その週の日曜日。達也はとある一軒家を訪問していた。
「達也くん、いらっしゃい」
「達也さん、お待ちしておりました」
出迎えてくれたのは穂波と水波の二人。ここは深雪たち三人が暮らしている家だ。リビングに通された達也は、既に席についていた深雪の対面に案内される。
「それで、今日のご用件は何でしょうか。重要性の高いことなのでしょう?」
水波がお茶を出して後ろに控えると、深雪が本題を促す。些か性急な気もするが、まあ仕方がないだろう。
「はい、重要な案件でしたのでこちらに伺いました」
達也はそう前置きしてから、先日の襲撃事件について報告した。
「──その襲撃犯の身元ですが、最近横浜での密入国が頻発している大亜連合の密入国者とのことでした。加えて、昨日私の自宅でもホームサーバーが大規模なアタックを受けました。おそらくはレリックを狙っての犯行だと思われますが、念のためお嬢様も警戒をするように承っております」
女主人に仕える執事のような口調で話す達也に、深雪は淡々と言葉を返した。
「分かりました。万が一大規模な戦闘になった場合、貴方はどうするのですか?」
(今の情報でそこまで想定できるのは流石と言うべきか)
内心感嘆する達也だが、決して表には出さない。
「私は既にお嬢様のガーディアンではないので、独立魔装大隊の指揮下に入ると思われます」
「…そうですか」
深雪の答えに不自然な間が生じる。達也は「おやっ?」と思ったが、それを追求することはしなかった。
「今後新たに情報が入った場合ですが、電話での報告で宜しいでしょうか?」
「いえ、通常の連絡は水波ちゃんを通して、緊急の連絡はこちらに来る形で行えますか?」
わざわざ水波を通じるということは、水波の手を借りても良いということだ。後ろに視線をやると、水波は無言で頷いた。
正直手が足りるか分からなかったので、その気遣いは素直にありがたかった。
「承知しました」
達也が了承を返したことで、兄妹と呼ぶには他人行儀過ぎる報告が終わった。
◆
東京・池袋の古いビルの一室。
「例のレリックはどうなっている?」
リーダーらしき中年の男がモニターを見ている部下に話しかける。
「FLT社から持ち出された形跡はありませんが、現在は不明です」
「フン……Four Leavesか。忌々しい名だ。あの、四葉とは無関係だったな?」
「是。詳細に調べましたが、何のつながりも出てきませんでした。この国には四葉及び八葉を意味する名称は、魔法関連企業の社名に多く使用されています」
「紛らわしい」
男は嫌悪と憎悪と苛立ちを込めて吐き出した。それと同時に、隠しきれない畏怖が滲み出ていた。
「……司波小百合身辺の監視を怠るな。先日の夜、彼女が訪れた家のことは何か分かったか?」
「あの家には夫の前妻との息子が住んでいるようです」
「その素性は?」
「名は司波達也、魔法大学付属第一高校の一年生です」
「フム……魔法大学付属高校か……好都合かもしれんな」
含み笑いをした男は思案顔になって、部下に新たな命を下した。
「魔法大学付属第一高校を活動対象に追加。必要なら他から人員を割いても構わん」
続けて指示を出す。
「呂上尉」
「是」
「現地で指揮を執れ。余所の犬が嗅ぎ回っているようなら排除しろ」
最後に大柄な若者へ下命して、男は部屋を出て行った。
◇◇◇
翌日の朝、達也はE組の教室で不安げな顔をしていた顔の美月に気づいた。
「おはよう、美月。どうかしたのか?」
「視線を感じるんだってさ」
「今朝から何だか、嫌な視線を感じるんです。物陰からこっそり隙を窺っているような、気味の悪い視線で……私の勘違いかも知れませんが……」
「視線? ストーカーとかか?」
「いえ、私を狙っているんじゃなくて、もっとこう、大きな網を構えているような……私の勘違いかもしれないですけど」
「いや、柴田さんの勘違いじゃないと思うよ」
美月の自信なさげな言葉を否定したのは幹比古だった。
