ガーディアン解任   作:slo-pe

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ダブルセブン編9

 

 

 一礼して深雪のところへ戻っていくエリカとは対照的に、膝を付いたまま呆然としている琢磨。

 

「七宝」

 

 そんな琢磨に声を掛けたのは、彼の教育係である十三束だった。

 

「今ので分かっただろう。魔法師の戦いは魔法力だけがすべてじゃない。身体能力や戦術……戦い方によって戦況はいくらでも変わる。魔法は使い方次第であって、一科生が絶対に優れているわけではないんだ」

 

 一昨日とは違い冷静さを保っていた琢磨は、自身の敗北をしっかりと認識していた。

 二十八家である自分が、百家とはいえただの二科生に完膚なきまでに負けた。それに加えて、エリカの使ったのは自己加速術式と想子(サイオン)を警棒に纏わせることだけ──一般的な魔法力で言えば、自身より下だと断言できる相手に負けたのだと、十三束の言葉が正しいのだと理解もした。

 

「ですが……」

 

 だが、気持ちの面で受け入れることができなかった。今まで魔法力を求めて努力してきた。生まれ持った才能に胡坐もかかず、十師族になるために努力してきた。それら全てが無駄だったなど、簡単には認められなかった。

 

「七宝、まだ納得できないか?」

「服部会頭……?」

「お前はまだ、納得できていないのか?」

 

 呆然としている琢磨に、服部は同じ問いを繰り返した。

 

「……はい」

「そうか」

 

 服部はそれだけ口にすると、エリカへと向き直った。

 

「千葉さん、もう一度模擬戦を頼めないだろうか?」

「はい?」

 

 エリカは何を言われたのかよく分からないという表情だ。だが、この場で分かっていないのは、エリカを除くと幹比古と十三束の二人だけだった。

 

「七宝が納得できていないようだから、千葉さんにはもう一度模擬戦をしてほしいんだ」

 

 服部の頼みは理解したようだが、未だエリカの頭上には疑問符が浮かんでいる。

 

「誰とやればいいんですか?」

「千葉さんが最も相応しいと思う相手で頼みたい」

「……へぇ」

 

 服部のセリフに、エリカは悪戯を思いついたような顔になった。その心境としては、「やられたらやり返さなくちゃね」といった所だろうか。

 

「あたしは楽しそうなんで良いですけど、その相手が受けてくれるかどうか」

「問題ない。前以て話は通してある」

 

 服部は端末を取り出して、予め用意していたテキストメッセージを送信した。

 

「千葉さんも着替えたいだろうから、二十分後に始めようか」

 

 そして、本日二度目の模擬戦が決定した。

 

 

 

 

 二十分後、演習室のドアが開き、エリカの指名した人物が現れた。

 

「やっほ~、達也くん」

「エリカ……俺を指名してどうする」

「だって相応しい相手って言われたからさ」

 

 エリカは惚けているが、去年の九校戦の仕返しであることは明らかだった。

 

「それに、あたしも達也くんと立ち合ってみたかったしね」

 

(……こういうところが、やはり兄妹なのだろうな)

 

 軽い雰囲気から一転して闘気を纏わせたエリカに、達也もそれ以上何も言わなかった。

 

「二人とも準備はできているようだし、始めようか」

 

 服部の言葉に頷いて、二人は十メートルほど距離を取った。

 

「ルールは先ほどと同じですが、一点だけ変更です。素手だけでなく、武器での直接攻撃も許可します」

 

 深雪は簡易的なルール説明がした後、右手を挙げる。

 

「始め!」

 

 深雪の合図と同時、二人は同時に床を蹴った。

 体術と『フラッシュ・キャスト』を併用して後退する達也だったが、自己加速術式で突進するエリカの速度が勝っていた。

 面、小手、胴、袈裟切り、切り上げ、面、逆袈裟……エリカの怒涛の斬撃を、達也は身を翻して躱していく。

 

 達也が横に跳んでエリカから距離を取り、右手のCADの引き金を引いた。

 想子の波動がエリカを襲う。だが、それはエリカに届く前に刀の一振りで消し飛ばされた。

 

(『サイオン・ブレード』か……自分で作っておきながら、厄介な魔法だ)

 

 エリカの『サイオン・ブレード』は、射程が極端に短く近接戦でしか使えない点を除けば、達也の『術式解体』と同じだ。

 ただでさえ厄介な魔法だが、エリカ程の実力者が使うとなれば、達也にとっても魔法を当てるのは容易ではない。

 

(そういえば、エリカとやり合うのはこれが初めてか)

 

 新歓期間やブランシュのアジト襲撃、レオとの『小通連』テストにモノリス・コード。エリカの戦いは何度か見たことがあるが、こうして一対一で戦うのは初めてだった。

 琢磨のために呼び出され気が乗らない達也だったが、その顔に不敵な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 エリカは再度距離を詰め、達也に向けて剣戟を繰り出す。

 一撃目、二撃目と躱されたが、ここはまだエリカの間合いだ。三撃目として達也の脳天目掛けて警棒を振り下ろすが、達也は後退して刀の間合いから逃れる。

 だが、警棒が頭上を通過する瞬間、達也が身を捻って横に回避した。

 

(これ躱すの!?)

