各部活が新入生獲得に勤しむ中、とある生徒たちは怨念を吐いていた。
「くそっ、何なんだあの二人は……」
「こっちは苦労してるってのにイチャイチャしやがって……」
彼らの視線の先では、風紀委員の腕章を付けた二人組が仲睦まじい様子で歩いていた。
「レオの部活も順調そうだったな」
「相変わらず脳筋の体力バカしかいなかったけどね〜」
「水波も一応部員だぞ?」
「水波は別よ。というより今日はいなかったじゃない」
「水波は新歓期間、部活連本部に詰めているからな」
「水波がいれば男子の五人や十人軽く入るだろうし、女子の部員も勧誘しやすいのにね」
昨年の大活躍により、「風紀委員夫婦」と呼ばれるようになった二人。
「あ、そうだ。明日の放課後って空いてる?」
「空いているが、何処か行くのか?」
「そろそろ達也くんの誕生日だし、何か買いに行こうかと思って」
「当日に祝うんじゃないのか?」
「当日は深雪たちも一緒だし……それにさ、あたしも偶にはちゃんとしたもの選びたいし」
エリカはそう言って、指を揃えた左手をひらひらと揺らす。その薬指には、小さなシルバーリングが輝いていた。
「こんなの貰っちゃったら、あたしも何かお返ししたいじゃない」
「そんなに気にしなくても良いんだがな」
「あたしが気になるのよ」
三年生の許嫁組のように、手をつないだり腕を組んだりといった様子はないが、肩を寄せ合って歩くその姿は独り身の高校生には辛いものがある。
むしろ過度にベタベタしていない分、幸せオーラが溢れ出ており、こちらの方が辛いかもしれない。
「……なぁ、今ならやっても許されるんじゃねぇか?」
「止めておけ、返り討ちにされるのがオチだ」
「でもよぉ……」
「それに万一千葉さんに怪我でもさせたらただじゃ済まないぞ」
「魔王の逆鱗に触れたらどうするんだ」
「やるならお前ひとりでやれよ」
一人が耐えきれないとばかりに愚痴をこぼすも、すぐさま周りの生徒たちが諫める。
「あの……すみません、先輩方」
そこに既に入部が決まっている一年生が、恐る恐るといった様子で問いかけた。
「その…魔王って誰の事なんですか?」
「ん? ああ、一年は知らないよな。あそこにいる風紀委員の二人組は知っているか?」
「あ、はい。司波達也さんと千葉エリカさんですよね。去年モノリスに出てた」
「そうだ。その司波についてなんだが……あいつのことは絶対に怒らせてはダメだ」
「えっと……そんな怖い人なんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
「何言ってるんだ、魔王は怖いに決まってる」
「普段はそうじゃないだろ」
「? 怒ると怖い人なんですか?」
「そうだ、あいつがキレたら一高は跡形もなくなる」
「そんなことは……」
「あるんだ。去年のあれを見た一高全員はそれを分かっている」
顔を青くしながらきっぱりと断言する上級生に絶句する一年生。
「まあそんなことを言われても信じられないよな」
一人の部員が苦笑いを浮かべながら辺りを見回し、ある一点で視線を止める。
何やら人だかりができており、よく見れば小競り合いが起こっていて、その中心には目を回す数人の生徒、おそらく新入生の姿があった。
どうやら毎年恒例の熱烈な歓迎にあっているようだ。
「ちょうどいい、実際に見た方が早い」
そう言って騒ぎの方に小走りで駆ける。そして、その中心に向かってこう叫んだ。
「魔王が来たぞ!」
決して大きくはない一言だったが、勧誘にあたっていた生徒たちの様子が一変した。
「なにっ、ほんとか!?」
「おいお前らすぐやめろ!」
「スペースに戻るぞ、早くしろ!」
先輩の急変についていけない新入生たち。驚きで固まっている彼らは、「引き留めちゃってごめんね、また空いてるときに見学に来てよ」と優しく送り出され、校舎の方へと歩いていく。先ほどまでの押しの強さはどこに行ったのか。
「……なんなんですかあれ」
「あれが魔王の恐ろしさだ」
「司波先輩は何もしていないような……?」
「何もしてないんじゃない。そこにいるだけで意味を持つ、それが魔王なんだ」
「……なるほど?」
「いいか、絶対に魔王を怒らせてはいけない。それを守っていれば、一高の平和は保たれる」
「……分かりました」
納得がいかないまでも、先輩のあまりに真剣な様子に頷いた一年生。
こうして今日も、第一高校に新たな魔王伝説が生まれたのだった。