ガーディアン解任   作:slo-pe

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横浜騒乱編11

 

 

 論文コンペ当日。

 朝早くから会場に着いた達也は、エリカたちと合流しようと客席に向かった。その途中に、達也は赤い制服を着た二人の男子生徒を見つけた。

 

「将輝、真紅郎」

「ん? ああ、達也か」

「三か月ぶりだね、達也」

「そうだな、実際会うのはそれくらいか」

 

 偶にメールでのやり取りはしていたので、お互いの近況は大体把握している。

 

「真紅郎、準備は良いのか?」

「うん、僕たちは一高の次だからね。まだ余裕はあるんだ」

「将輝は会場警備なんだろう? こんなところにいていいのか?」

「もう少ししたら仕事に入る。それよりおまえ、は……」

「ん? どうかしたのか……ああ、なるほど」

 

 急に言葉を詰まらせた将輝を訝しく思ったが、その原因はすぐに分かった。

 

(本当に、プリンスも相変わらずだな)

 

 隣にいた真紅郎も同じ感想になったようで、将輝に呆れたような声を掛けた。

 

「将輝」

「な、なんだ」

「声を掛けに行かないのかい?」

「なっ……!」

 

 将輝はこれでもかというほど、顔を真っ赤にした。バレていないとでも思っていたのだろうか。

 

「こういう時にしか会えないんだし、行ってきたらどうだい?」

「い、いや、俺はそんなんじゃ……」

 

 歯切れの悪い将輝に、達也から助け舟を出すことにした。

 

「俺もエリカたちと約束があるし、気にしないでいいぞ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。それに、いつまでもここにいるわけにもいかないだろう?」

「……そうだな。いつまでもここにいたら邪魔だしな」

 

 そう言い訳を作ってやると、将輝も決心がついたようで深雪の方へと足を進めた。だが、

 

(純情少年なのか、ただのヘタレなのか……まあ、どちらでもいいか)

 

 自分から声を掛けたのは良いとして、深雪が返した一礼に魂が抜かれたように硬直している。それに、真紅郎が声を掛けるまで、隣にいる水波は見えていなかったようだ。

 気持ちは分からなくもないが、あそこまで動揺するようでは、まだまだ先は遠いだろう。それよりも、達也には気になることがあった。

 

(深雪の雰囲気が柔らかくなった気がするが……何かあったのか?)

 

 心なしか水波の機嫌も良いような気がする。

 昨晩の深雪の発言もあり、達也の帰宅後に何かあったのかと考えを巡らしていたのだが、その思考は後ろから掛けられた声によって中断された。

 

「司波君。ちょっといい?」

「平河先輩、どうかしましたか?」

「ごめんね、すぐに終わるから」

 

 小春が真剣な表情になり、一つ堰をしてから頭を下げた。周囲に人がいるので、かなり浅くではあったが。

 

「まず、千秋の件はごめんなさい。幸い何か被害があった訳じゃないけど、司波君にも迷惑をかけたから。千秋も落ち着いてきてて、今は司波君を恨んだりはしてないみたい」

「それなら良かったです。妹さんが治療できたなら何よりです」

 

 小春は小さく笑みを浮かべてから、再度口を開いた。

 

「それと、今回は本当にありがとう。あたしだけじゃ無理だったところを助けてくれて、本当に感謝してるわ」

「いえ、結局俺は論文の紹介しかできませんでしたから」

「それでも、感謝しているのよ」

 

 朗らかに笑っている小春に、達也はなんと返したらいいのか分からず曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、九校戦の時も思ったけど、司波君って褒められるの慣れてないわよね……まあ、あたしが助けられたってことが言いたかっただけだから、そんなに気にしなくてもいいわ」

「…そうですか」

「ええ。それじゃあ準備もあるから、あたしはこれで」

「本番も頑張ってくださいね」

 

 達也の簡潔なエールに小春は手を振って応えてから、控室へと歩き出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 エリカたちと合流した達也は、講堂へと移動した。七人分の席は中々見つからなかったが、通路に面した一列が空いていたためそこへ座った。

 そのためか、エリカを筆頭に女性陣へと視線が向けられている。だが、「見やすい席」よりも、「動きやすい席」を重視しているエリカたちにとって、これは仕方のないことだった。

 

「幹比古……どうよ?」

 

 当然席に着いても、全員が大人しく、ただ待っていたわけではなかった。

 

「今のところ、異常なし」

 

 小声で囁きかけられた幹比古は、探査用に放った精霊の感覚に同調して得られた情報をレオに答えた。

 

「美月?」

「まだ変なものは見えないよ」

 

