紗耶香の一件が終わり自宅に戻った達也は、すぐに真夜へ電話を掛けた。
『達也さん、掛けてくると思っていましたよ』
真夜がこう言っているということは、おそらく調べがついているのだろう。
「すみません、叔母上。実はお願いがあるのですが」
『ブランシュ日本支部のアジトかしら?』
「そうです」
『アジトの位置はもう調べてあります。データを送りますので処分はお願いします。リーダーである司一以外の生死は問いません。風間少佐には連絡してあるので、現場で合流してくださいね』
「かしこまりました。それと、もう一つお願いがあるのですがよろしいですか」
『何でしょうか』
これを言うのは躊躇われるし、許可が下りるとも限らないが、聞かないという選択肢は取れない。
「俺以外にもう一人連れていってもよろしいでしょうか?」
『ふふ、あらあら、一体誰なのかしら』
どうせもう知っているであろうに、本当に意地が悪い。だが、笑っていることから許可は下りるのだろう。気が軽くなったのは僥倖だ。
「第一高校一年の千葉エリカです」
『そう…いいですよ、四葉ということだけは言わないように。軍との関係はある程度悟られてもいいですし、分解も分からない程度であれば使って構いませんよ』
なぜかわからないが、思っていたより基準が甘そうだ。だが、理由を聞いても答えてはくれないのは分かっているため、達也はそのまま流した。
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
達也は真夜との電話を切り、風間の部下である藤林響子に電話をかけた。
『掛かってくると思ってたわよ、達也くん』
これは年上女性の口癖なのか、ただの偶然なのかわからないが、今は早急に本題に入ることにした。
「こんばんは、藤林さん。それで、いつなら仕掛けられそうですか?」
『今日の八時に大きな集会があるそうよ、多分一高の生徒が全員病院送りになったからだと思うけど。他の小さなアジトは私たちがやるから、達也くんは集会の方に行ってほしいの』
現在の時刻はまだ六時だ、十分間に合うだろう。
「それなら七時半に集合できますか、場所はお任せしますが」
『了解よ、場所は地図で送るわね。それじゃあ』
通話を終えて早々に、藤林からメールで位置情報が送られてきた。達也はそれを確認してから、エリカに電話をかけた。
『達也くん? どうしたの?』
エリカにしては察しが悪く、電話の理由が分かっていないようだ。
「ブランシュのアジトに踏み込む用意ができた」
『えっ、もう!?』
もしかしたら、早すぎたので別の用事だと思ったのかもしれない。
「ああ、今から地図データを送る。今日の七時十五分に来られるか?」
『……うん、行ける。達也くん、ありがとう』
間が空いたのはデータを確認していたからだろうか、エリカは短く返事をしてから電話を切った。
◆
達也が約束の五分前に合流場所に着くと、エリカは既に到着していた。
「遅いわよ、達也くん」
「悪いな」
エリカがポーズだけの叱責を投げてきたので、達也もポーズだけの謝罪を返した。
「エリカ、一つ約束してくれ」
「良いわよ」
「……まだ何も言っていないぞ」
「達也くんのことは詮索しない、じゃないの?」
どうやらエリカのことを甘く見ていたようだ。達也は軽い笑みをこぼした。
「そうだ。あと、リーダーの司一は生け捕りだ。殺さないように」
「りょーかい」
エリカにも了承が取れたので、達也は藤林に指定された場所に向かった。そこには一台の車が止まっていた。
「あら達也くん、早かったわね?」
「ええ。思っているより早く済みました」
藤林の質問に、達也は事実を簡潔に伝えた。藤林も後ろにいるエリカをチラリと見ただけで、省略された部分を把握したようだ。ちなみに、エリカがいるので、達也のことは「特尉」と呼ばないように伝えてある。
「そう。じゃあ行きましょうか」
