ガーディアン解任   作:slo-pe

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横浜騒乱編13

 

 

 藤林の部下に先導されて、地下シェルターが設置されている駅前広場にたどり着いた真由美たち一行は、その場の惨状に言葉を失った。

 

「凍っている……」

「直立戦車……一体何処から……?」

 

 五十里と花音がそれぞれ別の視点から呟きを漏らした。

 

 彼らが目にしているのは二つ。

 一つは、大きくひび割れている広場。

 もう一つが、白く凍りついた巨大な金属塊。

 

 シェルターの真上と見られる広場は大きくひび割れており、通常なら陥没しているはずだった。

 だが、広場の地面は薄く、それでいて強固な氷で覆われており、その氷が崩落寸前の瓦礫をつなぎ止めていた

 

 巨大な金属塊は、複合装甲板で全身を覆った人型の移動砲塔。太く短い二本の脚に無限軌道のローラースケートを履かせているようなフォルムの下部構造と、一人乗りの小型自走車に様々な種類の火器がセットされた長い両腕と首の無い頭部をつけた上部構造。

 全高約三メートル半、肩高約三メートル、横幅約二メートル半、長さ約二メートル半の機体は、市街地において効率的に歩兵を掃討することを目的に元は東欧で開発された兵器だ。

 それが二機。広場を破壊していた元凶は、今や完全に凍りついていた。

 

「深雪さん、なの……?」

 

 真由美の知る限り、これほどまで大規模で強度のある魔法を行使できるのは深雪だけ。そして彼女の得意魔法は冷却魔法。この状況から推測するにそうとしか考えられなかった。

 おそらくはシェルターへ攻撃を加えていたことで、深雪が地下から魔法を放ったのだろう。その圧倒的な魔法力と技量に真由美は戦慄した。

 

「これじゃあシェルターが無事なのかわからんな……」

「そうだわ、皆は無事なのっ?」

 

 真由美と摩利が険しい表情をする隣で、幹比古が呪符を取り出し、『視覚同調』で地下の状況を探った。

 

「地下道にいる人たちは無事な様です。中条会長と司波さんが指揮を取っているようで、今は落ち着いています」

「良かった……」

 

 真由美は幹比古の言葉に一安心したが、反対に幹比古の表情は冴えない。

 

「ただ、地上からシェルターへの通路が完全に埋まっています。おそらく退かすことは難しいかと」

「シェルターに入れないとなると……藤林少尉、これからどうしますか?」

 

 摩利は藤林に今後の対応を訊ねた。

 

「こんな所まで被害が及んでいますし、事態は思ったより急展開しているようですね。私としては野毛山の陣内に避難することをお勧めしますが」

「しかしそれでは、敵軍の攻撃目標になるのではありませんか?」

「摩利、今攻めてきている相手は戦闘員と非戦闘員の区別なんてつけていないわ。軍と別行動したって危険は少しも減らない。むしろ危ないと思う」

 

 摩利が唱えた原則論は、真由美にやんわり否定された。

 

「では七草先輩は、野毛山に向かうべきだと?」

 

 当然とも言える五十里の問い掛けに、真由美は首を横に振った。

 

「私は逃げ遅れた市民の為に、輸送ヘリを呼ぶつもりです」

「私も会社のヘリを遣すよう、父に連絡します」

 

 真由美に続いて雫がそう申し出た。駅周辺ではシェルターを潰されて途方に暮れた市民の姿が、その数を徐々に増やしつつある。

 

「分かりました。それでは部下を置いていきます」

「いえ、それには及びませんよ」

 

 踵を返そうとした藤林の背後から、そう声が掛かった。

 

「警部さん」「和兄貴!?」

 

 同じ人物への異なる呼称。千葉寿和警部はエリカを一瞥して藤林に身体を向けた。

 

「軍の仕事は外敵を排除することであり、市民の保護は警察の仕事です。我々がここに残ります。藤林さん……っと、藤林少尉は本隊と合流してください」

「了解しました。千葉警部、後はよろしくお願いします」

 

 タイミングの良すぎる登場については何も触れず、藤林はピシッと敬礼して颯爽と去って行った。

 

「う~ん……いい女だねぇ」

「あ、無理無理。和兄貴の手に負えるひとじゃないって」

 

 しみじみと呟いた独り言に、妹から容赦の無いツッコミを受けて、寿和は「ぎゃふん」という顔で絶句してしまった。

 

