ガーディアン解任   作:slo-pe

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二年目九校戦編10

 

 

 九校戦大会四日目。本戦は一旦休みとなり、今日から四日間一年生のみで行われる新人戦が開始する。

 今日の競技はロアー・アンド・ガンナーペアと、アイス・ピラーズ・ブレイクペアの予選。

 

 早朝、ホテルのとある一室にて。男子ロアガンに出場する二人が気合の入った顔を見交わしていた。

 

「遂に本番か」

「ああ。新人戦の初日、ここでスタートダッシュを切ることが、俺たちの役目だ」

 

 漕手(ロアー)の選手が笑顔で漏らした言葉に、射手(ガンナー)の選手も自信たっぷりな笑顔で応じる。

 彼らは、自分たちに求められる役目を十分に理解していた。

 

 女子ペアで射手を務めるのは十師族『七草』直系の香澄、さらにエンジニアは生徒会長である中条あずさ。対する男子ペアはエンジニアがあの(・・)司波達也である。

 

 ロアー・アンド・ガンナーという競技は、七高三高に有利であり一高や二高は分が悪い。これは前評判から言われていた事であり、本戦の結果からも明らかだった。

 しかし、優勝を目指すならここで差をつけられるわけにはいかない。特に新人戦は競技数が少なく、初動で流れを掴んだ方が最後までいく可能性が極めて高い。

 だからこそ、一高幹部や作戦スタッフは、香澄・あずさ・達也という三枚のエースを切った。

 

「午前の女子が優勝して、午後俺らも優勝する」

「今日の夕食の主役は俺たちだな」

 

 負けられない戦いを前に軽口を叩きながら、二人の瞳には闘志の炎が燃え盛っていた。

 

 実を言うと、二人は優秀な魔法師ではあるが、頭に『そこそこ』が付く程度の優秀さだった。

 射手の選手は期末テストの実技成績は二十位であり、漕手の彼に至っては二十九位。新人戦の選手団は男女合わせて二十名、単純計算では選手から外れてもおかしくなかった。ましてや絶対に勝たなくてはならない競技での人選ではない。

 にも拘わらず、二人がこの競技に選ばれたのは魔法適性の他に二つ理由がある。

 

 一つが、彼らが一年生であること。魔法の本格的な指導は高校から始まるため、一年生は皆才能に頼り切りな部分が多く、荒削りだ。

 達也には去年教師がいないE組において、その三割の生徒を実技成績上位百名に押し上げた実績があった。その的確な指導があれば多少の才能の差などひっくり返る。そこにCADの圧倒的性能差があれば、まず負けはしないと幹部たちは読んでいた。

 

 そしてもう一つ、こちらの方が重要な要因で、選手の性格だった。

 時として、「ヤル気」は「気負い」につながり、「気負い」は容易に「空回り」へと直結する。

 去年の新人戦男子は、他校からの集中攻撃があったとは言え、いつも通りに戦えば女子にそれほど見劣りしない成績を収められるはずのメンバーを揃えていながら、気合が空回りしてミスから敗退。ますます焦りを募らせるという完全な悪循環に陥っていた。

『達也のCADを使うということは勝利を求められる』。これを理解してなおいつも通りに戦える選手として、二人は選ばれたのだ。

 

「そう言えば、船尾が司波先輩に自分のCADを持ち込む約束したってさ。昨日自慢げに言われた」

「あいつ、ちゃっかりしてんなぁ……というか競技に差し支えるんじゃないか?」

「その辺りは先輩の方で上手くコントロールしてるみたいだな。サービスするのは試合が終わってかららしいぞ」

 

 サービスというのは、CADの調整のこと。

 達也が調整した競技用CADを使ってから、それよりハイスペックなはずの私用CADが使いづらくて仕方ない。

 同じく達也の担当選手である桐原からは「ありゃあ麻薬だからな、お前らもう抜けらんねえぞ」と言われていたが、その意味がよくわかる。一度あの快感を味わえば、もう離れることなどできない。

 

「俺たちも頼んでみるか?」

「司波先輩は明後日・明々後日オフだし……いけるか?」

「いけるいける。今日優勝したら頼んでみようぜ」

「だな。そんじゃ、そのためにもまずは腹拵えだ」

 

 程よく闘志を燃やし、程よくリラックスをする。二人は午後の競技に向けて万全のコンディションを保っていた。

 

 

 

