった図書館だが、最近は論文コンペの準備ということで、代表メンバーの平河小春も常連となっている。

 

「司波君が手伝ってくれたおかげで資料の目星が付けやすくなって助かってるわ」

「俺は論文を紹介してるだけですよ」

「何言ってるの。論文の選別もしなくちゃいけなくなったら、あたし過労死しちゃうわよ」

「過労死は言い過ぎだと思いますが……お役に立てているなら何よりです」

 

 一高の発表テーマは、『重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその可能性』。

 これは達也の目標であり、小春の専門外の分野だったため、達也も論文の紹介という形でお手伝いをしている──なお、その分野における『質の高い』論文を紹介するだけで、一高のテーマに沿っているかは加味していない。それ以上は達也も憚られたし、何より小春が遠慮したからだ。

 

「それなら次は提出が終わってからの方が良いですか?」

「ん~、並行して進めたいからもらえると嬉しいかも」

「分かりました。もう選んでいるので一覧を送りますね」

「相変わらず早いわね。えっと、これかしら」

 

 画面に表示された論文の多さに、小春の顔が引き攣った。

 

「やっぱり多いわね……」

「最近は下火となってますが、五十年ほど前は流行りの研究でしたからね」

「はぁ、あたしコンペだけで何本読んでるんだろう……」

 

 実際達也が紹介した論文だけで八十はくだらない。今回のも含めると百を超えるだろう。

 

「まぁ、そう言ってても仕方ないし、頑張りましょうか」

「しばらくはここにいますので、何か分からない点があれば呼んでください」

「いつも通り地下ね。司波君も頑張って」

 

 小春は手を振って画面へと目を落としたので、達也も目的の地下書庫へと向かうのだった。

 

 

 

 

 しばらく地下に残った後、達也は校門に向かった。

 

「エリカ」

「あっ、達也くんお疲れ~」

「お疲れ様、待たせてしまったか」

「ちょっとだけね。今日は早めに部活終わったから」

 

「だから気にしなくて良いのよ」と言うエリカに、達也の表情から申し訳なさが消えた。

 

「それより早く行きましょ」

 

 背を向け歩き出したエリカに、達也も横に並ぶ。これから何処に行くのかというと、一高から駅三つほど離れた場所にある喫茶店である。

 最近は秋限定の甘味が多いということで、達也はよく連れ出されている。美月たちも一緒に来ることもあるが、最近はコンペの準備で皆忙しいらしく、もっぱら達也とエリカの二人だけだ。

 

「いつもより楽しそうだな」

「まぁね。今日のところはちょっと遠いけど、すんごい美味しいらしいのよ」

「そんなにか」

「ウチの門下の一押しらしいのよ。だから楽しみなのよね~」

 

 心なしかいつもより早足なエリカに、達也も少し足を速めるのだった。

 

 目的の店に到着すると、エリカはすぐにメニューを開いた。

 

「達也くん、秋限定だってさ」

「そうだな」

「りんごにぶどう、それに栗かぁ……どれも迷うわねぇ」

 

 うんうん唸り始めたエリカに、達也が一応声を掛ける。

 

「一口交換するか?」

「う~ん、それでもまだ迷うのよね……」

「そうか」

 

 予想通りの答えが返ってきたので、ゆったりと背もたれに寄りかかる。

 

(毎回毎回、よく悩むな……)

 

 少し呆れてはいるが、その表情は穏やかな笑みを浮かべていた。

 そのままぼうっと眺めていると、いつもより少し長めの悩み時間の後、エリカが顔を上げた。

 

「達也くんはタルトとパンケーキどっちが良い?」

 

 達也の注文もエリカが決めているのだが、回る店が四軒を超えた辺りからこれがデフォルトとなっている。

 

「パンケーキだな」

「りょーかい、それじゃあ決まりね」

 

 エリカはそう言うと、備え付けの端末に注文を打ち込んだ。

 

 程なくケーキが運ばれてきた。受け取ったエリカが一口ずつ切り分けてから皿を渡してくる。

 

「達也くんはこれで、あたしがこっちと」

 

 達也の前には三種類のぶどうが載ったスフレパンケーキ。エリカの前には小さなアイスが添えられたモンブランが置かれた。

 

「エリカはタルトじゃないのか?」

「タルトと悩んだのはパンケーキ。モンブランは決まってたのよ」

「そうか」

 

 相も変わらず自由なエリカに達也も苦笑いだ。

 

「さ、食べましょ」

 

 エリカは目の前のケーキに目を輝かせ、一口大にすくい口へと運んだ。

 

「ん~、美味しい」

 

 パクパクと食べ進めるエリカに、達也もパンケーキを切り分け口へと運ぶ。

 

「あっ、このアイスもおいしい」

「気になっていたが、何味だそれ?」

「ほうじ茶かな? 一口いる?」

「もらえるか?」

 

 すっと皿を出すと小さく取り分けてくれる。

 

「ん、ほうじ茶だな。モンブランの後だとより美味いな」

「でしょ~、甘さ控えめなのが丁度いい感じよね~」

 

