オリキャラが一人登場します。
七月二十二日、日曜日。
定期テストも終わり夏休みに入ったことで、九校戦の練習も本格化している。
特にロアー・アンド・ガンナーは今年からの新種目であり練習機会が少なく、選手たちは皆朝早くから練習に励んでいた。
ロアー・アンド・ガンナーの練習場である野外演習場の水路では、走破タイムと的中数を計測する本番形式の練習が行われていた。
現在水路を走っているのは本戦女子ペア。
この競技で勝つには如何に速く走破して、如何に多くの的を撃ち抜くかが重要になってくる。
漕手である久美子はその顔にグラス型のナビを付けており、そこに表示されるコースのガイドレーンが、視点が低く視野が狭い姿勢でも安定した速い漕艇を可能としていた。
射手である英美は、ライフルの銃身を切り詰めたような形状のCADから、散弾型の『
走行途中ではあるものの約94%、この速度・この射撃精度を維持すればかなりのハイスコアが予想される好レースだ。
「クーちゃん、明智さん、お疲れ様」
久美子と英美は最後までパフォーマンスを維持して水路を走破した。
階段状のボート乗り場(兼ボート降り場)で出迎えたのは、二人のエンジニアであるあずさだ。
「お疲れあーちゃん」
「中条会長、お疲れ様です」
「二人とも、凄くいいレースでしたよ」
あずさの称賛に久美子と英美ははにかんだ笑みを見せ、そのままお喋りを始めた。
今のレースは走破タイム・的中数共に、当初作戦スタッフが想定していた優勝ラインを上回るものだった。本番まで一週間と少しを残してこの結果、浮かれるなという方が無理があるだろう。
和気あいあいとしていた空気も、次のレースの準備が整うと多少の緊張を取り戻した。
レースの順番は、本戦男子ペア、本戦女子ペアときて、次は本戦男子ソロである。
「来たわね」
「そうですね」
「あの、二人とも、べつに対抗心燃やす必要はないんですよ?」
あずさの弱々しい主張も効果はなく、選手二人はコースをじっと見ている。
スタートシグナルに光が入る。三つのランプが点り、ブラックアウトした瞬間、待機していた男子選手がスタートダッシュを切った。スタートラインの後ろから助走をつけているのは、本来ならコース確認用に一周回るルールとなっているから。
ボートがスタートラインを通過し、時計が動き始める。
「やっぱり漕艇自体私より上手いし、速い」
「私も、あの射撃……射撃? に追い付ける気がしないです」
久美子と英美がそれぞれ感想を述べる。
男子選手が使用する魔法は『
英美の散弾型は多少照準がズレても当てるよう、照準の周りに散るように放たれる。対して男子選手の散弾型は、『ループ・キャスト』により散弾のマシンガンとも言うべき弾幕が作り出され、目の前に現れる的を尽く破壊すべく放たれている。
こんな力技を可能にしたのは、紛れもなく達也の調整だ。
男子ソロを担当するのは、去年の九校戦にてほぼ無敗を誇ったスーパーエンジニア。一対二という優位はあるものの、男女の性差という不利がある。彼に勝てば優勝も確実と言っていいのではないかと、久美子たちは毎日秘かに彼と競っている。
だが、結果は未だ全敗。走破タイム・的中数共に完敗である。
「ボートの速度を上げますか?」
「上げられるは上げられるけど、これ以上は結構揺れてくるわよ? エイミィちゃん照準付けられる?」
「……難しいかもです」
「そうよねー。まあ私も頑張ってみるし、少しずつ調整していきましょう」
