ガーディアン解任   作:slo-pe

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二年目九校戦編8

 

 

 九校戦三日目。アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグと、クラウド・ボールが行われるこの日は、達也の担当選手が最も多い日だ。

 

「五十里先輩、中条先輩。すみませんが、よろしくお願いします」

「うん、大丈夫だよ。司波くんのCADなら直前の微調整も要らないからね」

「私も大丈夫です。桜井さんのフォローしっかりとやり遂げてみせます」

 

 折り目正しく頭を下げる達也に、五十里とあずさは気にしないでと伝える。

 

 達也はアイス・ピラーズ・ブレイクでソロの深雪とペアの雫を担当し、クラウド・ボールでも桐原と水波を担当している。これは四名の強い要望によるものだった。

 クラウド・ボールは午前に女子、午後に男子と別れてトーナメントが行われる。優勝候補筆頭の水波と桐原はそれを勝ち進むことが予想され、最高で五試合をこなすこととなる。そうなれば当然、選手とエンジニアの拘束時間も増える。

 ピラーズ・ブレイクの決勝リーグも、午前にソロ、午後にペアが男女同じ会場で行われる。

 どうやっても、当日全員を見ることは不可能だった。

 

 そのため、午前中は女子クラウド・ボールを担当するあずさに水波を任せ、達也はピラーズ・ブレイクソロの深雪を見る。逆に午後は男子クラウド・ボールの桐原を担当し、ピラーズ・ブレイクペアで花音のエンジニアを務める五十里に雫のフォローを頼むことになっている。

 

「ありがとうございます。それでは、失礼します」

「うん、行ってらっしゃい」

「はい! 私も頑張ります!」

 

 達也とあずさはそれぞれの会場へ向かい、五十里は本部の天幕に残る。三人はそれぞれの仕事に集中するのだった。

 

 

 

 選手が被っていることで悩んでいたのは、なにもエンジニアだけではない。

 エリカに美月、ほのか、レオ、幹比古の五人も、どの競技場に行くか悩んでいた。

 

「私は深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』をもう一度見たいって思ってて」

「確かにあれはもう一度見る価値がある。でもそれだと、水波さんのクラウド・ボールは見られなくなるかな?」

「深雪はどうせ今日も瞬殺するだろうから、ギリギリ何とかなるんじゃない?」

「かもな。水波の決勝リーグまでには間に合いそうな気がするぜ」

「ならまずは棒倒しからか。午後はどうする?」

「んー……午後はー……」

「午後はどっちかしかいけなさそうだし、悩みどころだね……」

「ごめん、私午後は雫の方に行くね」

「光井はそうなるよな。俺も北山の方観にいくけど、エリカたちはどうするよ?」

「ん~、ならあたしもそっち行こうかな。美月たちは?」

「雫さんが出る競技ですし、私もそうしようかな」

「僕もそうするよ」

「よっしゃ、それじゃあいい席取るためにも移動するか!」

 

 深雪の試合は混み合うこと間違いなしである。この炎天下の中、立ち見は勘弁だとレオたちは素早く移動をするのだった。

 

 

 

 

 それは偶然でもあり、必然でもあった。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクは予選リーグは男女別の会場だが、決勝リーグは男女同じ会場で行われる。故に選手の控室は、男女で同じ建物を指定されている。

 達也と深雪の二人がピラーズ・ブレイクの控え室に赴いたところ、通路の先から歩いてくる男子生徒と目が合った。その制服の色は三高を示す赤。

 

「将輝」

「達也、それに司波さんも」

 

 達也と将輝は互いに名前を呼び合い、深雪は小さく会釈をするに留めた。

 これは深雪が将輝を蔑ろにしているのではなく、男女が違うとは言え試合前に他校の選手と関わるのを避けるためだ。

 

「達也、悪いが少し時間を貰っていいか」

 

 将輝も深雪の対応に傷付いた様子はない。三高のエースであり一条の御曹司でもある彼が、そんな事を理解していないはずがなかった。

 

「構わないぞ」

 

 だから逆に、達也は了承した。何を言い出すのか、興味に駆られて。

 