「今朝からずっと、校内で精霊が不自然に騒いでる。たぶん誰かが式を打っているんだと思う。僕たちとは違うタイプの術式で上手く捕まらないんだけど……」
「幹比古。違う術式と言っていたが、それは神道系とは違う術式ということか? それとも、この国の古式魔法とは異なる術式ということか?」
「……我が国の術式じゃない、と思う」
「えっ、それって他国のスパイってことか?」
「そういうことなんじゃない?」
「随分派手に動いているな」
「やりたい放題ね。警察は何しているのかしら」
達也の一言で、エリカの矛先は警察に向いた。公権力の怠慢に憤っているというより、身内のだらしなさに苛立っているような声音だった。
放課後、達也は小春と共に図書館を訪れていた。
「ごめんね、司波君。この前選んでもらった論文で何個か分からない場所があって……」
「大丈夫ですよ。それにしても早かったですね」
「時間もあまり残ってないからね」
そう言う小春の目元にはうっすらと隈が残っている。仕方がないこととはいえ、少しの申し訳なさを感じていると、こちらに近付く人物がいた。
「平河」
「関本君、どうかしたの?」
声を掛けてきたのは、三年生の風紀委員である関本勲。関本は不機嫌さを隠そうともせずに、小春を見下ろしている。
「お前は論文コンペの代表だろう、こんなところで何をしている」
「あたし? あたしはコンペに向けて論文を見てるんだけど」
「司波は何をしているんだ」
「俺も個人的に調べ物をしているので」
達也のセリフに、関本は眉を顰めた。
「それなら個室に行けばいいじゃないか」
「あ、それはあたしがお願いしたの」
「お前が?」
「あたしが司波君にアドバイスとかもらってるのよ」
「アドバイスだって?」
関本は小さく鼻を鳴らした。
「お前が一年に教わっているというのは本当だったんだな」
嘲るような口調に、小春の表情が曇る。
「……それがどうしたの?」
「一年に教えを請うようなヤツが、代表メンバーに相応しいのかと思っただけだ」
「……司波君はあたしに足りないモノを持ってる。代表メンバーなら学年なんて関係なく話を聞くべきじゃないの?」
「ふんっ、一年に教わるお前といい、頭の固い市原といい、今年のコンペは期待できなさそうだな」
「あたしのことはなんて言ってもいいけど、市原さんたちのことを言うのは止めて」
日頃から心優しい小春もさすがに苛立っている。達也も少々不快だったこともあり口を挿んだ。
「すみません関本先輩。この後もコンペの準備がありますので、そろそろ良いでしょうか」
さらに不機嫌さを増した関本だったが、それ以上何も言うことなく去っていった───その際、達也の周囲に目をやるという謎の行動をしていたが。
「……司波君、ありがとうね」
「いえ、先輩も大丈夫ですか?」
「うん、司波君もごめんね」
「お気になさらず。それより、関本先輩は何故あんな態度だったのでしょうか?」
関本とは風紀委員で少し関わりがあったが、その時とは雰囲気がかなり変わっていた。その理由について質問すると、思っていたよりも根深い問題があるようだった。
簡単に言うと、鈴音との魔法理論に対する明確な対立。
関本は論文コンペのセレクションでは鈴音に次ぐ二位だったが、鈴音との相性も兼ねて外されたらしい。
(あの様子から納得していないのは明らかだからな。厄介なことにならなければいいが……)
小春の前ということもあり、達也はため息を堪えて端末へと目を移した。
「話は逸れてしまいましたが、こちらに戻りましょうか」
「あ、そうだったわね。それじゃあお願いします」
その後は脱線することもなく、一時間ほど質疑応答が続くのだった。
◆
小春の相談が終わってから、達也は久しぶりにいつものメンバー六人と共に校門を出た。
「達也さん、論文コンペの準備はどうなっているんですか?」
「学校に提出する資料は作り終わったから、発表で使うデモ機の調整とか細々としたものをやってるみたいだ」
「大変そうねぇ……そういえば、美月のところで模型作りを手伝ってるんだっけ?」
