達也とエリカが付き合い始めてから一週間ほど。
クラスメイトから祝われたり、剣道・剣術カップルに揶揄われたりと様々あったが、そんなことは今のエリカにとって些事でしかなかった。
「エリカ、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫よ」
コミューターの向かい席に座っているエリカへ、達也が気遣うような声を掛ける。
目的地は達也の自宅、エリカも何度か訪れたことのある場所だ。しかし、今日のエリカはあからさまに硬い表情だ。
「少し落ち着け。畏まった席じゃないんだから、そんな気を張らなくても平気だ」
「粗相したら殺されるかもしれないし、そんな事言ってられないわ」
達也としては「人の親を何だと思ってるんだ……」と思わなくもないが、四葉の悪名からすれば仕方のないことだと納得させた。
なにせ、ひとりの女の子を汚されたことへの復讐で、国の一つを滅ぼし尽くしたのだから。
「大丈夫だ。母上も叔母上もそんなことはしない。むしろエリカの事を褒めていたぞ」
「そう……」
達也からプラス評価を聞かされてエリカの緊張が少し和らいだが、未だに固い表情は抜けていない。
(やはり叔母上たちを説得すべきだったか……)
今回の件は、エリカに深雪との関係を話すかどうかの確認をしたことが発端である。すぐに許可は下りたが、真夜たちもエリカに会いたいと言い出したのだ。
達也は「いきなりすぎる」「本家まで行けない」「真夜たちは目立つ」と言って遠慮したのだが、「善は急げよ」「そっちまで行くわ」「人払いの結界でも組みましょうか」という風に全て却下されてしまったのだ。
達也はこのままでは良くないと思い、エリカの手に自分の手を重ねてからゆっくりと声をかける。
「同じことしか言えないが……心配いらない、母上も叔母上もおかしなことはしないさ」
エリカもようやく落ち着いたようで、コクリと頷いた。
コミューターがゆっくりと止まり外に降りると、執事服をまとった一人の老紳士が立っていた。彼は、二人と目があった瞬間にゆっくりと一礼した。
「達也殿、お待ちしておりました。そちらは千葉エリカ嬢でいらっしゃいますね、私は葉山と申します」
「葉山さん、ありがとうございます」
「初めまして、千葉エリカと申します」
「こちらでございます」
葉山の案内に従い、見知った廊下を歩いてリビングの扉にたどり着き、葉山がその扉をノックする。
「奥様方、達也殿とエリカ嬢をお連れしました」
「どうぞ」
柔らかい声が返って来ると同時に扉が開けられた。
「わざわざお時間を頂戴してごめんなさいね」
そこにいたのは、四葉真夜と四葉深夜。
『夜の女王』と呼ばれている四葉家当主と、『
「二人とも、まずは座ってくださいな」
二人は促されるままにソファに座った。真夜も深夜も微笑んでいるし、纏うオーラも優しげなものだ。少し肩透かしを受けた気分だったが、エリカは気を取り直して頭を下げた。
「初めまして、千葉エリカと申します。本日はご足労いただき、ありがとうございます」
頭を下げたエリカに微笑を浮かべる真夜と深夜。
「エリカさん、気にしなくても良いのよ。今日は貴方に挨拶をしたかっただけですから」
「学生は忙しいでしょうし、達也はそれを理由に断ろうとしていたんだから」
「母上、それは言わなくても……」
「断ろうとした達也が悪いのよ」
深夜の拗ねたような口調に、エリカはある程度緊張から解放されていた。
そして、改めて目の前にいる二人を見て驚きを隠せなかった。既に五十近い年齢のはずが、その見た目は三十代でも通用する若さを保っていた。
「まあそれもあるのだけれど、いきなり本家に来るのは大変でしょうから」
「エリカちゃんも緊張していたようだしね」
緊張していたのを見抜かれたことにエリカが小さくなっていたが、二人ともそれを責めることは無かった。
「それにしても、エリカさん本当に可愛いわね」
「本当ね……タイプは違うけど深雪に負けず劣らずの美少女ね」
「深雪?」
