生徒会室でのお喋り会を終えて、ようやく帰宅した達也。だが、今日は三人の同行者がいた。
「深雪、水波、どうしてここに?」
「今日は穂波さんがお休みだそうなので」
「……それで?」
「エリカもこちらに来るとの事でしたので、夕飯をご一緒できればと思いまして」
「エリカさんにも了承は取ってありますよ?」
言外に「邪魔だから帰ってほしい」という達也の要望に、二人はにこやかな笑みで否を叩きつけた。
「あの、達也くん……あたしなんかマズイことしちゃった?」
「いや、そうじゃない……とりあえず上がろうか」
不安げな視線を向けてくるエリカに、達也はそう誤魔化して三人をリビングへと案内した。
そして、水波が腕を振るった料理を並べるのだが、
「そういえばさ、生徒会室での話し合いって何だったの?」
(((ドンピシャだな / ですね)))
流れとしては不思議ではないのだが、この後のことを考えると、まさにドンピシャなタイミングだった。
「明日発売のシルバーの最新作についてだ」
((ふふ……))
達也はポーカーフェイスを保ったままそう答えたが、深雪と水波は笑みがこぼれないように必死だった。
「あ~、あれね。指輪型のホウキってやつよね」
「知っていたのか」
「まあね。あれってすごい高性能なんでしょ? 世界初の完全思考型CADって」
「そうだな。先輩方が盛り上がっていたぞ」
「先輩って?」
「中条先輩と市原先輩、七草先輩に渡辺先輩、あとは千代田先輩と五十里先輩だな。まあ盛り上がる部分はそれぞれだったが」
「あぁ…想像できるわ」
エリカもこのメンバーの会話を想像したようで、少しげんなりとした表情になった。
「でもまあ、ああいうのに憧れるのもわかるけどねぇ」
「……憧れるのか?」
「そりゃぁねぇ……自分のために世界初の技術なんて作ってくれたんだから」
(だそうですよ、兄さん)
(達也さん、良かったですね)
(まぁ…そうだな)
喜んでもらえるとわかったのなら、放課後の地獄を過ごしたのも悪くはなかったと思える。
「……なに話してるの?」
小声で会話する三人に訝しげな視線を向けるエリカ。
「いや、何でもないぞ」
「そうは見えないんだけど」
「そんな大した話じゃないから大丈夫よ。それよりも早く食べましょうか。せっかくの料理が冷めちゃうわ」
「……分かったわよ」
不満そうなエリカだったが、水波の料理を口にすると上機嫌に舌鼓を打つのだった。
夕食と食後のティータイムも終えて、のんびりとしていた達也たち。
「深雪様、明日も学校がありますし、そろそろ帰りませんか」
「そうね。そろそろお暇しましょうか」
「エリカさんはどうしますか?」
「あたしもそろそろ帰ろうかな」
「分かりました、それでは玄関でお待ちしています」
深雪と水波の二人は立ち上がり、荷物を持ってリビングを出ていく。
「じゃあ達也くん、あたしももう帰るわね」
そう言って荷物の整理を始めるエリカ。
「その前にエリカ、少しいいか?」
「ん? どうしたの?」
「帰る前に渡したい物があるんだ」
キョトンとしているエリカだったが、達也は真剣な表情でエリカを見つめる。
「……あたしに?」
「ああ」
「……分かったわ」
達也の声音にエリカは少し戸惑ったようだが、すぐに真剣な表情になり身体を向けてくる。
「エリカ」
「…はい」
何も言わず、小さく返事をしたエリカ。間違いなくこれから起こることを察している。
相変わらずの勘の良さだが、今更引くわけにはいかない。
ポケットから箱を取り出し開く。
出てきたのは、先ほど話題になった銀色の指輪。
「──っ!」
それを見たエリカから小さく悲鳴が漏れた。
サプライズにはなったようだが、ここで終わってはいけない。何度も練習したセリフだが、精一杯丁寧に。
「エリカ、俺と結婚してくれないか」
達也が選んだのは、超王道のプロポーズ。
「これって…その……」
「婚約指輪。きちんと用意したいと思ってな」
確認のように呟いたセリフを達也が肯定する。
「受け取ってもらえるか?」
「……うん…うん…! もちろんっ」
大きく頷くエリカ。それだけで用意して良かったと思えるのだから不思議である。
「手、出してくれるか」
差し出された左手の薬指に、指輪をそっとはめる。
「あは、ピッタリだわ」
手首を回して、様々な角度から眺めている。
嬉しそうに微笑むエリカだったが、しばらくして満足すると、そっと抱き着いてきた。
「ありがと…すごく嬉しい」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
達也も両腕をその背に回して、そっと抱きしめる。
「うん…この前はああ言ったけど……やっぱり嬉しかった」
「俺も渡せて良かった」
そう言って頭を撫でていると、エリカの声のトーンが変わった。
「あ、ちょっ…それ……今されると…ヤダ……」
緊張の糸が解けたのか、ようやく実感が湧いたのか、少しずつ涙声になっている。
「……やっ、あの…イヤなわけじゃなくて……その…」