「……で? 何で和兄貴がここにいるわけ?」

 

 だが、そんな様子を気遣うほど、エリカはこの兄に好意的ではない。

 

「何でとは心外な。心優しい兄が、愛する妹の手助けをしたいと思って、何の不思議もないだろう?」

「心優しい!? どの面下げてそんな空々しいセリフを」

「こらこらエリカ。女の子が『どのツラ』なんて下品な言葉を使っちゃいけないよ」

「アンタが! 今更! このあたしに! お嬢様らしく振舞えなんて言えた義理!?」

「やれやれ、哀しいなぁ……俺はこんなに妹の事を愛しているのに」

 

 さすがに白々しさが極まったのか、激していたエリカの感情がスッと冷却された。一転して冷ややかな眼を向けてくる妹に、寿和はつまらなそうにため息を吐いた。

 

「手助けに来た、というのは本当だ」

 

 シラけた顔と投げやりな口調でそう告げて、その言葉を鼻で笑った妹に寿和は意地の悪い笑みを向けた。

 

「そんな態度で良いのか、エリカ」

「っ、何よ」

 

 エリカが少し怯んだ表情を見せた。相手が絶対的な強者であった子供の頃──今よりもずっと小さかった子供の頃の苦手意識はそう簡単に拭い去れるものではない。

 

「俺はお前に良い物を持ってきてやったんだぞ?」

「良い物? いらないわよ、別に」

「そう言うな。今日のお前には必要なものだ」

 

 寿和はもたれ掛かっていたワゴン車から緩やかなカーブを描く長大な得物を取り出した。そのシルエットを見て、エリカが眉を顰めた。

 

「大蛇丸? なんでここに?」

「愚問だぞ、エリカ。大蛇丸は『山津波』を生み出す為の刀で、『山津波』を使えるのはお前だけだ。親父にも修次にも『山津波』は使えない。型をなぞる事は出来ても『使える』と言えるのはお前一人。故に大蛇丸は、お前の為の刀だ」

 

 差し出された大太刀を受け取ったエリカは、無言のままじっとそのシルエットを見つめている。

 

「……嬉しくないのか?」

「何が?」

「いや、何がってお前な……」

 

 大蛇丸は千葉家が作り出した最強の武具の一つであり、雷丸と共に刀剣型武装デバイスの最高傑作と千葉家が自負する秘密兵器だ。例えほんの一時の事であったとしても、この刀を自由に振るう事が許されるというのは一族の誉れである。

 そして、エリカにとっては自身の先天的な『速さ』を最大限に生かすことのできる愛刀。

 だが、エリカが大蛇丸を見る目は完全に道具を見る目だった。

 

「まあ、あんたの言いたいこともわかるし、ちょっと前のあたしなら嬉しかったでしょうね。だけど、今は大蛇丸を使えることより、大蛇丸を使って何ができるかの方が大事。今のあたしの切り札がここにあって、今の状況に必要だから使う。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 エリカの毅然とした態度に、寿和は意外感を拭えなかった。今まで噛みつかれることはあっても、こうも正面から言葉を交わすことは無かった。

 一方のエリカは言いたいことを言い終え、寿和から視線を外した。

 

「……まあでも、助かったのは確かだし、一応礼は言っとくわ」

「だから女の子がそんな下品な……」

 

 寿和のセリフを最後まで聞かずに、スタスタと遠ざかっていくエリカ。

 呆気にとられていた寿和は、最後に見せた妹らしい態度に、嬉しさと寂しさが混じったような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 侵攻部隊の総指揮官を兼ねている擬装揚陸艦の艦長は、通信士官の報告に苦い表情を浮かべていた。

 元々の戦力が立案時よりも少ないうえに、平服工作員の損耗が予想よりも激しく、人質の確保もできていない。陽動を工作部隊に任せるという作戦は、残念ながら変更しなければならないと艦長は判断した。

 

「機動部隊を上陸させろ」

 

 彼は自国製の直立戦車と装甲車の出動を命じた。

 

 

 

 

 独立魔装大隊は独立した作戦単位として「大隊」と位置づけられているが、人数面では二個中隊の規模しかない。

 今回、元々は本来の任務──魔法技術を利用した兵器の運用テスト──の為に出動していた人数は、その内の五十二人。大型装甲トレーラー二台にその人数分の新装備が搭載されていた。