エリカは宣言通り藤林の名前も聞かなかったし、もちろん藤林も名乗らなかった。
◇◇◇
ブランシュのアジトはバイオ燃料の廃工場。三人を乗せた車は、閉鎖された工場の門扉の前で停車した。門扉は完全に壊されており、アジトの周辺は独立魔装大隊によって包囲されているようだ。
「それでは俺とエリカはこのまま乗り込みますので、逃げ出した者の拘束と退路の確保をお願いします」
「了解よ」
藤林に指示を出すと、達也たちはゆっくりとした足取りで、薄暗い工場の中へ進んで行った。
「エリカ、敵の銃器に少し細工をするのと、聞き出したいことがある。合図を出すまでは待機してほしい」
「いいわよ」
「助かるよ。さて……ここか」
途中での待ち伏せはなかった。敵が奥のフロアに整列して待ち構えていたからだ。
「ようこそ、はじめまして。司波達也君、千葉エリカ君」
大袈裟な仕草で手を広げ、歓迎のポーズをとった男。自己陶酔の気がある口調と仕草のその奥に、濃密な狂気が窺える。その後ろには三十人近くのメンバーがおり、全員銃器を構えている。達也はこの瞬間に仕込みを始めた。
「お前がブランシュのリーダーか?」
「おお、これは失敬。仰せのとおり、僕がブランシュ日本支部のリーダー、司一だ」
達也は冷ややかな視線を、エリカは怒りの籠った眼を向けていた。
「そうか」
既に仕込みは済んでいる。達也は一言だけ告げて、CADを司に向けた。
「ふむ、それはCADだね。拳銃くらい用意してくると思っていたが、大胆なことだ。魔法師といえど撃たれれば死ぬのだよ?」
「そんなことはどうでもいい。一応勧告はしておく、全員武器を捨てて両手を頭の後ろへ組め」
「魔法が絶対だと思っているなら大間違いだよ」
司が右手を挙げると、部下たちが一斉に銃器を構えた。
「今回の作戦はずいぶんと時間とコストが掛かった。それを台無しにしてくれたことは非常に忌々しいが、僕らの仲間になるというなら水に流そう。君たちの戦闘能力は貴重だしね」
「壬生先輩を俺たちに接触させたのはその為か」
「その通りだよ……でも、君も今からそうなるのさ」
メガネを上に投げ、髪をかきあげて正面から目を合わせる。
「司波達也、我が同士となるがいい!」
司の目が妖しい光を放つ。
「ハハハハハ、君はもう我々の仲間だ! 手始めに、外で待機している仲間を始末してもらおう! 千葉さんは動かないでおくれよ、僕も女性に乱暴はしたくないからね」
狂気じみた笑いをする司を、エリカは先ほどと変わらず怒りの籠った眼差しでじっと見つめている。
「猿芝居はいい加減止せ。見ている方が恥ずかしくなる」
達也の言葉に司の表情が驚愕に変わった。
「意識干渉型魔法『
達也は一層冷ややかな眼差しで司を見ていた。
「壬生先輩たちの記憶もこれですり替えたのか」
エリカの怒りが濃くなったのがわかる。
「う、撃て、撃てぇ!」
威厳を取り繕う余裕は、もはや無かった。恐怖に駆られて、司は射殺を命じた。
だが、銃弾は一発も発射されなかった。ここに入った瞬間から、達也が気づかれないように、銃弾を全て『分解』したのだ。訓練された魔法師なら『何かされた』くらいは気付くだろうが、司は魔法師としては三流以下だった。
「なっ、なぜ弾が出ない!?」
「いくぞ」
「オッケー」
動揺するブランシュのメンバーを余所に、達也は短く告げてCADを仕舞い、駆け出す。同じくエリカも短く答えてから駆け出した。
丸腰になったテロリスト如き、二人の敵ではなかった。一分もかからずに制圧が終了したが、その間に司は奥に逃げたようだ。
「追うぞ」
「当然よ」
達也とエリカは奥に続く通路へ向かって歩き出した。
司が逃げ込んだのは施設最奥の部屋。
達也はエリカを制して、入り口の前で立ち止まり中の様子を『視』た。
「サブマシンガン十八丁、テロリストは司一を入れて十九人。銃器は今無効化したが、アンティナイトがあるようだ。アンティナイトも俺が無効化するから、ある程度話を聞いたら一気に仕掛けるぞ」