お目当てのレースが終わったことで、三人はスタート地点近くにある休憩所へ向かった。しばらく練習はできないため、久美子と英美はライフジャケットとウェットスーツを脱いで楽にする。
「そういえば、あーちゃんは悔しくないの?」
「なにが?」
「同じエンジニアとして司波くんに負けてること、とか?」
「……ないよ?」
返す言葉に詰まったのは、あずさの中で達也に負けることと、悔しいという感情を結びつけるのに時間がかかったため。
「えっと、クーちゃんは私が司波くんにCAD調整教えてもらってるの知ってるよね?」
「うん、知ってる知ってる」
「私も知ってます。去年の生徒会選挙前ですよね」
「そうですね。それで、ずっと教わってるからこそ実力の違いがよくわかってて。だから勝てなくて悔しいとかはないかな」
「なるほどね〜」
久美子が納得顔で頷く。久美子としては、あの臆病で人見知りなあずさが達也にはとんでもなく心を許している、その理由の一端を知れただけで十分だった。
「ちなみにだけど聞いてもいい?」
「いいよ?」
「あの弾幕みたいな射撃ってあーちゃんでもできないくらい難しいの? 私は詳しくないから同じ散弾型なんだし出来そうくらいに思ってるんだけど」
「私もそれ気になってました」
「明智さんはそういうのがあれば遠慮なく言ってくださいね、立派な選手からの要望ですから」
「すみません……なんか我儘かなって思っちゃって」
「それくらいなら我儘のうちに入りませんよ。それと、去年みたいに体調不良になっても困るので本番前は睡眠もしっかり取ってくださいね」
「はい、分かりました……」
優しい口調から最後はお姉さん口調でびしっと注意され、英美は小さくなりながら頷いた。
「えっとそれで、散弾型の『空気弾』で弾幕を作るの自体は出来るんだけど、多分それだと明智さんの魔法力が最後まで持たないと思うの。『不可視の弾丸』の魔法効果は指定したポイントに圧力を発生させる、ただそれだけなのであんなに大量に発動しても消耗が少なくて
あずさの口調がですます調に変わったのは解説モードに入ったため。英美は自身のエンジニアの想像以上の思慮深さに驚き、久美子はあずさにスイッチが入ったことを察してここぞとばかりに疑問をぶつけた。
「じゃあやっぱり『不可視の弾丸』を散弾化した司波くんって凄いんだね」
「そうですね。それにあれは去年北山さんが使った『
「精度より威力をって……ああそっか、あそこまで弾幕を張っちゃえば照準なんて気にしなくていいもんね」
「はい。照準面で神経を使う必要がありませんから、魔法を発動する事だけに演算領域のポテンシャルをフルに活用する事が出来ます。その結果があの走破タイムの速さに繋がっているんだと思います……実は私も真似できないかなって『不可視の弾丸』を調べたんですけど、絶対九校戦には間に合わないってすぐ諦めちゃいました」
「…散弾化自体はできそうだったの?」
「それも分かんないです……圧力を発生させる『
「はぁー……凄いねあーちゃん」
「え、えへへ……」
先ほどまでの凛々しさとは一転、笑って誤魔化すあずさは小動物そのものだ。そんな彼女に、久美子と英美は戦慄していた。
『不可視の弾丸』の起動式は公開されている。にも拘らず使い手が吉祥寺真紅郎本人しかいないのは、記述内容を理解し、魔法師に合わせて調整できるのが彼だけだから。これが一般的に信じられている説だ。
あずさの発言はそれを否定するものではないものの、『不可視の弾丸』という魔法の根幹にぐっと踏み込むものだった。
私たちのエンジニアすげー!
