週が明けて、新入生勧誘期間が始まった。
終業のチャイムと同時に、エリカが達也たちの席にやってくる。
「ねえねえ、美月たちは部活とか決めてるの?」
「私は美術部に入る予定です」
「俺は山岳部に行くぜ」
友人の似合いすぎる選択に、達也は軽く笑みを浮かべた。エリカも同じことを思ったようだが、幸いなことに今回は喧嘩にならなかった。というのも、エリカは二人の返事にどこかつまらなそうな表情を浮かべていたからだ。
「達也くんは?」
「いや、決めていない」
放課後は図書館に籠って魔法科高校でのみ閲覧出来る文献を読むつもりだ。そのため元々クラブ活動をするつもりは無い。
だが、達也の返事にエリカは顔をほころばせた。
「それじゃあさ、一緒にクラブ見に行かない?」
「俺は放課後図書館に……いいよ、付き合うよ」
達也のセリフにエリカの目の輝きが急降下した。実に分かりやすいエリカの表情に、達也は苦笑して頷いた。
「本当!?」
「あ、あぁ……」
「よし! それじゃあ行くわよ、美月もレオもまた明日ね~」
エリカは達也の手を掴んで、スキップでもしそうな勢いのまま教室から出ていった。達也も苦笑いを浮かべながらエリカに続くのだった。
だが、達也はすぐにエリカと一緒に回ることを後悔した。エリカのその容姿と、一高の新歓期間を甘く見ていた。
「ちょっと離してよ!」
目の前ではエリカが大勢の人に囲まれていた。エリカは二科生であるが、とても目立つ美少女だ。そのため、非魔法系クラブによる取り合いが発生した。
「噂には聞いていたが、ここまでなのか……」
幸い達也は囲まれるような容姿をしていないので高見の見物をしていたのだが、どうやら本格的に助けた方がよさそうだ。
「ちょっ、どこ触ってんの!」
「そろそろマズイか」
達也は軽く地面を蹴りつけた。CADを使ってはいないにも拘らず、人垣周辺の地面が揺れ、生徒たちの平衡感覚が損なわれた。その隙に人垣の中を進みエリカの左手を取る。
「走れ」
エリカはなんだかよく分かっていなさそうだったが、達也に引っ張られるまま走り出した。
校舎の陰まで逃げた達也とエリカ。此処まで来れば大丈夫だろうと思い、繋いでいた手を離しエリカの方に向き直った。
「エリカ、だいじょう……」
振り返ってから初めてエリカの惨状に気づいた。制服が乱れてネクタイが抜き取られており、胸元ははだけていた。
「見るな!」
エリカの声とほぼ同時に達也は回れ右をして視線を逸らした。
「……見た?」
「………」
見ていないと答えるべきなのだが、しっかりと見てしまったため返答に困る。
「見・た?」
衣擦れの音が聞こえなくなったので、達也はゆっくりとエリカの方に向き直った。
「見えた、すまない」
「……ばかっ!」
舌足らずな罵倒と共に、達也の脛を目掛けてエリカの右足が飛んできた。だが、エリカは脛を蹴り上げてすぐに、クルリと背中を向けてしまった。
(足大丈夫か? とも言わない方が良いんだろうな)
おそらく涙目になっているであろうエリカは、不自然な足取りのままスタスタと歩き始めたのだった。
◇◇◇
エリカは達也を連れて、第二体育館、通称「闘技場」に来ていた。そこで剣道部の演武を見ている間に、エリカの機嫌も直ったようで達也はホッと息を吐く。
「ふーん、魔法科高校なのに剣道部があるんだ」
「どこの学校にも剣道部くらいあるだろ」
何気無い返事に、エリカは驚いたような顔で達也を見た。見られた達也は、何故そんな顔で見られるのか分からなかった。
「魔法科高校じゃ剣術をやる生徒の方が多いから、剣道部は珍しいのよ」
「そうなのか、剣道も剣術も同じだと思ってたよ」
「本当に意外……達也くんは武器術の腕も相当だと思うのに……あっ、そっか!」
急に大声を出したことで注目を浴びるが、エリカはそれに気づいていない。
「達也くんって武器術に魔法を併用するのは当たり前だと思ってるでしょ。魔法以外にも、闘気とかプラーナとかで体術を補完するのが当たり前だと思ってるんじゃない?」
「当たり前じゃないのか? 身体を動かしているのは筋肉だけじゃないんだぞ?」
「達也くんには当たり前でも、他の人にはそうじゃないのよ」
どうやら自分の常識は世間とはズレていたようだと達也は思い知った。
「なるほど……ところで、そろそろ大人しく見学することにしないか?」
「ん? ……あ、ごめんなさい」
周りからの視線に気が付いたエリカは、大人しくフロアに視線を落とした。
その視線の先で、一人の女子生徒が綺麗に一本を決めた。鮮やかに決まったかに見えたのだが、エリカは不満そうだ。
