ガーディアン解任   作:slo-pe

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日常編11

 

 

 灼熱のハロウィンから約一週間が経ち、一高にもようやく平穏が戻ってきたある日のこと。

 

「達也くん、今日ウチに来てくれない?」

 

 唐突に投げ掛けられた一言に、クラス中の時間が止まった。その日最後の授業が終わり、皆が帰り支度をしている最中の出来事だった。

 

「……エリカ、もう一度言ってもらえるか?」

 

 いち早く再起動した達也が聞き返すと、エリカは首を傾げながら先ほどと同じ言葉を繰り返した。

 

「別にいいけど……達也くんにウチに来てほしいの」

 

 教室内がざわめき始めたが、エリカは首を傾げたままだ。そこに勇敢にも幹比古が口を挿んだ。

 

「エ、エリカ」

「なに、ミキ?」

 

 今の幹比古には呼び方に突っ込む余裕などない。

 

「ウチってエリカの家だよね?」

「そうよ」

「達也を呼ぶんだよね?」

「そうよ」

「……達也をエリカの家に呼ぶのかい?」

「だからそう言ってるじゃない」

 

 エリカの「いい加減しつこいわよ」という口調に、教室内のざわめきが大きくなり、「やっとかな?」「きっとそうだよ」という囁きが聞こえ始めた。 九校戦の出来事から、エリカが達也に気があることは周知の事実だ。だからこそ、エリカの大胆な誘いに興味津々な視線が向けられる。

 だが、そんな空気を壊すことができるのが、この娘の長所だろうか。

 

「エリカちゃん、達也さんとおうちデートでもするの?」

「へっ? おうちデート?」

 

 美月の質問にエリカが疑問符を浮かべたが、むしろクラス全員が「えっ? 違うの?」と思った。

 

「エリカちゃんのお家に達也さんを呼ぶんでしょ?」

 

 美月のセリフに、エリカもようやく周りからの視線の意味を理解したようだ。

 

「ち、違うわよ! そんなんじゃないの!」

「そうなの?」

「そうよ!」

「じゃあどうして?」

「次兄上が達也くんに会いたいって言ってたのよ!」

 

 エリカは弁解したいようだが、これでは騒ぎを大きくするだけだ。

 

「お兄さんからご挨拶?」

 

 まあ、実際に口に出せるのは美月くらいなものだが。幹比古も今のエリカに口を出す勇気は無いようで口を閉ざしている。

 

「違う!」

「じゃあどうして?」

 

 達也も触らぬエリカに祟りなしというスタンスで静観していたが、続くエリカの答えには流石に焦った。

 

「達也くんが呂っ──んんっ?! んん~、んっ……っプハ、なにすんのよ!」

「それは俺のセリフだ」

 

 恥ずかしさに加え、いきなり口を塞がれたことでいつもより攻撃的なエリカだったが、今回は完全にエリカが悪い。

 

「エリカ、今何を言おうとした」

「何って! そりゃあ達也くんが……あっ、ご、ごめん」

 

 エリカも自分がまずいことを口にしかけたことに気づいたようで小さくなっている。

 

「気にしなくて良い。それよりも、俺に用があるんだろう? 早く行った方がいいんじゃないか?」

「あ、うん、そうね……それじゃあ行きましょ。ミキたちもまた明日ね」

「あ、うん。また明日……」

 

 ぎこちない様子でそそくさと教室から出ていった二人に、教室内のざわめきは収まることは無かったのだった。

 

 

 

 

 教室から駅までは気まずい雰囲気が漂っていたが、コミューター内でエリカが事情を説明したことで、二人の空気もいつも通りに戻っていた。

 だが、達也の気分が下がってしまうのは仕方がないだろう。

 

「達也くん、やっぱり迷惑よね……?」

「少しな」

「ほんとごめん……」

 

 エリカの話では、タイへ剣術指南に行っていた次男・千葉修次が、昨日の夜に帰ってきて早々、達也に会いたいと言ったそうだ。

 

「大丈夫だ、俺も千葉の麒麟児とは会ってみたかったしな」

 

 こう言ってはいるが、達也も正直気が乗らない。いつか話してみたいとは思っていたが、今回の用件は呂剛虎のこと以外思いつかない。エリカもそれが分かるようで未だに申し訳なさそうだった。

 

「そんなに気にするな。急に立ち合いを申し込まれでもしない限り、何とかなるさ」

「あはは……ソウダヨネ……」

「……とりあえず行こうか」

 