 将輝は達也と深雪、その両方を見据えて言う。

 

「ロアガンを落とした以上、今回の九校戦で俺たち三高が優勝できる可能性は低いだろう。今日のクラウドに棒倒し、新人戦明けのミラージ・バットも、戦力差を鑑みれば一高が有利だ」

 

 将輝の発言は一高の生徒である達也や深雪には答えられないものだった。将輝もそれは分かっているのか、返事を待つことなく続ける。

 

「だからこそ、俺は負けるわけにはいかない。尚武の校風を掲げる三高が優勝者ゼロなど許されない。来年への希望を持たせるためにも。三高のエースとして、俺は必ず優勝する」

 

 男子ソロの決勝リーグには一高も残っているのだが、将輝は大胆にも優勝宣言をしてみせた。

 

「司波さん、男女で戦うことはありませんが、お互い頑張りましょう」

 

 将輝は語調を緩めて深雪へ告げ、返事を待つことなく控室へ向かった。

 

「凄いな、将輝は」

「そうですね」

 

 将輝の行動は決して褒められたものではないが、達也も深雪も不快感は覚えなかった。

 

 深雪は一高の絶対的エースではあるが、上級生には服部や沢木がいるし、同級生にも水波や雫、ほのかなど実力者が多い。この九校戦でも自身の役割を果たせばいいと、エースとしての意識を持つことはなかった。

 達也も謙遜して自身の実力を過小評価することはなくなったが、そもそも裏方が多い彼はエースの自覚とは無縁だった。

 

 もし立場が逆で一高の優勝が絶望的だった場合、あそこまで泰然と振る舞えたか、二人には自信がなかった。

 同じ二年生でありながら、一条家の看板を背負い、三高の絶対的エースとして振る舞ってきた将輝には、達也と深雪が素直に称賛するだけの風格があった。

 

 

 

 その後、会場では将輝が他の選手を寄せ付けず二連続で完勝。

 それに続くように、深雪もその神秘的な美貌で客席を虜にし、神懸かりとも思える圧倒的な力で敵陣を蹂躙した。

 アイス・ピラーズ・ブレイクソロは将輝と深雪の優勝で幕を下ろした。

 

 

◇◇◇

 

 

 エリカたちは深雪の優勝を見届けてすぐに、クラウド・ボールの会場に移動していた。

 

「あっ、今から始まるみたいです!」

「ギリギリだったわね……」

「もう始まりそうだし、早く座ろうぜ」

 

 コート内に水波がいるのを遠目で見た五人は、急いで観客席真ん中辺りの空席に座る。

 

 現在行われているのは決勝リーグの二試合目。コートにいるのは水波と二高の選手。

 

 決勝リーグに残ったのは、水波、あずさが担当する一高の三年生、そして二高の選手。

 決勝リーグ一試合目には水波を除く二人が対戦して、一高の選手が勝利している。観客たちはこの試合で水波が勝つと確信しており、一高同士の決勝戦が見られると、少々気が早い話題で盛り上がっていた。

 二高の選手にもその声は届いているが、それで彼女の戦意が失われることはない。連戦で疲れた身体を鼓舞して、ネット越しに水波を見つめる。

 

 試合開始のブザーが鳴り、コートに一つ目のボールが射出された。

 

 女子の試合は二セット先取であり、一セットは三分間。

 開始から二十秒ごとに一つずつボールが追加され、最終的に九つのボールがコート内を飛び交う。

 障壁魔法を使い、相手コートからボールの侵入を防ぎ続ける水波に対して、二高の選手は一度もそれを破れていない。力でも、数でも、速さでも、戦術でも、どんな手を使ってもその全てが跳ね返される。

 

 第一セットの残り時間が二十秒になり、九個目のボールがコートへ射出された。それらのボール全ては依然として相手選手のコート側にある。このままでも水波の勝利は確実なのだが、ここで水波の動きが変わった。

 

 コート中央にネットから天井ギリギリの高さ、コートの横幅めいっぱいの、大きな障壁が張られた。

 

「……これ、なんで禁止されてないのかしら」

「さすがに個人を名指しした禁止措置は取れないでしょ」

 