「大丈夫だ。疑ってない」
「……今……笑え…なくて……」
「泣いてても良いさ」
「…でも…こんな日に泣いてちゃ………」
「大丈夫だ」
言葉だけでなく、そっと頭を撫でていると、エリカの抱き着く力が強くなった。
「…ギュッてしてて………あと…こっち見ないで」
無言で力を強めると、腕の中から嗚咽が漏れだす。
(本当に、ちゃんと渡せて良かったな)
ようやくの達成感や込み上げてくる愛おしさを感じながら、達也はそっと撫で続けるのだった。
◆
「うふふ……」
目の周りを真っ赤に腫らしたエリカだが、本人は幸せそうに指輪を眺めている。左手を見つめたままクルクルと回して、また堪えきれないと言わんばかりに笑みを零す。
(何度見ても指輪は変わらないんだがな)
そう思いつつも、これほど喜んでもらえるのは悪い気はしない。
「ねぇ達也くん」
「なんだ?」
「ありがと」
「どういたしまして」
「ふふ……達也くんさ」
「なんだ?」
「はい、どうぞ」
そう言って人差し指で唇をタップしている。
顔を近づけると、へにゃりと頬を緩ませて目を閉じたので、そっと唇を合わせる。
「ねえ達也くんさ」
「どうした?」
「大好き」
「俺もだ」
「……えへへ」
エリカはまた笑いながら指輪を見つめる。
この頭の悪そうなやり取りも、もう何回も繰り返した。だが、幸せそうに微笑むエリカは文句なしに可愛く、切り上げようとは思わない。
「…………ふぅ」
だが、さすがにもう満足したようだ。
「ちょっと名残惜しいけど時間がヤバいから帰るわね」
訂正、少し名残惜しいらしい。
「送っていこうか?」
「ん~、それじゃあお願いしようかな」
「分かった」
立ち上がり玄関へ向かおうとする。
「……あれっ?」
ふと、エリカの動きが止まった。
「どうかしたか?」
「あの…そういえばなんだけどさ……」
「ああ」
「深雪たちって……もう帰った?」
「あっ」
完全に忘れていた。二人はそもそも家にいる予定ではなかったし、リビングから出た時点で頭から抜け去っていた。
恐る恐る玄関へ向かうと──
「兄さんはしっかり渡せたみたいですね」
「エリカさんも、嬉しそうで何よりです」
宣言通り、二人は玄関口で待っていた。
これはまずい。
何がまずいのかと言えば、この家は防音がしっかりしているため、壁越しの音はほとんど聞こえないのだ。
深雪たちがリビングを出てから一時間ほど。
この空白の時間に達也たちが何をしていたのか、深雪たちは全く分からないのである。疚しいことはしていないとは言え、キスやハグ、指輪を眺めていただけで一時間経っているとは主張しづらい。
「あ、あの…あたしはただ指輪を貰っただけで」
「大丈夫よエリカ。変な誤解なんてしないもの」
「そう……良かった」
深雪の言葉にエリカは胸を撫で下ろしたが、達也の考えは真逆だった。今の深雪は、達也を揶揄ってくるあの二人にそっくりだった。
つまり、何も安心などできないということだ。
「だって、本人から全部聞けるんだから」
「へっ?」
(やはりか……)
予想に違わず、エリカを逃がすつもりはないようだった。
「深雪様、今日はお泊り女子会ですね」
「そうね、時間はたっぷりあるからゆっくりと聞きましょうか」
「え、その……あたし、替えの服とか持ってないんだけど」
エリカがせめてもの抵抗を見せるが、水波の用意周到さを甘く見ている。
「大丈夫よ。着替えはあるし、多分エリカのサイズにも合っていると思うわ」
深雪はそう言って足元のバッグを指差す。確かに三人分の服なら余裕で入るだろう。
「……エリカ」
「あ、達也くん……」
エリカが縋るような目を向けてくるが、これは回避不可能だった。
「…諦めろ」
「達也くん!?」
「ふふ……」
達也の裏切りに声を上げるエリカと、笑みを深める深雪。
(良い意味でも悪い意味でも、本当に母上たちに似てきているな……まあ、素を出せるような関係にはなれたんだろうな)
達也がそんな現実逃避をしていると、深雪がエリカの腕をガシッと掴んだ。
「それじゃあ兄さんの許可も下りたことだし、行きましょうエリカ」
「え、ちょっ、待って深雪!?」
「何かしら?」
「えっと…ちょっと話が……」
「部屋に行ったら聞いてあげるわね」
「いや、その話じゃなくてぇ!」
深雪がエリカの抗議を無視して引っ張っていく。
「達也さん、二階の奥の部屋をお借りします」
「ああ、シャワーを使うようなら一階を使ってくれ。俺は地下を使うから」
「ありがとうございます。洗濯は明日の朝私がしますので、そのままにしてもらえますか?」
「そのつもりだ、それじゃあおやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
達也は諦めの境地に至り、バッグを背負い階段を上っていく水波をぼうっと見送る。
(エリカ……頑張れ)
そして心の中で合掌し、地下へと向かうのであった。
◇◇◇
達也がプレゼントに指輪を選んだ理由の一つに、普段使いができるというものがある。できるだけ装飾を抑えたデザインを採用したのも同様の理由だ。