 エリカの短い問い掛けに、美月は首を横に振った。美月は外していたメガネを一旦掛け直した。彼らは客席にいながら、来るかどうかも定かではない「敵」の襲来に備えていた。

 達也も周囲に気を配りつつ、友人たちにも気を配っていた。

 

「ほのか。そんなに気を張っていたら、ほのかがもたないぞ」

「ですが……」

「それに、まだ何かが起こると決まったわけじゃない」

 

 心にもないセリフだが、今はほのかを落ち着かせるのが先決だ。

 

「美月や幹比古も警戒しているし、この会場は先輩たちやプロが警備しているんだ。少しくらいなら大丈夫だ」

「そうだよ、ほのか。少し落ち着いて」

「……そうですね、分かりました。雫もありがとう」

 

 そこに雫も加わり、ほのかもようやく冷静になった。達也と雫の二人は、ほのかに気づかれない程度に胸を撫で下ろすのだった。

 

 

 

 

 服部と桐原は、共同会場警備隊のリーダーである克人の許を訪れていた。

 

「服部と桐原は二人一組で会場外周の監視に当たってくれ」

「分かりました」

「それと、現在の状況について、違和感を覚えた点はないか」

「違和感、ですか?」

 

 克人が下級生に意見を求めることはめったにないため、服部と桐原は驚いてしまった。桐原が服部に顔を向け、服部が少し迷って口を開いた。

 

「……横浜という都市の性格を考慮しても、外国人の数が少し多すぎる気がします」

「服部もそう思うか」

「はい。十文字先輩もそうお考えですか?」

「うむ。桐原はどうだ」

「会場内よりも街中の空気が、妙に殺気だっているように思われます」

「ふむ……確かに」

 

 頷いたきり、考え込んだ時間は十秒にも満たなかったが、二人には克人が十分以上黙り込んでいたように思えた。

 

「服部、桐原。午後の見回りから防弾チョッキを着用しろ」

 

 二人は大きく目を見開いて、克人の顔を凝視した。克人は二人の態度を気に留めた様子もなく、近距離無線のハンドセットを手に取った。彼の口から、二人に対するものと同じ指示が、共同警備隊の全員に伝えられた。

 

 

◇◇◇

 

 

 時刻は午後三時。第一高校代表チームのプレゼンテーションは予定どおりに始まった。

 大道具が並ぶ舞台を自然色のライトが照らし、鈴音の抑制が効いた濁りのないアルトが国際会議場の音響設備から淀みなく流れ出す。五十里は彼女の隣でデモンストレーション機器を操作し、小春は舞台袖でCADのモニターと起動式の切り替えを行っている。

 

「核融合発電の実用化に何が必要となるか。この点については、前世紀より明らかにされています」

 

~発表内容は省略~

 

 鈴音の発表が終わると会場は割れんばかりの拍手に包まれた。重力制御型熱核融合炉が有する技術的問題点に、新しい角度からのアプローチを提唱したアイデアの素晴らしさに、聴衆は惜しみない称賛を送った。

 

 論文コンペの発表時間は三十分、交代時間は十分。一高メンバーが発表に使ったコンソールを片付けている傍ら、次のチームがセッティングにやって来た。その中には吉祥寺の姿も見られる。

 誰もが次の三高の発表に意識が向いたその時、

 

 轟音と振動が会場を揺るがした。

 

「きゃっ!?」

 

 隣でほのかが悲鳴を上げた。

 

「達也!」「達也くん!」

 

 直後には反対側にいたエリカとレオも声を上げた。達也は友人たちを落ち着かせるため、立ち上がってからそれぞれの顔を見渡した。

 

「エリカとレオは動かないように。幹比古は声を掛けるかもしれん、準備だけはしておいてくれ」

 

 指示を出した三人は頷きを返した。予めこの事態を想定していたからか、このメンバーはパニックには至っていない。

 だが、周囲の生徒たちは何が起こっているのか理解できず、かなりざわついている。

 

「正面出入り口付近で擲弾グレネードが爆発したのだろう」

 

 その付近は、魔法協会が手配した実戦経験のある正規の警備員が担当している。通常の犯罪組織が相手ならば対処できるはずだが、大亜連合の正規軍では些か分が悪い。

 

「対魔法師用のハイパワーライフルか……」

 

 達也の呟きは小さなものだったが、端にいた幹比古にまで届いたようだ。

 今聞こえた複数の銃声は、対魔法師用のハイパワーライフルによるもの。撃ち出された高速銃弾は高い慣性力を持ち、生半可な魔法師の障壁魔法など簡単に打ち破ってしまう。

 

 達也は迷った。対応策を決める前提条件として、このホールは籠城に向いていない。本来ならば今すぐに控室に避難すべきだが、その時間があるか疑問だった。

 しかしながら、迷う必要も無かった。達也が想定したよりも早く、荒々しい靴音と共にライフルを携えた六人のゲリラが雪崩込んで来たのだ。

 

(だらしない!)

