ガーディアン解任   作:slo-pe

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横浜騒乱17

 

 

 独立魔装大隊は、遂に敵の本陣である偽装揚陸艦を目視に捉えた。

 敵が投入した戦力は、二十輌の装輪式大型装甲車、六十機の直立戦車、八百人の戦闘員。その中には魔法師も多数含まれていた。

 占領維持には足りないが、一局面の打撃力としては不足の無い戦力。それが今や装甲車、直立戦車の残存数ゼロ。兵士の損耗率七十パーセントという壊滅状態に陥っていた。

 

 潰走する彼らを追い立てる、その先頭に立つのは、わずか四十名の飛行兵部隊。

 敵艦が出港しようとしてるのを、柳は見逃すつもりは無かった。

 

「逃げ遅れた敵兵は後詰めの部隊に任せて我々は敵艦を攻撃、航行能力を破壊する!」

 

 ムーバル・スーツの空中機動力を使えば敵艦に乗り込み内部から制圧するのも可能だったが、柳はそんなリスクと手間を負担するつもりは無かった。

 指向性気化爆弾のミサイルランチャーを抱えた兵士を中心に、貫通力増幅ライフルを手に持つ兵士を護衛に配して隊列が組まれる。

 だが、彼らが今まさに飛び立とうとした時、制止の声が届いた。

 

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』

「藤林、如何言う事だ」

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させては水産物に対する影響が大きすぎます』

「ではどうする」

『退け、柳』

「隊長?」

 

 いきなり通信の相手が変わって、柳は訝しげな声を上げた。相手が変わった事にではなく、その命令に対してだ。

 

『勘違いするな。作戦が終了したという意味では無い。敵残存兵力の掃討は鶴見と藤沢の部隊に任せ一旦帰投しろ』

「了解です」

 

 柳は迅速に返事をし、部下に対し移動本部への帰投を命じた。

 

 

 

 

 帰投した柳に指揮権を委ね、風間少佐は真田大尉、藤林少尉、そして達也を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。

 

「敵艦は相模灘を三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないと思われます」

 

 携帯用の小型モニターを見ながら風間にそう告げ、藤林の言葉に頷いた風間は真田へと顔を向けた。

 

「サード・アイの封印を解除」

「了解」

 

 風間からカードキーを受け取ると、真田は不謹慎なほど嬉しそうな顔で、霞ヶ浦の本部から大急ぎで持って来させた大きなケースの鍵を開いた。

 

「色即是空、空即是色」

『パスワード・認証しました』

 

 カードキーと静脈認証キーと暗唱ワードと声紋照合キーという厳重な複合キーによる封印が解かれる。

 中に納まっていたのは大型ライフルの形状をした特化型CAD『サード・アイ』。

 真田はそのCADをムーバル・スーツを着てヘルメットを被ったままの達也に手渡した。

 

「大黒特尉。マテリアル・バーストを以て敵艦を撃沈せよ」

「了解」

 

 達也の声には緊張が混じっていた。

 

「成層圏監視カメラとのリンクを確立」

 

 日本列島をぐるりと囲む形で空中に浮いた成層圏プラットホームに搭載された国境監視カメラとリンクしたことにより、藤林の手元のモニターと、サード・アイのアンテナを通じて達也のバイザーに敵艦の赤外線映像が映し出される。

 

 対象を特定した達也は、情報の側面から敵艦表面の状態を探った。

 艦隊に付着する無数の水滴。その中からヒドラジン燃料タンクの直上の、甲板に付着した海水の滴を選び出す。

 サード・アイの遠距離精密照準補助装置システムの助けを受け、エイドス知覚の視力によって照準を合わせる。

 

「マテリアル・バースト発動」

 

 達也はそう呟いて引き金を引いた。

 

 

 

 

 相模灘を南下中の大亜連合所属偽装揚陸艦の艦内には安堵感が漂っていた。彼らは何らかの監視手段で追跡されている事を確信していたが、最早攻撃を受けるとは思っていない。

 

「……覚えておれよ。この屈辱は倍にして返してやる」

 

 帰還を既定の事実とし、報復を誓う気の早い士官も一人や二人では無かった。

 もうすぐ、大島の東を通過する、というその時。

 不意に、警報が鳴った。

 

 想子(サイオン)波の揺らぎに対する警報。CADの照準補助システムにロックオンされた警報だ。

 

「何事──」

 

 何事だ、と偽装揚陸艦の艦長は言いたかったのだろう。

 しかし、その短い台詞を言い切ることはできなかった。

 

 甲板上に生じた灼熱の光球。

 

 それが、空気を加熱して衝撃波を発生させ、甲板を溶かして金属蒸気の噴流を生み出し、ヒドラジンを含めた全ての可燃物を一瞬で完全燃焼させ、巨大な炎の塊と化して艦を呑み込んだ。

 

究極の分解魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』。

質量をエネルギーに分解する魔法。

 

 マテリアル・バーストの生み出した灼熱の地獄は、成層圏監視カメラを通じてベイヒルズタワーの屋上でも確認された。

 

「……敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気爆発により状況を確認出来ませんが撃沈したものと推定されます」

「撃沈しました。津波の心配は?」

「大丈夫です。津波の心配はありません」

「約八十キロの距離で五十立方ミリメートルの水滴を精密照準……『サード・アイ』は所定の性能を発揮しました」

 

 真田が風間に対して得意げに報告する。風間は真田へ無言で頷いて達也に労いの言葉を掛けた。

 

「ご苦労だった」

「ハッ」

 

 敬礼で応えた達也に頷き、風間は作戦終了を宣言した。

 

 

◇◇◇

 

 

 西暦二〇九五年一〇月三十一日。

 

