ガーディアン解任   作:slo-pe

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横浜騒乱編6

 

 

 論文コンペの本番まであと一週間となった日曜日、生徒会役員である深雪と水波は学校に登校していた。

 

「深雪姉さま、私はここで失礼します」

「ええ、お仕事頑張ってね」

 

 深雪は生徒会室へ向かい、水波は深雪と別れて校内へ足を向けた。

 

 今日の予定は、放射線実験室で鈴音と五十里が完成済み大道具の作動テスト。ロボ研の部室で小春がデバッグ作業だ。鈴音と五十里には十分な人数が付いているので、水波は小春の作業場であるロボ研の部室から探すことにした。

 だが、水波はすぐに大幅にやる気が削がれてしまった。

 

『おかえりなさいませ』

 

 ロボ研の部室のガレージで水波を出迎えたのは3H。「3HタイプP94」、通称「ピクシー」である。しかもその格好はメイド服。

 

「……誰の趣味でしょうか」

 

 水波は呆れた表情を浮かべた。流石にロボットにメイド服を着せる意図が分からなかったのだ。なお、自分が自宅でメイド服を着ていることには一切の疑問を持っていない。

 

「一年A組、桜井水波」

 

 水波が名乗ると、出迎えたピクシーが直立姿勢で動きを止め、その後、深々と腰を折った。

 動きを止めたのは声紋認証に要した時間。顔認証と声紋認証によりようやくこの部屋のセキュリティをパスしたことになる。

 

「ピクシー、室内を巡回するのでその場で待機してください」

『かしこまりました』

 

 水波はパスを通してから室内を回った。

 

(どうやら先に潜んでいるわけではないようですね……)

 

 ロボ研の部室にはまだ誰もおらず、デモ機にも何かが仕掛けられている様子も無かったので、水波は部室から出た。

 水波は小春が来る予定時刻まで関本を探そうとしたが、思いの外すぐに見つかった。休日にも拘わらず関本は校内を巡回していたのだ。風紀委員の腕章をしていたため、一見すると問題ないのだが、先ほどからやけに時間を意識している。そう思っていると、関本が迷いのない足取りで歩き出した。

 

(あちらはロボ研ですね。目的は実験のデータですか……ただ、今は平河先輩がいるはずでは?)

 

 今の時間は小春が作業中であり、近辺警護として桐原と壬生もいるはずだ。関本の意図は分からないが、水波も気付かれないよう慎重に後をつけた。

 

 関本がガレージに入ってすぐに、水波はガレージのドアを小さく開けて中の様子を確認した。

 

(あれは……)

 

 小春はデモ機に突っ伏しているし、桐原と壬生に至っては床に伏せてしまっている。ガスか何かを使ったのだろう、さすがに空調設備まではチェックしていなかった。

 水波は自身の落ち度を反省すると共に、関本への警戒度を一段階引き上げた。

 

 だが、その警戒心も一瞬で霧散することになった。

 関本の入室から一拍遅れて、ピクシーが立ち上がった。

 

「三年C組、関本勲」

『認証ができません』

「なんだと……?」

「ぷっ」

 

 水波は関本とピクシーのやり取りに小さく吹き出してしまった。

 

「何故だ!?」

『関本勲・という名称は・登録されておりません』

「そんな馬鹿な……」

 

(笑ってはいけませんが、これは……)

 

 肩を震わせながら必死に笑いを堪えている間も、関本とピクシーのやり取りは続いていた。

 

(千代田先輩には感謝ですね)

 

 千秋が洗脳を受けているということで、花音が認証対象を厳格にしたのだ。護衛メンバーでない関本はそのことを知らない。しばらくして諦めたのか、関本がピクシーを無視して奥へと向かった。

 

(あれでは警報を切っていたとしても、ピクシーが警報を送ってしまうでしょうに……よほど頭が悪いのでしょうか?)

 

 そんな失礼なことを考えていたが、自身の役割を忘れてはいなかった。関本がデモ機に近づいて、胸元からハッキングツールを出して機器に接続しようと悪戦苦闘している。水波はその様子をしっかりと撮影していた。

 

(もう十分でしょう)

 

 映像も三十秒ほど撮影できた。これなら達也に渡すにも足ると判断し、水波はドアを開けた。

 

「関本先輩、何をしているんですか」

 

 不意に出入口から掛けられた声に、関本はビクッと身体を震わせ、慌てて振り返った。

 

「お前は、桜井! どうしてここに!?」

「私は保安システムから空調設備の異常警報を受け取ったからですが、先輩こそどうしてここに?手に持っているそれは何でしょうか?」

「バカな……警報は切ってあったはずだ……」

 

(こんな簡単に引っかかるなんて、もはや工作員とは言えない気もしますが)

 

 水波の内心は呆れ返っているが、表情は厳格そのものを保っている。

 

「今、聞き捨てならない言葉が聞こえましたが……警報を切っていたとは、どういうことでしょうか?」

 

 関本は図星を突かれて言葉に詰まっている。

 

「黙っていたら、先輩が犯人だと仰っているようなものですよ」

「し、失礼だぞ! 僕は事故によるデータの滅失を恐れてバックアップを取っていただけだ」

「残念ですが、ハッキングツールではバックアップなどできませんので」

 

