ガーディアン解任   作:slo-pe

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二年目九校戦編3

 

 

 西暦二○九六年七月三日、火曜日。九校戦の競技種目変更が正式に発表された日の夜。

 場所は達也の自宅、リビングのソファーにて。

 

「ん~~」

 

 達也はエリカにじゃれつかれていた。

 さながらネコ科の動物がマーキングするかのように、体を擦りつけられている。普段からネコっぽい気まぐれな性格のエリカ、こうしていると本当にネコみたいだ。

 素肌同士が触れ合い、柔らかいものを押し当てられると正直ムラムラする。達也のそれ(・・)は一回戦を終えても未だ臨戦態勢のままなのだが、そこはエリカも慣れたもの。また後でねと言わんばかりのスルー、いちゃいちゃに専念している。

 

 九校戦のエンジニアを断った件について、雫から本音を言い当てられたことでエリカは達也と本音で話すことができた。

 今回の選出は自分の実力ではないこと、この状況でシルバーである達也の調整を受けるのはエリカ自身が納得できないこと、達也の調整があると実力を示しても周りを黙らせるのが難しいこと、せめて今年は達也の調整無しで戦いたいこと。

 エリカは内心を打ち明けることが出来て、達也はクビ宣告の理由が分かって、二人して安心したのだ。胸のつかえが取れたことで、恋人同士のいちゃいちゃが始まった。

 

 元々エリカは水波に胃袋をがっしり掴まれている。普段であれば、二日に一度は達也家で夕飯を共にして、四月以降はそのまま泊まっていくような生活をしていた。

 ただ最近は達也が忙しくしていたため、エリカがここを訪れるのも一週間ぶりである。

 

 達也もエリカも高校生、しかもはじめて(・・・・)から三ヶ月でお盛んな時期。久しぶりの逢瀬に仲直りセックスのような状況も相まって、軽いスキンシップはそのまま盛り上がり、寝室へ行くことなく初のソファーでの情事となった。

 なお、いつもは寝室に置いてあるゴムを、今日の達也は携帯していた。最初からやる気満々だったのである。

 

「むぅ……」

 

 さっきまでのご機嫌から一転、エリカが不満げな声を上げた。達也の身体には無数の傷痕が刻まれている。それに被せるように付けられていたキスマークは、ここ一週間ですっかり消えてしまっていた。エリカにとってキスマークは平穏の証かつ所有の印だ、消えたままなど許せるわけがない。

 エリカは達也の胸元をカリカリと引っ掻くと、唇を当ててぢゅぅぅぅぅっと吸い付く。いくら達也の肉体が筋肉質とはいえ、これだけ思い切り吸えば関係ない。唇を離したエリカはしっかりと跡が付いていることを確認して満足そうだ。再度唇を当て、ひとつ、またひとつと、エリカは印を付け直していく。

 達也は時折柔らかな癖っ毛を堪能するよう頭を撫でるくらいで、基本的にエリカの好きにさせている。なお達也も行為の最中には同じ事をしており、エリカの白い肌には無数の赤い跡がついていた。

 

 しばらくして、満足したエリカが顔を上げる。視線が絡むと、エリカがはにかむように微笑んだ。達也が沸き上がる衝動のまま抱き寄せると、柔らかい感触が余すところなく密着した。

 エリカは達也より二十センチほど背が低いが、決して華奢というわけではない。抱きしめると存在感を主張する部分があるし、全身を鍛えているので抱き心地はしっかりしているのだ。

 

「エリカ」

「ん? なぁに?」

 

 そのままの体勢で話しかける。

 

「夕飯を食べたら見てほしい物があるんだが、構わないか?」

「いいわよぉ」

 

 夕飯という単語を口にしたことで、体が空腹を思い出す。腕を解いて体を起こそうとした達也だったが、それをエリカが引き留めた。

 

「エリカ?」

「んふふ」

 

 再度ソファに横たわった達也へ、エリカはイタズラっ子のような笑みを向けた。

 

「ねえ達也くん……ご飯にする?」

 

 試すような、誘惑するような口調。むにむにと意図的に押しつけられる胸。この時点で達也は気が付いた。状況は違えど、これはかの有名なあれだ。

 

「お風呂にする?」

 

 達也の鋼の理性はあっという間に性欲で塗り潰される。臨戦態勢を保っていたそれ(・・)がぴくりと反応し、より一層硬度を増した。

 

