九校戦二日目。この日はロアー・アンド・ガンナーソロと、アイス・ピラーズ・ブレイクソロの予選が行われる。
「競技時間が重なっていたら、五十里先輩にご迷惑を掛けるところでしたが」
「どうやらその心配は要らなくなったみたいだね」
朝一番の一高テントで大会本部の選手団向け情報ページにアクセスして、達也が安堵したように呟き、それに五十里が笑顔で答えた。
彼らが見ているのは本日の試合スケジュールだ。
「五十里先輩には朝早くに来ていただいたのにすみません」
「気にしないで」
達也はピラーズ・ブレイクで深雪を担当し、男子ロアガンでも担当選手がいる。
五十里は本日担当選手はいないのだが、彼はピラーズ・ブレイクで深雪の練習も間近で見ていたため、深雪のサブエンジニアにもなっていた。そのためロアガンのレースと深雪の試合が重なった場合に備えて、朝早くから会場入りしていたのだ。
実際の試合スケジュールは、男子ロアガンが午後の最終九番目の走者、深雪が第一試合と第五試合。試合の時間が重なることは無い。
達也は再度五十里に朝早く会場入りさせた事を詫びて、ピラーズ・ブレイクの試合会場へ向かった。
第一試合の開始まで、まだ三十分以上ある。達也は十分に余裕を持って会場入りした、
「おはようございます、達也さん」
……はずだったのだが、それよりも早く深雪は会場入りしていた。
「おはよう。悪い、待たせてしまったか」
「いえ、私が早すぎたんです」
達也の謝罪に深雪は笑顔で首を振る。
達也は手に提げて来たケースからCADを取り出して深雪に手渡す。深雪が普段使っているものと同じ端末型だ。
深雪はCADに
「どうだ?」
「大丈夫です。いつも通り、完璧です」
言葉を区切りながら答えた深雪に、達也は不安を覚えた。気合が入り過ぎている。
他の選手ならそこまで問題にはならないが、深雪にとっては大問題だった。干渉力が強すぎる深雪は、あまり気合を入れ過ぎると無意識に魔法を発動してしまうのだ。
フライングは即座に敗退となる重大なルール違反。まさか深雪がそんなミスをするとは思えないが、万が一というものがある。
「念のため注意しておくが、フライングには気をつけてくれよ」
達也の注意を受けた深雪は、きょとんとしたのち、可笑しそうに笑った。
「深雪?」
「すみません、兄さんが水波ちゃんと同じ事を言うものですから」
「水波が」
今朝から気合の入っていた深雪は、同室の水波にフライングだけはしないよう言われていた。新旧ガーディアンから同じ忠告をされた深雪は、改めて心を落ち着かせる。
そして、先ほど達也を兄と呼んでしまったことに気付き、遮音障壁を張った。
「兄さん、叔母様から仕事の話は聞いていますか?」
「ああ、黒羽が追っている案件か。もし取り逃がした場合、俺たちに依頼すると」
「ええ。叔母様は兄妹での仲直り記念と仰っていましたが、私にとって仲直り記念は九校戦。このアイス・ピラーズ・ブレイクです」
去年の九校戦では、深雪は達也の調整を受けなかった。その結果、ミラージ・バットではほのかに負けて準優勝だったが、ピラーズ・ブレイクでは雫に勝って優勝してしまった。
「私がもっと早くに向き合っていれば、去年兄さんは無敗だったはずです。三年間の不敗神話を作り上げることだって、きっと可能でした」
「俺だけの実力じゃないけどな」
達也は去年の成績を、自分だけの功績と誤解していなかった。達也の技術が高校生離れしているのは事実だが、去年の担当選手は摩利、服部、桐原、水波、雫、ほのか、幹比古。達也が手を貸さなくても優勝できた選手は多い。
「それでもです。兄さんが打ち立てるはずだった偉業を、私の無知が終わらせた。この競技はその償いです」
「何をするつもりだ?」
「何も。ただ私のすべき事をして優勝します。去年よりも、圧倒的に」
達也自身は不敗記録などに興味はないが、妹の決意には嬉しさを感じた。それを隠すことなく、むしろ前面に出して激励の言葉を送った。
「そうか。期待している」
「はい」
深雪は静かに、しかし闘志を漲らせた表情で頷いた。
◆
エリカ、美月、レオ、幹比古、ほのか、雫の六人は、朝早くから女子アイス・ピラーズ・ブレイクの会場に来ていた。
