ガーディアン解任   作:slo-pe

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日常編13

 

 

 翌日の放課後、達也は屋上で目的の人物を待っていた。

 

「達也くん、今日はどうしたの? 急に屋上に呼ぶなんて」

 

 九校戦のときと似たセリフだが、エリカには少しの期待が窺える。

 

「エリカに伝えたいことがあってな」

 

 だが、反対に達也の表情は冴えない。

 

「……言いたくないこと?」

「いや、言わなければならないことだ……少しショックかもしれないが、できるだけ落ち着いてくれ」

 

 達也の真剣な様子に少し気圧されたが、エリカはコクンと頷いた。

 

「俺は、十師族四葉家当主・四葉真夜の甥であり、その姉の四葉深夜の息子──四葉の直系だ」

 

 達也がもたらした情報は、心構えをしていてもエリカの平静を奪うには十分すぎた。その目には動揺の色が濃く出ており、信じられないといった感じだ。

 

「四葉……達也くんがあの、『アンタッチャブル』……?」

 

 四葉の名前に、エリカの身体が小さく震えだした。よく見ると膝も笑い始めている。極めつけに数歩、後退りまでした。

 

「すまなかったな。気にしないでくれ」

 

 正直、受け入れられないかもしれないとは思っていた。そのための心の準備もしてきたつもりだった。

 ただそれでも、エリカのこの反応は正直堪えた。自分がエリカに依存していたのだと、改めて解らされた。だが、これでエリカが自分から離れてしまっても咎められない。

 

(おそらく明日からエリカと話すことは無いだろうな。余所余所しい態度ではレオたちに怪しまれるだろうし、俺の方から距離を取るよう必要があるかもな……)

 

 達也はそう考えて踵を返そうとしたが、

 

「待って」

 

 腕を捕まれたことで、それは叶わなかった。

 

「あたしはまだ何も言ってないわよ」

「言わなくて良いぞ。さすがにエリカから言われるのは堪えるしな」

「違う、そうじゃないの」

 

 エリカはそう言うが、この後に言われることなど達也への拒絶しかない。

 

「すぐには無理かもしれないが、できるだけこれまで通りにしてくれるとたすか……」

「だから! あたしはまだ何も言ってないって言ってるでしょ! 人の話は最後まで聞きなさいよ!」

 

 エリカはそう怒鳴りつけて、キッと達也を睨みつけた。

 

「達也くんには悪いけど、四葉の名前はそれだけで怖いの。あたしは四葉の名前を聞いて怯えないほど馬鹿じゃないし、強くもないの……それでも、達也くんは信用できる。四葉のことは怖いけど、達也くん個人なら信頼できる……だから、あたしは達也くんから離れたりしない」

 

 目を見開き固まる達也に、エリカは言葉を続ける。

 

「入学してからまだ半年くらいだけど、色んなことがあった……ブランシュのアジトを襲撃したときはあたしの我儘を聞いてくれた。さーやが汚されたことが許せないってだけなのに、あたしを連れていってくれた」

 

「九校戦の練習で『小通連』を作った時、達也くんすごく楽しそうだった。モノリスの代役に選んでくれたときも、優勝できたときも嬉しかった……その後はちょっと恥ずかしかったけど」

 

「今回も呂剛虎に勝ったこととか、あの魔法にはびっくりしたし、まさか軍人とまでは思わなかった。それでも渡辺摩利や七草先輩のために怒ってくれたし、あたしたちの事も考えてくれてた」

 

「あたしはそんな達也くんを信頼してる。例え隠し事をしていようと四葉だろうと、それは変わらないわ」

 

 エリカの言葉を嘘と断じることはできない。自分に向けられる眼差しが、それが本心だと物語っている。

 

「そうか……」

 

 エリカの器の大きさに、達也は素直に感服した。

 

「ありがとう、エリカ」

「どういたしまして、だね」

 

 達也の言葉と微笑みに、エリカも顔を赤くしながらも微笑みを返した。

 そして、照れくささを振り切るように一つ咳をすると、イタズラな笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、達也くんさ」

「どうかしたか?」

「あたしを呼んだのはそれだけが理由?」

 

(……そういえばそれが本命だったな)

 

 前置きのインパクトが強すぎた所為で終わった感が拭えないが、むしろこれからが本題である。

 期待で染めつくされた瞳に見つめられながら、達也はふぅと息を整えた。

 

「エリカ」

「…はい」

「好きだ」

「〜〜〜っ!」

「っと……」

 

 エリカは盛大に頬を緩ませ喜びを噛み締めた後、いつかのように達也へと飛び込んできた。

 そして、達也をまっすぐ見つめ、満面の笑みを浮かべた。

 

「あたしも達也くんのことが好き。あたしと、付き合ってくれますか?」

 