 競技が始まり、女子ロアー・アンド・ガンナーは香澄たち一高ペアが優勝を決めた。香澄は表彰台の中央で「どんなもんだい!」という得意げな顔を見せていた。

 それを見届けた男子ペアは、一高天幕で弁当を食べ、上級生たちからの激励を浴びてから男子ロアガンの控え室に赴いた。

 

「あ、二人ともおはよう」

「「おはよう」」

 

 二人よりも先に小柄な男子生徒が来ていた。髪の色はプラチナ、瞳の色はシルバー、肌の色は白という眩しい色彩の男子生徒。日本人離れした顔立ちからも見間違えることはない。

 男子生徒の名は隅守賢人(スミスケント)

 技術者育成のため、今年は技術スタッフに一年生が男子一名・女子一名の計二名が参加している。ケントはその男子生徒の地位を勝ち取り、この九校戦では達也の助手として活動していた。

 

「早いなケント。俺たちの出番までまだ余裕があるってのに」

「司波先輩を待たせるわけにはいかないからね」

「相変わらず司波先輩好きだなぁお前」

 

 選手の二人には二科生であるケントを軽んじる様子はない。彼らが一高一年で選ばれた二十名の選手であるのと同じように、ケントも一高一年で選ばれた技術者志望のトップツー。分野は違えどお互い一高に必要なメンバーだと理解できていた。

 三人が昨日までの競技の感想を話すこと約十分、達也が控室を訪れた。

 

「三人ともすまない、待たせてしまったな」

「大丈夫です! 時間通りですから!」

 

 達也からの謝罪に対して、ケントは子犬が尻尾を振って駆け寄ってくるような笑顔で答えた。

 達也は手に提げて来たケースからCADを取り出してケントに手渡す。漕手の選手は手首に巻くタイプ、射手の選手は全長五十センチの無骨なショットガン形態・特化型CAD。

 反動を考慮しなくて良い分、実弾銃に比べ大幅に素材の軽量化が図られているため、見た目の印象よりかなり軽い。ケントもそれらを受け取ると、慣れた手付きで控室に備え付けてある調整機にセット、機材を操作する。

 

「司波先輩、CADの電圧チェック終了しました」

「次はオートデバッカーに掛けてくれ」

「はい」

 

 ケントを助手に使いながらCADの調整をする。この作業は調整というより点検の色合いが濃いもので、ケントを助手にしているのは彼に正統的なCADの調整手順を指導するという教育的意味合いが強い。だがケントは予想以上に手際が良く知識も豊富で、達也としても十分手助けになっていた。

 

「司波先輩、終わりました!」

 

 ケントが興奮した様子で達也を見上げる。その姿はまるで子犬のようで、遊んでくれる飼い主を前に興奮しているのか、もしくは芸の後のご褒美を待っているのか。どちらにせよ放置するのが躊躇われる姿だった。

 達也は一つため息をついてから、CADがセットされたままの調整機の前に座る。

 

 ケントが見守る──と言うよりワクワクと凝視している前で、達也は正統的でないやり方でCADの最終チェックを始めた。

 CAD内部のデータをモニターに表示・高速スクロールさせ、異常箇所が無いことを確認する。通常は機械によるオートデバック機能に頼るところを、目視によりマニュアルで確認するという離れ業。この『離れ業』とは、高校生離れではなく、人間離れである。

 

 画面を流れる文字列が止まり、達也は選手たちへ目を向けた。

 

「時間はまだ余裕があるし、少しでも違和感があったら可能な限り調整するから遠慮なく言ってくれ」

 

 二人は達也からCADを受け取る。漕手の選手は手首に巻いたCADに想子(サイオン)を流し、発動寸前で止める。射手の選手は一旦構えを取り、二、三回、トリガーに指を掛けては離すという仕草を繰り返してからCADを下ろした。

 

「大丈夫です。いつも通り最高です」

「むしろしっくりきすぎて怖いくらいです」

「そうか」

 

 二人の称賛にケントもうんうんと頷いている。

 

「あの、司波先輩」

「どうした」

「船尾から聞いたんですけど、試合が終わったらCADの調整をしてもらうって」

「ああ、船尾とはそんな話もしたが……二人もやるか?」

「やります!」「お願いします!」

「分かった。二人がロアガンで優勝したら、お祝いに調整するよ」

「分かりました!」「任せてください!」

 

 達也の提示したご褒美に、二人は気合満タンの表情で頷いた。

 

 

 

 達也の調整という餌に煽られた結果なのかどうか。

 一高男子ペアは七高三高を打ち破り、男子ロアー・アンド・ガンナー優勝を飾った。

 

 

 

 