 エリカのボヤきに幹比古が正論で返す。

 

 相手コートとの境目を巨大障壁魔法で完全に封鎖するのは、クラウド・ボールにおける最強技。相手からすれば反則もいいとこだ。

 しかし、これを実現するには射出された九つのボール全てが相手コート側にあり、かつ巨大障壁を作り維持するだけの余裕が必要である。

 現時点でそんな選手は水波しかおらず、さすがの大会委員会も個人を名指しするルール改正はできなかった。

 

 この魔法が完成した時点で相手選手も完全に諦めていた。ラスト二十秒はこれ以上失点しないように、ボールが地面に触れないよう魔法でふわふわと浮かせている。

 セットを落とすなら何点差でも変わらない。むしろ効率だけを求めるなら何もせず休んでいた方がいいのだが、これは二高選手の意地だった。

 

 第一セット終了を告げるブザーが鳴った。点数は六十七対〇、圧倒的な点差で水波は第一セットを奪った。

 

 その後、第二セットも水波が取り、勝利を決めた。

 

 

 

 女子クラウド・ボールの最後は一高選手同士の対決となった。決勝リーグでは既に二高の選手が二敗しているので、正真正銘の決勝戦である。

 

 第一セット、四十三対〇で水波が勝利した。

 

 第二セットも一分が過ぎ、二分が過ぎ、残り時間が三十秒を切った。観客の誰もが「ああ、決まったな」と思ったその瞬間。

 

 コート内に存在するボールが突如倍になった。

 

 水波はそれが幻影魔法であると即座に理解したが、理解したところでどれが幻影かすぐには判断できなかった。

 倍になった十六個のボールに対して、水波は十六個の障壁を張ることで対応する。実体のある八個は跳ね返り、幻影である八個はそのまま消え去った。

 安心したのも束の間、総攻撃が仕掛けられた。移動魔法、加速魔法、加重魔法、幻影魔法、多種多様な魔法を駆使して水波の鉄壁の防御を破らんとしてくる。

 

 水波の対戦相手である一高の三年生、彼女には意地があった。彼女は入学から今まで実技成績トップ10から落ちたことのない実力者である。

 一昨年まで新人戦は男女混合だった。魔法競技は非魔法スポーツ競技ほど性差の影響は大きくないとはいえ、クラウド・ボールは身体能力も勝敗に影響する競技だ。彼女はそんな中でも選手に選ばれる技量があった。

 去年の本戦にも出場し、二年生ながら入賞(六位以上の三人に贈られる)を果たしている。

 

 そして今年、あずさのCADがあるとはいえ準優勝することができた。

 優勝は端から諦めている。去年今年と、練習期間中に何度も対戦して分かった、水波は真由美と同じく自分が勝てる相手ではない。

 

 だが、しかしである。それでも一矢報いたいと、そう思うのも事実であった。

 

 ラスト二十秒を切って、コート内のボールが九つになった。水波はまだ大障壁を張っていない。そんな余裕は作らせない。

 今年の九校戦では掛け持ちが禁止されているため、彼女にとってこの試合が九校戦の終わりだった。ペース配分など考えない、これが最後だとフルスロットルで攻撃を仕掛ける。

 

 せめて一点、無得点で負けるのはプライドが許さない。

 せめて最後まで試合として成立させる、あんな大障壁は作らせない。

 彼女を支えているのは気力。『最後は気力勝負』とはアイス・ピラーズ・ブレイクの格言であるが、現在彼女は気力だけで戦っていた。

 

 そして、水波に大障壁を張らせないまま試合は進み、ラスト二秒、ついに一つのボールが水波の障壁を抜いた。

 

 やったと思った。やり遂げたと思った。

 

 しかし、そのボールが地面にバウンドする瞬間、不自然な軌道を描いてこちらのコートに返ってくる。

 

「えっ……」

 

 彼女はそれを呆然と見送る。魔法の継続処理を止めてしまったため、九個全てのボールが彼女のコートでバウンドした。次の瞬間、試合終了を告げるブザーが鳴った。

 