 対馬要塞の作戦室は緊迫した空気に包まれていた。その中に混じって、黒いムーバル・スーツに黒いフルフェイスのヘルメットに素顔を隠した達也の姿があった。

 要塞スタッフから奇異の視線が注がれ不気味がられていたが、そのような視線に構わず、達也は静かに椅子に座って時を待っていた。

 

「予想どおり」

 

 全員そろったと見るや、何の前置きも無く風間が喋り出した。達也たちは慣れていたが、要塞スタッフは戸惑いを隠せなかった。

 それにも構わず話は進み、壁一面を使った大型ディスプレイに衛星から撮ったと思しき写真が表示される。

 

 十隻近くの大型艦船とその倍近くに上る駆逐艦・水雷艇の敵艦隊が出港準備に取り掛かっている様子が写っている。

 このまま推移すれば、敵は遅くとも二時間後には出港。動員規模から見て一時的な攻撃ではなく、北部九州、山陰、北陸のいずれかの地域を占領する意図があると思われる。

 

「我が国と大亜連合は、講和条約どころか休戦協定すら結ばれていない。艦隊の動員について一言も通告が無いということは、我が国がこれを攻撃準備と解釈しても構わないということだろう」

 

 大亜連合は三年前の沖縄での戦争から未だ戦争中のつもりでいる。休戦状態で目的を公表することなく艦隊を動かすということは、つまり戦闘再開の意思表示。

 このタイミングで出港準備を進めているということは、先の騒乱の結果を受けて報復するつもりでいるのだろう。

 対してこちらは昨日動員を開始したところなので、現時点では敵の海上兵力に、陸と空の兵力で対抗するしかない。

 

 苦戦は免れない。

 

 会議室の雰囲気が一気に引き締まった。

 

「そこで、この現状を打開する為、我が独立魔装大隊は戦略魔法兵器を投入する。本件はすでに統合幕僚会議の認可を受けている作戦である。ついては第一観測室を借り受けたい。また攻撃が成功した場合、それと同時に……」

 

 風間の説明は続いているが、達也はそれ以上耳を傾ける必要性を感じなかった。

 自分の仕事は『戦略魔法兵器』による攻撃だけで、そこから先はやることが無いからだ。

 

 

 

 

 達也はムーバル・スーツを身に着けたままの姿で『サード・アイ』を手に、第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立った。

 

 このスクリーンは衛星の映像を三次元に処理して、任意の角度から敵陣の様子を観察することができるようにしたものだ。

 今は達也の希望により、水平距離百メートル、海面上三十メートルの高さから見下ろした映像を映し出している。

 

 スタンバイは完了し、発動する準備が整っていた。

 

「マテリアル・バースト、発動準備」

 

 風間の声に、達也が『サード・アイ』を構えた。

 

 鎮海軍港。巨済島要塞の向こう側に集結した大連合艦隊。

 その中央の戦艦、おそらくは旗艦に翻る戦闘旗。その旗に照準を合わせる。

 三次元処理された衛星映像を手掛かりに、エイドスへアクセスする。

 

 戦闘旗の重量は、およそ一キログラム。

 

『準備完了』

 

 囁くような、小さな呟き。だが静まり返った室内では、それで十分だった。

 

「マテリアル・バースト、発動」

 

『マテリアル・バースト、発動します』

 

 風間の命令を復唱し、達也はサード・アイの引き金を引いた。

 

 対馬要塞の中から、海峡を越えて、鎮海軍港へ。

 

 達也の魔法は、約一キロの質量をエネルギーに変えた。

 

 アインシュタイン公式に基づくその熱量は、TNT換算二十メガトン。

 

 過剰な光量に、衛星の安全装置が作動してスクリーンがブラックアウトした。

 

 鎮海軍港の奥に停泊する旗艦の上に、突如、太陽が生まれた。

 

 それ以外に表現のしようが無い計測不能の高熱は、船体の金属を蒸発させて重金属の蒸気をばらまいた。

 急激に膨張した空気は、音速を超えた。

 熱線と衝撃波と金属蒸気の噴流は、艦隊も港湾施設も消滅した。

 人や物が蒸発し、そこから離れた人や物は爆発して消失した。

 海面は高熱に炙られ、水蒸気爆発を起こした。

 竜巻と津波が生じて、対岸の巨済島要塞を呑み込んだ。

 衝撃波は周りの軍事施設にまで及んで甚大な被害をもたらした。

 

 灼熱の暴虐が収まった時、そこには何も残っていなかった。

 スクリーンが再び映し出したのは、そこに生じた地獄の爪痕だった。

 

 若い士官には、トイレに駆け込んで胃の中の物を戻した者もいた。独立魔装大隊の面々でさえ、蒼褪めた顔の色を隠せなかった。

 彼らは、戦略級魔法の、真の意味を初めてその目で確かめたのだ。

 

「敵の状況は?」

 

 風間に問われ、藤林が慌ててモニターを確認する。

 

「敵艦隊は全滅……いえ、消滅しました。攻勢を掛けますか?」

 

 確かに今なら、占領も可能だろう。だが風間は首を縦に振らなかった。

 

「不要だ。以後の予定を省略し、作戦行動を終了する」

「全員、帰投準備に入れ!」

 

 風間の命令を受けて、柳が撤収を命じた。

 

 

[newpage]

 

 

 灼熱のハロウィン。

 

 後世の歴史家は、この日のことを、こう呼ぶ。

 それは軍事史の転換点であり、歴史の転換点とも見做されている。

 それは、機械兵器とABC兵器に対する、魔法の優越を決定づけた事件。

 魔法こそが勝敗を決する力だと、明らかにした出来事。

 それは魔法師という種族の、栄光と苦難の歴史の、真の始まりでもあった。

 

 

 

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