「それとも……あ・た・し?」

 

 達也の選択は言うまでもない。

 

 

◇◇◇

 

 

 雫と結ばれたCADのメンテナンス契約において、報酬と調整の頻度以外は保留としてある。

 達也がトーラス・シルバーだと知っており、破格の報酬を提示してきた雫には見せておくべきだと考えたからだ。

 

「すごいね、さすがシルバー」

 

 達也の自宅、その地下に案内された雫は短く呟いた。

 研究所にでもありそうな最新鋭の調整装置。ただの高校生では持てるはずのないそれも、雫にとっては見慣れたものだった。

 

「これを見てもらったところで契約の内容を詰めたいんだが」

「調整場所だよね、ここでやるんじゃないの?」

「ここか、もしくはFLT第三課のラボだな。どっちもメリットデメリットがあるから雫の都合がいい方にしてくれ」

「メリットとデメリットって?」

「調整機はここの方が最新型だから詳細なデータを取れるのと、単純に学校と雫の家から近いのがメリットだな」

「こっちの方が新しいんだ」

「これは去年ここに引っ越した時の最新型で、第三課の方は三年前予算が下りた時に買ったやつだからな」

「世知辛いね」

「本当にな」

 

 一高で金の価値を知っている生徒として、達也と雫は上位に入るだろう。そんな二人は似たような笑みを交わした。

 

「それでデメリットは?」

「北山家の令嬢が同級生の男の家に通っているという事実と、タイミングによっては上にエリカがいるかもしれない」

「エリカもここの設備は知ってるの?」

「昨日教えた。今日雫が来ることも説明してある」

「なるほど」

 

 雫は悩んだ。提示されたメリットは有益なもので、デメリットに関しても特に問題はない。ただ、FLT第三課──トーラス・シルバーの本拠地に立ち入れる機会を逃していいものかと、北山家の令嬢である雫は思う。

 もちろん研究内容は見せてもらえないだろうが、場の雰囲気から大きなプロジェクトが動いていると察する事はできる。

 

「それと、トーラス・シルバーとして新機種を出す場合は前もって雫に教えるよ」

「…分かった」

 

 その葛藤を予想していたと思われる言葉に、雫は一拍置いて頷く。

 

「ここでお願い」

「分かった」

 

 契約内容がまとまったことで、早速調整をすることになった。

 一高のCAD調整装置はヘッドセットと両手を置くパネル装置で測定を行うが、この装置は違う。イメージとしてはCTなどの医療機器で全身をスキャンされるのに近い。

 

「制服のままでいいの?」

「ああ。雫が雇っていた魔工師は違ったのか?」

「Tシャツにハーフパンツだった、薄着の方が精密に測定できるからって」

「その通りではあるけどな」

 

 達也としてはどちらでもいい。調整機でデータとして測定できれば最善だが、そうでなくとも自分の「眼」で視ればそれに近い結果を出すことはできる。

 雫は次回から調整用に服を持ってくるようで、今日は制服のまま仰向けに横たわった。

 

「お疲れ様、終わったよ」

 

 達也の声と共に機械音が止まり、雫は体を起こす。達也はいくつものウィンドウが開かれた画面を前にして、軽快にキーボードを叩いている。

 今日は初回ということもあり、雫の私用CADに内蔵された起動式の確認と、雫に合わせて少し調整するだけなので十五分程度で終わった。

 

「どうだ?」

「うん、完璧」

 

 手首に巻いたCADに想子(サイオン)を流し込み、発動直前で止める。

 雫が初めて達也の調整を受けたのは一年以上前、雫が雇っていた一流魔工師よりも達也の調整したCADは雫に馴染んだ。九校戦ではハードで劣るCADでありながら、なんのストレスもなく魔法を行使することができた。

 達也の調整を受ける度に驚かされてきたが、今回はそれらをさらに上回った。

 

 十円玉磨きの動画を観たことがあるだろうか。文字通り、十円玉を酸性洗剤や研磨剤で磨き上げる動画だ。

 最初はくすんだ十円玉が段階を踏むにつれてピカピカになっていく。もう完成だ、これ以上綺麗にはならないだろうと思ったところで、次の工程を経ればさらに輝きを放ち、視聴者を驚かせる。それを何度も繰り返し、最終的には鏡のような仕上がりになるのだ。

 