 五十八対〇。水波の二年連続全試合無失点優勝が決まった。

 

 彼女はしばらくバウンドしたボールを見つめていたが、少ししてふっと笑みを浮かべた。

 想子(サイオン)の枯渇でふらつきながらコート中央のネットへ向かい、ネット越しに水波と相対、握手をする。

 

「貴女が移動魔法を使うの、すっかり忘れてたわ。障壁を抜いただけで満足しちゃった」

 

 水波が桐原や一年女子の船尾と対戦した際、障壁を抜かれた際には移動魔法で返球していた。試合前には覚えていたそれも、極限状態になり頭から抜けてしまった。

 

「完敗よ、桜井さん」

「いえ、障壁を抜かれた時点で攻撃の手が緩まらなければ、連続で数点取られていました」

「それ、私以外に言わない方がいいわよ。慰めてるつもりでも煽りに聞こえちゃうから」

 

 笑いながら言う彼女に、水波も笑みを浮かべた。

 

 真由美でも達成できなかった二年連続の全試合無失点優勝を成し遂げた水波。最後の最後で水波の障壁を抜き、移動魔法という手札を切らせた女子生徒。笑顔で握手を交わす二人に、惜しみない拍手が贈られた。

 

 

 

 

 最後の九校戦を準優勝で終えた彼女は、試合終了後のメディカル・チェックのため選手控室に戻った。そこには既に、エンジニアであるあずさがいた。

 

「準優勝、おめでとうございます」

「ありがとう……中条さん、ごめんね」

「何がですか?」

「私、優勝できなかった……桜井さんから、一点も取れなかった……」

 

 謝罪する彼女の声は震えており、その顔は必死に涙を堪えていた。

 あずさは自分より頭一つ高い位置にある彼女の頭を、胸の中に抱え込んだ。彼女は抵抗しなかった、頭を預けた勢いのまま、両膝を地面につける。

 

「最初から、勝てるとは思ってなかった……」

「そうですか」

「でも、手も足も出なかった……」

「はい」

「ごめんなさい……私、一点取るって言ったのに……中条さんにもあんなに手伝ってもらったのに……最後に油断したせいで、全部台無しになっちゃった……」

「……残念でしたね」

 

 嗚咽が混じり始めた彼女の頭を、あずさはそっと撫でる。

 あずさは彼女と仲が良いわけではない。人見知りなあずさは今年の九校戦で担当エンジニアになるまで、彼女とはほとんど話したことがなかった。

 だが、今回のクラウド・ボールで水波から点を取りたいと願った彼女に、あずさは全力で応じた。競技変更で忙しいとか、他に担当選手がいて忙しいとか、同じ学校だしそこまでしなくてもとか。そういった否定をする事なくただひたすら真摯に向き合い続けた。

 友人と言うには遠くて、他人と言うには近い。強いて言うなら戦友の涙を、あずさは受け止め続けた。

 

 そのまま、いくばくかの時が過ぎる。

 

「……ありがとう。もう、大丈夫」

 

 そう言って、彼女は身体を離した。彼女の顔には涙の跡がありありと残っている。

 

「メディカル・チェックを終えたら治癒魔法を掛けますね。夕食までに一度掛け直すことになると思いますが、他の選手には気づかれないでしょう」

「うん……中条さん、ありがとね」

 

 小動物のような見た目でてきぱきと仕事をするあずさに、彼女は少し恥ずかしそうな笑顔を見せた。

 

 

◇◇◇

 

 

 午前の競技が終わり、昼食を挟んで午後の競技に移る。

 午後の女子アイス・ピラーズ・ブレイクペアに出場する雫は、早めの昼食を済ませて達也との打ち合わせをしていた。 

 とはいえ改めて何か話し合うわけではなく、達也がいないため最終確認の意味が強いものだった。

 

「ねえ達也さん、去年の『早撃ち』のこと覚えてる?」

「……雫が『雇われない?』と言ったことか?」

 

 打ち合わせが一段落したのを見計らって、雫が尋ねた。達也はどれのことか悩んだ結果、一番印象に残っていた出来事を挙げた。

 