 

 エリカは心の中でそう叫んだ。

『サイオン・ブレード』はただサイオンを纏わせるだけではない。この術式の副次的な効果として、サイオンを纏わせた分、刀身の長さ以上の斬撃を可能にしている。

 三十センチほどではあるが、近接戦闘において任意に刃を生成できるというのは、とてつもなく大きなメリット──のはずだったが、達也には難なく躱されてしまった。

 

 動揺をねじ伏せたエリカだったが、その足取りがわずかに乱れた。

 前進のために足を踏み込んだ瞬間、ピンポイントで揺れる床に感覚を狂わされたのだ。その一瞬の遅滞をついて、エリカの顎目掛けて掌底打ちが繰り出される。

 エリカが全身の力を抜いて身を落としそれを躱すと、読んでいたかのように達也の膝蹴りが襲い掛かってきた。

 咄嗟に両腕をクロスしてガードし、後ろに飛び退こうとしたものの、膝を起点にした移動魔法が仕込まれており、エリカの身体は軽々と吹き飛ばされる。不完全な慣性制御と巧みな体捌きで何とか受け身を取ったエリカは、すぐさま反撃を仕掛けた。

 

「二人とも凄いな! 噂には聞いていたが、実際に見るとまた違ってくるな!」

「というか司波のやつ、今のを躱すのかよ……どんな反射神経してやがんだ」

「千葉さんの攻撃は凄まじいが、司波はその上をいっているな」

 

 沢木に桐原、服部ら三年生が目の前の試合をそう評価する傍ら、琢磨は目の前の攻防に圧倒されていた。

 

 エリカが目にも止まらぬスピードで間合いを詰める。自己加速術式で肉体の動作速度を上げているのだが、それは決して「速ければ良い」という雑なものではない。意識して制御できるギリギリの領域にコントロールされている。

 対して達也は、次々に繰り出される斬撃を体術と魔法を併用して捌いていく。

 エリカが警棒を振り抜く瞬間、達也は柄に右手を添え、足払いと同時にベクトル変換魔法を発動した。

 インパクトの勢いを利用され、柄を中心にエリカの身体が宙を舞う。エリカも空中で体勢を整え着地するが、達也に背を向ける形となってしまった。

 

 横一文字に薙ぎ払われる達也の右足が、エリカを強襲する。体重の乗った回し蹴りは、まともに喰らえば即座に戦闘不能になる威力だ。

 手加減無しの一撃が振り返ったばかりの無防備な身体にぶち当たり、細い身体が激しく吹き飛ぶ──はずだった。

 

 だが、エリカは達也の蹴りに合わせて身を回して、衝撃を殺しきって受け流した。

 そのまま息つく暇もなく、再び斬撃を叩き込んでいく。

 

(なんだそれは!?)

 

 琢磨は内心そう叫んだ。

 エリカが慣性制御の術式を発動させ、衝撃を緩和したことは分かる。術式の難易度自体は全く難しくない。

 だが、それを戦いの最中に実行するとなれば話は別だ。

 

 勢いのまま吹き飛ばされるのではなく、勢いを受け流す。

 それを行うには、慣性消去を発動・解除するタイミングの見切り。慣性を消した不安定な状態で旋回できる足捌きと、慣性を戻した直後でも鈍らない身体操作技術。何より、それら全てを実行できる卓越した状況判断能力が必要になる。

 どんな技量があればそんな真似ができるのか、正しく神業という他ない。

 

 琢磨は自分の考え違いに気づいた。

 先ほど琢磨はエリカに敗北し、その実力差に納得もした。だが、今のエリカを見て、それが間違いだったと気づいた。先ほどのエリカは実力のほんの一部しか出しておらず、本当に軽くあしらわれたのだと解った。

 

 ──自分は高度な(・・・)魔法を使うことができるが、彼らは魔法を高度に(・・・)扱うことができるのだ

 琢磨は目の前で行われている異次元の攻防に、すっかりと打ちのめされていた。

 

「くそっ……」

 

 十師族直系ということでチヤホヤされていても、実際にはまだ半人前でもなかったのだと分からされる。

 悔しさから俯いてしまいそうになるが、ここで目を逸らしてはいけない。琢磨は唇を噛み締めながら二人の攻防を見つめていた。

 

 

 

(攻め手が無いわね……)

 

 エリカは現状に焦りを覚えていた。自身の攻撃は易々と捌かれている。その一方で、エリカは達也の反撃をギリギリで凌いでいる状態だ。

 今の自己加速術式の『速さ』を主とする剣術では、達也の魔法と体術の複合技能に活路が見出せない。

 

(予想はしてたけど、まだこんなに遠いのね……)

 

 達也の力量に対する素直な感嘆が芽生える。それと同時に、闘志が湧き上がった。

 

(でも、ただでは負けてあげないんだから!)

