十二月に入り、一高内には様々な変化が起こった。
もちろん一番は、横浜事変が落ち着いて生徒間の活気が戻ってきたことだ。
その他にも、達也とエリカが付き合ったという噂が広がったこと。深雪の変化により、生徒会業務中にあずさがほっと一息を吐く回数が増えたこと。
そして、深雪が同じA組のほのかと雫にコンタクトを取ったこと。
深雪はこれまで達也を避けていたため、達也たちと親しいほのかたちとはあまり交流が無かった。だが、達也や水波、エリカの勧めもあり、二人とも話すようになったのだ。
今日は深雪と達也たちの『初対面』の挨拶をする日。
「達也さん、お待たせしました」
「そんなに待ってないよ。揃ったことだし早めに席を探そうか」
ほのかたちA組と達也たちE組が食堂の入り口で合流し、空いている席を探すのだが……
「中々空いてませんね」
食堂が特別混んでいるというわけではなく、ちらほらと空席もある。ただ、九人が座れる席となると、中々に難しかった。
「席も空いていないようだし、放課後にでも集まるか?」
「ん~、そうね」
「その方がいいですね」
達也の言葉にエリカとほのかが続き、二手に別れようとしたその時、思わぬ人物から声が掛かった。
「司波達也」
「…森崎か、何か用か?」
あまりにも意外過ぎて、達也も一瞬返事に詰まった。エリカたちからも奇異の視線が向けられている。
森崎は居心地が悪そうな顔をしつつ、クイクイっと後ろの席を指さした。
「……あの席を使ったらいい。その隣も空いているから全員座れるはずだ」
森崎が指した方向には一つの空きテーブルと、その隣のテーブルでこちらを窺う三人の男子生徒がいる。彼らは食事中のようだが、今は箸を置いてこちらの様子を窺っている。
「良いのか?」
「大人数だと席が空かないだろう。僕たちは向こうに移るから問題ない」
森崎が目くばせすると、座っていた三人は森崎の分のトレーも持って移動し始めた。
「そうか、感謝する」
達也が軽く頭を下げると森崎は何も言わずに踵を返して、そのまま別の席へ移っていった。
「まあ、とりあえず座ろうか」
譲ってもらった席が誰かに取られるなど、申し訳なさがすぎる。達也たちは席に座ってから、食事を取りに行った。
「意外だったわね……」
「そうだな、まさかあの森崎がな……」
エリカと達也の言葉に、E組のメンバーは深く頷いた。
美月とレオは入学二日間のいざこざで、達也とエリカは風紀委員本部での態度で、それぞれまともなイメージが無かった。幹比古も代表チームの森崎にはあまりいい思い出が無い。
一方で、同じクラスのほのかは違うようだった。
「多分入学してすぐの件のお詫びだと思います。夏休み明けから森崎君も変わってきてますし」
「九校戦で達也さんたちが代役でモノリスに優勝したし、あれのお礼をしなくちゃとも言ってた。何回かE組の教室にも行こうとしてたみたいだよ」
「それに、横浜での一件からクラス内の雰囲気も変わったように思えます」
雫と水波も同感のようで、クラス内の変化を教えてくれた。
「なるほどなぁ、アイツも意外と律儀なのか?」
「そうなんじゃない? ちょっとぶっきらぼうな気もするけどね」
「あの性格だからちゃんと言えないのは仕方ない」
「ねぇ雫、それって褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてもないし貶してもない。ただの事実」
雫の言葉には質問したエリカも苦笑いだ。だが、あくまでも雫はマイペースなままだった。
「それはそうと、今日は深雪の紹介でしょ」
その場にいた全員の視線が深雪へと注がれる。その視線を受けて、深雪は座ったまま腰を折った。
「では改めまして、一年A組の司波深雪です。よろしくお願いします」
座ったままでありながら、社交界でも通用しそうな流麗なお辞儀に何人かは見惚れている。その何人かに当てはまらないエリカがいち早く言葉を返した。
「あたしは千葉エリカ、エリカで良いわ。深雪って呼んで良い?」
「そうね、司波くんもいますし区別が付けづらいものね。よろしく、エリカ」
「よろしくね、深雪」
一応初対面ということになっているが、二人は打ち解けた様子を見せており、達也もそれに続いた。
「初めまして、司波さん。俺も名前で呼んで良いかな? もちろん、俺のことも達也でいい」
「ええどうぞ。達也さん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく、深雪」
その後、全員の紹介が終わったところで、美月がしみじみと呟いた。
「深雪さんってこんなに気さくだったんですね……」
「確かになぁ、今までは近寄りがたいイメージだったぜ」
「僕は選挙の時のイメージが強くて……」