 

「どうかな、特尉」

「さすがです。脱帽しました」

「いや、僕もいい仕事をさせてもらったよ。飛行ユニットはベルトに仕込んであるからね」

「真田、そろそろ気は済んだか」

 

 達也の感想に真田が満足げにしている所で、風間がやってきた。

 

「早速だが、大黒特尉は柳の部隊と合流してくれ。柳の隊は瑞穂埠頭に通じる橋の手前で敵の足止めをしている」

「柳大尉の現在位置はバイザーに表示可能だよ」

「了解しました」

 

 マスクをつけ直し、柳の位置を確認して達也はトレーラーの外へ向かった。軽く地面を蹴って、達也は空へと駆け上がった。

 

 

 

 

 達也は戦闘訓練の中で動体視力も十分鍛えていたが、空を飛ぶという人間に本来不可能な行動下で自分の身体機能を過信していなかった。肉眼と共に、『精霊の眼』をレーダーとして併用することで飛行中の障碍物に意識を配っていた。

 彼がそれに気づいたのは、そのおかげだった。全長一メートル程度の小さな飛翔体。全体を黒く塗ったエンテ型の機体は低空の無人偵察機に間違いなかった。

 それが柳の隊が交戦中のエリアの上空を周回している。達也は偵察機の魔法察知を避けるため、一旦上昇して無人機の遥か上空に移動してから、『分解』を放ち偵察機を塵に変えた。

 

 突如、無人偵察機からの映像が途絶えたことにより、侵攻軍司令部はパニックに近い混乱に見舞われていた。状況を認識する貴重な「目」を一つ失ったという事実は、彼らに少なからぬプレッシャーを与えた。

 

 

 

 

 達也は柳の隊に合流して装甲車の残骸をあさっていたのだが、中から出てきたのは一辺三十センチ程度の立方体の箱。

 

「これですか?」

 

 箱をカメラに向けて訊ねると、

 

『そう、それだ……間違いないようだね。それがソーサリー・ブースターだ』

「ただの箱に見えますが」

『接続も操作も、呪術的な回路で行われるから機械的な端子は存在しないんだ』

「装甲車の対物防御魔法はブースターで増幅されていたということか?」

『そのとおり。推測でしかないけど、間違いないだろうね』

 

 柳の推測に真田は同意を示した。

 

「敵は大亜連合ということですが、対処はどうしますか」

 

 達也の質問に、真田を押し退けて風間がフレーム・インした。

 

『それは後回しだ。駅前の広場で民間人が避難民の脱出用のヘリを手配している。現在地の監視を鶴見の先行部隊に引き継いだ後、駅へ向かい脱出を援護せよ』

「了解しました」

 

 柳の隣で同じ様に敬礼をしながら、勇気ある民間人がいたものだ、と達也は感心した。

 

『なお、ヘリを呼んだ民間人の氏名は七草真由美、及び北山雫だ。両人から要請があった場合は助力を惜しまないように全員に徹底してくれ』

 

 聞き覚えがタップリある名前が耳から入ってきて、達也は思わず咳き込みそうになった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ヘリを待つ間は周囲を警戒する必要があったので、エリカたちは鈴音の予想した侵攻経路に従って二手に分かれることになっている。その分岐点に到達した時、桐原が口を開いた。

 

「壬生……お前はやっぱり後ろに下がっていてくれないか」

「桐原君。あたしだって剣士よ。あたしにも真剣勝負に臨む心構えくらいある」

「止せよ!」

 

 紗耶香の「何故今更」という答えを聞いて、桐原がいきなり激発した。

 

「壬生、お前が真剣勝負なんて軽々しく口にしないでくれ!」

「……桐原君?」

「桐原先輩……なに怒ってるの?」

 

 紗耶香とエリカから不思議そうに訊ねられ、桐原は己を省みる余裕を取り戻した。

 

「俺は、壬生の剣を血で汚したくないんだよ……確かに剣は人と斬る為の道具だ。それを使う者がいつか人の血に塗れる事を覚悟するのは間違ってねぇよ。けどよ、剣道が真剣を扱う必要は無いんじゃねぇか? 人斬りの技術からスポーツが生まれても良いんじゃねぇか?」

 

 桐原の熱気に押されて、紗耶香も、エリカでさえも、彼のセリフを無言で聞いていた。

 

