北山家のハウスキーパーである黒沢という女性が操縦するヘリが、雫たちのいる駅前に姿を見せる。着陸しようと高度を落としている最中、それは起こった。
突如として飛来した黒い雲。空気中から湧いて出た、としか言い様のない唐突な登場を見せたのは、蝗の大群だった。
たかが蝗の群れと言っても、エンジンの吸気口に飛び込まれては厄介なことになる。それにこんな不自然な登場の仕方をしたモノが、自然の生物であるとは思えない。
ヘリの出迎えに来ていた雫は、咄嗟の判断でポーチから小型拳銃形態の特化型CADを取り出した。
九校戦直後に購入した、FLT製のセカンドマシン。それにインストールされているのはループ・キャストの『フォノンメーザー』。
空中に向かって引き金を引く。音の熱線が蝗の群れを薙いだ。
「数が、多い……っ!」
燃え尽きたように消えていく蝗の群れ。
しかし、それは群れのほんの一部でしかない。次々とフォノンメーザーを発動し、ヘリに近づく蝗の群れを撃ち払っているものの、回り込んだ蝗の群れがヘリへと迫る。
今にも蝗がヘリに取りつく、と見えたその時、
滅びの風が吹いた。
蝗の群れが霧散するように全てが消滅し、視界が晴れたそこには黒尽くめの兵士が空中に浮かんでいた。
「達也さん……?」
そう呟いたのは、雫か、ほのかか。同じく黒尽くめの兵士の集団が飛来し、ヘリを守るように陣を組む。輸送ヘリは再び降下を開始した。
「化成体による攻撃を撃退。ヘリの降下を護衛します」
『護衛は他の者に任せ、大黒特尉は術者を探索、これを排除せよ』
「了解」
柳の指示を受け、達也は使い魔を作り出した術者を探し出すべく『眼』を凝らした。
(あそこか)
このままでも排除は可能だが、魔法は直接視認した方が掛けやすい。達也は逃走する術者の頭上へ移動した。
北山家に続いて漸く七草家のヘリが到着し、真由美たちを乗せた戦闘ヘリが上昇する。黒い兵士たちは、その周りを囲みながら安全高度まで上昇したのを確認して海岸の方へ飛び去った。
「七草真由美嬢はヘリに搭乗し、低空飛行で海岸方面へ向かいました。途中で同級生・下級生を拾った後、この場を離脱する模様です」
『了解した。護衛対象の戦闘領域離脱を確認後、隊へ合流せよ』
「了解です」
柳は口に出さなかったが、反転攻勢に出るつもりだというのは、聞かなくとも分かることだった。
◆
各所での戦闘が一先ず収まり、摩利は真由美から連絡を受けた。
「真由美がヘリで迎えに来るそうだ」
「さすがは七草ね」
「これで脱出の目処が立ちましたね」
エリカたちがお喋りする余裕ができたのも、敵の攻撃が沈静化したからだろう。
「あ、来たんじゃない……って、あれ?」
先程からローターの音は聞こえているのだが、ヘリの姿がいつまで経っても見えてこない。風切り音は真上から聞こえてくるのに、影も形もない。そこへ真由美からの着信。
『摩利、悪いけど狭くて着陸できないの。ロープを下ろすからそれに掴まってくれる?』
すると、何もない頭上からロープが四本、下りてきた。よく見ればロープの端で陽炎が揺らめいている。
「透明化、いや、光学迷彩というべきか? ……まったく、今年の一年は揃いも揃って」
摩利は呆れながらそう呟くと、ロープを掴み末端のステップに片足を置いた。準備完了の意味で軽く引っ張ると、ロープはスルスルと巻き上がっていく。他の三人は慌ててそれにしたがった。
◆
寿和が離脱した二年生チーム五人は、ライフルとミサイルランチャーを主兵装とする魔法師混じりの歩兵部隊から猛攻撃を受けていた。
そこに、ヘリの上から真由美が援護の魔法を放つ。敵兵の身体に雹が降り注いだ。
『魔弾の射手』
ドライアイスの弾丸が、自然現象ではあり得ない超音速で襲い掛かり防護服を貫く。
敵兵の頭上、背後、側面、様々な場所から様々な角度で撃ち込まれる弾丸の十字砲火を受けた敵兵は、どこから放たれているかも見極めることができず、次々と薙ぎ倒されていった。
『お待たせ。ロープを下ろすから上がってきて』
「はい、ありがとうございます」
五十里が返答し、二年生たちがぞろぞろとロープへ向かう。
彼らが周囲の警戒を欠いてしまったことを、責めるのは難しいだろう。ついさっきまで激戦の渦中にあり、ヘリが到着したことによる安堵感もあった。
だが、ゲリラの真骨頂は、こういう状況における不意打ちにある。その几帳面な性格故に、警戒を怠っていなかった者がいたのは不幸中の幸いだろう。
(あれは──)
服部の視線の先には二十人を超えるゲリラ。その手には既に銃器が構えられており、その種類が最悪だった。
(──対魔法師用のハイパワーライフル!)