「お気に召さなかったようだな」
「……だってつまんないじゃない。見栄えを意識しただけの立ち回りなんて」
「宣伝のためなんだから仕方ないんじゃないか?」
「そうなんだけど、見てて面白くないのよ」
「まあ、それもそうだな」
エリカが若干に拗ねてしまったのでどうしようかと悩んでいたが、そこへ男女の争う声が聞こえて来た。
「おっ、面白そうね。達也くん、行ってみよう」
返事も待たずに駆け出すエリカ、達也もやれやれといった感じで続いた。
騒ぎが見える場所まで移動した二人は、対峙する男女の剣士に目を向けた。女の方は、先ほどまで演武をしていた女子生徒。胴は着けているが、面は外していた。セミロングストレートの黒髪が印象的な美少女だ。新人勧誘にはうってつけだろう。
「ふ~ん、達也くん、ああいうのが好み?」
「いや、エリカの方が可愛い」
「……棒読みで言われても少しも嬉しく無いんですけど」
斜に睨み付けながらも、上目遣いの目元はほんのり紅に染まっている。
「慣れてないんでな」
「……もう!」
だが、そんな様子も女子生徒から聞こえてきた怒声によってかき消された。
「桐原君! 剣術部の時間までまだ一時間以上あるわよ。どうして待てないの!」
「心外だな、壬生。俺はただ、剣道部随一の実力がこんな演武じゃ披露できないと思って協力してやろうって言ってんだぜ?」
「無理矢理勝負を吹っ掛けただけじゃない!」
今は口論をしている状態だが、壬生と桐原は互いに剣先を向け合い臨戦態勢だった。
「これはなかなかの好カードね」
「知っているのか?」
「女子の方は壬生紗耶香、一昨年の中等部剣道大会女子部の全国二位。男子の方は桐原武明、一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ……おっと、始まるみたいよ」
エリカの言う通り、張り詰めた糸が限界に近づいている。
「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」
「剣技だけであたしに敵うと思っているの? 魔法に頼り切りの剣術部の桐原君が、剣技のみを磨いてきた、このあたしに」
「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」
それが、開始の合図となった。
いきなり、むき出しの頭部目掛けて、竹刀を振り下ろす桐原。竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされる。
「驚いた……女子の剣道はここまでレベルが高かったんだな」
「違う……あたしが見た壬生紗耶香とは、まるで別人。たった二年でここまで腕を上げるなんて……」
単純に感嘆する達也と、何処か好戦的な気配を放つエリカ。
「どっちが勝つかな?」
「壬生先輩が有利だろう。桐原先輩は面を打つのを避けている。手を制限して勝てるほど、二人の実力に差はない」
「あたしも同感」
二人が立ち会いをそう評していると、
「おおぉぉぉぉぉ!」
桐原が雄叫びを上げて突進する。両者が真っ向から竹刀を打ち下ろした。
「相討ち?」
「いや、互角じゃない」
桐原の竹刀は紗耶香の左上腕を捉え、紗耶香の竹刀は桐原の右肩に食い込んでいる。
「途中で狙いを変えようとした分、打ち負けたな」
「だから剣勢が鈍ったのね。完全に相討ちのタイミングだったのに……結局非情になれなかったか」
納得しているエリカの視線の先では、剣道部が安堵の表情を浮かべ、剣術部の部員たちは苦虫を噛み潰している。
「真剣なら致命傷よ。あたしのは骨に届いていない。素直に負けを認めなさい」
凛とした表情でそう宣言した紗耶香。だが、桐原は顔を歪めて虚ろな笑い声を上げた。
「は、ははは……」
「まずいな」
達也の中で危機感の水位が急上昇する。対面する紗耶香もそれを感じ取ったようだ。
「真剣なら? 壬生、お前は真剣勝負が望みか?だったら……望みどおり真剣で相手をしてやるよ!」
言い切ると同時に、桐原は左手首のCADを操作した。直後、ガラスを引っ掻いたような不快な音が響いた。桐原は紗耶香との間合いを詰め、竹刀を横薙ぎに振り抜いた。
紗耶香は直感で攻撃を受けずに、後方へ跳び退いた。当たってはいない。少し掠めただけだ。だが、紗耶香の胴には縦に一本の亀裂が入っていた。
(あの魔法は『高周波ブレード』、同じ学校の生徒に向ける魔法なんかじゃないぞ!)