 水波はそれだけ告げて、左手首のCADに手をかけた。

 

「関本先輩。CADを外して、床に置いてください」

 

 丁寧な口調ながらも、紛れもない投降勧告。それに対する関本の答えは、

 

「桜井っ!」

 

 起動式の展開だった。

 関本も二年生後半からとはいえ、風紀委員に選ばれていた猛者だ。魔法の発動手順に淀みはなく、起動式の取り込みから魔法式の構築までそのスピードは九校戦代表選手と比べても遜色がない。しかし───

 

「グッ!?」

 

 関本の魔法は発動されず、苦痛の呻き声を漏らし、関本は意識を手放し崩れ落ちた。

 CADの準備で水波が先んじていたのだ。ただでさえ実力に劣る関本が、相手の名前を叫ぶなどという無駄な動作を挿んで、水波の先を取れるはずがなかった。

 

 その後、警報の呼び出しによって花音が駆けつけ、関本を生徒指導室(別名「取調室」)へ連行した。

 

「千代田先輩、お願いがあります」

「言ってみなさい」

「今回の件、平河先輩には言わないでいただけませんか」

「……どうして?」

「先日の妹さんの件もありますし、それに加えて産業スパイに狙われたことを知らせるのは、危険ではないでしょうか」

「そうね……いいわ、先輩には言わないでおく。でも、桐原くんと壬生さんには伝えるわよ」

 

 水波は花音に頷きを返し、眠っていた桐原と紗耶香を起こしてから事情を説明した。

 

 

◇◇◇

 

 

 水波が関本を取り押さえているのと同時刻、達也の自宅に来客を告げるベルが鳴った。

 

「達也くん、おはよ~」

「おう達也。邪魔してるぜ」

「エリカもレオもおはよう。休日にすまないな」

「気にしなくていいのよ、どうせ一日空いてたんだから」

「それに、俺が頼んだんだからな」

 

 エリカはともかくとして、連日の稽古で疲れているレオがここまで元気なのには理由がある。レオのために作ったCADが、ようやく完成したのだ。

 

「ついてきてくれ」

 

 達也は二人に背を向け、レオとエリカもそれに続いた。

 

「レオ、開けてみてくれ」

 

 地下についてすぐに、達也は両手に抱える大きさの長方形型のケースを出した。

 レオが言われた通りにそのケースを開けると、中にはケースにすっぽり収まる日本刀のような物が入っていた。

 

「……刀か?」

「それ自体は切れないがな。それは武装一体型CAD『村雨』、前に試した『小通連』の同類だ」

「あれと同じか……」

「でも、どうやって使うの?」

 

 その見た目に血が騒いだのか、エリカが率直に疑問を口に出した。

 

「基本的には真剣と変わらないが、『小通連』と同じように遠距離でも使えるようにしてある。それに、切れ味とレオの魔法特性との相性は保証するぞ」

「へぇ」

「そりゃあ楽しみだぜ」

 

 言葉の内容と、そのもったいぶった笑みを見て、二人とも楽しそうな表情になった。

 

「扱いに関してはエリカの方が専門だろうから、ビシバシしごいてやってくれ」

「任せて!」

 

 エリカが嬉しそうに了承したことで、三人の稽古が開始された。

 

 そして、練習を始めたのは良いのだが、そのあまりの使いやすさにレオが興奮して照準をミスしてしまったが、達也が術式解体を使ったことで事なきを得た。

 それを見て反省ではなく安心するのがレオクオリティ。想子(サイオン)切れを起こすまで訓練に没頭し、それに嫉妬したエリカが達也に自作CADを強請るのは、また別の話。

 

 

 

 

 レオたちの帰宅後、達也は水波から送られたデータを確認し、そのまま依頼主へと転送した。三分ほど経ち、端末が鳴った。

 

『達也くん、データ見たわよ』

「早いですね」

『仕事だからね』

 

 達也も藤林がすぐに見ると思って待っていたので、おざなりな相槌を打ち、藤林もそれに合わせて短い言葉を返した。

 

『それで、”今は”一人だから込み入った話でも大丈夫よ』

 

 どうやら近くには捜査協力者がいるらしい。おそらくは前に聞いた警察関係者だろう。

 画面に映る藤林はいつもと違いばっちりとメイクをしているのだが、それに関してはスルーすることにした。

 

「ありがとうございます。今のところ、どの程度絞れていますか?」

 

 達也が本題に入ると、藤林もすぐに表情を引き締めた。

 

『達也くんの情報もあったからね。密入国者と敵の位置情報、平河千秋に関本勲。これだけあれば拠点は大方絞れたから、ようやく狐を仕留められる。達也くんのアドバイスもあったから隊長も同行してくれるそうだし、準備も含めて三日以内には決着をつけるわ』

「少佐まで……ありがとうございます」

 

 精神干渉系の魔法に関する適正なら、達也よりも風間の方が上だ。達也は事件解決に疑いを持っていなかったが、反対に藤林の顔は冴えない。

 