エリカは聞き憶えのある名前に反応して達也へと視線を向けたが、それに答えたのは真夜だった。
「エリカさんがこの後会う予定の人ですよ」
「え、ちょっと待ってください……深雪とは、司波深雪さんで合っていますか?」
「ええ、エリカさんたちの同級生の司波深雪さんです」
「……この後会うのは達也くんの妹さんって聞いたんですけど」
「ええ、達也さんの妹であっていますよ」
エリカはまさかと思いつつも、恐る恐る訊ねた。
「……ということは深夜さんの娘さんで、四葉の直系なんですよね……?」
「そうね、深雪も私の娘で、四葉の直系よ」
「司波さんが四葉!?」
エリカの驚きように真夜も深夜もクスクスと笑っている。
「母上も叔母上も、エリカで遊ぶのは程々にしてください」
二人とも達也の様子に再度クスっと笑い、エリカに視線を戻した。
「それはそうと、達也さんは学校でどんな様子なのかしら?」
「どんな、と言いますと?」
「達也さんが全然連絡をくれないものだから、少し心配なのよね。」
「そうね、深雪は割と頻繁に連絡をくれるのだけど、達也は全然ね」
「善処すると言っていたんですけど、改善されていないのよね」
「なるほど……」
達也は「報告するまでもなく知っているだろうに……」と思ったが、ここで発言するのは控えた。
「達也くんには実習とか調整でお世話になっていますし、クラスメイトも同じです。放課後は図書室に籠っているのでわかりませんが、みんなから信頼されていると思います」
「そうなのね、エリカちゃんはいつ頃仲良くなったのかしら?」
「母上……」
「良いじゃない、本人から聞いてみたいもの」
エリカは「意外と親バカなのかしら?」と思った。緊張が解けたこともあり、学校での達也の様子をいくつか紹介するのだった。
しばらく真夜たちは興味津々な様子でエリカの話を聞いていたが、不意に二人の纏う雰囲気が少し変化した。
「エリカさん、今日は貴女との顔合わせの他に一つだけお話があるの」
「何でしょうか」
エリカもそれを敏感に察知して姿勢を正した。
「付き合ったばかりなのに申し訳ないのだけど、達也さんと婚約してみない?」
「婚約、ですか……?」
「ええ、発表自体はまだ先ですけど」
「四葉も千葉も、一応は名家と言われているから早めに決めた方が都合がいいのよ。特に貴女の場合は色々と事情もあることだし」
真夜の説明を深夜が引き継いだ。エリカもそのセリフから、自分の生まれについて知られていると理解した。
「エリカさん。婚約の件、どうですか?」
エリカはふぅと一息を吐いてから答えを返した。
「私は達也くんとの婚約、お受け致します」
「そうですか、それは良かったです」
「良かったわね達也」
「そうですね」
真夜は静かに微笑み、深夜は達也に揶揄うような視線を向けている。
「本当はね、達也が彼女を連れてきたら『私を倒してからにしなさい』みたいなのもやってみたかったのよ」
(え゛っ)
エリカは内心かなり焦った。あの『
「私が止めたんですよ。達也さんが拗ねちゃいますよって」
(真夜さん、ほんっとうにナイスです)
何だか真夜が女神のように思えてきた。先程まで殺されるかもなどと考えていたのが嘘のように真夜を見つめている。
……もし仮に、万が一の可能性で、『夜の女王』まで悪乗りしていたらと……考えるだけでぞっとする。
「まあでも、深雪のときは止めるつもりはないのよね」
「男の子ならいいんじゃないかしら。そのときは私も参加させてもらおうかしらね」
「あはは……ほどほどにしてあげてくださいね」
エリカは引きつった顔で相槌を打った。誰とは言わないが、どこぞのへたれたプリンスには同情してしまう。何かあったときには骨くらい拾ってあげようと心に決めた。
「それはともかく、千葉家当主との話し合いはこちらで進めておきますので。今日はこれくらいで失礼しますね」
「あっ、はい」
「達也、エリカちゃんと仲良くしなさいよ」
「分かってます」
真夜と深夜が立ち上がるのを、達也とエリカは一礼して見送った。