そうして完成したのが、現在生徒会室で話題となっている指輪である。
本来はエリカだけに贈る予定だったのが、あまりの出来の良さに牛山たちが懇願したことで、数量限定で販売することになったのだ。
今夏に飛行デバイスを発売したばかりのFLTの最新作。
しかもシルバー・モデルのイメージを一新する製品ということもあり、五十個の販売枠が
これを聞けば、あずさが興奮しているのも当然と言えよう。
「このシルバー・リングですが、なによりもその性能が凄いんです!」
ちなみにだが、このCADに販売名は無く、魔法師の間では「シルバー・リング」という何の捻りもない名前で呼ばれている。
「なんとこのCAD…………世界初の完全思考型CADなんです!」
完全思考型CAD。
その名の通り思考のみで魔法を発動するCADの事。CAD分野に革命を起こすとして、元より開発が競われていたものだ。
今回の「シルバー・リング」はこの完全思考型を採用しており、発表されている中では世界初の快挙である。
ちなみに、告知と販売開始が同時なのは、完全思考型CADなどを発表すれば抽選が必至になるからだ。
そこで敢えての先着順。告知と新技術の発表、販売開始を同時に行うことで、普段からFLTやトーラス・シルバーの情報に目を光らせている変態だけが購入できるというわけである。
「そうだね。思うだけで魔法を発動できるというのは、本当に革命的だ」
「それに、汎用型でありながら特化型にも劣らない速度と聞きます。内蔵できる起動式は九個と少ないですが、それを補って余りうる性能ですね」
あずさの意見に、五十里、鈴音の順に賛同する。
「え、でも……それじゃあ普通の汎用型を使ってる人はどうするの? さすがに九個だけじゃ足りないと思うんだけど……」
特化型に内蔵できる起動式は最大九つ。それに対して、汎用型は最大で九十九個だ。
真由美が疑問は当然のものであったが、それを考えていないシルバー(達也)ではなかった。
「真由美さん、このCADは他のCADとは干渉しないように設計されているんです」
「えっと、つまり……どういうこと?」
鈴音の言葉では理解が追い付かなかったようで、真由美は五十里へと視線を向けた。
「通常、二つのCADを持つ魔法師は、使わない方のCADをサスペンド状態にするのはご存じですよね?」
五十里の問いかけに、真由美だけでなく花音と摩利も頷きを返す。
魔法の同時発動は難度の高いテクニックである。
通常、複数のCADを同時に使うと、サイオン波同士が干渉して魔法が発動しなくなってしまうのだ。
「ですが、シルバー・リングはある特殊なシールドをしているそうで、登録されたサイオン波以外の干渉を防いでくれるんです」
「登録されたってことは……他の人が使おうとしてもできないってこと?」
「ええ、それに干渉を防ぐのは使用者本人も同様です。インストールされた魔法を発動するため以外のサイオン波は、このCADに干渉できないんです」
あまりに高度な仕様に、真由美たちは信じられないといった様子だ。そんな三人に、五十里は簡潔に結論を述べた。
「つまりですね……このシルバー・リングは、使い慣れたCADとの同時使用も問題なく可能ということです」
「それって凄いことじゃない!」
「そうだね。だから飛行魔法に次ぐ、魔法師界の快挙って言われているんだ」
「シルバーって本物の天才じゃない!」
「いやいや……本当にとんでもないな」
一年のうちに連続して達成された偉業に、真由美たちが盛り上がりを見せる中、
(……帰りたい)
達也は地獄を味わっていた。真由美たちに悪気が無いとはいえ、手放しに褒められ続けるというのは中々にきつい。
憂鬱な雰囲気を纏っていた達也に、隣から揶揄うような声が掛けられた。
(兄さん、天才だそうですよ)
(……天才は止してくれ)
(ふふ……すみません、少し楽しくなってしまって)
(俺は全く楽しくないんだが)
(達也さん、嫌そうな表情が顔に出てますよ)
(この状況で出さない方が無理だろう……)
盛り上がりの輪にいる中で、小声で話し合う三人に意識を向ける者はいない。
(それにしても達也さん、よくこんな設計を思い付きましたね)
(今までの仕様だとどうしても作動精度が悪くてな。飛行魔法の時のようにソフト以外に視点を向けてみたんだ)
(そういえば、飛行魔法は機械補助を受けていましたね)
(ソフト自体も指輪サイズのCADに複数の魔法が入ってますし、全てが画期的な仕様ですね)
世界初の完全思考型CADが、サイズに見合わない容量を持っている。
この小さなCADには、最新技術がこれでもかというほど詰め込まれているのだ。牛山を含む第三課が発表を固持するのも当然と言えよう。
「ですが、シルバー・リングの特徴はこれだけじゃないんですよ」
しばらく経ち、場が落ち着いたのを見計らった五十里がそう言うと、全員の視線があずさへと向けられた。
「シルバー・リングの最後の特徴。それはですね……」
あずさは合計八人もの視線を受け、もったいぶったようにそう言うと、今までで一番興奮した様子で声を張り上げた。
「なんと、このCADにはシルバー様によって最適化された魔法が四つも登録されているんです!」
「ええっ!?」
「あのシルバーが!?」