 半分ほど食べたところで、エリカは皿の端にのったパンケーキに目を向けた。小さく笑みを見せてから口に運び、ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだのち満足げに頬を緩めた。

 

「ん、こっちも美味しい」

「エリカが楽しみにしていただけあるな」

「ホントホント。これなら遠くてもまた来たいわね」

「それならコンペの後にでもまた来るか?」

「うん、そうね…」

 

 そう言うと、エリカが今日一番の真剣な表情を見せた。

 

「……どうかしたか」

 

 思わず首を傾げていると、エリカは恥ずかしげに頬をかいた。

 

「いやぁ…今度来るなら達也くんと同じのにしたいような、りんごタルトに挑戦したいようなって思ってて……」

「…そうか」

 

 想像以上にどうでもいいことだった。だが、おそらく真剣に悩んでいるエリカにそんなことが言えるはずもない。

 

「パンケーキで良ければもう少しどうだ」

「え、いいの?」

「モンブランと交換ならな」

「もちろん!」

 

 上機嫌に皿を差し出すエリカに、達也は苦笑気味に皿を渡すのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 寄り道を終えて割に上機嫌だった達也だったが、コミューターを降りてすぐに眉を顰めた。自宅の駐車場にはシティコミューターが停まっており、玄関の前には一人の女性が待っていた。

 

「お帰りなさい」

「こちらへ来るのは初めてですね、小百合さん」

 

 冷たい眼差しに相応しい、冷却された声で達也が応える。女性の小柄な体がビクッ、と震えた。

 

「え、ええ……」

 

 玄関前で待っていたのは、元父親の再婚相手である司波小百合。彼女はFLT本社から歩いて五分の場所にある高層マンションで、龍郎と夫婦水入らずの結婚生活を営んでいる。この家に来るなど今までに無いことだった。

 

「それで、今日は一体なんの用でしょうか?」

 

 それに加えて、小百合が持ち込んでくる用件が碌なことだった試しがない。達也は小百合に敬意を払う必要を認めなかった。

 

「ここでは話せないことなの。中に入れてもらえるかしら」

「そうですか」

 

 やはり面倒な話のようなので、達也は小百合をリビングへと通し、腰を下ろすよう促す。そして、何も出さないまま口を開いた。

 

「では、お話を伺いましょうか」

「……相変わらず貴方は私のことが気に入らないようね」

「そうですね」

 

 司波小百合、旧姓古葉小百合。

 司波龍郎と恋人同士の関係にあり、良質の遺伝子を求めた四葉によって強引に別れさせられたのだ。恋人を奪った相手の子供に良い感情を持てないという気持ちも分からないでもない。

 だが、自分に嫌悪を向けてくる相手を好きになれというのは難しく、達也も例に漏れず小百合が嫌いだった。

 

「それで、本日はわざわざ何のご用件ですか?」

「……単刀直入に言うわ。貴方にまた、本社の研究室を手伝って欲しいのよ。できれば高校を中退して」

「無理ですね」

「今は別の人間が護衛をしているでしょう。何の問題があるのよ」

「今も俺が一高に通っているのは本家の了承を得ています。どうしてもと言うなら、母上か叔母上に相談してください。お二人の命なら、俺も一高を中退して研究に専念しましょう」

 

 達也の言葉に小百合は息を詰まらせた。小百合に真夜や深夜を説き伏せる能力など無い。そもそもに話す機会すらないだろう。

 

「……じゃあせめて、このサンプルの解析だけでも手伝ってくれないかしら」

 

 小百合はため息を吐いて、ハンドバックから大きめの箱を取り出した。慎重な手つきで蓋を開けると、中には赤味を帯びた半透明の玉が一つ。

 

「……瓊勾玉系統の聖遺物(レリック)ですね」

 

 魔法研究に従事する者の間で『レリック』とは魔法的な性質を持つオーパーツを意味する。

 

「何処で出土したんですか?」

「知らないわ」

「なるほど、国防軍絡みですか……解析と仰いましたが、まさか瓊勾玉の複製なんて請け負ってはいませんよね?」

 

 小百合の表情が強張ったのを見て、達也は深々とため息をついた。

 

「何故そんな無謀な真似を? 現代技術で人工的に合成するのが難しいから『レリック』なんですが」

「この仕事は国防軍からの強い要請によるものです。断ることはできないわ」

「しかし、国防軍もレリックという名称の謂れは知っているでしょう。何故そんな無茶な要求を?」

「……瓊勾玉には魔法式を保存する機能があるそうです」

 

 逡巡と共に返された答えには達也の表情を崩すだけの力があった。達也は演技力を総動員して、胡散臭そうな声音を作った。

 

「それは実証された事実ですか?」

「まだ仮説の段階ですが、軍を動かすには十分な確度の観測結果を出しています」

「事実であれば軍としては無視できないでしょう、それは理解できます。しかしFLTの業績を考えれば、あえて火中の栗を拾う必要は無いと思いますが?」

「既に賽は投げられているわ」

「何の勝算も無く、ですか」

「勝算ならあります。貴方の魔法があれば、解析は可能よ」

 