「まだ何かありましたか?」

『……おそらくだけど、かなりの大物が潜んでいるみたいなのよ』

「大物、といいますと?」

『……呂剛虎』

 

 逡巡と共に返された答えには達也の表情を崩すだけの力があった。

 対人近接戦闘において世界でも十指に入ると称される、大亜連合のエース魔法師。

 大亜連合で最も殺傷性の高い『人喰い虎』。

 

『アジトの近くに張り込ませていた隊員から目撃情報があったのよ。信憑性は高いと思うわ』

「そうですか……」

『呂剛虎がいるとなれば、当然その背後にも大物がいると思うわ』

「その連中が平河や関本を狙うと?」

『おそらくね』

 

(それならば一度話を聞くべきか……)

 

 二人が失敗した今、万が一の可能性を潰すため、連中は彼を放っておかないはず。最低でも記憶操作、最悪は処分だ……達也が思考を巡らせていると、不意に、藤林が真剣な声音になった。

 

『大黒特尉、風間少佐からの伝言があります』

 

 達也も反射的に踵を揃えて後ろ手に組み、背筋を伸ばした。

 

『敵対勢力と対峙した場合、情報統制を任意で解除しても良い。相手の無力化を最優先とするように……とのことです』

 

 敵対勢力とは言っているが、これは呂剛虎以外にいない。風間も呂剛虎の脅威はよくわかっている。達也でさえも近接戦闘では後れを取る可能性が高い、最悪の場合は相手を『消す』ことも考慮に入れるべきだろう。

 

「了解しました」

 

 達也が敬礼を返した。藤林も達也が『雲散霧消』を使うことを理解したのを見て、小さく頷いた。

 それとは別に、知人として達也のことが心配なのだろう。先ほどとは打って変わった表情で達也に念押しした。

 

『達也くんなら心配いらないと思うけど、油断はしないようにね』

「分かってます。そもそも油断できる相手ではありませんしね」

『それなら良いんだけど……大隊の隊員も近くに派遣するから。何かあったらそこを頼ってね』

「ありがとうございます。この前もですが、お手数をお掛けします」

 

 まあ、すぐにそんな気持ちは切り替わって愚痴に変わるのだが。

 

『あの時は私も少し忙しかったからね。“吉田家の神童”も、もう少し気を遣ってほしいわよ』

「すみません、言っても聞かないもので」

『結界があるとはいえ、他の二人も路上でドンチャンし始めちゃうし。もう少し何とかならないの?』

「善処はしますが、期待には沿えないと思います」

『ん~、まあ仕方ないか。達也くんのお友達だものね』

 

 言外に同類扱いされているが、達也からすれば魔装大隊の一員である藤林も立派な変人である。

 

『それで? ただでさえ忙しいお姉さんの手を借りてるんだから、何か感謝とか無いのかしら?』

「……何をご所望で?」

『バイト代とは言わないけど、差し入れとかしてくれたら嬉しいなって』

 

「どうかしら?」と首を傾げながらも、藤林の瞳は期待で染まっていた。

 

「差し入れですか。何か希望はありますか?」

『最近千葉の令嬢と色んなお店に行ってるじゃない? その中のおススメとかどうかしら?』

「……何故それを知っているのですか?」

『私を誰だと思ってるの? カメラのチラ見なんて訳ないわよ』

 

 そんなことにハッキングを使うなと言いたいところだが、言うだけ無駄である。

 

「分かりました。俺の好みになりますが、大隊の方に差し入れておきますので」

『ありがとう。それじゃあ楽しみもできたことだし、私もお仕事頑張るわね』

 

 藤林はそう言って、ウインクと共に電話を切った。

 

(さて、何にすればいいのやら……)

 

 普段から茶目っ気のある藤林だが、今日は空元気も混じっていたように見えた。ちょうどいい機会なので、日頃の感謝も込めて真面目に考えることにした。

 

(大隊は片手間につまめるモノの方が良いだろうな。かなり数もいるし、何軒かのをまとめて持っていけばいいか………そう言えば牛山さんたちにもCADを作ってもらったな。あそこは女性も多いし、種類も多めに選んで……)

 

 品物の選定は時間がかかると思っていたが、思いの外テキパキと決めることができた。元々こういったものに疎い達也が手早く決められた理由など、一つしかない。

 

(散々連れ回されたおかげなんだろうな……)

 

 レオとの稽古が始まるまで、最近の放課後は図書館の地下に籠るか、エリカに連れ回されるかのどちらかであった。それに加えて、店に着くまでの時間、エリカから「この店のおススメはこれでね───」といった情報をずっと聞かされていた。その所為か、達也はちょっとしたスイーツマニア(八王子周辺に限る)程度の知識を持つようになったのだ。

 

(それはともかく…水波たちも生徒会で大変だろうからな、家に送れば顔を合わせなくても渡せるか。簡単なモノだと穂波さんが作れるだろうから、手間のかかるやつが良いか………それと、師匠にも情報を貰っているからな。エリカが和菓子も好きで助かったと言うべきか……)

 

 エリカとの雑談を頭の片隅に置きながら、達也は次々と注文を済ませるのであった。

 

 

 

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