CADであることからも、日常生活で身に着けることはむしろ自然なことだった。
つまり、何が言いたいかというと、
「千葉さん! それってシルバーの最新作の!」
「あの指輪型CADだよね!? どうして持ってるの!?」
「……あっ、もしかして司波君?」
「え、それ司波君からのプレゼントなの!?」
こんな具合に、クラス内の目敏い者たちに見つかるのは、時間の問題であった。
シルバー・リングの発売日、教室に入ったエリカはクラスの女子に囲まれていた。その話題はもちろん、エリカの左手薬指に輝く銀色の指輪である。
「なぁ、あれって達也からので合ってんのか?」
エリカの席から少し離れた場所で、レオと幹比古、美月がその様子を窺っていた。
「エリカの表情からそうなんじゃないかな」
「そうですね、エリカちゃんすごく嬉しそうですし」
美月の視線の先では、エリカは大勢の質問にたじろぎながらも幸せオーラを振りまいている。
「それにしても、どうやってあのCADを手に入れたんだろう?」
「たしか告知からすぐに完売したんですよね?」
「飛行魔法の時みたいにツテを使ったんじゃねぇか」
「いやいや、あの最新作を貰えるツテって……あ、来たみたいだ」
幹比古は少し引き気味だったが、教室の入り口に件の人物を見つけた。
「司波君!」
エリカを質問攻めにしていた女子生徒のひとりが、達也に向けて叫んだ。
「この指輪は司波君があげたの!?」
「ああ」
「恋人へとプレゼントですか!?」
「ああ」
「どうやって手に入れたの!?」
「ちょっとしたツテだ」
達也の答えに、教室内がざわめいた。「え、司波君ってもしかして」「どこかの御曹司?」「そうじゃなきゃむりでしょ、こんな」というような言葉が飛び交っていた。
「あと、このCADがまだ使えないって本当!?」
「エリカの個人設定をしていないからな」
シルバー・リングはその設計上、サイオン波の登録をしなければ魔法の発動ができない。なので、今エリカが付けているのはただの指輪と同じ扱いである。
「わかった!」
「なにがだ?」と思ったのは達也だけではないだろう。
「今からその設定をしに行くわよ!」
「「「「は?」」」」
その女子生徒に、教室中の全員が「何を言っているんだ」という目を向けている。
「授業はどうするんだ」
「サボるに決まってるじゃない!」
「いや…それはさすがに……一限目は実習だぞ?」
座学とは違い、課題提出が間に合わなければ居残りである。
「こんな面白そうなのを前に授業なんて受けてらんないわ! 週末は全員で補修よ! それじゃあ千葉さん、行くわよ!」
「え、ちょっ、本気なの!?」
「当たり前じゃない!」
昨日深雪に引きずられた所為なのか、エリカは何故か拘束を解けずに廊下へと引っ張られる。
えぇ……
急に静かになった教室で、全員が同じ意見を共有した瞬間だった。
「司波君、早く行くわよ!」
だが、廊下から掛けられた声に、結局は従う達也たちE組なのであった。
◆
実習室は生徒会の許可と電子キーが必要なため、空いていた体育館に移動したE組のメンバー。
「とりあえずは使用者登録だけで良いか? 残りの五つはまた今度に埋める」
「うん、それでお願い」
達也が簡易調整機で登録だけ済ませると、エリカへとCADを手渡す。
(シルバーの術式、どんな感じかしらね)
エリカにとって、達也以上の調整は想像がつかない。あれ以上のフィット感など存在しないとまで思う。
いくらシルバーが作ったとはいえ、それは変わらないだろう。エリカはそう思っていた。
「ふぅー、いくわね」
心の中で自己加速術式を選択すると、エリカの身体が急加速する。
(あれ……? この感覚……)
完全思考型CADの実演に周りのクラスメイトが歓声を上げる中、エリカは戸惑いを覚えた。
体育館を滑走しながら、ゆっくりとその感触を確かめる。
(……うん、やっぱりそう。でもこれって……)
何度やっても同じ感覚。
剣に向き合うきっかけにもなった、あの心地よさ。
それから毎日、飽きるほど繰り返したあの感覚。
いくら同じ自己加速術式とはいえ、あまりに似すぎていた。
これではまるで──
(──なんだ、そういうことね)
エリカの中で一つの確信に至った。分かってしまえば、色々なことが納得できる。
(いやいや、前から非常識とは思ってたけどさぁ……さすがにこれは無いでしょ)
まさか誰がそんなことを信じるだろうか。おそらく誰も信じないだろう。
あの『天才』エンジニアの正体が高校生などと。
(あっ、そういえば天才って言われるの嫌いなんだっけ。もしかしてこれが原因だったり?)
そんなどうでもいいことを考えながら、演習場を滑走しつつ視界の端に件の人物を捉える。
(あたしの見る目が良いのか……逆にとんでもないのを選んじゃったのか)
エリカは心の中で苦笑した。
(ほんと…いくつ隠し事してるのよ)
自身の婚約者に向かい、エリカはそう悪態を吐くのだった。