「あっ、うん、二年の先輩が。私は何もしてないけど……」
「五十里先輩が中心で模型作りをしているからな。自然と二年が集まるんだろう」
「へぇ、じゃあ平河先輩は何の担当なんだ?」
「先輩はデモ用術式の調整らしいぞ」
「普通逆だと思う」
誰もが思ったツッコミを真っ先に入れたのは雫だった。小春は九校戦で達也との関わりが深かったので、このメンバーともそれなりに親しくなっている。
「平河先輩の得意分野からは外れているが、五十里先輩もそっちの方が専門だしな。仕方ない部分もあるさ」
「まぁ確かに、啓先輩は『魔法使い』っていうよりも『錬金術師』みたいなイメージがあるし、そっち優先にしたのかもね」
「錬金術師? RPG?」
「その喩えでいくと達也さんは何になるのかな?」
美月がふと呟いた疑問は、
「そりゃあもうマッドサイエンティストでしょ」
「それRPGじゃないよ」
「じゃあ、人里離れた山奥で秘術を伝授してくれる世捨て人の賢者」
「賢者っつーには武闘派だけどな」
「そこは素直に魔王とか」
「魔王は一高公認じゃない、捻りがないわ」
「あれは公認じゃないし、早く忘れてくれ」
「あんなの忘れるわけないじゃない」
一時、生徒会選挙のネタも交えながら、
「じゃあよ、一緒に魔王を倒したあと実は俺様黒幕だぜ~って主人公の前に立ちはだかるラスボスなんか似合いそうじゃねぇか」
「何でみんな勇者様って発想が無いの?」
「良いんだほのか。正義の使徒なんて俺の柄じゃないからな」
「でも達也さんならマントとかも似合いそうですよ?」
「美月、そんなフォローは要らない……」
このように大きな盛り上がりを招いたのだった。
◇◇◇
学生らしく賑やかに騒ぎながら歩いていても、達也は警戒を忘れてはいなかった。
喫茶店「アイネブリーゼ」の扉を開け、もはやいつものと言っても過言ではない、店の奥の四人掛けのテーブル席二つに座った。
「いらっしゃい。最近はご無沙汰だったけど、忙しかったのかい?」
注文して程なくすると、トレーを持ったマスターがやってきた。
「部活で論文コンペのサポートをしているので、その準備とかで」
「ああそういえば。もうそんな時期か」
マスターは魔法の才能こそ無いが、魔法科高校の通学路に店を構えるだけあって魔法協会については結構詳しい。
「今年の会場は横浜だよね? 僕の実家も横浜にあるんだよ」
「横浜のどちらなんですか?」
美月がマスターからコーヒーを受け取りながら訊ねた。
「山手の丘の中程にある『ロッテルバルト』って喫茶店だよ」
「ご実家も喫茶店なのですね」
「もし良ければ実家の方にも寄ってみてよ。親父と僕とどっちのコーヒーが美味いか、忌憚のない意見をくれると嬉しいな」
「マスター、商売上手」
雫のぼそりとした突っ込みに、テーブルは笑い声に包まれた。
その後、しばらく七人で談笑していると、
「ちょっとお花を摘みに」
エリカがカップの中身を一気に飲み干してスッと立ち上がり、
「ワリィ電話だ」
今度はレオがポケットを押さえながら立ち上がる。さらに幹比古は何かメモのようなものを書き始めた。
「幹比古は何をしてるんだ?」
「ちょっと思いついた事をメモしておこうかと思ってね」
三人とももう少し落ち着いてくれないかと思ったが、口で言っても聞かないのは分かっている。達也はため息を吐き、端末を操作してから店の外に視野を広げた。
◆
達也たちを尾行していた男は微かな違和感を覚えた。
(ん? 今のは何だ?)
不意に訪れた小さな衝撃。物理的なものではなく、魔法的な衝撃だ。何者かの魔法を受けたのかと考えたが、何をされたのかは分からなかった。
(まさか気づかれたか? いやだが、やつらは中に……)
男がそう思考していると、突然、背後に人の気配が現れた。
「オジサン、あたしとイイコトして遊ばない?」
振り向いて見れば、誰が見ても美少女だと評価する少女がニコニコと微笑んでいた。
(なっ!? 何時の間に……!?)