「すごい人ねぇ……」
「男子の方は結構余裕があるみたいなんだけどね」
周囲を見渡して呟いたエリカに幹比古が反応した。朝一番、第一試合が始まっていないにも拘わらず、会場は超満員だった。
「仕方ないですよ、達也さんのCADを深雪さんが使うんですから」
美月の言う通り、第一試合に出場するのは去年の新人戦優勝者の深雪であり、そのエンジニアが達也なのだ。
去年の九校戦でほぼ無敗を誇ったスーパーエンジニアと、そんな彼にただ一人黒星をつけた圧倒的魔法力を持つ少女。その二人が今年は手を組んでいる。モニター越しの映像ではなく、直接目にしたいと思うのも道理だった。
「雫は深雪と練習することもあったのよね、この試合どうなると思う?」
「深雪の圧勝。相手選手の心が折れないか心配になるくらいの瞬殺だと思う」
ほのかの質問に対して、雫は僅かな躊躇いもなく断言した。それに、試合前から相手選手のトラウマの心配をするなど普通じゃない。
雫にここまで言わせる深雪に畏怖と羨望を感じつつ、それ以上に何が起こるのかとワクワクするエリカたちだった。
試合開始直前、深雪がステージに上がると、あれだけ騒がしかった観客席が静まり返った。誰もが深雪の姿に目を奪われていた。
深雪が選択した衣装はセーラー服。
紺を基調としたそれは長袖かつ膝丈スカートで、両手の袖口とスカートの裾にのみ白いラインが入っている。胸元の赤いリボンは映えるものの、他の選手の服装に比べると地味であった。
とはいえ、それを着ているのが深雪である。余計な色彩や装飾が無い分、その暴力的なまでの美貌が際立っている。
大和撫子を体現した姿に、観客は釘付けだった。
なおこれは深雪の中学時代の制服である。過去の清算をするために、深雪はこの衣装を選択していた。
フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が灯った。深雪が薄く閉ざしていた目を開いて、その瞳を真っ直ぐ敵陣へ向けた。
ライトの色が黄色に変わり、更に青へと変わった瞬間、強烈なサイオンの輝きが自陣・敵陣関係なくフィールドを覆った。そしてフィールドは、二つの季節に分かたれる。
極寒の冷気に覆われた深雪の陣地。熱波に陽炎が揺らぐ敵の陣地。
敵陣の氷柱はその全てが融け始めている。相手選手は必死の面持ちで冷却の魔法を編み上げているが、まるで効果がない。
味方の陣は厳冬を超えて凍原の地獄となり、敵の陣地は酷暑を越えて焦熱の地獄となっていた。だがそれすらも、過程。
ほどなくして、自陣は氷の霧に覆われ、敵陣は昇華の蒸気に覆われ始めた。
「あの魔法って……」
「『
幹比古の呻き声に雫が答えた。初めて聞く魔法名に、美月が「インフェルノ……」と繰り返した。
中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄』。
対象とするエリアを二分し、一方の空間内にある全ての物質の振動エネルギー、運動エネルギーを減速、その余剰エネルギーをもう一方のエリアへ逃がし加熱することでエネルギー収支の辻褄を合わせる、熱エントロピーの逆転魔法。
既に敵陣の気温は摂氏二百度を超えていた。急冷凍で作った氷柱は、内部に多くの気泡を含む粗悪な氷だ。その気泡が膨張して、熱で弛んだ氷柱にひび割れを起こしている。
不意に、気温の上昇が止まった。次の瞬間、敵陣の中央から衝撃波が広がった。深雪が魔法を切り替えたのだ。
空気の圧縮と解放。脆弱化していた敵陣の氷柱は、その全てがひとたまりもなく崩れ落ちた。
試合終了のブザーが鳴る。試合時間は一分にも満たない。
深雪は宣言通り、圧倒的な勝利を収めたのだった。
◇◇◇
達也はいつもの六人組と合流し、お昼を食べていた。
「すごかったわねぇ、深雪のアレ。『インフェルノ』って言うんでしょ?」
話題はやはり今日の競技、とりわけ圧倒的な勝利を収めた深雪についてだ。なお、当の深雪は午後一番の試合に備えて一高本部で弁当を食べており、水波もそちらにいる。
「あれってA級魔法師でも中々成功しない魔法じゃなかったっけ?」
「時々ライセンス試験に出題されて不合格者を続出させる高難易度魔法だよ」