 

 悲鳴が木霊する中、勇敢にもまだ舞台上にいた吉祥寺がCADを操作して侵入者に魔法を発動しようとした。

 

「大人しくしろ!」

 

 だが、魔法が効果を表すより速く銃声が轟き、銃弾がステージ上の後壁に食い込んだ。

 怒声にたどたどしさを感じたのは、最近になって(密)入国したからだろう。何にせよ、これで国家機関関与の可能性は確実なものとなったと達也は感じていた。

 

「デバイスを外して床に置け」

 

 現代魔法はCADによる高速化で銃器と対等なスピードを実現したが、既に銃を構えている状態では無闇に抵抗しないがセオリーである。

 ステージ上の吉祥寺を含め、次の発表順で準備を進めていた三高生徒数名が、口惜しそうにCADを床に置いていた。

 

「おい、オマエもだ」

 

 侵入者の一人が、達也に銃口を向けたまま慎重な足取りで近寄って来る。実際に銃口を向けられているのは達也であるが、後ろで美月やほのか、雫の表情が強張ったのを達也は背中で感じていた。

 

「早くしろっ」

 

 苛立った声で怒鳴られても、達也は動かない。

 達也の瞳には恐怖も不安もなく、ただ冷たい眼差しで男が手に持つ銃器、その銃口を眺めていた。

 言い知れぬ恐怖に襲われた達也と相対する男は、引き金においていた人差し指に力を入れた。

 

「おい、待て!」

 

 達也と銃口の距離は三メートル。至近距離からの殺意の弾丸から避けようのない悲劇を連想させるには十分だった。

 

 だからこそ、人々の受けた衝撃は大きかった。

 胸の前で何かを掴み取ったように握りこまれた右手。達也に生じた変化はただそれだけだった。彼の身体からは一滴の血も流れていないし、放たれた銃弾は壁にも床にも天井にも、何処にもその痕跡を残していない。

 目の前の光景が信じられず、引きつった顔をした男が二発目、三発目の銃弾を放つ。その都度コマ落としのように達也の右手が位置を変える。その手が速すぎて第三者には彼が何をしているのか見えていない。

 気が付いた時には、右手の位置が変わっており、その手は変わらず何かを掴み取っているかの如く握りこまれている。

 

「弾を、掴み取ったのか……?」

 

 誰かが呆然とつぶやいた。

 

「いったい、如何やって……?」

 

 誰かが呆然と、そう応えた。

 

「化け物め!」

 

 その男が銃を投げ捨てたのは、パニックによるものだ。魔法で銃弾を防ぎ止めるなら兎も角として、手で掴み取るという非常識に直面して、銃が役に立たないと錯覚した結果だ。

 それでも戦意を失わず、大型のコンバット・ナイフを抜き放ち達也に斬りかかって事が、この男が高いレベルで訓練された兵士である事を物語っている。

 しかしそれは、更なる驚愕を呼ぶ行為だった。

 

 襲い掛かってきた男に向けて逆に間合いを詰めた達也は、握りこんでいた手を開き手刀の形に変えて、ナイフを持つ腕に打ち込んだ。

 達也の手刀は、何の抵抗も受けずに男の腕を斬り落とした。

 

「ぎゃっ」

 

 男の口から悲鳴が迸りかけたが、悲鳴に変わる前に、達也の左拳が男の鳩尾にめり込んだ。

 右腕の断面から一際勢い良く鮮血が溢れ、達也の服を汚す。それが男に出来た唯一の反撃だった。

 予想外の、想像もつかない光景に、観客も侵入者も等しく固まった。

 

 達也がそんな隙を見逃すはずがない。

 

「幹比古!」

 

 達也の声とほぼ同時に、残り五人の侵入者たちの頭上に雷撃が落とされた。

 全員の意識が完全に奪われたことを確認して、達也は近くにいた共同警備隊のメンバーに目を向けた。

 

「ゲリラの処理は任せます。ただ、おそらく目的は魔法師の殺害か拉致でしょうから、早くこの場を離れた方がいいと思います」

「あ、ああ、分かった……」

 

 本当に分かっているのか怪しい返事だったが、時間も無いので念押しはしなかった。

 

 エリカたちに向き直ると、予め声を掛けていたおかげか、それなりに冷静さを保っている。

 それに加えて、誰も別行動するつもりはなさそうだ。

 

「まずは正面入り口の敵を片付けるか。二人は先走らないようにな」

 