レオはあっけからんと、幹比古はオドオドしながらもそれに続いた。
「私も横浜の事件で少し思うところがあったのよね……」
深雪が少し暗い表情になったのを見て、エリカから明るい声が飛んだ。
「深雪はイメージと違ったけどさぁ、ウチのクラスはそうでもないわよね。美月は見た目通り大人しいし、ミキもまぁ見たまんま。それであんたは脳筋……あ、違った、単細胞だったわね」
「おいこら、誰が単細胞だ」
「何よ、脳筋の方が良かった?」
「そういう問題じゃねぇ!」
「二人とも! 今日は深雪さんもいるんですから喧嘩は止してください!」
二人の喧嘩を美月が諫め、巻き込まれない限り達也と幹比古は静観する。入学以来見慣れた風景の傍ら、A組のメンバーは穏やかな様子だった。
「あれは気にしないでいい。いつものことだから」
「大丈夫よ、雫。見るのは初めてじゃないから」
「そうなの?」
「深雪姉さまと食堂に来る際に、偶に聞こえていましたから」
「二人の喧嘩ってそんなに有名なんだ……」
「毎日あれだけ騒いでたら有名にもなる」
「それにしても、喧嘩の内容ってこんな些細なことだったのね……」
深雪のしみじみとした呟きに、ほのかたちは深く頷いた。
◆
「なぁ森崎、あれで良かったのかよ」
「いいんだよ、あれで」
森崎は自分の分のトレーを受け取り、空き席へと向かう。
「確かに言い辛いけどよ……」
友人たちの言いたいことは分かる。森崎自身もあれだけで謝罪が成り立ったとは思っていないし、何度かE組に行こうとはした。だがその度に足が止まってしまったのだ。
「俺にはあれが限界だ」
ヘタレと罵られても仕方ないが、これが森崎の本心である。
「それよりも早く食べないと冷めるぞ」
話はこれで終わりと、森崎は箸を手に取り食事を再開した。友人たちも仕方ないなと苦笑いを浮かべて、それに続いた。
入学当初は左胸と肩についている刺繍──八枚花弁のエンブレムが誇らしかった。
百家の一員として生まれ、それ相応の訓練も積み、家業のボディーガード業務の手伝いもしたことがある。自分が優れた魔法師であることを疑ったことは一度たりとも無かった。だが、その自信は入学してからの半年で粉々に打ち砕かれた。
司波達也
今一高内で最も影響力のある人物の名だろう。
生徒会長のあずさや部活連会頭の服部といった幹部でもなく、真由美や克人といった名門の出身でもない。
ただの一般家系の二科生……それも、実技の成績では学年でも最下位に近いと聞く。そんな一生徒によって、森崎の自信は根底から覆された。
入学してすぐのいざこざはまぐれだと思った。自分が二科生などに負けるはずは無い。あの時CADを蹴り飛ばされたのは偶々、不意をつかれただけ、そう言い聞かせた。
風紀委員での活躍も、彼には受け入れ難かった。魔法を使わずに二年生エースを抑え込み、十数人を相手取った……俄かには信じられなかった。
百家の一角、千葉家の令嬢と行動を共にしていたというので、「腐っても百家の一員だな」と、再度自分に言い聞かせた。風紀委員の検挙数も、二科生が恨みを買った結果だからと、自分より達也たちが優れているとは考えないようにした。
それを振り切るように、授業や部活、訓練に打ち込んだ。
期末試験を終えて、自分の成績を見たときは誇らしかった。実技四位、総合で十位。理論は圏外だったが、それでも実技では一年男子トップ。
今までの努力が報われた、その成果が表れたのだと嬉しかった。だが、学内で公開される成績を見てそれが揺らいだ。
司波達也──理論では断トツの一位。これだけなら頭がいいだけの生徒として納得できた。だが……
吉田幹比古──実技で七位、理論で三位、総合で四位。
この成績は一科生全体を揺らがした。二科生に負けた、優秀な魔法師である一科生がウィードなどに負けた。そう思わせる出来事だった。
だが、森崎は実技で勝っているのは自分だけ、一科生が優秀であると示せるのは自分だけ。そう思い、九校戦で実力を見せつけると誓った。
九校戦ではメンバー選出から波乱が起きた。吉田を選ぶことは想定通り。内心では受け入れていないが、森崎も仕方ないことだと納得させた。
だが、司波達也がエンジニアになるなど、許容できるはずも無かった。CADは魔法師にとって命綱に等しい。それを二科生に任せるなど、正気の沙汰ではない。
しかし、実際にはとんでもない腕の持ち主だと分かった。どんなバカであれ、彼の腕を認めざるを得なかった。
担当選手全員の上位入賞、優勝を逃したのは雫 vs 深雪のピラーズ・ブレイク決勝戦だけ。それ以外にも離れ業とも言える技術を見せつけられた。
達也が担当する選手を除けば、新人戦で上位入賞したのは深雪、森崎、明智英美、里見スバルという女子生徒の四人のみ。