「はは、今更だけど、達也くんは絶対に敵に回したらダメね。一瞬で殺されそう」
エリカは笑いながら言っているが、かなり本気の度合いが強い。というより百パーセント本気に見える。達也はそれをスルーして部屋のドアを開けた。
中にいたテロリストたちの指には真鍮色の指輪がはめられている。サイオンのノイズが達也たちを襲う。エリカが一瞬顔を顰めるが、すぐに不快感は消えた。
「フハハハハハ、どうだい魔法師? このキャスト・ジャミングの影響下では魔法は使えまい!」
アンティナイトは産地が極めて限定された軍事物資。発掘されるのは鉱山地帯──それも古代文明が栄えた土地のみ。
「パトロンはウクライナ・ベラルーシ再分離独立派、そのパトロンのスポンサーは大亜連合か」
「くっ……殺れ! 魔法が使えない魔法師などただのガキだ!」
キャスト・ジャミングを放ったまま、マシンガンの引き金を引いた男たち。
しかし銃弾は既に『分解』済みだ。発射されるわけがない。
「銃弾が出ない!」
「司一は殺すなよ」
「分かってるわよ」
先ほどよりも人数が少なく、魔法が使えないという誤解もありすぐに片付いた。残っているのは司ただ一人。
「な、何故キャスト・ジャミングの中で魔法が使える!?」
達也は答えない。答える義理もない。言葉を発さず、エリカに道を譲った。
「ひっ!?」
瞬間、エリカから発せられた猛烈な殺気に当てられて司は腰を抜かす。
「あんたには死んでほしいけど、これで我慢してあげるわ」
エリカはそう一言告げて、司一の意識を刈り取った。
達也は残党の有無を確認して、外へと向かった。廃工場から出てくると、既に藤林たちがテロリストの回収を始めていた。
事後処理は彼らに任せ、達也たちは藤林の運転する車で、来た場所まで送ってもらった。
「ふぅー、緊張したわね」
エリカもようやく一息吐けたことで、あからさまに安心した様子だ。
「エリカ、今日はお疲れさま」
「戦闘自体は疲れてないんだけど、緊張感がね……」
「それも含めてお疲れさま」
「はいはい、達也くんもありがとね。あたしの我儘に付き合ってもらって」
エリカもなんとなくではあるが、達也が一人で片付けたかったことも、力を制限していたことも気づいている。それでも自分のつまらない意地に付き合ってくれたことに感謝しているのだ。
「今度なにかあったら言ってね。できるかどうかは別として、ちゃんと手伝うからさ」
いかにもエリカらしい言い方に、達也は笑ってしまった。
「それなら、明日新しいケーキ屋にでも連れていってくれ。レオや美月も喜ぶだろうしな」
「お、いいじゃない。その一回くらいなら奢ってあげるわよ」
「楽しみにしているよ」
「オッケー、それじゃあ、あたしはこっちだから。じゃあね、達也くん」
「ああ、またな、エリカ」
エリカが手を振りながら駆けていくので、達也も手を振ってそれを見送った。
◇◇◇
その後の動きとして、一高内ではマインド・コントロールの影響をチェックするための検査が生徒全員に行われた。また、継続的に月に一回のチェックが行われる事となった。
ブランシュの制圧は高校生の領分を超えていると判断され、一高メンバーの手が伸びることはなかった。その後、軍によって制圧されたと伝えられたため、達也とエリカが事件に関わっていたことが知られることはなかった。
五月になり、紗耶香の退院の日になった。達也はエリカと一緒に病院を訪れた。今日は平日なのだが、端末での座学なので休んでも問題はない。
「あれ? 桐原先輩もいるじゃん」
二人の視線の先には紗耶香と談笑している桐原の姿があった。
「達也くん、知ってる? 桐原先輩、毎日さーやのところに通ってたんだって」
「へぇ、それはまた意外だったな」
エリカは我が意を得たりとばかりに笑みを深めた。ちなみに、桐原は達也とエリカ、摩利の三人それぞれに、紗耶香が立ち直れたことのお礼に来ていた。達也にはあの場で桐原自身を止めてくれたことの感謝までされた。