 あからさますぎる本音に、達也は失笑を漏らした。達也の頭脳ではなく、彼の異能が目当てというわけだ。

 

「俺の魔法を使っても複製できるとは限りませんが……どうしてもというのであれば、サンプルを開発第三課へ回しておいてください。あそこならば頻繁に顔を出しています」

 

 その提案に小百合は奥歯を噛み締める表情になった。

 

「それとも、サンプルをお預かりしましょうか?」

「結構よ!」

 

 達也のセリフに癇癪を起こした小百合は、勢い良く立ち上がった。

 

「貴重品をお持ちですので、駅まで送りましょうか?」

「必要ありません。コミューターで帰りますからっ」

「そうですか」

 

 小百合の刺々しい返事に、達也は動作を伴わずに言葉だけで応じた。

 

 

 

 だが、『レリック』を持っている小百合を放置するわけにもいかず、達也は着替えてからバイクに乗った。

 そして、小百合の乗るコミューターの背後をピタリと追走する、交通管制システムのコントロール下にない黒い自走車を発見した。

 黒い自走車が小百合の乗るコミューターに接触し、衝突回避システムによりコミューターが急停止した。そして、同じく急停止した自走車から男が二人、駆け寄った。

 

 この強引な手口だけで、密入国者だと見当がつく。達也はヘッドライトの光量を最大にして、コミューターの扉をこじ開けようとしている二人を照らした。彼らが眩しそうに手をかざした隙に懐からCADを抜き取る。

 

 一人が拳銃を構え、もう一人が拳を達也に向ける。その指に光る真鍮色の指輪。

 その指輪から放たれる耳障りなサイオンの騒音。キャスト・ジャミングで魔法発動を妨害し、拳銃で撃ち抜く。普通の魔法師相手には有効な手だ。

 

 そう、『普通の』魔法師ならば。

 

 だが、達也は普通の魔法師ではない。

 銃弾が放たれるよりも、達也の指がCADの引き金を引く方が早かった。二人の四肢に計八カ所の穴が一瞬で形成され、気を失って前のめりに倒れる。

 

 黒い自走車に接近しようと足を踏み出した直後、不意に右斜め上より照射された殺意に、達也は半ば反射的に『分解』を発動した。

 

(危なかった……)

 

 今の魔法は、CADも使わずに自身の異能だけで発動したものだった。達也は追撃を回避するためコミューターの陰に退避したが、その直後、路上に倒れている二人組の身体がフワリと浮き上がった。

 黒い自走車の扉が開き、二人の身体を乱暴に吸い込んだ。ここで逃げられると厄介になる。達也は車のタイヤ四つを瞬時に分解した。

 そして、狙撃の脅威を取り除くことに精神を集中させる。

 

(見つけたぞ)

 

 自走車に気を取られたことに加え、狙撃に魔法を使っていなかったこともあり、達也が狙撃手を見つけるのには少なくない時間がかかった。

 相手の第二射が来なかったのは、弾丸を対人貫通弾から対物高速貫通弾に切り替えていた、タイムラグのせいだ。

 

(幸運だったな)

 

 そう思いながら達也は、CADの照準を合わせてその引き金を引いた。

 

 

 

 危険が去って、車内を見ると小百合は気絶していた。達也はそれを確認すると、端末を取り出した。

 

『電話ありがとう、達也くん。街路カメラの方は既に処理を始めているから、心配要らないわ』

「ありがとうございます、藤林少尉」

 

 電話先は藤林だ。秘匿回線ではないが、藤林のプライベートナンバーを盗聴するなど不可能であると踏んだのだ。

 

「それと、確保した男二人の身柄もお願いできますでしょうか」

『ええ、あと十分ほど待っててもらえるかしら。すぐに人が着くと思うわ』

 

 達也もそれならと思い、しばし待つことを選択した。

 

『それにしても……随分と思いきりが良いわね。都心じゃないといえ、都内でいきなりライフルを使うなんて』

「ギリギリで防ぎましたが、恐るべき技量でした」

『魔法は使っていなかったのよね?』

「間違いありません」

 

 弾道を誘導する魔法にしろ、超感覚系の魔法にしろ、魔法が使われたなら、達也がそれに気づかないということはあり得ない。藤林も達也の知覚力を良く知っていた。

 

『夜間に光学スコープのみで千メートル級の狙撃を成功させる、ね……それだけの腕を持つスナイパーを調達できる組織ってことか……』

「かなり大きな組織が背後にいると?」

『多分ね。でもその分、敵の正体は案外簡単に判るかもしれないわ。達也くんには感謝ね』

「いえ、こちらこそありがとうございます」

『車と男二人組は、こちらで取り調べてから処分してもいいかしら』

「手間をお掛けします。よろしくお願いします」

 

 電話を切って少しすると、魔装大隊の隊員が男二人を確保していった。

 達也は気絶していた小百合を乗せたコミューターを自動運転に切り替えてから、駅まで並走する。駅に着くと小百合は目を覚まして、強引に瓊勾玉が入った箱を達也に押し付けてきた。

 

 

 

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