自身の魔法力では防ぎきることができないと判断し、服部はすぐさま対処に移った。
「伏せろ!」
叫び声と同時に、桐原たち四人に向けて魔法を発動する。
選んだのは単純な移動魔法。
桐原たちを十メートルほど吹き飛ばし、ゲリラたちから見てビルの陰に隠した。
「うぐっ!」
加速の工程も無しに一瞬でトップスピードに至り、減速の工程も無く壁に激突したため、四人から苦鳴が漏れる。だが、急を要する怪我をした者はいなさそうだ。
服部は生じた罪悪感を抑え込み、奇襲を仕掛けたゲリラに応戦しようと前を向いたが、
「は……?」
その時には既に、二十人以上のゲリラ全員が地に伏していた。
桐原たちが襲われる直前、達也はゲリラたちを『視界』に収めていた。
だが、達也の心に一瞬迷いが生じた。あのヘリは真由美が呼んだもの。つまりは七草家のヘリだ。『分解』を七草家に悟らせるのは流石にまずい。
人体消失魔法や銃器の分解なら確実に間に合う。人体の部分分解、四肢の神経を貫く分解ならギリギリ間に合うかどうかだった。
(あの魔法は……)
だが、目の前で発動途中の魔法を視て、達也は人体の部分分解魔法を選んだ。
分解魔法の展開中に桐原たちの身体が宙に浮かびビルの方向へと飛ばされ、放たれた銃弾は桐原たちに当たることは無かった。
(服部先輩か……今回は本当に助かったな)
達也は内心そんなことを考えながらも発動途中の分解魔法を行使し、二十人を超えるゲリラを一瞬で地に沈めた。
達也が着地すると、地上・空中問わず全員から視線が注がれた。
「司波……」
服部からは呟きも漏れたが、達也はそれら全てを無視して事務的な口調で告げた。
「まずは四人の容体を確認しましょう。ヘリへの搭乗はそれからです」
「あ、ああ、そうだな」
服部もすぐに気持ちを切り替えて達也のあとに続いた。
桐原たちの所へ向かうと、四人とも大きな怪我は無かった。ただ、花音が右肩を押さえており、それを見た服部は顔を歪めた。
「千代田、すまな──」
「千代田先輩はただの打ち身ですので、ヘリの中で治癒魔法をかければ問題ないでしょう」
達也は服部の謝罪を最後まで言わせなかった。自力での搭乗は難しそうだが、ただそれだけだ。先ほどの銃弾の嵐とは比べるべくもない。
「ここは自分が警戒していますので、皆さんは早くヘリに上がってください。千代田先輩は全員が搭乗してから自分が運びますので」
「そうだね。司波君、花音をお願いね」
五十里がすぐさま承諾を返し、服部や桐原にロープに掴まるよう促した。
五十里たちはそのまま上空へと上がっていく。四人全員が機内へと入ったのを確認したところ、隣から場違いなセリフが飛んできた。
「司波君って意外に優しいんだ」
目線を移すと、花音がこれ以上ないほどニヤニヤしていた。
「ちょっと不器用な所が残念だけどね」
元上司に似て本当に性格が悪い。達也はスルーを決め込んで花音を抱き上げた。
「五十里先輩ではないですが、暴れないでくださいね」
少しの意趣返しも兼ねたセリフも効果が無いようで、花音のニヤケ面は変わらなかった。
(やはり慣れないことはするものじゃないな……)
そんなことを考えながらベルトに付いたバックルを叩き、達也たちは空へ舞い上がった。
◇◇◇