 新人戦二日目はクラウド・ボールとアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグ。

 ピラーズ・ブレイクの方は男子三位、女子二位に終わったが、クラウド・ボールでは男女共に見事に優勝。

 

 女子クラウド・ボールでは、請われてコート脇で観戦していた水波へ、優勝した船尾が満面の──どことなく煩悩を臭わせる笑顔で抱きついたが、この時ばかりは水波も(立ったまま)抱き枕に甘んじていた。

 

 だが、しかし。

 

「船尾さん」

「なんでしょうか」

「長いです」

「すみません」

 

 謝罪を口にしながらも、船尾は離れようとはしない。水波の口調からまだ大丈夫だと判断しているとはいえ、上級生相手に肝が据わっている。

 

「まだやっていたのか」

 

 控室の撤収作業が終わった達也が呆れた声で言う。

 

「そろそろ撤収したいんだが」

「船尾さん」

「…はい」

 

 水波の声に咎める色が含まれたのを察知した船尾が、最後にぎゅっと抱き締めてから体を離した。

 

「それじゃあ本部の天幕に戻るぞ。勝利報告と先輩からの歓迎が待ってる」

 

 水波は達也が手にしていた荷物の片方を受け取り──達也の認識としては奪い取りの方が近い──三人で一高天幕へ戻るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 新人戦三日目はミラージ・バットとモノリス・コードが開催される。九校戦の花形競技であり、各校のエースが集うこの二種目は注目度が他とは段違いだった。

 

 ミラージ・バットは四人一組で予選六試合を行い、各試合の勝者六人で決勝戦を行う。

 九校戦で試合数が最も少ない競技だが、それは選手にとって負担が小さいということを意味しない。

 

 まず十五分一ピリオドの三ピリオドという試合時間が、九校戦中で最長だ。ピリオド間の休憩時間五分を加えた総試合時間は約一時間にも達し、時間制限の無いピラーズ・ブレイクやモノリス・コードに比べても格段に長い。

 しかも、その試合時間中、選手は絶え間なく空中に飛び上がり移動する魔法を発動し続けるのだ。選手に掛かる負担はフルマラソンに匹敵するとも言われている。

 それが一日に二試合。スタミナ面ではクラウド・ボールやモノリス・コード以上に苛酷な競技とも言われており、選手の疲労を考慮して予選と決勝のインターバルが長く取られているのもこの競技の特徴と言える。

 

 第一試合の開始時間は朝八時。二つのフィールドを使用し、正午までに予選全てが終了する。

 そして決勝の開始時間は午後七時。九校戦唯一のナイターとなる。

 

 この競技に一高からは女子エースである泉美が出場する。泉美は双子の姉である香澄に続けと、気合十分で第一試合に臨んだ。

 

 しかし。

 

「これは仕方ないな」

「やはりミラージ・バットで亜夜子ちゃんと勝負するのは厳しいですね……。私でも相手にならないでしょう」

 

 翌々日のミラージ・バット本戦に備えて、今日明日とオフの達也は、エリカ、深雪、水波の三人と共に観客席でミラージ・バットの予選を観戦していた。

 

 嵐のような暴風を巻き起こしながら、空中の光球目掛けて駆け上るのは第四高校の黒羽亜夜子。それはさながら、天地が逆転した流星の如き姿だった。

 その暴風に煽られ、泉美は空中で跳躍魔法をキャンセルせざるを得なかった。

 

「亜夜子が得意なのって『疑似瞬間移動』なんでしょ。真空チューブが無いとあんな風になるのね」

 

 エリカは達也から亜夜子が使うであろう魔法について教えられていた。

 瞬間移動は移動魔法と慣性中和魔法の速やかな同期が鍵になる魔法。エリカも自己加速術式や切り札である『山津波』といった似た系統の魔法を使うため、ステージ上の亜夜子がどれほどの技量を持っているのかよく理解できた。

 

 エリカがその技量に感心している間にも、亜夜子は着々と得点を重ねていく。

 

 今年の競技では飛行魔法をインストールしたCADがFLTから大会委員会へ提供されており、ソフトに厳重なプロテクトを掛けた上で各校三つずつ貸与されていた。

 選手たちは去年ほのかや摩利が使用したのと同等の飛行魔法を使うことができるが、体力的な問題もあり出だしから使う選手はいなかった。

 泉美は早々にそのカードを切った。泉美の魔法力でも飛行魔法を四十五分間フルに使うことはできない。しかし、ここで使わなければ勝負が決まってしまうと判断した。

 

