ガーディアン解任   作:slo-pe

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日常編19

 

 

 生徒会室でのお喋り会を終えて、ようやく帰宅した達也。だが、今日は三人の同行者がいた。

 

「深雪、水波、どうしてここに?」

「今日は穂波さんがお休みだそうなので」

「……それで?」

「エリカもこちらに来るとの事でしたので、夕飯をご一緒できればと思いまして」

「エリカさんにも了承は取ってありますよ?」

 

 言外に「邪魔だから帰ってほしい」という達也の要望に、二人はにこやかな笑みで否を叩きつけた。

 

「あの、達也くん……あたしなんかマズイことしちゃった?」

「いや、そうじゃない……とりあえず上がろうか」

 

 不安げな視線を向けてくるエリカに、達也はそう誤魔化して三人をリビングへと案内した。

 

 そして、水波が腕を振るった料理を並べるのだが、

 

「そういえばさ、生徒会室での話し合いって何だったの?」

 

(((ドンピシャだな / ですね)))

 

 流れとしては不思議ではないのだが、この後のことを考えると、まさにドンピシャなタイミングだった。

 

「明日発売のシルバーの最新作についてだ」

 

((ふふ……))

 

 達也はポーカーフェイスを保ったままそう答えたが、深雪と水波は笑みがこぼれないように必死だった。

 

「あ~、あれね。指輪型のホウキってやつよね」

「知っていたのか」

「まあね。あれってすごい高性能なんでしょ? 世界初の完全思考型CADって」

「そうだな。先輩方が盛り上がっていたぞ」

「先輩って?」

「中条先輩と市原先輩、七草先輩に渡辺先輩、あとは千代田先輩と五十里先輩だな。まあ盛り上がる部分はそれぞれだったが」

「あぁ…想像できるわ」

 

 エリカもこのメンバーの会話を想像したようで、少しげんなりとした表情になった。

 

「でもまあ、ああいうのに憧れるのもわかるけどねぇ」

「……憧れるのか?」

「そりゃぁねぇ……自分のために世界初の技術なんて作ってくれたんだから」

 

(だそうですよ、兄さん)

(達也さん、良かったですね)

(まぁ…そうだな)

 

 喜んでもらえるとわかったのなら、放課後の地獄を過ごしたのも悪くはなかったと思える。

 

「……なに話してるの?」

 

 小声で会話する三人に訝しげな視線を向けるエリカ。

 

「いや、何でもないぞ」

「そうは見えないんだけど」

「そんな大した話じゃないから大丈夫よ。それよりも早く食べましょうか。せっかくの料理が冷めちゃうわ」

「……分かったわよ」

 

 不満そうなエリカだったが、水波の料理を口にすると上機嫌に舌鼓を打つのだった。

 

 夕食と食後のティータイムも終えて、のんびりとしていた達也たち。

 

「深雪様、明日も学校がありますし、そろそろ帰りませんか」

「そうね。そろそろお暇しましょうか」

「エリカさんはどうしますか?」

「あたしもそろそろ帰ろうかな」

「分かりました、それでは玄関でお待ちしています」

 

 深雪と水波の二人は立ち上がり、荷物を持ってリビングを出ていく。

 

「じゃあ達也くん、あたしももう帰るわね」

 

 そう言って荷物の整理を始めるエリカ。

 

「その前にエリカ、少しいいか?」

「ん? どうしたの?」

「帰る前に渡したい物があるんだ」

 

 キョトンとしているエリカだったが、達也は真剣な表情でエリカを見つめる。

 

「……あたしに?」

「ああ」

「……分かったわ」

 

 達也の声音にエリカは少し戸惑ったようだが、すぐに真剣な表情になり身体を向けてくる。

 

「エリカ」

「…はい」

 

 何も言わず、小さく返事をしたエリカ。間違いなくこれから起こることを察している。

 相変わらずの勘の良さだが、今更引くわけにはいかない。

 

 ポケットから箱を取り出し開く。

 出てきたのは、先ほど話題になった銀色の指輪。

 

「──っ!」

 

