ガーディアン解任   作:slo-pe

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日常編15

 

 

 真夜たちが帰宅してからしばらく経ち、達也の自宅リビングには二人の美少女が向き合っていた。

 

「ごめんね、司波さん。ちょっと聞きたいことがあってさ」

「大丈夫よ、私も聞かれると思っていたから」

 

 エリカの要望により、深雪との対面は二人きりで行われていた。

 

「そう言ってもらえると助かるかな。あたしは司波さんのことをほとんど知らないし、外から見て分かるのは達也くんが気に掛けてたのと、水波が大切に想ってることくらいだもの」

「……兄さんが私を気に掛けてた?」

「あれ? 気づいてなかったの? 達也くん、司波さんのことじっと見てることが時々あったのよ」

「……そう、知らなかったわ」

 

 正確に言えば、達也からの『視線』を感じることはあった。ただそれは達也の異能によるものであり、わざわざ肉眼で見る必要はない。

 

(つまり、ガーディアンとしての保護対象ではなく、妹として見られていたということ?)

 

 状況から推測するとそうなる。

 もしかすると、これまで深雪が気づこうとしなかっただけで、思っていた以上に気に掛けられていたのかもしれない。

 

「まあそれは置いといて。二人が司波さんのことを大切に想ってるなら、あたしもそう想いたい。そのために司波さんが何を考えてるか知りたいの」

「それは、どうして今まで静観してきたのかを知りたい、ということでいいかしら?」

「そう、兄妹ってことを隠すだけなら他にもやりようはあったはず。でも司波さんは何もしなかった、どうして?」

 

 責めるような口調ではない。ただ、その瞳には、偽りは許さないという強い意志が込められていた。

 深雪はその視線を正面から受け止めた。

 

「千葉さんは兄さんについて、どこまで知っているの?」

「……魔法事故で強い感情が無くなったことと、身体に傷があること。あとは『再成』が使えることくらいよ」

「それなら話は早いわね……恥ずかしい話だけど、今までは兄さんのこと『兄』だなんて思っていなかったのよ」

「……魔法力が低いからってこと?」

「それは違うわ。兄さんが本気になれば私なんて一瞬で消されてしまう、強さの次元が違うもの。私が兄さんの強さを疑ったことは一度もないわ」

 

 断言する深雪とまっすぐ目を合わせたエリカは、その言葉に嘘が無いと判断した。

 

「これまでの私は、周りからの悪意のある言葉だけを鵜呑みにして、精神が欠けているなんて表面的なことしか信じなかった。結果的に兄さんを道具としてしか見ることができなかったの……お母様も叔母様も、何度も忠告してくださったのだけどね」

 

 深雪の抽象的すぎる言葉を、エリカは大枠で理解した。所謂「出る杭は打たれる」というやつだ。異端・規格外という言葉が服を着て歩いているような達也である、四葉家の内部でも少なからず反発があったのだろう。

 

「……それじゃあ今までのことも、達也くんに関わりたくなかっただけ?」

「そうね」

「一科二科だからとかそういうのは無いのね?」

「正直馬鹿馬鹿しいと思っているわ」

 

 善悪を述べるのではなく、馬鹿馬鹿しいと切って捨てるところを見るに、見た目通りの清楚な優等生ではないらしい。

 容姿が似ていないので忘れていたが、彼女は達也の妹なのだ。一癖も二癖もあって然るべきだし、むしろその方が好ましくさえある。

 

 これまでのこともあり、深雪のことを完全に信頼したわけではない。ただ、達也や水波が大切に想っている人物であり、何となくエリカも仲良くなれそうな気がする。

 今はそれで十分である。

 エリカは身を乗り出し、深雪へと手を差し出す。

 

「これからよろしくね、深雪(・・)

 

 深雪は一瞬目を丸くし、そして嬉しそうに手を握り返した。

 

「ええ、こちらこそよろしく、エリカ(・・・)

 

 

◇◇◇

 

 

 その後、達也や水波、穂波を交えてしばしお喋りに興じ、深雪たちは帰宅した。三人を見送ると、エリカは気の抜けた声を上げてソファにへたり込んだ。

 

「へぁ〜〜〜〜」

「お疲れ様、エリカ」

「ほんと疲れたわ……もうほんとに、今日は色々と情報量が……」

 

 周囲から畏怖される四葉家当主との邂逅に、達也と深雪が兄妹という事実。逆の立場なら達也もへとへとになりそうだ。

 

「深雪はともかく、母上たちが色々とすまなかったな」

「いやまあ、深夜さんたちも優しい人だったし良いんだけどさ」

「最初は粗相したら殺されるとか言ってたけどな」

「だって仕方ないじゃない」

 

 しばらく不貞腐れていたエリカだったが、思い出したように顔を上げた。

 

「そういえば、深雪はやっぱり妹だったんだね」

「やっぱり?」

「そ、やっぱり。偶になんだけどね、達也くんが深雪のこと見てる時があって。その時の視線が他の男子とは違ったから、なんかあるんだろうな~って思ってたの」

「…そうなのか」

 