 亜夜子が光球目掛けて跳び上がった後に、別の光球を狙って空中を舞う。

 しかし、次の瞬間突風が生み出され、目にも留まらぬ速度で亜夜子が光球を打ち消していった。

 

「うっそぉ……」

「容赦ないな、亜夜子も」

 

 思わず漏れたというエリカの呟きに達也が続いた。

 今の亜夜子は光球を打ち消した後、すぐさま着地して泉美の狙う光球へ跳び上がった。得点差を考えればそこまでする必要はなく、完全に泉美を叩くための動きだった。

 

『疑似瞬間移動』は飛行魔法に比べて移動可能距離が著しく劣る。しかしミラージ・バットでそれが問題になることは無い。この競技で亜夜子に勝つ方法があるとすれば、彼女が光のボールを見つける前にそれを消すことだけだろう。

 

 泉美は亜夜子に妨害され続け、ほとんど得点することなく一回一分の飛行制限を迎えた。足場である柱に着地して、少し呼吸を整えてから通常の跳躍魔法を使う。

 だが、飛行魔法を使っても得点できなかったのだ。ただの跳躍魔法で亜夜子を出し抜けるはずもなく、点差は開いていく一方だった。

 

 もしこれが決勝だったら、泉美は亜夜子に勝つのは諦めて、二番手になる方針へ切り替えただろう。香澄ならともかく、泉美はそういった冷静な試合運びができる選手だ。

 しかしこれは予選。一位にならなければ決勝には進めない。

 

 何をしても活路が見えない中、第一ピリオド終了のブザーが鳴る。観客席がざわつく中で、泉美は一高のブースに戻っていく。エンジニアと話し合う彼女の表情は、観客席からでも分かるほど険しいものだった。

 

「達也くんさ、こうなるのが分かってたのになんで泉美をミラージ・バットに出したの?」

 

 女子の花形競技であるミラージ・バットには、各校のエースが集う。一高からは香澄か泉美のどちらかを出場させようという意見が多く、達也も反対しなかった。

 その後の会議により、香澄はロアー・アンド・ガンナー、泉美はミラージ・バット出場に落ち着いた。

 

「俺が決めたわけじゃないが……先輩たちの案に反対しなかったのは、今年の自治会が新入生の育成に力を入れていたからだな」

「……あー、そゆことね」

 

 詳細な理由を説明する前にエリカは納得顔を見せた。

 

 今年の自治会は、去年の真由美・克人・摩利のような圧倒的カリスマを持つ人材がいなかった。その一方で、組織運営者としては生徒会も部活連も前任者を上回る力量を示していた。なお風紀委員も前年より遥かに円滑に運営されているが、これは幹比古の功績と負担があまりに大きいため、組織運営としては落第だろう。

 そんな経緯もあり、現在の自治会は新入生の育成に力を入れている。服部が琢磨を部活連の幹部候補として育てていたり、九校戦エンジニアの枠を一年生の育成に充てているのもその一環だ。

 

 目の前の試合に話を戻すと、泉美と亜夜子は同学年であり、来年からも九校戦で戦うことになる。今年の対戦を回避して得点を稼いだとしても、来年・再来年惨敗しましたでは話にならない。

 今年完膚なきまでに叩きのめされて、来年は対策を練ってから再戦するのか、それとも諦めて対戦自体を回避するのか。泉美がどうするのかは分からないが、それを考えることができる選手だと達也は認識していた。香澄ではなく泉美をミラージ・バットに出場させた理由はここにもあった。

 

「始まります」

 

 水波の声にエリカたちの意識がフィールドに引き寄せられる。第二ピリオド開始のブザーが鳴った。

 試合展開は第一ピリオドと同様、亜夜子が一人で得点を重ねる展開になっている。

 

「とはいえ、予選で亜夜子と当たったのは運が無かったとしか言いようがない」

「六分の一を引き当ててしまったわけですから、泉美ちゃんには不運でした」

 

 意識は試合に集中させながら、達也と深雪は同情混じりに呟く。

 泉美も善戦している。亜夜子の妨害を一身に受けながらも僅かずつ得点を重ねており、このままいけば最下位は免れるかもしれない。だがそこまでだ。一位の亜夜子との点差は絶望的なまでに開いているのだから。

 

 試合終了を告げるチャイムが鳴った。

 新人戦ミラージ・バット予選、第一試合を勝ち抜いたのは四高の黒羽亜夜子。一高のエースである七草泉美は、四人中三位で予選敗退という結果に終わった。

 

 

◇◇◇

 

 