 

 エリカの意識からは琢磨の事などとうに消え去っている。試合の目的も、自身の役割も、達也への恋心でさえも、意識の中から薄れていく。

 エリカの意志は、ただ目の前の一戦へと向けられていた。

 

 エリカが再度接近してくるが、達也はその挙動に違和感を覚えた。一見今までと同じ見えるが、本能が何かが来ると叫んでいた。

 達也は先手を取ってCADの引き金を引いた。エリカを照準とした振動系魔法が展開されたが、その効果が発揮される一瞬前、エリカの姿が残像と化した。

 

(なっ! これは修次さんの……!)

 

 エリカの姿が消えたかと認識するや否や、達也は反射的に右腕を硬化して眼前にかざす。その直後、右腕が警棒と衝突した。接触点を支点にして肘を返すことで斬撃を逸らしたが、さすがに右腕が痺れている。

 

 達也の視界の中で、実像と虚像が重なり合う。加速、停止、加速の切り替えという、修次のテクニックを使い、網膜に残像を生み出しながら達也へと肉薄してくる。

 これまでのテンポを完全に狂わされ、さすがの達也も躱すことに専念せざるを得ない。

 

 だが、一方で。

 攻めているはずのエリカもまた、絶え間ない攻撃を余儀なくされていた。

 エリカは、自分がこの技術をマスターしているとは思っていない。修次の走法は肉体の初動を完全に魔法のみで制御したものだったが、エリカはまだその域には達していない。

 自身の速さについて行けないため、ストライドが長く単調な動きになってしまうのだ。それを回避しようと短いストライドにすると、着地の際の「居着き」によるラグが生じてしまう。

 達也ならじきに慣れるだろうし、すぐにこの欠点にも気づいてくる。もってあと少しだろう。

 

 ──距離を取って躱されるが、直線だけならエリカの方が速い。すぐさま追って間合いを詰める。

 ──刀が届く距離に達した瞬間、その残像を残すように魔法を発動させ、達也の側面に移る。

 ──振り下ろした警棒はCADで受け止められるが、間合いは詰まったまま。

 

 このタイミング、この間合いなら。逃げられることはない。

 

(いける……!)

 

 そう思い、刀を返し振り抜こうとした瞬間、想子の奔流に呑まれ、エリカの身体がガクンと傾いた。

 

術式解体(グラム・デモリッション)

 

 至近距離からサイオンの砲弾を浴びたエリカの動きは大きく乱れる。その隙は致命的なものとなり、襲い掛かる三連続の波によってエリカの身体は完全に制御を失った。

 

(あちゃ~、甘かったかぁ)

 

 視界の中で地面がゆっくりと近づいてくる中、エリカは暢気にそんなことを考えていた。自身が地面に接触する心配など、まるでしていない。

 そして、その予想が裏切られることは無かった。ふわりという音が聞こえそうなほど、柔らかく受け止められたのだ──それが誰かなど、エリカには目を向けなくとも分かった。

 

「まったくもうっ、最後まで憎たらしいんだから」

 

 エリカのそんな呟きと共に、「勝者、司波達也」という宣言が響いた。

 

 

 

 残念ながらと言うべきか、エリカは達也に抱きかかえられながらも、乙女のように恥じらったりはしなかった。

 

「達也くんさぁ、女の子を蹴り飛ばすなんてひどくな~い?」

「あれは模擬戦だし、手を抜いて喜ぶエリカでもないだろう」

「あたし、仮にも達也くんの彼女なんだけどな~」

「今こうして受け止めたじゃないか。それに、彼女なのは仮じゃないぞ」

「……もう慣れたけどさ、よく恥ずかしげもなく言えるわね」

「事実だからな」

 

 少し揶揄おうとしたエリカだったが、効果が無いとみるやすぐさま諦めたようだ。

 

「…まあそれでいいわよ」

 

 それでもやられっぱなしは悔しいのか、達也の首に手を回して、息が詰まるほどの力でギュッと抱き着いた。

 かなり苦しいはずの達也だったが、「仕方ないな」という表情でされるがままになっている。

 傍から見ればただのバカップルである。

 

 周囲のメンバーはそんな二人のやり取りを見ていたが、その心境は様々だった──例えば、元クラスメイトの様子に顔を赤くしている者もいれば、兄の優しげな表情に笑みを浮かべている者もいた。

 だが、やはり一番多かったのは、模擬戦後にイチャイチャしないでほしいというものだろう。

 

「コホン」

 

 服部がワザとらしく堰をすると、達也もエリカを床に下ろした。

 

「七宝」

「……はい」

「さっき十三束も言っていたが、魔法師の優劣は魔法力のみで決まるものではない。魔法を使うべき時に正しく使えること──魔法の資質ではなく、魔法師としての資質も必要なんだ。十師族になりたいというお前の思いを否定するつもりはないが、もう少し広い視野を持った方が良い」

「……わかりました」

 

 琢磨は悔しさに顔を歪めているが、服部の言葉にしっかりと頷きを返した。

 

 

 

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