 達也も今更突っ込んだりはせずに、簡潔に方針と注意点を告げてから会場出口に向かった。名指しはしなかったが、二人にも自覚はあるようで、肩を竦めてから達也の後に続いた。

 

 

 

 

 達也たちが扉の向こうへ消えた後、一際激しい爆発音が会場を揺るがした。無秩序な叫び声と怒鳴り声が混沌と絡み合い、悲鳴とも怒号ともつかぬ唸りとなって、さらに人々の神経を削る。

 このままでは負傷者が発生すると感じながらも、あずさは何をしたらいいのかわからず硬直していた。

 

「あーちゃん、あーちゃん……中条あずさ生徒会長!」

「は、はいっ!」

 

 あずさは自分の名を呼ぶ声に、慌てて立ち上がった。

 

「このままだと本物のパニックになるわ。怪我人も大勢出ることになる。だから貴女の力で、みんなを鎮めて!」

「えっ!?」

 

 真由美の言葉に、あずさの目が大きく見開かれた。

 彼女の魔法は人の情動に干渉し、パニックを鎮める事ができる。この状況には極めて有効だ。だが精神に干渉する魔法は厳しく使用が規制されており、未成年の判断で軽々しく使えるものではない。

 

「貴方の力はこういう時の為のものでしょう?私の力でも摩利の力でも鈴音の力でもない、あずさ、今は貴女の力が必要なのよ」

 

 しかしながら、真由美だって軽い気持ちで指図しているのではない。あずさにも、真由美が本気であることが分かった。

 

「大丈夫。責任は私が取るから。七草の名は伊達じゃないのよ」

 

 コミカルなウインクをした真由美に、あずさは力強く頷いた。

 首に掛けたチェーンを手繰り、小さなロケットを取り出し、チェーンを外して左手で握り込んだ。

 ただ一人の為の杖が、唯一つの為の魔法の為の呪文を紡ぎ出し、あずさだけが使える情動干渉魔法『梓弓』が発動した。

 

 ──澄んだ弦の音が、最前列から最後列まで、会場を通り抜けた。

 

 それだけで、人々のパニックが忘却に変わった。

 

「──私は第一高校前生徒会長、七草真由美です」

 

 考えることを止めていた観客たちの意識は、スピーカーで増幅された真由美の声に余すところなく吸い寄せられた。

 

「現在、この街は侵略を受けています。港に停泊中の所属不明艦から砲撃が行われ、市中に潜伏していたゲリラ兵が蜂起した模様です」

 

 俄には信じがたい話だった。だが、「七草」の名の重みが、これは事実なのだと認識させている。

 

「この会場は地下通路で駅のシェルターにつながっています。ですが地下シェルターは災害や空襲に備えたもので、陸上兵力には必ずしも万全とは言えません。陸上兵力に魔法師が投入されていることを想定すると、魔法に対してシェルターがどの程度持ちこたえるのか、楽観はできません。ですが最も危険なのは、この場に留まり続けることです」

 

 しん、と会場内が静まり返る。真由美は無駄に時間を浪費する愚を犯さなかった。

 

「各校の代表はすぐに生徒を集めて行動を開始してください! シェルターに避難するにしろ、ここから脱出するにしろ、一刻も無駄に出来ない状況です!」

 

 さっきとは異なる喧騒が会場に波及した。呼び合う声は、先程と異なり、一定の秩序を帯びていた。

 

「シェルターに避難されるのなら、すぐに地下通路へ。脱出をお考えなら、沿岸防衛隊が瑞穂埠頭に輸送船を向かわせているという報告を受けています」

 

 真由美は一礼し、マイクを切って、あずさに語り掛けた。

 

「あーちゃん。みんなのことは任せたわよ」

「えっ? 会長、じゃなくて、真由美さん?」

「分かってるじゃない。あーちゃん、今の一高生徒会長は貴女よ。大丈夫、貴女ならできるわ」

 

 慌てて問い返すあずさに、真由美は笑いながら頷いた。

 

「だって貴女は、この私が直々に鍛えあげたんだもの」

 

 真由美はパチッとウインクを添えて、身体を翻して鈴音たちがいる控え室へ駆けて行った。あずさはその後ろ姿を見送りながら、いつぞや達也に言われた言葉を思い出した。

 

『中条先輩はあの七草会長に鍛えられたのです。先輩以上に相応しい人など、この学校にはいませんよ』

 

(本当はすごく怖いし、自分に自信なんかない……でも、私がやらなくちゃ!)

 

 二人の言葉で自身を鼓舞し、震える足を叱咤して、あずさはこの場にいる生徒たちに向き直った。

 

 

 

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