 最後くらいは格好つけたかったが、先に言われてしまった。だが、エリカが浮かべている笑顔に比べたら、そんなことは些事に過ぎない。

 

「俺の方こそ、喜んで」

 

 

 

 

「っていうかさぁ、最初で驚きすぎて告白が霞んじゃいそうなんだけど」

「それは言わないでくれ」

「言うに決まってるじゃない。どんだけびっくりしたと思ってるの」

 

 少し責めるような、それでいて拗ねているようなエリカに達也も苦笑をこぼす。

 想いを伝え合った後とは思えないほど、いつも通りの二人だった。

 

「あそうだ。一つお願いがあるんだけどさ」

「なんだ?」

「えっとね、達也くんに秘密があるのは知ってるし、隠し事しないでとは言わないから、教えても良いと思ったことは教えてほしいなって」

「……それでいいのか?」

「うん。あたしも言ってないことあるし、お互いさまってことで」

 

 軽い調子で頷くエリカだったが、達也にはその『言ってないこと』に心当たりがあった。だからこそ、踏み込むわけにはいかなかった。

 

「分かった。お互い時期が来たらな」

「ありがとね。あっでも、浮気はダメだからね」

「当たり前だ」

 

 最後に軽口を挿むところはやはりエリカだなと、達也は小さく笑うのだった。

 

 屋上で達也と別れたエリカは、校門にてある生徒を待っていた。

 

「エリカ、おまたせ」

「ううん、大丈夫。ほのかも部活お疲れ」

 

 待ち人であるほのかと合流し、駅からコミューターに乗る二人。

 対面に座るとすぐに、エリカは何度か深呼吸を繰り返してから口を開いた。

 

「ほのかに聞いてほしいことがあるの」

「…うん、聞かせて」

 

 ほのかは短く頷く。エリカも言葉を濁したりはしなかった。

 

「あたし、達也くんと付き合い始めたの」

「うん」

「それで、今日はその報告をしたくて……」

 

 エリカのセリフは尻すぼみになる。ほのかもそれを促すことはしなかった。

 二人の間に沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのはほのかの方だった。

 

「どうして私に言ってくれたの?」

「えっと、自己満足かもしれないんだけど、ほのかには一番に伝えなきゃって思って……」

 

『自己満足』という言葉が少し可笑しかった。エリカと自分では全く違う性格だと思っていたが、案外考え方は似ているのかもしれない。

 

 ……出会い方やタイミングが違えばもしかしたら。

 そんなことが脳裏によぎったが、すぐに頭を振った。今更そんなことを考えてもどうしようもない。ほのかは心のままに口を開いた。

 

「エリカ、本当におめでとう」

「うん、ありがとう……」

「そんなに気にしなくていいのに」

 

 ぎこちなく頷くエリカに、ほのかは小さく笑みを浮かべた。

 

「実はね、夏休みに振られてから大分整理がついたの。あの時、達也さんが私に向き合ってくれて、言いたくないことも話してくれて。それに、達也さんがエリカの事を想ってるって分かってたし、エリカが達也さんの事が大好きなのも分かるから」

 

 エリカは目に涙を溜めながらも、それが零れないよう眉間に力を入れ唇を噛みしめている。

 

「達也さんに振り向いてもらえなかったのは悔しいし、まだ完全に好きな気持ちを失くすのは難しい。でも、私は本気で負けたんだから、エリカもそんな顔しないの」

「ほのか、ありがとう……」

「全くもう……普通泣くのは私の方なんだけどなぁ……」

 

 ポロポロと涙を落とすエリカ。ほのかは呆れたようにそう言うと、エリカの隣に移動し、そっと頭を抱え込んだ。

 

「そんなんじゃ誰かに取られちゃうよ。達也さん人気なんだから」

「取られないわよ……」

「それじゃあ早く泣き止んで、ね?」

「うん……」

 

 ほのかは抱えた頭をよしよしとゆっくり撫でる。

 

「エリカ、本当におめでとう」

 

 

 

 

 泣き止んだエリカを自宅まで送ってから、ほのかは携帯を取り出した。

 

「あっ、雫。急にごめんね」

『別に平気。どうかしたの?』

「今日さ、雫のお家行ってもいい?」

『いいけど……随分急だね』

「うん、今日は雫と一緒にいたいなって」

 

 我ながら答えになっていない。少しの沈黙の後、分かったと返事があった。

 

『ほのか、何か食べたいものある?』

「食べたいもの?」

『うん、お祝いには美味しい食事が付き物』

 

 ……どうやらこの親友に隠し事はできないようだ。声には出していないはずだが、本当にどうやって分かったのだろう。

 エリカを祝ったのも達也に幸せになってほしいのも、心からの気持ちだった。ただ、それで何も思わないかと言われると、そんなことは全くない。

 