「どうだ壬生、これが真剣だ!」
再び振り下ろされる片手剣。
「危なっ……」
エリカが言葉を漏らすが、そのとき既に達也は二人の間に割り込んでいた。一瞬で桐原の懐に入って間合いを潰し、竹刀を持った右腕と右襟を掴んでそのまま地面に叩きつけた。『高周波ブレード』の所為で床に亀裂が入っているが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「すみません、壬生先輩。風紀委員に連絡を取ってもらえますか?」
「え?」
「俺はただ見ていただけですし、自治会側に報告しなければならないので」
「あ、ええ、わかったわ」
達也の説明に紗耶香は納得したようで、端末で連絡を取り始めた。だが、これで一件落着というわけにはいかないようだ。
「おい! 風紀委員って、どういうことだ!」
「『高周波ブレード』なんて危険な魔法を使ったんですから、風紀委員を呼ぶのは当たり前です」
「何で桐原だけなんだよ! 剣道部の壬生だって同罪だろ!」
「それは俺が決めることではありません。細かい対処は風紀委員に任せます」
実際に達也は風紀委員でも何でもないので、これ以上何もすることはない。だが、達也も入学してから一科生に絡まれてイライラしているのだ。その所為もあって多少礼儀に欠けている部分があるのは否めない。
「ふざけんなっ! ウィードの分際で!」
一部の生徒は喧嘩を売られたと思ったのだろう、最前列にいた剣術部の男子が殴り掛かって来た。だが、達也は滑るように後退して攻撃を躱した。すぐにまた殴り掛かって来るが、再度同じように躱される。
「このっ……逃げるんじゃねぇ!」
大人しく殴られるわけがないだろうと思ったが、もちろん口に出すことはしなかった。達也がそんなことを考えている間も攻撃は止まらない。
その光景が更に剣術部員の怒りを助長させる結果となり、二人、三人と剣術部員が次々と襲い掛かって来る。
「止めなきゃ……」
「待て、壬生」
「あっ、司主将」
「今はここを離れた方がいい」
「で、ですが……」
「いいから来い」
躊躇う紗耶香を剣道部主将の司甲が、強制的に腕を引っ張っていった。司の瞳には興味深げな色があった。
◆
「凄い……」
エリカが感嘆を漏らす。彼女の視線の先では、達也が十人以上の相手に対し、全てをいなし、躱して、あしらい続けていた。だが、剣術部員も我慢ならないようで、あろうことか魔法を行使しようとした。
「この野郎!」
「馬鹿にしやがって!」
彼らの魔法が発動する直前、達也が二人に一撃ずつ打ち込み、意識を刈り取った。
(短絡的すぎるな……)
「まだやりますか?」
達也は今完全に素手の状態だ。相手が魔法を使うのであればさすがに反撃せざるを得ない。達也のセリフはそれを念頭に置いたものだったのだが、剣術部員たちは止まるわけがなかった。
「うるせぇ!」
再度、全員で襲い掛かって来る部員たち。
(やむを得ないか……)
達也はため息を吐いて、向かって来る剣術部員たちを迎撃することに決めた。だがその瞬間、聞き覚えのある声が耳に入った。
「そこまでだ! これ以上の騒ぎは起こすんじゃない!」
怒鳴り声の主は摩利だった。紗耶香が呼んだ風紀委員がようやく到着したのだろう。
さすがに剣術部員たちも摩利を前にして騒ぎを起こすつもりはないようで、顔を青くしながら硬直している。
「ん? 達也くんじゃないか、この騒ぎはなんだ」
どさくさに紛れて退散しようとしていた達也だったが、摩利に気づかれてしまった。また面倒なことになりそうだと思いながらも、達也は知っている限りの状況を説明するのだった。