「それじゃない。『優勝する為のお膳立ては全て達也さんが整えてくれたんだから、あとは優勝するだけだよ』って」

「それのことか」

「うん。今年も同じ。このCADは試合前の微調整が必要無いくらい、私にマッチしてる。だから達也さんがいなくても大丈夫、優勝する。安心して行ってきて」

「…分かった」

 

 力強い宣言をする雫に、達也も張り詰めていた緊張を緩める。

 元々アイス・ピラーズ・ブレイクでは試合中に技術スタッフができることはあまり無い。だからペア競技でもスタッフは一人ついていれば問題無いのだが、実際に担当する選手が目の届かない状況になると不安になるものだ。

 しかし雫の堂々とした姿に、その不安も消えた。二人は穏やかに笑い合う。

 

「……ねえ、もう終わった?」

 

 そこに割り込んだのは花音だった。雫とペアで出場する花音とそのエンジニアである五十里は、最初からこの控室にいたのだ。

 

 達也の恋人はエリカであり、雫ではない。しかし、目の前で恋人より恋人らしい振る舞いを見せた二人に、花音は甘ったるい気持ちを抑えられなかった。

 他の一高生徒からすればお前が言うな案件ではあるのだが、ここにそれを言う者はいなかった。

 

「ええ。それでは最後に二つだけ」

 

 達也は冷静な口調で花音たちへ向けた打ち合わせを再開する。

 決勝に進んだのは一高、二高そして三高ペア。この三組でリーグ戦を行う。

 

「千代田先輩は昨日までと変わりません。二高戦も三高戦も、全力で攻めに集中してください」

「任せなさい!」

「お願いします。次に雫だが、三高戦だけ作戦を少し変える。防御の対象を最後列四本から、最後列四本と中列左右の合計六本とする。その部分だけ変更したCADを用意してある。座標データは起動式に組み込んであるから、この変更について特に意識する必要は無いはずだ」

「達也さんに任せる」

 

 直前の戦術変更に、雫は全く動揺を見せなかった。自ら言明したように、彼女は達也に全幅の信頼を置いていた。

 

「それと、これを袂に隠しておいてくれ」

 

 そう言って達也が雫に渡したのは、ショートタイプの拳銃形態CAD。去年の新人戦でも使った『フォノンメーザー』の、改良型の起動式を仕込んだデバイスだった。

 

「?」

「北山さんも攻撃に参加させるの?」

 

 雫が不思議そうな表情で小首を傾げた横で、花音が棘のある声を発した。雫に『フォノンメーザー』用のCADを渡すということは、達也が花音一人では攻撃力が不足する可能性があると見ていることを意味する。花音が機嫌を傾けても当然だった。

 

「三高が小細工をしてくる可能性があります。それでも千代田先輩一人で問題無いと思いますが、攻略に時間を掛けたくありません。吉祥寺真紅郎なら、俺が思いもつかない手を用意しているかもしれませんから」

 

 そう前置きして、達也は予想される三高の「小細工」について語った。彼の話を聞き終えた花音は呆れ顔を隠そうともしなかったが、雫が『フォノンメーザー』を使うことについては了承した。

 

 

 

 午後の試合が始まり、ここまで女子の決勝リーグは二試合を消化している。

 一高の一勝、二高の二敗、三高の一勝。次の一高対三高戦でピラーズ・ブレイク女子ペアの優勝が決まる。

 

「さて、いよいよ決勝戦か」

「雫さんと千代田先輩のペアですし、優勝の可能性は高いと思いますけど」

「三高の小細工ってのが気になるわよねぇ」

 

 エリカたちのもとには、雫からメッセージが届いていた。「達也さんが三高の小細工を予想した」「もし当たったら面白いと思う」「楽しみにしてて」というシンプルなものだが、エリカたちの好奇心を煽るのには十分だった。

 

「達也さんも吉祥寺選手も、今日はどんな工夫を見せてくれるのかな」

「そうだよな。今度は何が飛び出してくるのか、予想がつかないぜ」

 