改めてそう感じた二人は顔を見合わせ頷き合い、未だ照れているあずさを褒め殺しにかかるのだった。
◆
去年のクラウド・ボールでは水波と桐原、そして真由美の三人で練習することが多く、他の選手とは時折練習試合をする程度であった。
真由美が卒業した現在、やはり二人での練習がほとんどであるが、そこに一人の女子生徒が混ざることがある。
「水波先輩! 試合お願いします!」
「はい、お願いします」
二人はネット越しに向き合い、桐原はボール射出の機械を操作する。
「んじゃ、始めるぞ」
桐原が軽くそう告げると、試合開始を合図する一つ目のボールが水波コートへ射出された。
水波はこの試合、大差で勝利した。しかし試合を眺めていた桐原は複雑な表情をしていた。
点数は九十八対五、去年全試合無失点優勝を成し遂げた水波が、五点も取られたのだ。
去年も簡単だったわけではない。特に決勝で戦った師補十八家の令嬢は、相性が良かったのと達也のCADがあったからこその完封勝利だった。
ただ、あの頃に比べて水波も成長している。その彼女を、同じレベルのCADを使っているとはいえ、一年生が五回も出し抜いてみせた。しかもそれを毎試合コンスタントにやってのける。とんでもない後輩がいたもんだと、桐原が感じるのも仕方がないだろう。
そんな船尾は、現在水波と試合の反省会中だ。真剣な表情で答える水波と、同じく真剣でありながら幸せオーラを隠しきれていない船尾。
それもそのはず、船尾は水波がいたからこの第一高校を選んだのである。元々三高を受験予定だった彼女は、九校戦で水波を観たことで一高への進学を決めた。
部活は水波のいる山岳部と料理部に入部。水波本人は生徒会で忙しく出席が難しいものの、部員から去年の水波の様子を聞き出しており、時折水波が来られる日があるとテンションが爆上がりしている。秋からの新生徒会に入れれば一緒にいられる時間も増えると、深雪や泉美ともコンタクトを怠らないという徹底ぶり。
深雪を崇拝している泉美とは話も合うようで、やばいコンビが出会ってしまったと推される側の先輩コンビからは思われている。
とはいえ実力は本物。実技テストの順位は学年で九番と、ずば抜けて優秀というわけではないが、その使い方が絶妙だった。
常時三種類から四種類の魔法をマルチキャストさせ、なおかつ前の魔法と次の魔法が被らないように上手く段取りしている。卒業生の摩利は臨機応変、多種多彩、虹のように重ね合わされた魔法で観客を魅了していた。彼女の魔法特性はそれに近い。
見たものを再現する能力も高く、桐原の緩急もすぐさまコツを掴んで自身の戦術に取り入れていた。魔法力も優秀だが、それを抜きにしてもセンスの塊のような生徒だった。
「桐原先輩! 次お願いしてもいいですか?」
「ん? おう。休憩しなくて平気か?」
「はい。この試合が終わったら休憩いただきますので」
「りょーかい。んじゃいくか」
船尾は桐原との試合を大差で敗北した後、休憩を取ってから他の一年生の練習へ合流した。桐原と水波は二人での練習メニューを再開させ、一区切りついた今は休憩中である。
「ふぅ、なぁ桜井、あいつのことどう思う?」
「末恐ろしいですね」
水波は端的に答えた。
「彼女は自分にそれほど才能が無いことを自覚しています、だからこそそれ以外のモノを伸ばすことに余念がない。一年生とは思えないですね」
「だなぁ。俺ら三年や今の二年もそうだが、そういうのは場数を踏まなきゃ気付けないもんなんだが」
「そういう機会に恵まれたのか指導者が良かったのか、どちらかでしょう」
「七宝や七草姉妹とは別枠の、あの学年のエースだな」
本人が聞いたら悶えるであろう惜しみない称賛。
「そんじゃ、俺たちは先輩らしくカッコいい背中でも見せてやりますかね」
「そうですね。私もそろそろ無失点で抑えてみせます」
気合十分といった様子の二人は、そのまま練習コートへ向かった。
「ちなみに、あのストーカー気質な部分についてはどうよ?」
「割と本気で怖いですが、ラインは弁えていそうなので見て見ぬ振りをしてます」
オリキャラについて。
船尾春花(ふなお はるか)
水波のストーカーちゃん
→水波を追う
→追い波
→船尾(せんび)方向から追ってくる波のこと
→船尾(ふなお)ちゃんに決定
春花は桜が春の花だからです。
今後もちらほらと出てくるので温かい目で見守ってください。