 雫の受けた衝撃はそれに近い。今までの調整で感じていたフィット感、完璧だと思っていたそれをさらに超えて身体に馴染む。楽しくなった雫は内蔵されていた魔法を全て試して、その感触に満足げに微笑んだ。

 

「達也さん」

「どうした、何か違和感でもあったか?」

「契約の時に決めた報酬、もうちょっと上げてもいい?」

「やめてくれ」

 

 現時点での金額も十分破格であり、下げてくれという達也の要求は「取引」の一言で却下されたのだ。これ以上は勘弁だと達也は本気で拒否した。

 雫も言ってみただけで本気ではない。今は、という枕詞はつくが。

 

 達也と雫のメンテナンス契約は一年更新。来年には絶対この腕に見合う金額を飲ませてやると、雫は決心するのだった。

 

 

 

 

 雫の初めての調整を終えて、夕食後にリビングで寛いでいると、電話が鳴った。発信元に約束していた名前が表示されていることを確認して、達也は受話ボタンを押した。

 

「久しぶりだな、真紅郎」

『久しぶり、達也』

 

 画面に映ったのは吉祥寺真紅郎。第三高校の二年生であり、『基本(カーディナル)コード』を発見した天才少年だ。

 達也と真紅郎は時折連絡を取っており、その話題は様々である。代表的なもので言えば、去年の末に世界初の完全思考型CADであるシルバー・リング。今年の頭はローゼン・マギクラフトが発売した、世界で二番目の完全思考型CAD。四月には一高で行われた熱核融合炉の実験。その時々でホットな技術分野について話すことが多い。

 

「最近はどうだ、おそらくそっちも九校戦の競技変更でバタバタしてると思うが」

『その通りだね。まさかあそこまで大掛かりな変更をしてくるとは思わなかったよ』

 

 しかし今日は、先日変更の通達がされた九校戦について。

 

『でも今回追加されたロアー・アンド・ガンナーは、実戦的な色彩が強いからね。一高より三高が有利になるし、今年こそ覇権奪取を掲げてるうちとしてはありがたい変更だよ』

「九校戦はショーとしての一面が大きいからな。去年のような展開は避けたいんだろう」

『去年のは半分くらい君の所為だけどね』

「否定はしない。それよりもモノリスの追加一枠だが」

『一高は千葉さんにするんだろう?』

「ああ。使う武器も去年と同じだろうから、存分に対策してくれ」

『いいのかい、そんな事言って?』

「各校エリカ対策はしてくるだろうし、隠してもあまり意味はない。それに、各校が練りに練った策をエリカが破れば痛快だろう?」

『それはそうだけど、当然のように千葉さんが勝つって思ってるんだね』

「まあな」

『達也って真面目な顔して結構惚気るよね』

 

 別に惚気ているつもりはない。エリカの実力なら可能だと判断しているだけだ。

 それに、エリカには去年はなかった『サイオン・ブレード』という対抗魔法がある。将輝がモノリス・コードに出てくるなら話は別だが、それ以外の選手ならそうそう負けはしない。

 

「それとこれも伝えておくが、エリカのエンジニアは俺じゃないぞ」

『え、それはまた……どうして?』

「エリカが実力を示すのに俺の調整は邪魔になるらしい」

『そういう事か……ちなみに代わりは誰が担当するのか教えてくれるのかい?』

「中条先輩だ」

『一高の生徒会長か。彼女も優秀なエンジニアだったと記憶しているけど』

 

 どうやらあずさの調整は、真紅郎にはあまり印象に残っていないらしい。

 

 去年のあずさも九校戦全体で十指に数えられるほどの腕を持っており、達也や五十里と共に一高エンジニアの中心人物であった。

 そんな彼女は一年間達也に指導されたことで、高校生の枠を越えて優秀と評される魔工師へと成長していた。今年の九校戦では達也に次ぐ二番手と断言できるし、そんじょそこらのプロにも引けを取らないだろう。

 

 さらに偶然か必然か、トーラス・シルバーである達也の得意分野と、そのファンであるあずさの興味分野は合致していた。

 そのため、深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』や花音の『地雷原』のような、強力な干渉力を要する魔法に関しては優秀止まりだが、『最小の魔法力で最速の事象改変』や『ループ・キャスト』といった、シルバーの代名詞とも言える技術に関しては文句無しの一流だ。

 

 ちなみに、あずさもトーラス・シルバーの正体が達也だと自力で気付いていた。

 エリカへシルバー・リングを送ってから数日が経ち、週に一度の調整指導をしていた時。画面に表示される起動式に集中していたあずさは、こう口にしたのだ。

 