 それを見たエリカから小さく悲鳴が漏れた。

 サプライズにはなったようだが、ここで終わってはいけない。何度も練習したセリフだが、精一杯丁寧に。

 

「エリカ、俺と結婚してくれないか」

 

 達也が選んだのは、超王道のプロポーズ。

 

「これって…その……」

「婚約指輪。きちんと用意したいと思ってな」

 

 確認のように呟いたセリフを達也が肯定する。

 

「受け取ってもらえるか?」

「……うん…うん…! もちろんっ」

 

 大きく頷くエリカ。それだけで用意して良かったと思えるのだから不思議である。

 

「手、出してくれるか」

 

 差し出された左手の薬指に、指輪をそっとはめる。

 

「あは、ピッタリだわ」

 

 手首を回して、様々な角度から眺めている。

 嬉しそうに微笑むエリカだったが、しばらくして満足すると、そっと抱き着いてきた。

 

「ありがと…すごく嬉しい」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

 

 達也も両腕をその背に回して、そっと抱きしめる。

 

「うん…この前はああ言ったけど……やっぱり嬉しかった」

「俺も渡せて良かった」

 

 そう言って頭を撫でていると、エリカの声のトーンが変わった。

 

「あ、ちょっ…それ……今されると…ヤダ……」

 

 緊張の糸が解けたのか、ようやく実感が湧いたのか、少しずつ涙声になっている。

 

「……やっ、あの…イヤなわけじゃなくて……その…」

「大丈夫だ。疑ってない」

「……今……笑え…なくて……」

「泣いてても良いさ」

「…でも…こんな日に泣いてちゃ………」

「大丈夫だ」

 

 言葉だけでなく、そっと頭を撫でていると、エリカの抱き着く力が強くなった。

 

「…ギュッてしてて………あと…こっち見ないで」

 

 無言で力を強めると、腕の中から嗚咽が漏れだす。

 

(本当に、ちゃんと渡せて良かったな)

 

 ようやくの達成感や込み上げてくる愛おしさを感じながら、達也はそっと撫で続けるのだった。

 

 

 

 

「うふふ……」

 

 目の周りを真っ赤に腫らしたエリカだが、本人は幸せそうに指輪を眺めている。左手を見つめたままクルクルと回して、また堪えきれないと言わんばかりに笑みを零す。

 

(何度見ても指輪は変わらないんだがな)

 

 そう思いつつも、これほど喜んでもらえるのは悪い気はしない。

 

「ねぇ達也くん」

「なんだ?」

「ありがと」

「どういたしまして」

「ふふ……達也くんさ」

「なんだ?」

「はい、どうぞ」

 

 そう言って人差し指で唇をタップしている。

 顔を近づけると、へにゃりと頬を緩ませて目を閉じたので、そっと唇を合わせる。

 

「ねえ達也くんさ」

「どうした?」

「大好き」

「俺もだ」

「……えへへ」

 

 エリカはまた笑いながら指輪を見つめる。

 この頭の悪そうなやり取りも、もう何回も繰り返した。だが、幸せそうに微笑むエリカは文句なしに可愛く、切り上げようとは思わない。

 

「…………ふぅ」

 

 だが、さすがにもう満足したようだ。

 

「ちょっと名残惜しいけど時間がヤバいから帰るわね」

 

 訂正、少し名残惜しいらしい。

 

「送っていこうか?」

「ん~、それじゃあお願いしようかな」

「分かった」

 

 立ち上がり玄関へ向かおうとする。

 

「……あれっ?」

 

 ふと、エリカの動きが止まった。

 

「どうかしたか?」

「あの…そういえばなんだけどさ……」

「ああ」

「深雪たちって……もう帰った?」

「あっ」

 

 完全に忘れていた。二人はそもそも家にいる予定ではなかったし、リビングから出た時点で頭から抜け去っていた。

 恐る恐る玄関へ向かうと──

 

「兄さんはしっかり渡せたみたいですね」

「エリカさんも、嬉しそうで何よりです」

 

 宣言通り、二人は玄関口で待っていた。

 

 これはまずい。

 何がまずいのかと言えば、この家は防音がしっかりしているため、壁越しの音はほとんど聞こえないのだ。

 