「意外だよねぇ。さーやと桐原先輩、あんな大ゲンカしたのにさ」
達也はお見舞いには一度しか来ていないのだが、エリカはよくお見舞いに来ており、紗耶香とかなり仲良くなったようだ。
「壬生先輩」
「司波君! エリちゃんも、来てくれたの?」
紗耶香は意外さを表情に浮かべながらも、満面の笑みで迎えてくれた。隣で桐原がムッとしているのはご愛敬だろう。
「退院おめでとうございます」
「さーや、おめでとう」
持参した花束を紗耶香に渡す。
「ありがとう」
そこへ、壮年の男性が達也に声を掛けてきた。
「君が司波君かね」
達也は頷き、少し離れた場所に移動する。
「私は壬生勇三、紗耶香の父親だ」
「初めまして、司波達也です」
「君には感謝している。娘が立ち直れたのは、君のおかげだ」
「いえ、自分は何もしていません。一番に寄り添っていたのはエリカと桐原先輩でしょうし……」
「私は娘がどれほど悩んでいたのかすら、分かってやれなかった。おかしな連中と付き合い始めた娘と向き合うことをしなかった。君に『無駄ではなかった』と言われて救われたと、娘はそう言っていた。だから言わせてほしい。本当にありがとう」
過度の謙遜は嫌味にもつながるので、達也は何と言えばいいのか分からずに困惑気味だったのだが、紗耶香の父親は小さく笑った。
「君は風間に聞いていたとおりの男だな」
「……風間少佐をご存知なのですか?」
「風間とは昔、兵舎で起居を共にした戦友だ。今は、退役した身だがね。風間から聞いたことは無論、他言しないから安心してくれ。本当にありがとう」
そう言い紗耶香の父親は妻のところへ戻って行った。達也もエリカたちの所へ戻る。
「あ、司波君。お父さんと何話してたの?」
「昔、お世話になった人が壬生先輩のお父上と知り合いだった、という話をしていました」
「へえ、そうなんだ」
ここで終われば平和なのだが、エリカが何もせずにいるはずもなかった。
「ところで桐原先輩、いつからさーやのこと好きだったの?」
「ちょ、ちょっとエリちゃん?」
「……いつからだって良いだろうが。お前には関係ねえ」
どうやらエリカは絶好調のようで、いつもより絡みが面倒なようだ。桐原を見捨てて、今度は紗耶香に絡みにいく。
「はいはい、わかりましたよ。じゃあ、さーやは何で桐原先輩にしたの?」
余程恥ずかしいようで、紗耶香は顔を真っ赤にしていた。
「千葉、テメエいい加減にしとけよ」
「……桐原君とは、今までまともに話したことなかったんだけど。毎日お見舞いに来てくれて、この人となら喧嘩しながら同じ速さで歩いていけると思ったの」
エリカも返答が来るとは思っていなかったようだ。だが、それを桐原に向けるところは、やはりエリカなのだろう。
「……ごちそうさま。桐原先輩、良かったね」
桐原もいい加減耐えられなくなったのか、ささやかな反撃に出た。
「千葉、テメェ! お前らこそ、風紀委員夫婦って言われてんじゃねえか!」
達也としてはすっかり忘れていた呼び名だったので懐かしさをおぼえたのだが、エリカには違うようだった。
「なっ、何よいきなり!」
予想外の反応に桐原は一瞬目を丸くしたが、すぐに愉しげな笑みを浮かべた。
「いやぁな、今日も二人仲良く歩いてきたじゃねぇか」
「ちょっと! 人のことからかわないで!」
「別にからかってねぇだろ、なぁ壬生」
紗耶香も面白いものを見つけたとばかりに、エリカを弄りに掛かった。
「もしかしてエリちゃんって、からかわれるの弱い人?」
「違うから!」
「ふふ。でもエリちゃん、顔赤くなってるわよ」
「なってない!」
なんと攻守が完全に逆転してしまった。いつも人をからかっているエリカだったが、自分がからかわれるのは弱いらしい。新米カップルからいじられるエリカを、達也は微笑ましげに見つめていたのだった。