 高校生にして既に学会で認められた頭脳を持つ真紅郎と、今まで無名でありながら高校生離れした技術と頭脳を持つ達也。この二人の、特に達也の工夫は他とは一線を画していた。

 

「三高か……カーディナル・ジョージはロアガンの直接対決で負けているし、ここでも作戦負けしたら随分引きずりそうだね」

「なにミキ、三高に勝ってほしいの?」

「そうじゃないよ。そうじゃないけど、もし達也が敵だったとして、読み合いで勝てる気がしないなって」

「読み合いじゃなくて正面戦闘でも勝てないわよ」

 

 そこで正面戦闘が出てくるところがエリカらしい。幹比古は失笑を漏らした。

 

 

 

 選手たちがステージに上がり、それぞれ(やぐら)の上で向かい合う。

 花音と雫は人気急上昇中の浴衣姿。一方の三高ペアはミリタリー調の詰め襟に鉢巻きという、気合いがオーバーフローを起こしそうなコスチュームだった。

 

 試合開始のランプが点灯する。赤から黄色へ。黄色から青へ。その瞬間、いつもの轟音がスタンドを震わせた。

 次々と倒されていく両チームの氷柱。一高にとっては想定どおりの展開。三高にとっては、意外な展開。

 

「中列の氷柱が何故倒れないんだ!」

「防御用魔法の構成を変えてきたのか! 小細工を!」

 

 三高の天幕では、中列左右の氷柱が防御されていることに驚きの声が上がる。

 今までの試合では、花音の『地雷原』との干渉を避けるため雫は前列中列八本の氷柱を捨て、後列四本の防御のみに専念していた。それがこの試合では中列左右の二本も防御対象になっている。

 

「問題ありません。この程度なら予想の範囲内です」

 

 動揺する上級生を、真紅郎が落ち着いた声でたしなめる。

 

「モニタールーム、選手に動揺は見られませんね?」

『大丈夫よ。こうなるかもって、吉祥寺君に予め聞いていたから』

 

 通信機を介した真紅郎の質問に、モニタールームの技術スタッフからしっかりした声で答えが返った。

 

「さすがはジョージだな。相手が起動式を変えてくると読んでいたのか」

「達也を相手にするならこれくらいの想定はね」

 

 将輝の問い掛けに、真紅郎が余裕のある口調で答えた。

 

「でもこの程度ではこちらの作戦に何の影響も無い。一本ずつ壊していくだけさ」

 

 

 

「雫の情報強化を抜いた……やっぱり三高は強い」

 

 雫の氷柱の七本目が砕かれた瞬間、ほのかが独り言のように呟いた。

 

「敵の魔法は振動系『無炎加熱』、発散系『融解』、加重系『破城槌』。自分より干渉力に勝る魔法師の情報強化に対しては系統の異なる魔法を細かく切り替えることで揺さぶりを掛けるのが定石、基本に忠実な戦法だよ」

「それに選手の練度も高いです。きっと一高対策で練習を重ねてきたんでしょう」

 

 幹比古とほのかがそれぞれの視点で解説を行い、エリカたちも試合からは目を逸らさず耳を傾ける。

 

 雫の八本目がへし折れる。それでも、エリカたちに慌てた様子はない。

 一高の氷柱は残り四本、防御していた氷柱で砕かれたのはたったの二本。対して三高は十本を砕かれて残り二本。客観的に見て一高の有利だった。

 

「そろそろかな?」

「多分な」

 

 幹比古の弾んだ声にレオが答える、そのレオもワクワク顔が隠せていない。二人だけではない、エリカも美月も、ほのかでさえも三高の小細工を楽しみにしていた。

 

 その直後、三高の生徒が集まった観客席で悲鳴が上がる。三高の十一本目が倒されたのだ。

 

 そして最後の氷柱が、底面の頂点の一つを除いて、宙に浮いた。まるで体操選手が片手倒立しているみたいな姿だ。

 スタンドにいたほとんどがどよめいたが、その一角では爆笑している女子生徒がいた。

 

「アハハハハハ……お、おかし~。何アレ、何アレ! アハハハハハハ!」 

 

 その発生源はエリカだった。

 

「エリカちゃん、ちょっと……」 

 