魔法協会支部のある丘の北側で攻勢を押し返された侵攻軍は、兵力を南側に迂回させて最後の攻撃を試みた。敵の攻勢を釘づけにして後背を衝くという、防衛側に機動力は無いという推測に基づく作戦である。
人質の確保を断念し、拠点を長期に占領する兵力が無い今、このままでは何の成果も無く撤退することになってしまう。せめて協会支部に蓄積された現代魔法技術に関するデータを奪取し、その上で魔法師を一人でも多く殺害してこの国の戦力を殺いでおこうという決断だった。
別働隊は今のところ敵と遭遇していない。
狙い通りかもしれないな、と装甲車の中で指揮官の気分が高揚していた時だった。
装甲車の後部ハッチを開けて上半身だけを出して警戒に当たっていた兵士の頭が、銃弾で撃ち貫かれた。
侵攻軍車両の間で慌ただしく通信が交わされ、機銃が空に向けられる。
空には、隊列を成した黒い影。
彼ら──独立魔装大隊の飛行兵部隊は、道路沿いのビルの上に降り立ち上方側面より一斉射撃を浴びせた。
貫通力を増幅したライフルの弾が豪雨となって降り注ぎ、魔法防御を飽和して直立戦車のコクピットを貫く。
爆発力を集中した擲弾が装甲車の車輪を吹き飛ばし、高温の金属粉末を吹き付け燃料に火をつける。
侵攻軍も無抵抗ではなかった。
榴弾を打ち込んでビルを破壊し、重機関砲で壁面を削って銃口をのぞかせている飛行兵を吹き飛ばす。足元を崩された飛行兵が路上に落ちたところで、直立戦車の機銃がその身体に穴を穿つ。
漆黒の戦闘服がもつ防弾性のおかげが即死ではなかったが、間違いなく致命傷だった。
その調子で一人、また一人と飛行兵に反撃する侵攻軍だったが、一向に攻勢が衰えることが無いことに焦りを募らせていた。
敵を仕留めているはずなのに、何故?
そのカラクリは目の前にあった。
突如舞い降りた、両手に銀色のCADを持つ黒い魔人が左手のCADを向けた途端、兵士の傷が消えた。
右手は自らに狙いを定める直立戦車へ向いている。
装甲に覆われた直立戦車にノイズが走り、全高三メートル半の機体が、塵となって消えた。
『……摩醯首羅!』
悲鳴が電波に乗って広がり、もたらされた恐怖によって侵攻軍の隊列から秩序が失せた。
パニックは、彼らの全滅によって終結した。
◆
「別働隊が全滅……」
偽装揚陸艦の艦橋、侵攻軍の司令部は、悲壮で深刻な空気に覆われていた。
魔法協会支部に保管された技術データだけでも手に入れようと派遣した別働隊が、突如現れた飛行部隊の強襲によって全滅したという報告は、あまりにも痛手だった。
しかしそこに、新たな情報が入った。
別働隊の中に三年前の戦闘に参加した者で更新された未確認の情報だったが、これが艦橋の半数が愕然とした。
『摩醯首羅』
三年前、沖縄で彼らに敗北をもたらした両手に銀色の拳銃を携えた正体不明の魔人。
──Divine Left
その左手を差し伸べられた兵士は死の淵から蘇る。
──Demon Right
その右手を指し示すものは人も機械も消える。
捕虜交換で帰還した兵士の間で誰からともなく囁かれ、大亜連合軍の上層部はその存在を否定し、兵士たちにその名を口にすることを禁じている。
だが、いくら口で否定はしても、葬り去ったはずの悪夢は現実となって彼らの戦意を挫いた。