「シル…ばくん、ここなんですけど」

 

 無意識にシルバー様と言おうとして、寸前で司波くんへ言い直した。達也はそれを即座に理解したが、特に反応はしなかった。トーラス・シルバーの大ファンであるあずさが気付かないふりをしている、達也もそれに合わせるべきだと判断したからだ。

 

 真紅郎のあずさに対する認識に思うところはあれど、エリカの件とは違い敵校に情報を漏らすことはしなかった。侮ってくれた方が戦略的には有利だからだ。

 

「そういえば将輝はどうしてる?」

『将輝? 相変わらずだけど、何かあったの?』

「特にはないが。論文コンペぶりに深雪と会うんだし、ソワソワしてるんじゃないかと思ってな」

『ああ……まあ、うん、それはあるかな。最近は妹の茜ちゃんに色々聞いたりしてるみたいだし』

「聞いたはいいが当日行動に移せない、なんて事にならないといいがな」

『それ僕が一番気にしてることだよ。前夜祭で話し掛けられなくて、競技中も機会を伺って、後が無い後夜祭でテンパってって……将輝ならやりそうで怖いんだよ』

「ヘタれたプリンスを持つと大変だな」

『本当にね』

 

 自他ともに認める将輝の参謀であり、基本的には将輝を立てる真紅郎だが、これに関しては擁護できないようで呆れたため息を漏らした。

 

 その後はお互いに自校の戦力や戦術をバラさない程度に情報や意見を交換するのだった。

 

 

 

 

 真紅郎との電話を切って数十秒、再度電話が鳴った。

 

「こんばんは、叔母上……狙ったんですか?」

『狙ったのではなく待っていたんですよ、達也さん』

 

 画面に映ったのは、穏やかに笑みを浮かべる真夜。

 

「すみません、掛けていただければすぐに対応したのですが」

『いいんですよ。達也さんがカーディナル・ジョージとお話ししている間、私も深雪さんとお喋りしていましたから』

「それは…お気遣いありがとうございます」

 

 現代の電話は通話中に別の電話が掛かってきた場合、着信していることが画面に通知される。かなりの長電話だったにも拘わらず待つことを選択した真夜に、達也は頭を下げた。

 なお、通常発信側は誰と通話しているのかは分からない。言外にハッキングしていたと言われているのだが、別にそれで困るわけでもない。

 

「それで叔母上、今日はどのようなご用件で?」

『そうですね、夜も遅いですし本題に移りましょうか』

 

 真夜には九校戦の件で一昨日連絡したばかりである。そこにわざわざ通話終了を待ってまでの電話、何か指示を受ける事案が発生したのではないかと達也は推測した。

 それを見た真夜の纏う雰囲気も少し変わる。

 

『近い内に達也さんに仕事を頼むかもしれません』

「大事ですか?」

『ええ。かなりの大物です』

 

 去年も細々(こまごま)とした仕事を振られることはあったが、こうして事前に伝えられるのは珍しい。去年で言えばブランシュや無頭竜、横浜事変くらいだ。その上大物と言われるということはかなりの重要案件だ。

 

「今すぐにではないのは、時期を待つ必要があると?」

『今は貢さんが追っているの。それで解決すればいいのだけど……もし取り逃してしまった場合、達也さん、それと深雪さんにお願いすることになります』

「深雪も、ですか?」

『ええ、達也さんでは相性が悪いかもしれないですし。少し遅いですが仲直り記念に一仕事お願いしますね』

「…承知しました」

 

 相性が悪い、その言葉に達也は頭を巡らす。達也にとって相性が悪い相手は何人かいる。

 まずは十文字克人、『誓約(オース)』によって魔法力が制限されている以上、あの防御型ファランクスを破るのは不可能だ。

 次に陳祥山、彼の使う『鬼門遁甲』という方位を狂わせる精神干渉魔法。これを使われれば達也では相手を取り逃がしてしまう可能性が高い。

 そのどちらを相手にしたとしても、深雪なら問題なく対処できるだろう。克人相手なら深雪の持つ干渉力の暴力で制圧すればいいし、陳祥山なら逃げられないほど広範囲に魔法をばらまけばいい。

 

 十文字と敵対する可能性も無くはないが、その理由が無い。おそらく相手は陳祥山と似た魔法を使う、大亜連合関連の魔法師だろうと見当をつけた。

 