 エリカの気を紛らわせるための冗談だったのだが、更なる嫌な予感に変わってしまった。「おいおい勘弁してくれよ……」と思ったが、勘違いであってほしいと思い、エリカと共に足を進めた。

 

 応接室のような部屋に入った達也だったが、そこにいた人物が予想外過ぎて、思わず声を掛けてしまった。

 

「渡辺先輩?」

「やあ、四日ぶりだな達也くん」

「……そうですね」

 

 ここにいる説明はしてくれないようなので、達也は挨拶を済ませるべく修次に視線を向けた。

 

「次兄上、こちら司波達也君です」

「初めまして、司波達也と申します」

「初めまして、司波君。僕は千葉修次、エリカの兄だ。今日は急な申し出を受けてくれてありがとう」

「いえ、自分もお話をお聞きしたいと思っていました。ご高名はかねがね伺っていたので」

「僕の方も色々と話は聞いていたよ」

 

 言葉の上では友好的だが、値踏みするような視線を向けられている。達也は自分の実力に興味があると思ったのだが、すぐに違うのだと分かった。

 

「モノリス・コードでは随分と仲が良さそうだったね」

 

 世界で十本の指に入る猛者、千葉の麒麟児の意外過ぎる一面に、達也は驚きを禁じ得なかった。隣にいる摩利も眼を丸くしているが、病院で機嫌が悪かったのはこれが原因だったのかと納得し、呆れた様子で声を掛けた。

 

「シュウ、それは後にしよう。先にあたしの紹介をしてくれ」

「……そうだね。司波君も知っていると思うけど彼女は渡辺摩利、僕と彼女は交際しているんだ」

「ということだ、達也くん。改めてよろしくな」

「よろしくお願いします」

 

 少しばかり情報が多すぎる気はするが、摩利がここにいる理由は理解した。

 

「司波君には摩利も世話になっているそうだし、今日は会えて本当に良かったよ」

「いえ、渡辺先輩の調整はあまり手間がかかりませんので、大したことはしていません」

「そんなことは無いと思うよ。摩利もエリカも絶賛していたし、九校戦の成績も圧倒的だったじゃないか」

「ありがとうございます」

 

 正直、達也はもう帰りたかった。会話の内容はともかく、シスコンここに極まれりといった修次の視線が早くも面倒になっていた。

 チラリと摩利に視線を向けると、すぐに助けに入ってくれた。

 

「達也くんのCADが衝撃的でな。一度シュウに話をしたんだが、そのときから興味を持っていたみたいだ」

「あ、あたしも昨日聞かれて話したよ?」

 

 修次が達也を値踏みしているのは、これも一つの原因だった。恋人である摩利とは滅多に逢えないにも拘わらず、他の男性の話をしていたのだ。

 もちろん、修次もそれだけで何か思うほど狭量ではないが、摩利が興奮収まらない様子であるとすれば、それも仕方のないことだろう。

 

「理論に関しては高校生離れしているそうだし、技術者としての腕もプロ級。その話を聞いた時は頭のいい秀才だと思っていたんだけど、どうやらそうじゃないみたいだ」

 

 修次の目が今までの探るようなものから、好戦的なものに変わった。

 

「モノリス・コードの決勝戦は本当に驚いたよ、まさかただの振動系魔法で一条家の御曹司を倒すなんて……それに、僕も呂剛虎とは一度やりあったことがあってね。彼の実力は身を以て知ってるんだ」

 

 呂剛虎の一件は公にされていない、おそらく警察関係者から聞き出したのだろう。何より厄介なのが、呂剛虎と戦ったのは真由美たちとではなく達也一人である、そう修次が確信していること。

 

「だから司波君。僕と立ち合ってほしいんだ」

 

 こういった所が兄妹なのだろう。一瞬で闘気を纏わせた修次の姿はエリカによく似ていた。

 

「……自分のは徒手格闘であって、剣術ではありませんが」

「大丈夫さ、魔法を使ってもいい模擬戦だから」

 

「それの何が大丈夫なのか」とは思ったが、そういえばエリカにも似たようなセリフを言われたことを思い出して、反応が遅れてしまった。

 

「それじゃあ道場の方へ行こうか。着替えは用意してあるから、エリカに案内してもらうといいよ」

 

 その隙に、修次は立ち上がって部屋を出ていった。

 

「あの、達也くん……ほんとごめん」

「達也くん、大丈夫なのか?」

 