「中学の時、壬生の剣をすっげぇ良いなって思ったんだよ。人を斬る禍々しさの無い、ただ己を高める為に洗練された剣技……俺には真似できない、綺麗な剣。俺はあん時、コイツの剣はこのまま綺麗であってほしいって思ったんだ。だから……ああクソッ、うまく言えねえな!」

「分かるよ、先輩」

 

 自分の思いを上手く言葉にできず頭を抱えた桐原に、エリカがいつもとは違う、穏やかな声を掛けた。

 

「新歓演武で見たさーやの剣は『正しい』方向に進歩していたけど、桐原先輩はそう感じなかったんだね。『剣のあり方』としては正しいけど、『剣道としては』間違っている……あたしは先輩以上に人を斬る剣しか知らないから、そんな風には思えなかったけど」

「エリちゃん……」

「でもね桐原先輩。決めるのはさーやだよ」

 

 エリカに見つめられ、何故か桐原は声が出せなかった。

 

「確かに実戦は一緒に稽古するのと訳が違う。桐原先輩がさーやの手を、剣を、血で汚したくないと願うのもきっと間違ってない」

 

 エリカの言葉は、セリフの上では桐原を諭している。

 

「だけどね………桐原先輩がさーやのことを想うのと同じくらい、さーやも桐原先輩のことを想ってるの」

 

 だが、桐原と紗耶香には、エリカが自分自身に言い聞かせているように感じた。そして、桐原を通して誰か別の人間に気持ちを伝えているように聞こえた。

 

「好きな人だけに危ない思いをさせたくない、好きな人と一緒に戦いたいって思うのも、同じくらい間違いじゃないんだよ」

「エリちゃん……」

「千葉、お前……」

 

『好きな人』というフレーズに紗耶香も桐原も言葉を漏らす。それが誰を指すのか分からないほど、二人は鈍くない。

 そんな二人の様子にエリカも小さく笑みを浮かべた。

 

「あたしもね、『剣がきれい』って言われたの」

 

 桐原だけでなく、同性の紗耶香でさえも、思わず見惚れるほどの笑みだった。

 

「人を斬るための、実際に人を斬ったことのあるあたしの剣を、きれいって言ってくれた。あたしが磨いてきた剣を、きれいって言ってくれたの」

 

 言葉には紛れもない親愛が滲んでいて、瞳には溢れんばかりの愛情が込められている。

 

「あたしの剣を認めてくれた。たった一言だったけど、それだけで泣きそうになった。本当に身体が震えたの」

 

 誰がどう見ても、恋する乙女そのものだった。

 

「あたしはあの時、達也くんに心底惚れたの」

 

 そう言い切ったエリカの表情が変わり、瞳に強い意志が宿った。

 

「あたしは……あたしの好きな人は、ほとんど何も言わずに危険な場所に行っちゃったし、もちろん一緒には戦えない。そもそも一緒に戦えるだけの力が、今のあたしには無い」

 

 エリカの力強い眼差しが、桐原を射抜く。

 

「だけど……ううん、だからこそあたしは戦うの。達也くんが戦ってるのに、あたしだけ安全な所になんていられない。隣にいられなくても、背中を守れなくても、逃げることだけはしたくない」

 

 その眼差しに込められた意志に呼応して、桐原と紗耶香の二人も表情を変えた。

 

「あたしはあたし自身の剣で、今できる精一杯をする。自己満足かもしれないけど、そうじゃないと達也くんに顔向けできないもの」

 

 エリカの表情がふっと和らぎ、優しげな声に変わった。

 

「だからね桐原先輩。結論はどうであれ、もう一度だけ、さーやの話を聞いてあげて」

 

 エリカの心からの願いに桐原は力強く頷いた。

 

「…………あはっ、あたし、ナニらしくないこと言ってんだろ。ごめん、忘れて二人とも」

 

 照れくささに耐えられなくなったエリカだったが、二人ともそれを茶化したりはしない。

 

「忘れないよ、エリちゃん」

「ああ、俺もだ」

 

 むしろ強い口調で断言されて、エリカの羞恥心が限界に達した。

 

「あ、えっと、うん。お邪魔虫は退散するね。どうするかは二人で話し合って決めて」

 

 エリカは口早にそう告げて、そそくさと歩み去った。紗耶香と桐原は、一度笑みを交わしあってから、落ち着きを取り戻した顔で話し合うのだった。

 

 

 

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