内心冷や汗が止まらなかったが、男は動揺を隠して冷静な大人を演じる。
「もう少し自分を大事にした方が良いぞ」
「あれっ? あたしは『イイコト』って言っただけなのに、一体どういう意味で取ったんだろ?」
「大人を揶揄うんじゃない。もう日も暮れるし、寄り道なんてして通り魔に襲われたらどうするんだ?」
そう言って、男は少女に背を向けた。しかし彼は、次の一歩を踏み出せなかった。
「通り魔、ってのは、例えばこんなやつのことか?」
振り向いた先では、体格のいい少年が行く手を阻んでいた。
「知らないの? 通り魔ってのはね、『通り』すがりの『魔』法使いの事なのよ」
(挟まれたか。それに人の気配も感じない。さっき感じた魔法は結界の類とみるべきか……それなら)
男は逃げる選択を放棄し、ボクシング選手のような構えを取る。男が一呼吸置いた直後、三人による戦いの火蓋が切られた。
男も当然、ただの一般人などではなかったが、エリカとレオもただの高校生ではなかった。戦いを終えた現在、男はレオに取り押さえられている。
「分かった、降参だ。元々私は君たちと敵対するつもりはない」
「敵じゃないなら尾行の理由を説明してもらえるかしら。いつまでも結界を張っておくわけにもいかないんだから」
「いいだろう。人目を引くのは私も本意ではない」
男は観念したように息を吐いてから要求に応じた。
「名前は、ジロー・マーシャル。如何なる政府機関にも所属していない。私の仕事は、魔法科高校生徒を経由して軍事的な脅威となりえる高度技術が東側に盗み出されないよう監視し、万一漏えいした場合はこれに対処する事だ」
「アンタの雇い主は、少なくともこの国の関係者じゃないんだろ? 何でそんな手間暇をかけるんだよ?」
信用出来ないといった調子でレオが問うと、男は呆れたように答えた。
「世界の軍事バランスは、一国の問題ではない。新ソ連も大亜連合も、魔法の軍事利用へと急激に傾斜し、USNAや西ヨーロッパ諸国でも魔法工学技術を狙ったスパイが急増している。この国も、そして君たちの学校も東側のターゲットになっているんだぞ」
レオが男の拘束を外したので、男はゆっくりと立ち上がりながら埃を叩く仕草をする。そして、再度身体を起こした時、彼の手には拳銃が握られ銃口はエリカに向けられた。
「っ!」
「テメェ!」
「さっきこれを使わなかったのは、私が敵ではない証拠だ」
エリカもレオも、ここで冒険に出るほど命知らずではない。男は完全に優位に立ち、余裕を持った笑みを浮かべている。
「撃っても構わないぞ」
だから、第三者の乱入には驚かざるを得なかった。
「達也くん!?」「達也!?」
「二人とも、後で少し話がある」
「「あっ……はい」」
緊張感の無い達也のセリフに、エリカとレオは一瞬拳銃を向けられていることを忘れそうになった。だが、達也が男に目を移したことで、二人にも危険意識が戻ったようだ。
「俺からは何もするつもりはない、大人しく引き下がってくれるとありがたいんだが」
「随分と上から目線だな」
男は達也の登場に驚きはしたものの、余裕の表情は崩れていない。
「お仲間に銃が向けられているんだが」
「撃ちたいなら撃てばいいさ」
達也はそれに淡々と言葉を返す。エリカも先ほどとは違い、表情に余裕が出てきた。
「これは脅しじゃないぞ」
「構わないと言っている。撃てれば、だがな」
「そうか……後悔するなよ」
男はエリカの足に銃口を向けて引き金を引いた。だが、銃弾は発射されなかった。
「なっ!?」
達也は尾行している男を『視て』いたため、拳銃を隠し持っていたことに気づいていた。先ほど男が感じた衝撃は結界ではなく、銃弾の『分解』によるものだったのだ。
「銃はもういいだろう。二人に危害を加えないなら俺も何もしない」
男は達也の言葉に嘘がないと判断し、使えなくなった銃を投げ捨てて両手を上げた。
「分かった、もう何もしない。私も退散させていただきたいので、結界を解いてもらえないか」
「良いだろう」
達也が片手を上げると、すぐに幹比古の結界が解かれた。
「ああそうだ。最後にひとつ、学校の中だからといって、安心はしないよう注意し給え。敵が外の人間だけとは限らないからな」
(一高の教員か生徒の中にスパイがいるのか……)
「なるほど。その忠告、ありがたく受け取らせてもらう」
男は頷き、達也たちに背を向けて走り去った。
「さて、二人とも」
達也はそれを見送ってエリカとレオに向き直ると、二人の肩がビクッと震えた。
「あ、あの、達也くん……?」
「もう少し落ち着いて行動してくれ」
「け、けどよ……」
「『けど』も何もない。あの男が敵じゃないから良かったものの、最悪二人とも死んでいたぞ」
好戦的なのは構わないが、警戒心が足りていないように思えた。だが、二人も反省はしているようなので、注意するだけでいいだろう。
「今回コンペにちょっかいを掛けてきているのは魔法師のことをよく分かってる連中だ。アンティナイトはもちろん、拳銃なんかの飛び道具も、警戒が必要なのは魔法だけじゃない……次もし何らかの戦闘があった場合は気をつけてくれよ」
達也は男が捨てた銃を回収し、店の中に戻った。