ガーディアン解任   作:slo-pe

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横浜騒乱編12

 

 

 正面出入口前では、ライフルと魔法の撃ち合いの真っただ中だった。

 しかしながら、突破を許してしまっていることから分かる通り戦況は芳しくない。ゲリラ側が数に勝っていることに加え、対魔法師用ハイパワーライフルの武装もあり、協会の実戦魔法師が何人も倒れていた。

 

 先頭を走っていた達也は、出入口の扉の陰で足を止めた。

 

「止まれ」

 

 言葉と手振りで、後ろに続いていた二人もしっかりと止まった。残り四人も遅れながらも到着する。

 

「対魔法師用高速弾か……達也くんの言ってた通りね」

「どうするの?」

 

 エリカの冷静さも、雫の淡々とした質問も、いつも通り過ぎて少し驚くくらいだ。

 

「そうだな……」

 

 深雪がいればかなり楽に銃を黙らせることができるのだが、無いものねだりをしても仕方がない。ここまで来たら下手に力を制限するのも悪手だ。

 

「俺が銃を黙らせるから、エリカは合図をしたら出てくれ。幹比古とレオはここで周囲の警戒だ」

「いいわよ」

 

 エリカが嬉しそうに返事をし、幹比古とレオは静かに頷いた。レオは若干不貞腐れていたが、達也はそれを無視して右手にCADを構えた。

 

 達也が一回、引き金を引いた。

 それだけで、三十人いたゲリラの銃全てがバラバラになり、部品となって床に散らばった。

 

「行くぞ」

「りょーかい」

 

 後ろにいたレオたちは、急に銃がバラバラになったことに目を見開いていたが、エリカは欠片も動揺を見せずに扉の陰から飛び出した。

 達也が素手で人体を切り裂き、エリカの脇差が正確に頸動脈を斬り裂いていく。

 一瞬のうちに三十ものゲリラが血の海に沈み、二人は一旦仲間の所へ戻った。

 

「俺たちの出る幕が無かったぜ」

「レオ、気を抜いちゃ駄目だよ」

 

 並外れて肝が据わっているからか、レオは骸を目の前にしても飄々としていた。レオの楽観視を諫めた幹比古も、目の前の光景に怖気づいている様子はない。だが、全員がそんなメンタルを持っているわけではない。

 

「すまない。ほのかたちには少し刺激が強かったかな」

「いえ、大丈夫です」

「……私も大丈夫です」

 

 ほのかと美月は吐き気を堪えているようだが、二人とも達也の言葉に気丈に頷いて見せた。落ち着かせる時間を作りたいのは山々だが、状況がそれを許さない。

 

「それでこれからのことだが、まずは情報が欲しい。行き当たりばったりでは泥沼にはまりかねない」

「VIP会議室を使ったら? あそこは官僚クラスの政治家とかが使う会議室だから、大抵の情報にアクセスできるはず」

「そんな部屋があるのか……」

「うん。暗唱キーもアクセスコードも知ってるよ」

 

 雫が知っているということは、『北方潮』が使う部屋ということだ。現時点でこれ以上の手は無い。達也は雫に案内を頼み、この場から去ることを選択した。

 

 

 

 

 雫のアクセスコードを使ってVIP会議室のモニターに受信した警察のマップデータは、海に面する一帯が危険地域を示す真っ赤に染まっていた。

 

「何これ!」

「酷ぇな、こりゃ」

 

 エリカとレオが派手な反応を見せる。予想を超えて悪化している状況に、達也も顔を顰めた。だが、すぐに意識を切り替えてから、達也は友人たちへと向き直った。

 

「改めて言わなくても分かっているだろうが、状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら国防軍の到着より早く敵に捕捉されてしまうだろう。だからといって、簡単には脱出できそうにない。少なくとも陸路は無理だろうな。何より交通機関が動いていない」

「ってことは、海か?」

 

 レオの質問に、達也は首を横に振った。

 

「それも望みは薄いな。出動した船では全員を収容できないだろう」

「じゃあシェルターに避難する?」

「それが現実的だろうな……」

「じゃ、地下通路だね」

 

 エリカの言葉に、達也は首を横に振った。

 

「いや、地下はやめた方が良い。上を行こう」

「えっ、何で? ……っと、そうか」

 

 理由を説明する前に納得顔を見せたエリカ。「さすがだな」と感心していると、「このくらい当然よ」とばかりに得意げな笑みを返された。

 

「避難する前に少し時間をもらえないか?デモ機のデータを処分しておきたい」

「あっ、そうだね。それが敵の目的かもしれないし」

 

 幹比古のフォローに全員が頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 エレベーターホールからステージ裏へと回る通路で、腹に響くような重みのある声を掛けられた。

 

「司波、吉田」

「十文字先輩」

 

 振り向いた先から服部と桐原を従えた十文字克人が歩み寄ってきた。

 

「他の者も一緒か。お前たちは避難したのではなかったのか?」

「念の為、デモ機のデータが盗まれないように消去に向かうところです。彼女たちは……バラバラに行動するよりは良いかと思いまして」

 