 エリカはこのことを予測していたのだろう、かなり申し訳なさそうだ。摩利は知らなかったようだが、いつものように面白がってはいない。

 

「大丈夫ではないですね。近接戦の間合いで俺があの人に敵うはずもありませんし」

「さすがに次兄上も本気じゃないと思うけど……」

 

 エリカたちは達也と呂剛虎の戦闘を見ているので、達也がまだ力を隠していることは分かる。だが、あれは模擬戦で使うようなモノではないので、達也が一方的に不利だと考えている。

 

「そうだと願いたいな……」

 

 修次もおそらく本気にはならないだろうが、手は抜かないだろうとも考えている。将輝のとき以上に勝ち目が無い中、達也は深いため息を吐くのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「来たね」

「すみません、待たせてしまいましたか?」

「いや、僕が待ちきれなかっただけさ」

 

 セリフだけ聞くとデートの待ち合わせに聞こえなくもないが、そんな色気のある話ではなかった。

 修次の右手には木刀型のCADが握られており、その立ち姿から手を抜くつもりなど無いことがわかる。

 

「早速だけど準備はいいかな?」

「はい」

 

 達也はそう答えて修次の正面五メートルほどに移動した。

 

「それじゃあ、始めようか」

 

 修次が呟いたのは開始の合図、そのセリフの「か」の響きが消える前に半歩下がると、達也の額があった場所を寸分違わずに、木刀が振り下ろされた。

 

「へぇ」

 

 達也に全く動じた様子が無かったことに、修次は小さく笑みを浮かべた。初手の牽制とはいえ、手を抜いてはいない。そのまま間合いを詰めて斬り込んでみるも、難なく躱される。

 達也の華々しすぎる活躍や、恋人や妹が興味を持っていたということもあるが、修次自身も達也に興味が湧いてきた。

 

(これが『千葉の麒麟児』の剣技か……)

 

 一方の達也も、修次の剣技に感嘆していた。

 

 修次の剣は達也ですら集中していなければ反応できないほど『早かった』。

 エリカのように目にも留まらぬ剣速というわけではない。予備動作が極端に少なく、意識が認識できないという、技による『早さ』。

 

(やはり俺では勝てないだろうな……)

 

 魔法が入らなければ負けはしないだろうが、魔法ありでなら『分解』が使えない達也に勝ち目は薄い。この距離では相手にすらならないだろう。だが、稽古では八雲に負け続きの達也にとって、特に不安に感じるようなことではなかった。

 初手の連撃が止み、達也が反撃に移ろうとした。だが、修次は達也の顔を見据え、楽しげに微笑み──消えた。

 

 ──瞬間、斬撃が放たれる。

 

「──っ!」

 

 達也は瞬時に攻撃を取り止めて鳩尾を引き、後ろに回避行動をとった。その直後、木刀が横薙ぎに振り抜かれた。修次から本気の驚愕が漏れ出たが、達也にはそんな余裕は無かった。

 

(今のは危なかった……)

 

 今の一閃を回避したのは意識してのものではなく、完全な反射によるものだった。

 修次が使ったのはただの移動魔法。だが、あまりにも一瞬で発動し一瞬で終了したので、咄嗟の回避行動を取るしかなかった。あのオン・オフの切り替えの速さは達也でも完全には捉えきれない。

 

(やむを得ん……)

 

 あの攻撃を連続されるとなると、すぐにやられるのは目に見えている。達也は感覚を開放して巨大情報体にアクセスした。

 達也の雰囲気が変化したのを察知してか、修次が距離を詰めてきた。肉眼では一瞬消えたように見えたが、達也には修次の姿が『視』えていた。

 修次が魔法を発動するのを認識して、今度は達也も大きく下がった。だが、達也に反撃の隙を与える間もなく、修次は再度斬りかかってくる。

修次の怒涛の攻撃に対し、達也は『フラッシュ・キャスト』を併用した体捌きで対抗する。

 

 移動魔法で攻撃線から逃れ、床に振動系魔法を掛けて体勢を崩す。それでも避けられないものは硬化した腕で払い受け、ダメージを最小限に抑える。

 しかし、直撃を避けるのが手一杯で、反撃の糸口が見つからない。

 

 静止と加速の神懸かり的切り替えの早さにより、懐に入り込むことも間合いの外に逃げることも叶わない。

 他に使える手札と言えば『術式解体(グラム・デモリッション)』くらいなものだが、サイオンを圧縮するための一瞬を『千葉の麒麟児』は許してくれないだろう。

 