 軽く落ち込んでいる達也に苦笑するエリカ。

 

「それよりもさ、真夜さんたちっていつもあんな感じなの?」

「あんな感じ?」

「お茶目というか何というか、ひとを驚かせるのが好き、みたいな?」

「確かにあの二人は人を揶揄うのが好きだな」

 

 直近でも深雪の次期当主発表などがあり、達也もしばしば困らされている。

 

「入学式にはお忍びで行こうかとも考えていたらしいぞ」

「え、うそでしょ?」

「本当だ。その時は葉山さんがどうにか収めたらしいがな」

「来てたら大騒ぎどころじゃないわよ……」

 

 そればかりは葉山に感謝である。あの二人を止められるのは葉山の他にいない。

 

「今日だっていきなり婚約って言われてびっくりしたし……あたしも少し慣れておかないといけないかしら?」

 

 う~んと小さく唸るエリカに対し、達也の表情が曇る。

 

「……もしかして嫌だった?」

「すまん、そうじゃないんだ……婚約が決まったにしては締まらないなと、今更ながらに思ってな」

 

 不安げなエリカだったが、達也のセリフに納得の表情を浮かべた。

 

「まあそういうのを気にする子もいるけど、あたしはそこまで気にしないわよ」

「……そうか」

「確かに急だったけど、別に良いんじゃない?」

「そういうものなのか?」

 

 首を傾げていた達也に、エリカはそうねぇと言葉を掛けた。

 

「例えばだけどさ、達也くんはあたしのこと好きになったきっかけって覚えてる?」

「……いや、これといったのは覚えていない」

「でしょ? 多分いつの間にか~、みたいな感じじゃない?」

 

 まさしくその通りだったので、達也も素直に頷いた。

 

「あたしが達也くんを好きって自覚したのはモノリスの前日だけど、それより前も好きだったと思うの」

「恥ずかしくないのか?」

「茶化さないの。それでね、好きになったのがいつか分かんないのと同じで、きっかけなんて何でも良いんじゃない?」

「今はお互いの気持ちが大事と?」

「そゆことそゆこと。それにさ、今日の事もしばらく経ったら記念っぽくなるんじゃない?」

 

「多分だけどね」とウィンクを添えるエリカ。達也は「エリカには一生敵わないかもしれないな……」という少々情けない気持ちになった。

 

「まあでも、いつか改めて言ってくれると嬉しいかな」

 

 これ見よがしに左手の指を揃えたエリカに、達也の表情も苦笑いに変わった。

 

「時期が来たらになるが、最大限努力するよ」

「よろしくね」

 

 エリカはそう言うと、立ち上がりカバンの整理を始めた。

 

「とりあえず今日は色々あって疲れたし、あたしもそろそろ帰るわ」

「送ろうか?」

「大丈夫大丈夫、どうせすぐコミューター乗るし」

「そうか」

「玄関まではエスコートよろしくね」

「エスコートって距離じゃないけどな」

 

 エリカの準備が整ったので、二人で玄関へ向かう。

 一日中エリカが家にいたのは初めてだったこともあり、何だか名残惜しい。

 

「……今日はありがとね」

「ああ」

「明日も学校だけど、またよろしくね」

「しばらくはクラスが騒がしいかもしれないけどな」

「あ~、確かにね~」

 

 カラカラと笑うエリカは嫌そうには見えない。かく言う達也も、特段嫌というわけではない。

 

「それに、深雪とも学校で会わなくちゃいけないしね」

「そうだな。水波もいるし大丈夫だろう」

「深雪ならちゃんと演技もできるだろうしね」

「演技?」

「そ、ちゃんと初対面っぽくしないとダメでしょ」

「前回も演技はできていたと思うが」

「前回は達也くんがというよりも水波かな、最初から満面の笑みで好意全開だったし」

「あのときは俺も少し焦ったな」

 

 しばらく他愛のない話を続けていたが、そろそろ頃合いだろう。

 

「もう遅いし、これくらいにしようか」

「それもそうね……それじゃ、またね達也くん」

「ああ、またな」

 

 達也に背を向けて、肩に掛けた荷物を下ろすエリカ。

 

「……あ、そうだ」

「ん?」

 

 そのまま靴を履くと思いきや、何か思い出した風に振り返る。

 悪戯な笑みを装ってはいるが、その裏の緊張が隠せていない。

 

「……ねえ、あたしたちって婚約者なのよね?」

「そうだな」

「そうよね、婚約者なのよね……」

 

 達也が「今更どうしたんだ?」と首を傾げていると、

 

「じゃあさ……」

 

 エリカの顔がそっと近づき、目を閉じたかと思えば、

 

「これくらいしても良いわよね」

 

 チュッ……と。

 

 唇が触れ合っていた。

 

「……っ」

「あはは……やっぱり恥ずかしいわね、こういうの」

 

 一瞬何かの勘違いかと思った。

 だが、照れくさそうに、嬉しそうに唇に指を当てるエリカを見るに、どうやら勘違いではないようだった。

 

「……エリカ」

「な、なに?」

「その、なんだ……ご馳走様?」

「あ、うん、お粗末様でした……」

 

