新入生勧誘週間が終わり、達也は久しぶりに平和な放課後を過ごす事が出来るようになった。エリカは暴れ足りないようで不満そうだったが。
「達也、今日からは委員会は無いんだろ?」
「ああ、そういう約束だったしな」
「大活躍だったのに残念だったなぁ。今や二人とも有名人だぜ。たった二人で上級生をなぎ倒す謎の一年風紀委員夫婦って」
「『謎の』ってなんだよ……それに、夫婦でもないぞ」
レオが口にした噂に達也は深々とため息を吐いた。
「それだけ達也さんとエリカちゃんがした事が凄いってことですよ」
そう、「謎の夫婦」という部分を除けば、噂の内容は正しいのだ。達也たち二人で、風紀委員の検挙数の半数以上を占めた日もあるほど、二人は働いていた。二人の所為で起きた騒動が大半なので、仕事を増やしただけとも言えるが。
「そうか……」
「あたしは楽しかったから満足だけどね」
「エリカは楽しそうに暴れていたからな……」
美月は純粋に褒めているのだが、エリカは分かってやっている。達也がジト目で睨む。一週間分の疲れの所為で目が据わってきていることもあり、エリカはあからさまに話題を逸らした。
「そ、そうだ! 久しぶりにケーキ屋に行こうよ、お疲れ様会ってことで」
「そうですね、私もいいと思います」
美月が賛成したことで、明日の放課後にケーキ屋に行くことが決定した。達也は今日こそは図書室に行くべく席を立とうとした。だが、どうやら今日も無理なようだ。
「達也。客だぜ」
レオの言葉に教室の入り口を見るとそこには、二年の壬生紗耶香が立っていた。
「一応はじめまして、って言った方が良いかな?」
「そうですね、こうして会うのは初めてです。剣道部の壬生先輩ですよね」
「ええ、そうよ」
「俺に何か用ですか?」
「先日の事で、君と千葉さんと少し話をと思って……今から少し付き合ってもらえないかな?」
「いいですよ」
達也が了承を返す。エリカも問題ないとのことで、三人はカフェに移動した。
◆
「改めて、先週はありがとうございました。司波君のおかげで大事に至らずに済みました」
「礼には及びません。俺は桐原先輩を止めただけですから」
「ううん、司波君にはそれ以外にも感謝しているの。剣道部への措置が穏便に済んだのは、司波君がお咎め無しを主張してくれたからでしょ?」
そんなことはしていない。そもそも、当時は風紀委員でもなかった達也にそんな権限があるはずもないのだ。
「いえ、俺はそんなことを主張してはいませんよ。無罪を決めたのは渡辺委員長です」
「うそ」
「はい?」
達也は事実を告げただけだったのだが、紗耶香は急に強い口調でそれを否定した。
「渡辺先輩はそんなことしないわ。あの人は二科生のことなんて何とも思ってない」
「…そんなことはないと思いますが。俺もエリカも二科生ですが、渡辺先輩はきちんと接してくれていましたし。あの場でも剣道部や剣術部どちらかに肩入れする様子も無かったでしょう?」
「あれ、そういえば…でもあの人は……」
「壬生先輩、一回落ち着いて」
紗耶香は混乱していたが、エリカの一言で我に返ったらしく、深呼吸を繰り返している。達也もこれで話し合いが終わりとは思っていない。
「それで、本題は何でしょうか」
「……単刀直入に言います。司波君、千葉さん剣道部に入りませんか」
「せっかくですがお断りします」
「あたしも遠慮します」
二人から即答で否を返された紗耶香はショックを隠し切れない様子だ。
「えっと、理由を聞かせてもらってもいい?」
「理由を聞きたいのは俺の方です。エリカはともかくとして、俺のは徒手格闘術であって剣道の心得はありません」
「あたしのも剣術であって剣道ではないです。壬生先輩なら違いがわかるはずですよ」
「そ、それは……」
紗耶香は言葉に詰まるが、観念したようで、一つ息を吐いてから口を開いた。
「魔法科高校では魔法の成績が最優先……そう納得して入学したけど、それだけで全部決められるのは間違ってると思わない? 授業で差別されるのは仕方がない。でも、クラブ活動まで魔法の腕が優先なんて間違ってる」
確かに魔法競技系のクラブは学校からバックアップされているが、それは魔法科高校の宣伝の為に当然のことだ。「優遇されていない」ことと「冷遇されている」ことの区別が彼女にはついていないようだ。これでは他の二科生と同じだ。