「事件の進展があればまたご連絡ください」

『ええ、それでは今日は失礼しますね』

 

 頭を下げる達也に、真夜は表情を和らげて電話を切った。

 

 

◇◇◇

 

 

 七月八日、日曜日の午後。

 テスト前最後の休日にも拘わらず、達也はFLT開発第三課を訪れていた。

 今日は完全思考操作型CADの製品化に向けた最終テストの日で、ここで問題が見つからなければ商品化を発表する段取りになっている。達也がモニター室に顔を見せた時には既にテストが始まっており、曜日の感覚を忘れた研究員たちが忙しなく動いていた。

 

「おはようございます。少し遅れましたか?」

「おはようございます、御曹司! いえ、時間どおりです。すみません、お見えになるのを待ち切れず早めに始めちまいました」

 

 恐縮した顔で頭を下げた牛山だが、彼の目は楽しそうに笑っていた。達也を軽んじての笑みではなく、職人が会心の作品を作り上げた時に浮かべる笑みだ。

 

「そうですか。それは別に構いませんが……」

 

 壁面のモニターに目を向けて、達也は牛山と似たような笑みを浮かべた。

 

「順調なようですね」

「今のところ全て順調でさあ! タイムロスも想定以下で収まってます」

「俺も試してみても?」

「ぜひお願いします。おい、御曹司に試作機をお持ちしろ!」

 

 牛山の声に応えて走ってきた研究員からメダル形態の完全思考操作型CADを受け取って、達也はテストルームへ向かった。

 

 新型CADのテストは何の問題も無く進み昼前に終わった。そのため、バグの修正に確保していた時間が丸々空くことになった。

 試作の文字が取れて完成品になった完全思考操作型CADをお土産に、達也は予定より早く帰宅した。

 

「おかえりなさいませ、達也様」

「ただいま」

 

 玄関に入ったのに少し遅れて水波が出迎えた。水波は休日に達也家で料理を作り置いているため、合鍵も渡してある。だが、今日この家にいるのは水波だけではない。

 

「エリカと深雪はリビングか?」

「はい。お二人ともテストへ向けて勉強しております、ですが、その……」

 

 歯切れの悪い様子に疑問を覚えたものの、達也はそれを問うことはしなかった。リビングはすぐそこであり、実際に見た方が速いと判断したからだ。

 リビングへの扉を開けてすぐに、水波の言いたいことが分かった。

 

「おかえりなさい、兄さん」

「おかえりぃ……」

「ただいま」

 

 見惚れるほど整った姿勢でテーブルに向かう深雪と、ベタぁっと突っ伏すエリカ。なんとも対照的な二人である。

 だがよく視れば深雪も、そして後ろにいる水波も、少し疲れているようだ。

 

 エリカは筆記試験では学年三十位から落ちたことのない成績上位者だ。勉強している内容が理解できないということは無いはずだし、そもそも順位に拘る性格でもない。とはいえ、基本的に勉強嫌いであるエリカがこうなるのはよくある事だ。

 問題なのは深雪と水波。水波は筆記試験でも学年五位から落ちたことがなく、深雪に至っては入学以来ずっと学年二位をキープしている。(なお実技・総合成績においては不動のツートップである)今までの定期テストで二人が疲れた様子を見せたことはなかった。

 

(九校戦の準備が負担になっているのか……?)

 

 二人の疲労も無理はない。ただでさえ忙しい生徒会業務に、急な競技変更まで加わっているのだ。

 

「少し休憩しようか」

 

 達也は右手に提げていた紙袋から三人への土産を取り出す。

 細いチェーンに通された、直径三センチ、厚さ六ミリの、つや消し加工された銀色のメダル。これが今回FLTが発売する完全思考操作型CADだ。

 なお、雫にも今日中に届くように郵送済みである。その旨を伝えるメールには、一言「楽しみ」と返ってきた。端的すぎる返信だが、即レスだったので楽しみというのは本当なのだろう。

 

「なにそれ……あ、新しいホウキ?」

「ああ。今日、最終テストを終えた完成品だ。気分転換がてら地下で試そうか」

「やたー!」

 

 さっきまでのグダグダ具合とは打って変わって、活力に満ちているエリカ。深雪も水波も少し嬉しそうな様子で、手早く勉強道具を片付けた。

 地下に移動した達也は、エリカたちへCADの説明をする。

 