 美月が恥ずかしそうに何度もたしなめて、爆笑はようやく忍び笑いのレベルに落ち着いた。

 

「あ~、笑った笑った。達也くんの言ってた小細工ってこれのことかぁ」

「エリカちゃんの方が注目集めてたよ、今」

「ゴメンゴメン……でもさすがだね、アレ」

「さすがって、何が?」

 

 一転して真剣な表情で呟いたエリカ、周りの席から突き刺さる視線に恥ずかしそうに縮こまっていた美月が尋ねる。

 

「三高の『地雷原』対策。千代田先輩の『地雷原』は地面に凹凸を作って、歪みを生むことで物体を破壊する魔法。地面に『面』で接触してなくちゃ十分な効力が発揮できない」

「なるほど。アイス・ピラーズ・ブレイクのルールでは氷柱を完全に空中へ持ち上げるのは禁止されている。言い換えれば、一点でもフィールドに接触していれば良いわけか……確かにあれは『地雷原』対策としては満点だ」

「達也くんがそれを想定してなければ、だけどねぇ」

 

 幹比古が補足した解説に、エリカが一言添える。その声は同情を含んでいるように聞こえた。

 

 櫓の上で、雫が左手で右の袂から拳銃形態のCADを抜くのが見えた。

 格納した起動式は『フォノンメーザー』。ただしCADの先端を起点とするのではなく、任意の座標に発射ポイントを作り出す改良型だ。

 超高振動により量子化し熱線と化した音が三高陣地の中央付近、倒された氷柱が邪魔にならない地点に生じ、そこから水平に走って地面と接触した氷柱の一頂点を撃つ。

 氷柱を正面から貫通するには雫の『フォノンメーザー』でも一瞬というわけにはいかない。だが、頂点部分を融かすだけなら、瞬きするほどの時間も必要無い。三高の氷柱は地面との接点を失った。

 

 その瞬間、「地面と接触した一点で立つ」という魔法の定義が破綻する。不自然な状態で立っていた氷柱は、たちどころにバランスを失う。

 その結果はただ一つ。地響きを立てて氷柱は倒れ、試合終了のブザーが鳴った。

 

 会場内ケーブル放送を映し出したモニターは、手を取り合って喜ぶ浴衣姿の少女二人を映している。

 

 その様子は三高の天幕でも放送されており、真紅郎が信じられないという顔で硬直していた。

 

「……ジョージ、その」

 

 気まずげな声で将輝が声を掛ける、それが合図になった。

 真紅郎が立ち上がり、脇目も振らず天幕の外へ駆けていく。将輝は親友の背中に、掛ける言葉を持たなかった。

 

「えっへっへぇ、勝利!」

 

 櫓の上の花音が、スタッフ席の五十里に向けて会心の笑みとVサインを向ける。

 

「優勝」

 

 雫も自身を撮影するカメラへ向けて、微かな笑みと共にささやかなVサインを作っていた。ここにはいない達也へ、雫なりの勝利報告だった。

 

 

 





◯点数まとめ。
基本一位から三位まで得点付与。
ペア種目は60→40→20。
ソロ種目は50→30→20。
クラウド・ボールは四位から六位の選手が入賞。順位は決まらないため一律で5点付与。

◯九校戦初日
ロアー・アンド・ガンナーペア
一高:男子三位、女子一位(20+60)
三高:男子二位、女子三位(40+20)

◯九校戦二日目
ロアー・アンド・ガンナーソロ
一高:男子一位、女子四位(50+0)
三高:男子三位、女子二位(20+30)

◯九校戦三日目
アイス・ピラーズ・ブレイクソロ
一高:男子三位、女子一位(20+50)
三高:男子一位、女子二位(50+30)

アイス・ピラーズ・ブレイクペア
一高:男子一位、女子一位(60+60)
三高:男子三位、女子二位(20+40)

クラウド・ボール
一高:男子一位&入賞、女子一位&二位&入賞
(50+5+50+30+5)
三高:男子二位&入賞、女子入賞
(30+5+5)

◯暫定
一高460点、三高290点。
その他は団子状態。


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