 コンマ数秒の世界の攻防が続くことしばし、唐突に修次の眼の色が変わった。

 それまでの移動魔法とは別の魔法を構築しようとし──再度移動魔法による攻撃を仕掛けてきた。

 

(魔法を放棄した? なぜ、というのは気にしても仕方がないか)

 

 さすがに一瞬過ぎて細かな判別まではできなかったが、修次が何か別の魔法を構築しようとした後、それを破棄したことは視えた。

 修次の思惑はわからないが、生じた一瞬の遅滞に、達也は微かな勝機を見出だした。

 

 距離を取るのではなく、逆に半歩間合いを詰める。

 すらりと、達也の長い足が弧を描いて、修次の細い胴体を狙う。体重の乗った蹴りは、まともに喰らえば即座に戦闘不能となる一撃だ。

 

「ダメだっ!」

 

 そう叫んだのは端で見学していた摩利。

 木刀での立ち合いとはいえ、あえて蹴りを選択する。意表を突くという意味では正解でも、世界十指を前にしては無謀の一言に尽きる。

 迫りくる蹴り足を、修次の剣撃が迎え撃つ。さしもの達也でも、修次に打たれれば足の保証はできないが──

 

 ──達也は腰と膝を捻り、蹴り足の軌道を中途で変えた。

 

「なっ──」

 

 胴体狙いの蹴りが鞭のようにしなり、足刀が修次のこめかみに向かう。

 端にいたエリカも摩利も、決まったと思った。

 

 だが。

 

(呂剛虎もそうだったが……千葉の麒麟児、本当に人間か?)

 

 修次を蹴り飛ばした達也だったが、その瞳には感嘆を通り越して呆れが浮かんでいた。

 完全に不意を突いた一撃にも拘わらず、修次は肩を跳ね上げて直撃を回避し、蹴りの勢いに逆らわず後ろに跳ぶことでダメージを最小限に抑えていた。

 それだけならまだしも、飛ばされる寸前にその木刀で強かに達也の鎖骨を打っていた。

 

『自己修復術式 / セミオートスタート』

 

 意識が追いつくと同時、折れた鎖骨が繋がる。

 修次が前に踏み込んできた。達也は自分から間合いを潰し、その柄を修次の手ごと抑え込んだ。

 

「……本当にやるね」

 

 修次が片手で木刀を押し込もうとするのを、達也は両手で受け止めている。

 修次は左肩がしばらく使えない、攻めるならここだ。だが、不用意な攻めをすればカウンターの餌食になってしまう。

 

 どう攻めればいいか、押し合いながら考えること数瞬、突如圧力が消えた。達也はそれを仕切り直すためだと判断し、刹那も遅れずに手を放して体を引いた。

 両者とも体勢を整える必要もなく、再び対峙する。その場に緊張感が漂っていたが、

 

「もう十分わかったよ」

 

 修次が切っ先を下げたことで、一気に霧散した。

 

「達也くん、いきなりごめんね」

 

 いきなりの名前呼びに戸惑いはしたが、言葉に詰まることは無かった。

 

「いえ、修次さんにも気を遣っていただきましたし」

「それを言うなら君だってそうだろう? 本来の戦闘スタイルじゃないんだから」

「そうですね」

 

 そこまで見抜かれていたのかと驚きはしたが、修次なら造作もないことだろうとすぐに納得した。むしろ一転して友好的になった修次に、エリカと摩利はぽかんとしていた。

 

「シュ、シュウ……?」

「あ、ごめん摩利。これ以上は僕が我慢できなさそうだったからね」

「我慢?」

「ああ、これ以上は二人とも抑えが効かなそうだし、流石に立ち合いで『圧斬り』を使うわけにはいかない……というより、さっき思わず使いそうになっちゃったんだけどね」

 

加重系魔法『圧切り』

細い棒や針金に沿って極細の斥力場を作りだし、割断する近接術式。修次が得意としている魔法の一つだ。

 

 先ほどの修次に生まれた隙は、思わず行使しそうになった『圧切り』を放棄したことによるものだった。

 

「そこまでなのか……」

 

 摩利は改めて達也の実力に驚嘆した。十二分に評価しているつもりだったが、まだ過小評価だったのだと悟った。

 こと近接戦闘において、修次が反射的に得意魔法を使ってしまうほどだとは思っていなかった。

 

「達也くんもやりづらそうだったしね」

「そうだな」

 