「通常魔法を使う際には、CADのボタンを操作する必要がある。ボタンが電気的なスイッチであるのと同時に、感応石のアンテナが配置された想子(サイオン)信号の受信部の役割も果たしているからだ」

 

 達也の前置きに三人が頷く。ここまでは魔法師にとって常識である。

 

「CADに以前より備わっていた非接触型スイッチはこのアンテナに直接想子を送り込むことで指による操作を代用するものだったが、ユーザーが想子の操作に慣れていないと間違った起動式を指定してしまうことも多く、CAD自体の誤認識確率も小さくなかった。今回はそんな魔法師でも正確に起動式を指定でき、かつ誤認識も無くすというコンセプトで開発した」

 

 非接触型スイッチの誤認識率。あずさがいたらシルバーへの熱い語りが始まりそうな話題だ。

 以前は熟練の魔法師がどの機種を使っても、誤認識率が三パーセントを下回ることはなかった。未熟な魔法師であればそれ以上である。シルバーはそれを一パーセント未満へ低下させたのだ。

『特化型CADの起動式展開速度の二十パーセント向上』『ループ・キャスト』『飛行魔法』と共に、シルバーの功績として語られる偉業である。

 

 達也がチェーンを揺らす。その先に通された銀色の円盤に、エリカたちの視線が集まる。

 

「このCADは、感応石のアンテナに収束した想子波をピンポイントで送り込む無系統魔法という、単一の機能に特化した物だ。目的の魔法に対応する起動式を出力するのはあくまで従来のCADで、それを指で操作する代わりに無系統魔法で操作するということだな──魔法を発動する為の起動式を、魔法を使って出力する。回り道ではあるが、CADを動かす為の想子波は単純な構造で良いから、魔法師に掛かる負担もタイムラグも無視できるレベルに収まっているはずだ」

 

 達也の説明を要約すると、今までは指で行っていた操作を、それ専用の魔法とCADに置き換えたということだ。

 確かに回り道ではあるが、思考するだけで確実に起動式を指定できるメリットの前に、この回り道は些細なものだった。

 

「シルバー・リングとはコンセプトがまるで違いますね」

「あれは内蔵できる起動式を特化型と同じ九個にまで絞ることで、想子波でスイッチを操作する機構を組み込めただけだからな」

 

 深雪の漏らした感想に達也が答える。

 シルバー・リングのコンセプトは、『いつでも身に着けられ、CADの操作が間に合わない咄嗟の事態にも対応できる』である。そのため誤認識など起こすわけにはいかずに苦労したのだ。

 

「半年前、ローゼン・マギクラフトが発表したのはシルバー・リングを発展させたもので、携帯用の物としてはかなり大型でしたし、差別化も出来そうですね」

「ていうかこっちの方が売れるんじゃない? これ一つ買えば、今までのホウキをボタン操作なしで使えるってことでしょ?」

「そうだな」

 

 FLTの完全思考操作型はペアリング用のソフトウェアを対になるCADに追加インストールする必要があるものの、使い慣れたデバイスをそのまま使用できる。

 魔法師がCADを選ぶ際、性能だけでなく見た目やフォルムなどを重視することも多い。このアドバンテージは大きく、メーカーの枠を超えた大きな追加購入需要を生み出すだろうと、達也や開発第三課は読んでいた。

 

「さて、説明はこれくらいにして実際に使ってみるか」

 

 達也の合図と共に、一斉に魔法が発動した。

 

 エリカは目にも留まらぬ速さで駆け回り赤い残像を残し。深雪は一メートル程度の極小『氷炎地獄(インフェルノ)』を作り上げ。水波はアサルトマシンガンすら容易に防ぐ魔法障壁を部屋中に張り巡らせる。

 エリカは自分の感覚に馴染ませるように滑走を続け、深雪と水波はCADに内蔵された魔法を次々と行使する。

 

 午前中FLTで行った最終テストでは、低出力の四系統八種の魔法を一つずつ行使していた。テストなのだ、当たり前である。

 だが、現在目の前ではそれとはレベルの違う魔法が続々と打ち出されており、特に深雪と水波は得意魔法や火力の高い魔法を連発している。

 

(やはりストレスが溜まっていたんだな)

 

 これがいいリフレッシュになればいいと、達也は『ニブルヘイム』により発生した白い霧を眺めながら思った。

 

 

 

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