 深雪たちがリビングを出てから一時間ほど。

 この空白の時間に達也たちが何をしていたのか、深雪たちは全く分からないのである。疚しいことはしていないとは言え、キスやハグ、指輪を眺めていただけで一時間経っているとは主張しづらい。

 

「あ、あの…あたしはただ指輪を貰っただけで」

「大丈夫よエリカ。変な誤解なんてしないもの」

「そう……良かった」

 

 深雪の言葉にエリカは胸を撫で下ろしたが、達也の考えは真逆だった。今の深雪は、達也を揶揄ってくるあの二人にそっくりだった。

 つまり、何も安心などできないということだ。

 

「だって、本人から全部聞けるんだから」

「へっ?」

 

(やはりか……)

 

 予想に違わず、エリカを逃がすつもりはないようだった。

 

「深雪様、今日はお泊り女子会ですね」

「そうね、時間はたっぷりあるからゆっくりと聞きましょうか」

「え、その……あたし、替えの服とか持ってないんだけど」

 

 エリカがせめてもの抵抗を見せるが、水波の用意周到さを甘く見ている。

 

「大丈夫よ。着替えはあるし、多分エリカのサイズにも合っていると思うわ」

 

 深雪はそう言って足元のバッグを指差す。確かに三人分の服なら余裕で入るだろう。

 

「……エリカ」

「あ、達也くん……」

 

 エリカが縋るような目を向けてくるが、これは回避不可能だった。

 

「…諦めろ」

「達也くん!?」

「ふふ……」

 

 達也の裏切りに声を上げるエリカと、笑みを深める深雪。

 

(良い意味でも悪い意味でも、本当に母上たちに似てきているな……まあ、素を出せるような関係にはなれたんだろうな)

 

 達也がそんな現実逃避をしていると、深雪がエリカの腕をガシッと掴んだ。

 

「それじゃあ兄さんの許可も下りたことだし、行きましょうエリカ」

「え、ちょっ、待って深雪!?」

「何かしら?」

「えっと…ちょっと話が……」

「部屋に行ったら聞いてあげるわね」

「いや、その話じゃなくてぇ!」

 

 深雪がエリカの抗議を無視して引っ張っていく。

 

「達也さん、二階の奥の部屋をお借りします」

「ああ、シャワーを使うようなら一階を使ってくれ。俺は地下を使うから」

「ありがとうございます。洗濯は明日の朝私がしますので、そのままにしてもらえますか?」

「そのつもりだ、それじゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」

 

 達也は諦めの境地に至り、バッグを背負い階段を上っていく水波をぼうっと見送る。

 

(エリカ……頑張れ)

 

 そして心の中で合掌し、地下へと向かうのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 達也がプレゼントに指輪を選んだ理由の一つに、普段使いができるというものがある。できるだけ装飾を抑えたデザインを採用したのも同様の理由だ。

 CADであることからも、日常生活で身に着けることはむしろ自然なことだった。

 つまり、何が言いたいかというと、

 

「千葉さん! それってシルバーの最新作の!」

「あの指輪型CADだよね!? どうして持ってるの!?」

「……あっ、もしかして司波君?」

「え、それ司波君からのプレゼントなの!?」

 

 こんな具合に、クラス内の目敏い者たちに見つかるのは、時間の問題であった。

 シルバー・リングの発売日、教室に入ったエリカはクラスの女子に囲まれていた。その話題はもちろん、エリカの左手薬指に輝く銀色の指輪である。

 

「なぁ、あれって達也からので合ってんのか?」

 

 エリカの席から少し離れた場所で、レオと幹比古、美月がその様子を窺っていた。

 

「エリカの表情からそうなんじゃないかな」

「そうですね、エリカちゃんすごく嬉しそうですし」

 

 美月の視線の先では、エリカは大勢の質問にたじろぎながらも幸せオーラを振りまいている。

 

「それにしても、どうやってあのCADを手に入れたんだろう?」

「たしか告知からすぐに完売したんですよね?」

「飛行魔法の時みたいにツテを使ったんじゃねぇか」

「いやいや、あの最新作を貰えるツテって……あ、来たみたいだ」

 