 エリカはあまり驚いた様子が無いのは、達也への信頼からか、それとも達也の異常さに飽きてきたからか……後者の可能性が高そうではある。

 達也も修次と本気でやりあったとしたら、反射的に『術式解散』を使ってしまうかもしれなかったので一安心だ。

 

「とにかく、達也くんの実力が高いことは分かったよ。値踏みするようで悪かったね」

「いえ、俺も良い経験ができました」

「二度手間で申し訳ないんだけど、着替えてからさっきの部屋に行かないか? 色々と聞きたいこともあるしね」

 

 修次はそう言って、チラリとエリカに視線を向けた。

 

「分かりました」

 

 シスコン気味なところが消えないのはご愛嬌だろう。達也はそう思いながら了承を返した。

 

 

 

 

「司波達也くんか……」

 

 軽くシャワーを浴びた後、一人着替えていた修次はポツリと呟いた。

 修次の頭にあるのは、先ほどの立ち合いでの達也について。そして、立ち合いの原因のひとつでもある妹──エリカについてだ。

 

 エリカは一高に入学してから変わった。

 母親を亡くしてから、エリカは剣を握る理由を無くしていた。ただ漫然と剣を握っていただけだった。

 だが、入学してすぐにそれがなくなった。自分の意思で強くなろうとしていた。

 

 剣の稽古にもそれは現れていた。

 父親がエリカに求めた剣技は、その先天的な速さを最大限に生かすためのもの──身も蓋もない言い方をすれば、『山津波』を使いこなすためだけのものだった。

 今までのエリカはそれに固執していた部分もあったが、最近は大分視野が広くなってきており、それに比例して剣自体の腕も向上している。

 

 そして、一番大きなところが、修次への依存が消えた。

 腹違いの妹は自分に依存している面があった。あの父親は論外として、姉や兄もエリカを助けようとはしなかった。家族の中でエリカに優しく接していたのは修次ただ一人。修次もエリカに依存を許した。

 だが、以前から修次への依存が消えてきており、九校戦の後からは特に顕著だった。

 

 少し前までは幼かった妹も、大人になる時期が来たようだ、修次はそう思った。

 そのきっかけがどこの馬の骨か分からないというのは気に喰わなかったが、それも先ほどの立ち合いでなくなった。

 

(それに、呂剛虎のこともある……達也くんには大きな借りができちゃったかな)

 

 摩利やエリカは上手く誤魔化していたが、呂剛虎を下したのはおそらく達也一人の功績だろう。そもそも論として、数人がかりでの事ならあの二人が隠す必要もないのだから。

 

 それに加えて、修次が確信した理由が二つ。

 

 まず、呂剛虎の死体の状況。彼の右腕は斬り落とされ、その四肢と心臓を撃ち抜かれていたという。

 修次ですら脇腹に一撃を入れるのがやっとであったのに、摩利やエリカに可能なわけはない。七草家の長女である真由美にだって不可能だろう。

修次の考えは驕りではなく、客観的な事実であった。

 

 何より修次が確信に至ったのは、摩利に見えた少しの怯え。

 いつもよりもほんの少しだけ──恋人である修次でなければ気がつかないほど、摩利のパーソナルスペースが広くなっていた。おそらく摩利自身も気づいてはいないだろうが、身体に触れられることに対して、忌避感を抱くようになっていた。

 

 そこから言えるのは、致命傷とはいかずとも、それに近しい傷を負ったということ。

 そして、誰かが(・・・)それを治癒したということ。

 

そう考えれば摩利たちが隠すのにも納得がいく。そんな高度な魔法、存在すら聞いたことが無いのだから。

 

(エリカも大変な男を好きになったものだね)

 

 ──伝え聞くだけでも圧倒的な実績

 ──対面して際立つその非凡さ

 

 今日の立ち合いだけでもその実力の高さは十分に窺えた。

 

(間合いにもよるけど、彼が本気になったら僕も敵わないだろうな)

 

 流石に近接戦闘では負けないと思いたいが、中距離以上なら間合いを詰める前に修次が負けるだろう。あれで高校一年生など一体何の冗談なのだろうか。

 

 彼の隣に立つには並みの力と意思では不可能だ。

 

(これからはちょっと厳しめに稽古でもつけてあげようかな)

 

 兄として妹の恋路は応援したい。少しでもエリカの助けになれるよう、修次は次からの稽古に思いを馳せるのだった。

 

 

 

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