 非公開の会議室で事実上のハッキングをしていたことを説明する訳にもいかず、そんな理由を述べた。

 

「他の生徒は既に地下通路へ向かったぞ」

 

(地下通路か……)

 

 服部のセリフは先ほど切り捨てた案そのものだったが、達也は一瞬のうちに問題ないと判断した。

 

「そうですか。俺たちもデータの消去が終わり次第すぐに避難しますので」

「それなら良い。服部、念のため警護を頼む」

「分かりました」

 

 克人は服部に頷きを返し、桐原を率いて達也たちと別れた。

 

「俺たちもステージ裏に急ぐぞ」

 

 服部はそう言うと、達也たちに背を向けて歩き出した。問いかけるような視線を背中に感じながら、達也は無言でその後に続いた。

 

 

 

 

 達也の想像通り、地下通路を避難する第一高校生徒・職員(プラス若干名の部外者)の集団は、武装ゲリラとの遭遇戦が始まっていた。

 主要施設からシェルターへ避難する通路は限られているため、待ち伏せに遭いやすいのだ。そして、対魔法師用に武装した集団と正面から戦うことを強いられてしまう。

 

 にも拘らず、達也が問題ないと判断したのは、地下通路を行く一高メンバーに過剰とも言える戦力がついていたからだ。

 

(───っ! 今の視線は……)

 

 その最大戦力である女子生徒は、魔法を編み上げる傍ら慣れ親しんだ『視線』を感じた。

 ふと、両隣に目をやると、水波と穂波も一瞬だけ身体が強張らせたが、すぐに余裕を含んだ表情に変わった。

 

(二人とも気づいたみたいね)

 

 達也のことを嫌う要因の一つでもあった、全てを見通すような視線。

 一高に入学してからも薄く感じてはいたが、これほどまで強く感じたのは久しぶりだった。

 

(でも、前とは少し違う。あの頃は嫌でしかなかったけれど、今は少し安心する)

 

 視られているという感覚は変わらない。ただ、感じ方が変わっていた。今までは「見張られている」と感じていたが、今となっては「見守られている」という感覚に近い。

 

(結局は私の問題だったってことね……本当に、兄さんになんて謝ればいいのかしら)

 

「深雪様?」

「どうかしましたか?」

 

 意識を逸らしていたことに気づいたらしい。左右から疑問が投げ掛けられた。

 

「何でもないのよ……それと、水波ちゃんは呼び方に気をつけてね、兄さんに怒られちゃうわよ?」

「ふふ。そうですね、深雪姉さま」

 

 深雪の返答で水波も大枠を把握したようで、戦いの最中とは思えないほど穏やかな笑みを返してきた。

 

「二人とも。楽しそうなのは良いですけど、まずは目の前に集中してくださいね」

 

 穂波の窘めるような口調に、深雪も水波も意識を通路に戻した。

 

 通路から出てきたゲリラたちが次々と引き金を引く。反響する轟音は紛れもなく銃声によるもので、その惨状は想像に容易い。だが、銃弾が彼女らに届くことはない。彼女らの目の前に張られた障壁に全ての銃弾が阻まれる。

 穂波も水波も「桜」シリーズの調整体魔法師だ。国内魔法師の中でもトップクラスの防御力を持つ対物・耐熱障壁に対して、携行可能な銃器程度で貫けるはずもないのだ。

 

 その後、すぐに銃声は聞こえなくなった。ゲリラが所持していたのは、アサルトマシンガンやサブマシンガンなどの主武装に加え、ハンドガンなど小型の銃器もあり、魔法師にとっても十分に脅威となりうるものだったが、それらは二度と銃弾を放つことはなかった。

 

凍火(フリーズ・フレイム)

一定以上の熱量の増加を妨げる魔法。

 

 火薬の燃焼を伴う銃器は、深雪によってすぐさま無力化された。多くのゲリラは銃器が使えずに動揺したが、一部にはコンバットナイフ等で攻撃を仕掛けてくる者もいた。

 

 だが、その攻撃でさえも、深雪たちに届くことはない。

 

広域冷却魔法『ニブルヘイム』

 

 白い霧がゲリラたちに押し寄せ、攻撃意思の有無に関係なく全てが氷像と化していく。

 

 たった三人の魔法師によって、地下通路の戦闘は終息を迎えようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 デモ機が放置されたステージ裏へ戻ってくると、鈴音と五十里と小春の三人がデモ機をいじっており、真由美、摩利、花音、桐原、紗耶香が彼らを見守っていた。

 

「……デモ機の処分ですか?」

「その通りです」

 

 念のためという問いかけに鈴音は即座に肯定を返したので、達也はツッコむのを諦めた。

 

「ここは僕たちがやっておくから、司波君は控え室に残っている機器を頼めるかな?」

「可能なら、他校が残した機材も壊してちょうだい」

「こっちが終わったらあたしたちも控え室に行く。そこで今後の方針を決めよう」

 

 それに加えて、五十里、花音、摩利に立て続けに指示を受け、達也は踵を返して控え室に向かった。

 