「雫の言う通りだが、冷却系が得意な深雪にとっては十八番だな」
幹比古の疑問には雫が答え、それに達也が補足する。
「あんなすごい魔法滅多にお目にかかれないし、午後の試合も観たいんだけど、もう一回あそこに行くのもねぇ」
「それに今からだと席は埋まっちゃってるよね」
エリカや美月が悩ましげに言う。女子アイス・ピラーズ・ブレイクの会場では、昼休憩中にも拘わらず、深雪を観るために席取りが発生していた。今から向かっても立ち見は必至だろう。
「なら大会参加者用の観覧席に行けばいいんじゃねえか? 俺と美月は選手じゃねえからロアガンの方行くけどよ」
「それがいいですね。選手用の観覧席なら混雑することもないですし」
レオの提案に遠慮を浮かべたエリカたちだったが、美月も勧めてきたことで観覧席で観戦することに決めた。
しかし、それに不満を覚えた者が一人。
「なら僕もロアガンの方を観に行こうかな。昨日の七高もすごい練度だったし、『カーディナル・ジョージ』のレースも観ておきたい」
尤もらしい理由を述べる幹比古だが、その真意は明らかだった。レオと美月と二人きりにしたくなかったのだ。
レオと美月は選手ではないため、九校戦の会場に来るまでも二人きりだった。それに関しては仕方ないと自分を納得させられたがこれは違う、防げるものは防ぎたかった。
達也たちは生温かい視線を送っており、幹比古は羞恥に顔を逸らした。天然な美月とドが付くほど鈍いレオが気付いていないのは、幹比古にとって幸いだった。
◆
各校が本部に使っている天幕には、進行中の全競技を映し出すことが出来る大画面の多段階分割モニターが設置されている。
そのモニターをほぼ一杯に使って、あずさや五十里、服部や花音ら幹部は男子ロアー・アンド・ガンナーの試合を観ていた。
「七高が暫定一位、カーディナル・ジョージが暫定二位か」
服部が苦々しげに呟く。
現在全九選手のうち八人のレースを終えて、トップツーは七高と三高。午前に行われた女子ソロでも七高三高のワンツーフィニッシュ、一高は四位で得点ゼロだった。
この競技の性質上、水上・海上で実用性の高い魔法を通常のカリキュラムとは別に教えている七高や、尚武の校風を掲げ戦闘手段としての魔法を重視している三高が有利だ。国際評価基準に沿った教育を行っている一高と二高は、この二校と比べると見劣りしてしまう。
「最終走者はうちだけど、司波くんの調整でどこまで戦えるか」
「正直、いくら司波でも厳しい戦いになると思うが」
五十里も服部も、セリフが違うだけで考えている事は同じだ。
実を言うと、選手選考の段階でロアガンソロは厳しいとされていた。しかし総合優勝のためには男女共に得点ゼロで終わるわけにはいかない。
そのため、深雪のアイス・ピラーズ・ブレイクの試合と重なってしまう可能性を承知で、達也はロアガンの担当エンジニアに選ばれたのだ。
「大丈夫です」
天幕内の暗い空気とは正反対の自信に満ちた声。その声の主はあずさだった。
「司波くんの調整はこれ以上ないほど選手にマッチしています。選手の力がフルに発揮できるのなら、競技上の不利も関係ありません。一高が勝ちます」
「…そうだね」
「弱気になっていた、すまない中条」
「いえ」
あずさの意外なほど力強い宣言に、天幕内の空気が変わっていく。
「だとしたらどんな作戦で来るかだけど」
「三高のカーディナル・ジョージは驚異的な射撃精度で的中数を稼いだ。一方で七高は機械的な無差別射撃で当たれば儲けもの、その分の魔法力をボートの操作に注いでひたすらタイムを縮めてきた」
「去年のバトル・ボードを考えると七高と同じ作戦になるのかな?」
ロアー・アンド・ガンナーのルールは、最多的中チームの壊した的の数で最短走破チームのタイムを割って的中一個当たりの時間を算出し、これに的中数を掛け走破タイムから差し引いた残り時間が最も短いチームが優勝という仕組みだ。
小難しい説明を簡略化すると、タイムの差が少ないなら的中数の多いチームが有利になるし、逆に的中数に大差が無ければタイムが短いチームが有利になる。