 小声で「まぁあたしから奪ったみたいなもんなんだけど……」と呟くエリカ。

 チラチラとこちらを窺ってくるが、上目遣いの破壊力が半端じゃない。普段はキツめな印象の目がトロンとして……本当に可愛すぎる。

 それに、らしくもなくモジモジしているエリカを見ると……何と言うか、こみ上げてくるものがある。

 

「……それで、どうだった?」

「……どう、とは?」

「えとその…感想、とか……」

 

 感想──突然で頭が真っ白になったというのが正直なところだが、そう言っても良いものか。だが、今の達也にはそれ以上の解を出すことはできなかった。

 

「やわらかいとは思ったが……」

「……が?」

「……正直、よくわからなかったな」

「そう……」

 

 一瞬エリカが俯きそうになったが、達也のセリフにはまだ続きがあった。

 

「だから……もう一度、しても良いか?」

「……」

 

 エリカは顔を上げて達也を見つめると、無言のままコクリと頷いた。

 がっつかないようにと念じながらそっと抱き寄せると、エリカは一瞬だけ体を強張らせた。

 緊張しているのは多分エリカも同じ。そう思うと、自然と愛おしさが溢れてくる。

 

 優しく優しく……

 

 目を閉じたエリカに向かって顔を傾け、ゆっくりと口付ける。

 二度目であっても感動が薄れることは無い。むしろさっきよりも柔らかさというか気持ち良さというか、何とも言えない快感が伝わってくる。

 

 唇を離して至近距離で見つめあうが、お互いに照れくさくてすぐに逸らしてしまう。チラリと目線をやると、一瞬目があってまた逸らす。そんな中身の無いやり取りを何度か続けていたが、二人共それが楽しくなって笑いあう。

 

 三度目のキスはどちらからともなく。四度目、五度目と続いていく。

 

 最初はほんの一瞬唇を合わせるだけだったが、唇を離すたびに見えるエリカの照れくさそうな微笑みや間近に感じる匂いも相まって、段々と我を忘れてしまう──

 

 じっくりと唇を触れ合わせ、離して見つめ合ってからまた唇を合わせたり。

 最初のように軽く唇を触れさせるキスをしたり。

 出来心で鼻や額に唇を落とすと、お返しとばかりに鼻や額、頬にまで唇を落とされたり。

 

 最初の頃は無言で、段々と「……スキ」とか「もっと?」なんかの単語が散りばめられ、しばらくするとそれもなくなっていった。

 それでも互いに察してなのか、次の行為が止まることはなく、ただ二人だけの時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さすがに今日はここまでにするか」

「……そうね」

 

 ふと我に返ったときには、かなりの時間が経過していた。

 それを自覚した途端、気恥ずかしさがこみ上げてくる。さっきまであんなに近くにあったエリカの顔だが、今は見ることすらできない。

 

「えっと……それじゃあ本当に帰るわね」

「……ああ、またな」

「うん、また明日……」

 

 慌ただしく靴を履いて、逃げるようにその場を立ち去ったエリカ。

 ドアが閉まり人の気配がなくなると、じわじわと実感が湧いてくる。

 

(俺も辛抱弱いな……)

 

 突然のこととはいえ、少し流され過ぎたかもしれない。

 だがあれは仕方がないだろう。ある一定冷静になった今でも、「なんかすごかったな」程度の感想しか出てこないのだから。

 

(ふわふわ? ……もちもち…いや、ぷるぷる? …………待て、少し落ち着け)

 

 先ほどのことを思い出していると、自分でも引くレベルに思考低下していた。

 教室でエリカを前にしたら、口元以外目がいかない気がする……そもそも顔が見れないかもしれないが、それは横に置いておくとしよう。

 

(今まで通りか、間違いなく無理だなこれは……)

 

 さすがに今回は友人たちにバレたくはない。

 そのためには明日をどう切り抜ければ良いのかと、達也はため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバかったわね……」

 

 無事にコミューターに乗ったエリカだったが、その内心は決して無事ではなかった。

 

「ちょっと攻めてみようかと思ったけど、予想外だったわ……」

 

 九校戦のときのメイド服や夏休みの水着など、達也にも男子としての欲求があることは分かっていた。だが、それをあまり表に出さない分、エリカにも油断があった。

 

「今さらだけど舞い上がりすぎちゃダメね……」

 

 婚約が決まったことや珍しく弱気な達也を見たことで、エリカも高揚していたのだ。

 窓に映る自分のニヤケ顔に若干引いていると、到着間際のブザーが鳴った。

 

「あらら、もうそんな時間経ってたのね……顔戻ってるかしら?」

 

 自分が帰るのは離れ(・・)なため家の者に会う確率は低いが、万一にもこんな顔を見られては堪らない。

 

「……よしっ、何とかなりそうね」

 

 窓に写る顔はまだ赤みが抜けきっていないが、意識さえすれば頬の緩みは目立たないはずだ。日も暮れていることもあり妥協してコミューターを降り、早足で自室へと向かうのだった。

 

 

 

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