「魔法が使えないからって、あたしの剣まで侮られるのは耐えられない。魔法だけで、あたしの全てを否定させはしない」
だが、これだけは先ほどとは違う口調。紗耶香の本心が垣間見える強い口調だ。
「だから、非魔法競技系クラブで部活連とは別の組織を作ることにしたの。そして、あたしたちの考えを学校に伝えるつもり。その為にあなたたちに協力してもらいたいの」
「なるほど……」
達也は自分の見る目の無さを笑った。
「バカにするの?」
「いえ、自分の思い違いがおかしかったんです。先輩の事をただの剣道美少女だと思っていたんですから、俺も見る目がない……」
紗耶香はその言葉に顔を赤くする。隣に座っているエリカはムッとした表情で達也の太腿を抓る。
「っ!」
達也はエリカに視線を向けたのだが、どうやらエリカは素知らぬ振りを続けるようだ。頑なにこちらを見ようとしない。達也は紗耶香との話し合いを終わらせることにした。
「壬生先輩」
「な、何かしら?」
「考えを学校に伝えて、それからどうするんですか?」
「え?」
◇◇◇
達也が今後について質問したところ、全く考えていなかったのか、紗耶香は言葉に詰まってしまった。そのため、達也たちは紗耶香からまた話を聞くことにしてその場は解散となった。
「エリカ、答えづらいかもしれないが、一つ質問していいか?」
達也の足取りからどこに向かっているか分かったのだろう。エリカはふるふると首を横に振った。
「渡辺摩利のことでしょ、いいわよ別に。あたしもちょっとおかしいと思ったし」
「助かる。それで、渡辺先輩は二科生だからといって差別をするような人ではないと思うんだが、どう思う?」
「それには同意見。あの女もそんなことはしないはず」
「そうか、それが分かれば十分だ」
達也たちが向かったのは風紀委員本部。摩利は大体の確率でここか生徒会室にいるのだが、今日はこちらにいたようだ。
「渡辺先輩、少しいいですか」
「なんだ、二人揃って。風紀委員に就任でもするのか」
「渡辺摩利、あんたに聞きたいことがあるの」
摩利は一瞬茶化したが、エリカの様子に表情を引き締めた。
「壬生先輩と何があったの」
「壬生と?」
「さっき壬生先輩と話して来たんだけど、あんたに恨みがあるような口振りだったのよ」
「……去年の新歓期間に剣術部の騒ぎを収めたとき、壬生に練習を申し込まれたことはあったが、それくらいしかないぞ」
「そのとき、先輩はなんと答えたのですか」
「細かいセリフは忘れたが……あたしじゃ壬生の相手は務まらないから、腕に見合う相手と稽古してくれ。こんな感じだった気がするぞ」
「なるほど」
達也は何となくだが、紗耶香の抱いていたあの怨念の正体がわかったような気がした。
「達也くん、何か分かったの?」
「なんとなくな。だが、気が進まないな……」
これを処理するには教員か生徒会に伝えるしかない。まさか教員に伝えるわけにもいかないので、深雪と真由美のいる生徒会に行くしかないのだ。
エリカも摩利もそれで察したようで、達也は二人に引っ張られながら生徒会室に向かうのだった。
◆
「真由美、少しいいか」
生徒会室には真由美、鈴音、あずさ、深雪、そして副会長の服部がいた。だが、初対面である服部へ達也たちを紹介することなく、摩利はすぐに真由美に声をかけた。
「摩利? 達也くんと千葉さんもどうしたの?」
「達也くんから話があるようでな」
「達也くんから……?」
真由美は達也からの話ということで身構えたが、重要な話であることは伝わったようで、生徒会業務を中断してくれた。
「さて、話とは何でしょうか?」
「剣道部二年の壬生紗耶香先輩についてですが、何者かにマインド・コントロールを受けている可能性があります」
初っ端からの爆弾発言に全員が唖然とするが、達也は構わず続ける。
「先ほど壬生先輩と話していたのですが、渡辺先輩について異常な執着を持っていますので、おそらくはそれに関するものだと思われます。また、壬生先輩たちは有志同盟という組織を設立しようとしているそうですので、そのメンバーもマインド・コントロールが疑われます」
立て続けに聞かされる情報にほとんどの生徒が困惑している中、いち早く冷静さを取り戻したのは二人。エリカと深雪だ。
「じゃあ、壬生先輩はその所為で……」