勝負は時の運とはよく言ったもので、暫定で七高が三高に勝っているのは、無差別射撃のまぐれ当たりに恵まれたことが大きな要因だった。
去年のバトル・ボードから速度重視でくる、いや司波なら射撃精度を重視するはずだ。
達也の作戦に対して様々な予想が飛び交う中、スタートシグナルに光が入った。
三つのランプが点り、ブラックアウトした瞬間、一高のボートがスタートダッシュを切った。
「おっ? 速いね」
「一周目は練習走行で的が出てこないが、転覆してもレコードには関係ないからな。昨日のペアもどこまでスピードを出せるか、実際のコースで限界を探っていた」
「ボートの挙動は安定しているね」
「射撃の腕よりもボートの腕を優先して選手を選んだからな」
一高の操艇をモニター越しに批評している内に、試技は本番の二周目に入ろうとしていた。
「いよいよか」
一高のボートがスタートラインを通過し、時計が動き始めた。
その直後、天幕にいる一高生徒の、いや、彼らだけでなく一高のレースを観戦していた他校生徒、観客の平静が崩された。
「速い!」
「何、あの魔法!? まるで散弾じゃない!」
五十里と花音が息の合った声を上げる。彼らが驚いたのはボートのスピードではなく、乱数プログラムによって現れた的を次々と撃ち抜いていく射撃の魔法。
「やっぱりそうよ! 見て! 的の周囲にも着弾してる!」
「氷を飛ばしているようには見えないけど、空気弾かな?」
「中条、的の部分を拡大できるか?」
服部の要請にあずさは冷静にモニターを操作する。
水面を走る小型模型のボートが一高の射撃に貫かれて沈む。その瞬間の静止画像が別のモニターに表示される。
「……間違いない。水面に散弾状の弾着跡ができている」
「固体の弾丸も液体の弾丸も見当たらない。やはり空気弾か?」
「違います」
五十里と服部の推測をあずさが否定する。
「あれは『
「えっ」
「インビジブル・ブリットぉ!?」
五十里は言葉に詰まり、花音は驚きのあまり大声を上げた。服部は声こそ出していないが、大きく目を見開いていた。
一高の選手は、ほとんど取りこぼしなく的を破壊している。百パーセントとはいかないまでも、かなりのハイスコアが予想される射撃だ。
だが天幕にいる生徒たちの意識は、試合映像ではなくあずさへと集中していた。
「本当か? いや、中条が嘘を吐いていると思っているわけではないが」
「本当です。しかもあれは、オリジナルの『不可視の弾丸』じゃありません。吉祥寺選手が使用した『不可視の弾丸』はあくまで一点を狙う狙撃型、ですが司波くんが用意したのは複数のポイントに作用する散弾型。散弾型の『不可視の弾丸』をループ・キャストで繰り出すことによって、散弾のマシンガンとも言うべき弾幕を作り出しています」
「……なるほど、的を外したことに対するペナルティの無い、この競技に適応したアレンジだ」
「それに選手の魔法適性ともマッチしている。この選手は細かな制御も上手いけど、本領は魔法の高速連続発動を可能とする処理能力だ。短所を補うのではなく、長所を最大限に活かす調整……僕も見習わなきゃね」
あずさの解説を聞いて、反応を返すことができたのは服部と五十里だけだった。
幹部たちがモニターに目を戻すと、ほどなくしてレースは終了した。
一高選手は七高が出した暫定最速記録と、カーディナル・ジョージが出した暫定最多的中数の両方を上回るタイムとスコアを叩き出していた。文句無しの一位である。
「……これは吉祥寺くんが可哀想になってくるね」
「そうだな。他校とはいえ、少し同情する」
真紅郎は優勝候補筆頭とされていたにも拘わらず、七高に作戦負けをして暫定二位となった。
それだけならまだしも、最終走者の一高に、自身の代名詞であり得意魔法でもあった『不可視の弾丸』を自分以上に使いこなされ、走破タイム・的中数共に完敗した。
言い訳のしようがないほど、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。今は敵同士とはいえ、その精神面は心配になる。
こうして、達也は期待以上の成果を残したにも拘わらず、天幕に戻った際には幹部たちから「お前な……」といった視線を貰うこととなるのだった。