「ほぅ…どんな魔法が入っているんだ?」
花音や真由美が驚いていたが、シルバーが選んだ魔法ということで、摩利が冷静にかつ強い興味を示した。
「術式自体はとてもシンプルなものです。自己加速術式に移動魔法、慣性制御と定率減速。この四つです」
あずさの説明を聞いた真由美と摩利は、その選択に驚きながらも、なるほどと頷いていた。
「えっ……なんだか少し拍子抜けな気がしません?」
一方の花音がそう漏らすと、周囲から呆れたような視線に晒された。
「え…な、なんでしょうか」
「花音……」
「花音、もう少しだけしっかりと考えようか」
摩利だけでなく、婚約者である五十里にも諫められるほどだった。
「花音ちゃん、シルバーのCADのコンセプトは何かしら?」
「えっと……『最小の魔法力で最速の事象改変』、ですよね?」
「そうね。それじゃあさっきの四つの魔法を見て、どんな魔法が集まっていると思う?」
「さっきの魔法って……自己加速術式と移動魔法、慣性制御に定率減速……特に規則性も無い気がするんですけど」
花音の出した結論に真由美は深くため息を吐いた。そこに助け舟を出したのは、やはりというか当然というか、五十里だった。
「花音、慣性制御を使うときってどんな時だと思う?」
「? ……受ける衝撃を無くす時?」
「そうだね。それじゃあ定率減速は?」
「車なり銃弾なりのスピードを下げて威力を……って、あそっか!」
五十里の丁寧な誘導によって、二つ目で理解できたようだ。
「これって非常時に使える魔法じゃない!」
「その通りです。慣性制御、定率減速は共に自身の身を守るための術式。移動魔法には障害物の除去、飛来物の停止まで幅広い分野で使用が可能です」
花音のセリフを補足したのは鈴音。その説明を聞いた花音は「ほへぇ」と感心していた。
「指輪ならいつでも付けられるし、CADを操作できない咄嗟の事態にも対応できる、か……」
「よくこんなコンセプトを考え付いたわね」
「ああ、正直普通のCADならそこまで需要はないだろうが」
「完全思考型ってことがここでも活きているわね」
「それに、残り五つは使用者の好みに合わせられるというのがミソだな」
「そうね。安全面に考慮しつつ、使用者のニーズにも合わせる……中々できることじゃないわね」
「そうなんです! おそらくですが、シルバー様はこの指輪型CADに使用者の安全を願うというメッセージを込めているんだと思います!」
あずさたちがそう盛り上がる傍ら、達也たち三人は小声での会話を続けていた。
(達也さん、これって使用者の安全を願ったCADなんですね)
(兄さんは一体誰のことを考えて作ったんでしょうね?)
二人はそう言っているが、全て理解した上で揶揄っているのは明らかだった。
達也がシルバーであることに加え、エリカとの婚約も知っている二人には、この指輪型CADが誰のために作られたかなど考えるまでも無い。
(それにこの術式……すごく簡単な魔法ばかりね)
(そうですね……魔法力の大小によらずに使えるものばかりですね)
そもそもがエリカのために設計したCADなので、内蔵する魔法もエリカの魔法力に合わせて考えたのだ。
(もう止めてくれ……)
目の前で自身の考えが暴かれる中、達也はただひたすらに耐えるしかないのだった。
そして、ついにというべきか、達也にとって最も好ましくない話題が上がってきた。
「それはそうと、シルバーがこのCADを作った理由ってやっぱり……」
(はぁ……)
(兄さん、帰ってはダメですよ)
(一言も喋っていないし、いなくなっても気づかれないだろう)
(達也さん……)
(さすがにそれは気づかれると思いますが)
(気づかれてもいいからこの場にいたくないんだが)
(むしろ気づかれたら話を振られると思いますよ)
(そうですね。婚約者ということは知られていなくても、エリカとは恋人なんですから)
二人の言い分も確かなので、達也は大人しく座り直した。
「やっぱり恋人に贈るためじゃないかしら!」
「そうだな。というかそれ以外考えられん」
「素敵ねぇ。プロポーズにこんなきれいな指輪、しかも世界初のCADだなんて」
「真由美さんはこういったものが好きそうですからね」
「真由美はロマンチストだからな」
「何よ! 摩利だって修次さんに貰えたら喜ぶでしょ!」
「当たり前だろう!」
三年生はいつも通りじゃれ合っており、
「ねぇ啓? 啓もプロポーズの時にこういうの贈ってくれるの?」
「僕じゃこんなCADは作れないから、普通の指輪になっちゃうかな」
「……プロポーズはしてくれるの?」
「そのつもりだけど……しない方が良かった?」
「~~~っ! して! 絶対して!」
このバカップルもいつも通りラブラブだ。
「はぁ…シルバー様のCAD……欲しかったなぁ」
あずさはスクリーンを見てうっとりしている。
そして、達也たち三人はというと──
(……なんだこのカオスな空間は)
(……予想以上に盛り上がっていますね)
(乙女として憧れるのは分かりますが、それにしてもすごいですね)
(これも兄さんが指輪を作ったおかげかしらね)
(確かに……プロポーズに世界初の技術を使おうだなんて、達也さん以外には考えも付きませんね)
最初から一貫して、達也の苦労が絶えないのであった。