 幹比古は少し引き気味だったが、教室の入り口に件の人物を見つけた。

 

「司波君!」

 

 エリカを質問攻めにしていた女子生徒のひとりが、達也に向けて叫んだ。

 

「この指輪は司波君があげたの!?」

「ああ」

「恋人へとプレゼントですか!?」

「ああ」

「どうやって手に入れたの!?」

「ちょっとしたツテだ」

 

 達也の答えに、教室内がざわめいた。「え、司波君ってもしかして」「どこかの御曹司?」「そうじゃなきゃむりでしょ、こんな」というような言葉が飛び交っていた。

 

「あと、このCADがまだ使えないって本当!?」

「エリカの個人設定をしていないからな」

 

 シルバー・リングはその設計上、サイオン波の登録をしなければ魔法の発動ができない。なので、今エリカが付けているのはただの指輪と同じ扱いである。

 

「わかった!」

 

「なにがだ?」と思ったのは達也だけではないだろう。

 

「今からその設定をしに行くわよ!」

「「「「は?」」」」

 

 その女子生徒に、教室中の全員が「何を言っているんだ」という目を向けている。

 

「授業はどうするんだ」

「サボるに決まってるじゃない!」

「いや…それはさすがに……一限目は実習だぞ?」

 

 座学とは違い、課題提出が間に合わなければ居残りである。

 

「こんな面白そうなのを前に授業なんて受けてらんないわ! 週末は全員で補修よ! それじゃあ千葉さん、行くわよ!」

「え、ちょっ、本気なの!?」

「当たり前じゃない!」

 

 昨日深雪に引きずられた所為なのか、エリカは何故か拘束を解けずに廊下へと引っ張られる。

 

 えぇ……

 

 急に静かになった教室で、全員が同じ意見を共有した瞬間だった。

 

「司波君、早く行くわよ!」

 

 だが、廊下から掛けられた声に、結局は従う達也たちE組なのであった。

 

 

 

 

 実習室は生徒会の許可と電子キーが必要なため、空いていた体育館に移動したE組のメンバー。

 

「とりあえずは使用者登録だけで良いか? 残りの五つはまた今度に埋める」

「うん、それでお願い」

 

 達也が簡易調整機で登録だけ済ませると、エリカへとCADを手渡す。

 

(シルバーの術式、どんな感じかしらね)

 

 エリカにとって、達也以上の調整は想像がつかない。あれ以上のフィット感など存在しないとまで思う。

 いくらシルバーが作ったとはいえ、それは変わらないだろう。エリカはそう思っていた。

 

「ふぅー、いくわね」

 

 心の中で自己加速術式を選択すると、エリカの身体が急加速する。

 

(あれ……? この感覚……)

 

 完全思考型CADの実演に周りのクラスメイトが歓声を上げる中、エリカは戸惑いを覚えた。

 体育館を滑走しながら、ゆっくりとその感触を確かめる。

 

(……うん、やっぱりそう。でもこれって……)

 

 何度やっても同じ感覚。

 剣に向き合うきっかけにもなった、あの心地よさ。

 それから毎日、飽きるほど繰り返したあの感覚。

 

 いくら同じ自己加速術式とはいえ、あまりに似すぎていた。

 これではまるで──

 

(──なんだ、そういうことね)

 

 エリカの中で一つの確信に至った。分かってしまえば、色々なことが納得できる。

 

(いやいや、前から非常識とは思ってたけどさぁ……さすがにこれは無いでしょ)

 

 まさか誰がそんなことを信じるだろうか。おそらく誰も信じないだろう。

 あの『天才』エンジニアの正体が高校生などと。

 

(あっ、そういえば天才って言われるの嫌いなんだっけ。もしかしてこれが原因だったり?)

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、演習場を滑走しつつ視界の端に件の人物を捉える。

 

(あたしの見る目が良いのか……逆にとんでもないのを選んじゃったのか)

 

 エリカは心の中で苦笑した。

 

(ほんと…いくつ隠し事してるのよ)

 

 自身の婚約者に向かい、エリカはそう悪態を吐くのだった。

 

 

 

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