「壬生先輩のケアは専門家に任せましょう。それよりも、今は誰がそれをやっているかの対処が先決です」
ただ、エリカが怒りを覚えていたのに対し、深雪はそういった類の感情を顕にしていないのが対照的ではあったが。
「そうですね。誰が、ということですが、七草会長はご存じないですか?」
四葉があそこまで掴んでいる情報だ。一高の生徒会長で七草家の真由美が全く知らないはずはないだろう。
「…おそらくだけど、反魔法国際組織『ブランシュ』と、その下部組織の『エガリテ』よ」
真由美の呟きに反応を返したのは三人、摩利と鈴音、それと深雪だ。エリカはもちろん、二年生の役員も知らないようだ。
「なるほど。それで、何か対策は取っているのですか?」
「……いえ、具体的な対策はまだ取れていないわ」
「そうですか」
予想通りの回答だった。真由美の表情がより一層曇ったが、達也は気にせずに摩利へと視線を向けた。
「ひとまず壬生先輩に関してですが、渡辺先輩から一度真実を伝えてから専門家に任せる形が良いと思うのですが、どうでしょうか」
「……そうだな、それが良いだろう。達也くん、今からでも壬生を呼び出せるか」
摩利の要望に達也はすぐに応えた。
◆
先ほどまで話していたカフェに、紗耶香はすぐに来てくれた。
「司波君、千葉さんも、急にどうしたの?」
「すみません、一つお伝えしたいことがありまして」
「えっと、なに?」
ここからはエリカの仕事だ。達也ではなく、同じ剣士としてエリカが伝えるべきだと判断した。
「壬生先輩、先輩はこの学校の何が不満なんですか?」
「…実技の成績が悪い、二科生というだけであたしの全て否定されていることよ」
「でも、渡辺摩利は、先輩の剣をしっかりと評価していましたよ」
「えっ? でも、あのときは……」
「壬生先輩、あたしは一度しか見ていませんが、先輩の剣は中学時代からは別人のようでした。先輩の剣は、あたしが、千葉の娘が証明します」
「貴女、あの千葉家の人だったの……でも、あたしは先輩にすげなく断られてショックだった。あたしが二科生だから相手をしてもらえないんだって……」
「ねえ、もう出てきていいわよ」
エリカが紗耶香の言葉を遮って声を上げる。突然現れた摩利に驚く紗耶香。
「わ、渡辺先輩……!?」
「それは違うぞ、壬生。あたしはすげなく断ってなどいない、剣の腕はあのときから壬生の方が上だったんだからな。あたしはお前の腕に見合わないから断ったんだ」
「え、あれ……? そう、いえば……」
こんな反応をする時点で紗耶香がマインド・コントロールを受けていることは確定だ。おそらく記憶をすり替えたのだろう。摩利もエリカもかける言葉が見つからないようだ。
「そんな……じゃあ、あたしは勝手に誤解して、逆恨みで一年間も無駄にしていたの……?」
紗耶香の嗚咽だけが沈黙の中に流れた。
「無駄ではないと思います」
その沈黙を破ったのは達也だった。達也は一語一語を区切るように、ゆっくりと言葉を続けた。
「無駄ではないと思います。先ほどエリカも言っていたじゃないですか、先輩の剣は中学時代とは別人のようだと。確かに哀しい動機だったかもしれませんが、先輩が磨き上げた剣が、無駄であるはずがありません」
達也の言葉を聞いて、先ほどまで嗚咽だったものが号泣に変わった。エリカと摩利の二人が無言で紗耶香を慰めている中、達也はブランシュを叩き潰すことを決意した。
暫くして落ち着きを取り戻した紗耶香に話を聞いたところ、入学してすぐ剣道部の司甲に声を掛けられたこと、魔法差別撤廃の有志同盟の背後にはブランシュがいること、司甲の兄がブランシュ日本支部のリーダーを務めていることがわかった。
また、有志同盟の参加メンバーも聞くことができ、二十人ほどがマインド・コントロールの治療の為に入院することになった。
◆
紗耶香のことを摩利に任せて帰ろうと思ったのだが、エリカに止められた。
「ねえ、達也くん。これからどうするの」
「もう家に帰るつもりだが?」
「そういうことじゃないの、分かってるよね」
達也と同じように、いや、達也以上にエリカは怒り狂っていた。同じ剣士として、壬生を汚したことが許せないのだろう。
「…わかった。だが、今は情報が足りない。きちんと連絡するから一旦家に帰ろう」
「ん、それなら許してあげる」
エリカも今は納得したようだ。二人はそのまま駅までの通学路を歩くのだった。