 データの消去を終えてから、控え室では今後の対応が話し合われていた。

 

「避難船の方は人数に対して、収容力が十分とは言えないらしい。シェルターに避難するしかないとおもうんだが、皆はどう思う?」

 

 摩利の意見は三年生の総意であり、

 

「……あたしも摩利さんの意見に賛成です」

 

 花音たち二年生も、他に選択肢はないと考えている。

 

 一年生の目は達也に向けられている。

 摩利の視線を受けた彼の目は……全く別の方向を見ていた。

 

「達也くん……?」

 

 初めに違和感に気づいたエリカが呟きを漏らしたが、達也は抜く手も見せず右手で銀色のCADを構えた。

 

「「達也くん!?」」

 

 エリカと真由美の驚く声に答えず、達也は壁に向かって引き金を引いた。

 

 気づいたのは偶然に近い。八雲に鍛えられた直感が彼にそれを教えたのかもしれない。『精霊の眼』に頼りすぎるな、という教えが今、活きたということだろうか。

 強烈な危機感に曝されて『視野』を壁の向こうへ拡張した達也は、突っ込んで来る大運動量の物体の情報を読み取った。

 高さ四メートル、幅三メートル、総重量三十トン。道路規格の向上によりいっそうの大型化が許され装甲板の重量を加えた大型トラックに対し、達也は『分解』を発動した。

 

 一瞬で、塵になって消えるトラック。

 

「今のは、あのときの……?」

 

 懸念通り、『マルチスコープ』で今の状況を視ていたらしい。恐る恐る訊いてきた真由美に、達也は舌打ちしたい気分だった。

 だが、それを追求する間もなく、真由美は新たに見えたビジョンに顔を蒼褪めさせた。こちらに向かって飛来する小型ミサイルの群れ。どうやら、侵攻勢力から危険兵力と認識されてしまったようだ。

 

 今回は達也が手を出す必要は無かった。彼らがいる部屋に面した外壁に、幾重にも重なった魔法の防壁が形成された。ミサイルはその壁に着弾する前に、横合いから撃ち込まれたソニック・ブームによりことごとく空中で爆発した。

 

「お待たせ」

 

 急に外から掛けられた声に、達也と真由美は、それぞれの視点を肉眼に戻した。タイミングを見計らっていたように控え室に入ってきた一人の女性。

 

「えっ? えっ? もしかして、響子さん?」

「お久しぶりね、真由美さん」

 

 唐突に姿を見せた藤林は、旧知の真由美に向かって笑顔で挨拶した。

 

 藤林は一人ではなかった。彼女の後ろから、同じく国防陸軍の軍服に身を固め少佐の階級章をつけた壮年の男性が入ってくる。その男は、困惑して立ちすくむ達也の前に、手を後ろに組んで立った。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

 その隣に立って、藤林が達也へそう言葉を掛ける。達也の表情から困惑が消え、姿勢を正して、目の前の男に敬礼で応じた。

 ちょうど部屋に入ってきた克人も含め、その場にいた全員が驚きを隠せず見詰めている。敬礼に敬礼で応えた軍人は、克人の姿に目を止めてそちらへ足を向けた。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

 風間の自己紹介に対して、克人も魔法師の世界における公的な肩書きで名乗った。風間は小さく一礼して、克人と達也が視界に入るよう身体の向きを変えた。

 

「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」

「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

「ご苦労。さて、特尉」

 

 藤林を軽く労った後、「特尉」という呼称と共に顔を達也に向けた。

 

「現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛へ加わるよう、先程命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」

 

 真由美と摩利が揃って口を開きかけたが、風間は視線一つで彼女たちの口を封じた。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

 

 厳めしい単語、重々しい口調よりも、その視線の力で真由美も摩利も抵抗を断念した。

 

「特尉、君が考案したムーバル・スーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」

 

 真田の声に頷き、達也は友人たちへ振り向いた。

 

「すまない。聞いての通りだ。皆は先輩たちと一緒にシェルターへ避難してくれ」

「特尉、皆さんには私と私の隊もお供します」

 

 軽く頭を下げた達也に、藤林が口を添えた。

 少人数とはいえこの状況で仲間たちの為に精鋭を割いてくれるという彼女の、そして少佐の精一杯の厚意に、達也は素直に感謝した。

 

「少尉、よろしくお願いします」

「了解です。特尉も頑張ってくださいね」

 

 藤林に一礼し、風間の後に続こうとしたところ、

 

「達也くん」

 

 隣から強い声が掛けられた。声の主に視線を向けると、エリカが一歩こちらに近づいてきた。

 

「──帰ってこなかったら許さないから」

 

 エリカが口にしたのはその一言だけだった。

 おそらく突然のことで混乱もしているし、言いたいことも山ほどあるだろう。ただ、それを口にしないのが、エリカがエリカたる所以だった。

 

「必ず帰ってくるよ」

「ん、わかった」

 

 エリカはゆっくりと頷きを返し、手を振ってきた。

 

「いってらっしゃい」

「征ってくる」

 

 

 

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