森崎はスピード・シューティングで準優勝。『カーディナル・ジョージ』に負けたなら仕方がないと納得もできた。一方で、二科生の吉田はバトル・ボードで優勝、他校からの理不尽な妨害をものともしないレースだった。
森崎はここでもくじけなかった。当然、自分もモノリス・コードでは妨害を受けることが予想される。ここで実力を見せつければいい。十師族率いる三高には勝てずとも準優勝になれば。そう思い試合に臨んだ。
しかし、結果は呆気なかった。オーバーアタックにより予選二試合で欠場。代役として出場した達也たち二科生が優勝した。
自分が二科生に負けた。
今回ばかりは完全な敗北だった。他校からのオーバーアタックを受けるという条件は同じ。準備期間など無いに等しいのだから、むしろ達也たちの方が不利なはずだった。
だが、結果は達也たちの優勝。二科生だけで構成されたチームが、オーバーアタックをものともせずに決勝まで進み、一条将輝・吉祥寺真紅郎率いる三高チーム相手に勝利して見せた。
それに、達也は将輝に正面からの一対一で、相手の得意な砲撃戦で勝利したのだ。
十師族次期当主に世界的な魔法理論研究者、森崎はこの二人に勝てるビジョンすら持てていなかったというのに。
『実力が全ての世界で補欠如きが粋がるな!』
『ウィードは僕たちブルームに才能で劣るんだ、身の程を弁えろ!』
『これが才能の差だ!』
病室で試合を見ていた森崎は、彼らに投げ掛けた言葉を思い出し、恥ずかしさで死にたくなった。
実力で劣っているのは、身の程を弁えるのは、才能の差を見せつけられたのは自分の方だった。魔法の才能は自分の方があるかもしれないが、魔法師として圧倒的に優れているのは彼らの方だと思い知った。
九校戦の悔しさに歯軋りしながらも、自分には何ができるか、そう考えていた矢先の出来事だった。
論文コンペの会場に突然押し寄せてきたゲリラ。その手には対魔法師用のハイパワーライフルが装備されていた。銃口を向けられ、自分は立ち尽くすことしかできなかった。言われた通りにCADを外して床に置く、その動作ですら震えが止まらなかった。
だが、またしても彼らは違った。銃弾を素手で受け止めて、一瞬の隙に六人ものゲリラを戦闘不能にした。正面口のゲリラを一掃したのも彼らだと聞いた。
シェルターに避難するときにもそれは同じだった。
何十人ものゲリラを相手にしたのは、深雪と水波、その叔母の穂波という女性の三人。自分はその後ろで見ていることしかできなかった。
警備隊として選ばれておきながら、実際の戦闘では何も役に立たなかった。もちろん他の生徒への声掛けはしていたが、それは風紀委員として最低限の仕事であって誇るべきことじゃない。
その後、地上での戦闘が落ち着きやっとの思いで帰宅した森崎は、着替えることもせずに父の書斎に向かった。
──親父! 何故俺はこんなに弱いんだ! 俺が強くなるためには何をすればいいんだよ!?
疲れていたこともあり、何を言ったのかよく覚えていない。部屋に入って早々怒鳴り込んだのは覚えている。
父も百家の一員として、一高内部の事情や九校戦の成績などは把握している。息子の癇癪の原因もすぐに理解したようだ。
──強いのは彼らが努力した証だ。これからお前がどうするのか分からないが、強くなりたいのならそう少し視野を広げてみろ
そう一言告げられて、退出させられた。
当然反発を感じたが、冷静になるとその意味が分かった。
自分の視野が狭かった。魔法力という指標のみに囚われ、本質を見ていなかったのだ。
『魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない』
九校戦前夜祭にて、九島老師に言われたセリフを思い出す。
一科生が二科生よりも有利であることを否定するつもりはない。強大な魔法力はそれだけで大きな武器だからだ。
ただ、一科生だろうと二科生だろうと優れている者は優れているし、才能に胡座をかいていては優れた魔法師にはなり得ない。実際に一科生である森崎が、二科生である彼らに劣っているのだから。
何もできない自分に苛立ちは覚えるし焦りもある。だが、もう自信は粉々になっているのだから、これ以上怖いものなど無い。この差を埋めるためにがむしゃらになれる。
今までの反省をしつつ、これからはより一層の努力をすると、森崎はそう誓った。
その第一歩として、先ほどの行動をとった。予め考えていたわけではなく、思いつきで動いただけだ。あまりにも格好がつかない、残念な態度だったと思う。だが、入学当初からやらかしてきた自分だ、今更格好などつけようがない。
(まあ、これも僕らしいのかもしれないな)
森崎は内心そう呟いて、食事を続けるのだった。