(参っちゃうなぁ、ほんとに……)

 

「……それじゃあ、ハンバーグが食べたいな。煮込んであるの」

『子供っぽい』

「今日くらい良いじゃない。それに、いっぱい食べてもいいんでしょ?」

『うん。お菓子もいっぱい用意しておくから』

「雫のお家のお菓子かぁ。あれ美味しいから食べ過ぎちゃうんだよね」

『ダイエット頑張ってね』

「もし太っちゃったら、雫にも付き合ってもらうからね」

 

 ふふっと笑うと、電話口からも笑みが返ってきた。

 

『いつ頃着く?』

「う~ん、一回家に帰りたいから、一時間後とかでいい?」

『分かった、待ってる』

「うん、それじゃあまた後で」

 

 その一言と共に、ほのかは電話を切った。

 

 

◇◇◇

 

 

 告白が成功した翌日。普段と変わらない光景があった。

 

「あっ、達也くん。おはよ~」

「おはようエリカ。美月もおはよう」

「おはようございます、達也さん」

 

 朝はいつも通りの挨拶をして、

 

「達也くん終わった? ちょっと手伝って」

「悪い達也! 俺も教えてくれ!」

「二人とも、少しは自分で頑張れよ……」

 

 実習の時間は指導を請われ、

 

「なんだと!」

「なによ!」

「もうっ、二人ともお食事中だよ、静かにして!」

「「はい……」」

 

 食堂ではエリカとレオが喧嘩しており、美月がそれを諌める。完全にいつも通りのはずだった。

 しかし、かなり天然気味な部分はあるが、気遣い上手の美月が気づかないわけは無かった。

 

「達也さんとエリカちゃん、何かあったの?」

 

 その日は珍しく美月の提案で、達也たちは放課後に「アイネブリーゼ」にいた。

 

「……やっぱりわかっちゃう?」

「もちろん。エリカちゃん、すごく可愛かったよ」

「あはは、隠せてたつもりだったんだけど……」

「二人の様子じゃ無理だよ」

「だってエリカちゃん、お昼に達也さんの隣に座ったり、いつもより距離が近かったり、すごく分かりやすかったんだよ?」

「そんなになのね……」

「達也もいつもより楽しそうだったしな」

「俺もか」

 

 美月だけでなく、幹比古やレオですら大枠は把握しているようだ。

 エリカが一つ咳払いをして友人たちを見つめた。

 

「では改めて……昨日から達也くんとお付き合いすることになりました」

「エリカちゃん! おめでとう!」

「きゃっ!」

 

 エリカがセリフを言い終わった直後、美月がエリカに飛びついた。

 

「もうっ、美月おどかさないでよ~」

「今日くらいはいいでしょ? おめでたいことなんだよ。それに言ってくれるの待ってたんだからね?」

「ごめんって~、中々言い出せなかったのよ~」

 

 珍しく口早な美月に、エリカも幸せそうに頬を緩めている。

 

「達也もおめでとう」

「ホント良かったじゃねぇか」

「二人ともありがとう」

 

 達也も幹比古とレオに祝われている。

 

「それにしても、レオにまで気づかれているとは思わなかったな」

「酷くねえか、達也?」

「すまないな。今までのレオを見ていたらついな」

「それは謝ってないと思うよ……」

 

 幹比古のツッコミにレオはうんうんと頷いている。

 ただ、レオがエリカの気持ちに気づいたのは呂剛虎の件以降であり、今日の二人はあからさま過ぎたのでクラス全員が気づいていた。決してレオが鋭いわけではない。

 

「でもほんとに、レオにまで見抜かれるなんて……あんたも成長くらいするのかしら?」

「おい、どういうことだ」

「胸に手を当ててよーく考えてみなさい」

「どう考えてもオレがバカだって言いたいんだろ!」

「よくわかってるじゃない」

「くっ……。それを言うなら今日はおめぇの方がアホヅラだったからな!」

「アホヅラって何よ!」

「あんなゆるゆるの顔アホヅラとしか呼べねえよ!」

「きょ、今日は仕方ないじゃない! なんか文句あんの!?」

 

 弄られてムキになるレオと思わぬ反撃に顔を赤くするエリカ。二人のケンカを微笑ましげに見つめる達也と美月。最近は幹比古も諦めたようにそれを放置している。

 

 なんてことない穏やかな日常が目の前にある。

 

 横浜事変にエリカへの告白。非日常を味わうと、そのありがたみが改めてよくわかる。

 

 平和で充実した生活とそれを彩る友人たち。

 

 いつまでも続いてほしいと、達也は心の底からそう思った。

 

 

 

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