 亜夜子に大敗した泉美は、試合後のメディカルチェックすら受けずに会場から逃げ出した。ホテルの自室に戻り、ベッドと壁の狭い隙間に体を収め、抱えた両膝に顔を埋める。

 

 少ししてから部屋のドアの電子錠が解錠される音がした。

 

「泉美……」

 

 入ってきたのは同室である香澄。泉美は立ち上がり迎えるどころか、顔を上げすらしなかった。

 

「あの、さ……先輩たち心配してたよ。あれだけ飛行魔法を連続で使って、身体は大丈夫かって」

 

 香澄の言葉に泉美は応えない。微動だにせず、ただ蹲っているだけだ。

 

「……あっ、怒ったりはしてなかったよ?」

「…………」 

 

 なおもじっと動かない泉美に、香澄は悩んだ末にこう切り出した。

 

「彼女……黒羽亜夜子さん、強かったね」

「…………」

「ボクが出ていても手も足も出なかっただろうし、多分最下位になってたと思う」

「……て」

 

 視線は相変わらず下へ向けられたままだが、それまで僅かな反応すらしなかった泉美の口から音が漏れた。

 

「んっ、何て?」

 

 無言で落ち込んでいられるより弱音でも愚痴でもこぼしてくれた方が慰めも言い易い。ようやく得られた反応に、香澄は胸を撫で下ろして聞き返した。

 

 しかし、これは悪手だった。

 

「出ていって!」

 

 泉美が叫んだ。双子の姉である香澄ですら初めて耳にするほどの激情が込められた叫びだった。

 

「うるさいの! わかってるから! いいから出ていってよ!」

 

 叫ぶと同時に顔を上げてしまった泉美は、ショックを受けた姉の表情にハッと我に返る。

 

「……ごめんなさい香澄ちゃん、でも今は出ていって……ひとりにして」

「うん……泉美、ごめんね」

 

 香澄は言葉少なく謝罪すると、部屋をあとにした。

 

 再び一人となった部屋で、泉美は泣き出した。一度爆発したことで、堪えていた感情の堤防が決壊した。

 

 完敗だった。何もさせてもらえなかった。

 

 泉美は元々、世俗的な地位や名誉に関心が無い質だ。褒められるのは好きで侮られるのは大嫌いだが、それだけである。一高一年のエースという肩書も、彼女が欲したわけではない。

 しかし、自身が才能に恵まれたという自覚はあった。他人より優れた魔法力の持ち主だという自負があった。

 それが根底から覆された。

 

 思い付く限り手を尽くした、最後まで足掻き続けた。それでも亜夜子には遠く及ばなかった。

 

 人生で初めての圧倒的敗北。

 悔しさと無力さと悲しみと怒りと不甲斐なさと絶望感と自己否定と……

 次々に襲ってくる負の感情を処理する術を、泉美は知らない。

 

 誰もいない部屋で泉美は泣き続けた。唯一この部屋に入ることができた香澄は、泉美が追い出した。

 泉美は誰からも慰められることなく、涙が枯れるまで泣き続けた。

 

 

 

 涙が止まってからも、泉美は何をするでもなくただ蹲っていた。

 生徒会としての仕事も、上級生への謝罪も、同級生への弁解も、出場する選手の応援も、全てやる気が起きない。何もかもがどうでもよかった。

 

 部屋のドアの電子錠が解錠される音がした。香澄が戻ってきたのだと思った。

 こんな姿を見られたくないと思う一方で、ここから自分を引っ張り出してくれるかもという期待が湧いた。

 

 しかし、鍵が開いたはずのドアは少し開いただけで香澄が入ってくる気配はない。何事かと訝しんだその時。

 

「泉美ちゃん、起きているかしら?」

「……深雪先輩?」

 

 深雪を崇拝する泉美が、その声を聞き間違えるはずがない。だがその事実を受け入れられずにいると、「……入るわね」と一言断ってから深雪が部屋に入ってきた。

 

「やっぱり起きていたのね。返事くらいしてちょうだい」

「申し訳ありませんっ」

 

 深雪の声色に叱責が含まれているのを感じ取り、泉美は慌てて謝罪した。立ち上がり深雪ももとへ一歩踏み出した瞬間、くらっと視界が揺れた。

 フルマラソンに匹敵するとされる試合を終えてから、その後に長時間座りっぱなしだったのだ。立ち眩みが起きてもおかしくない。

 だが、泉美が床と衝突することはなかった。その前に深雪が受け止めたからだ。

 

「いきなり立ったら駄目よ、危ないでしょう」

 

 泉美の視界いっぱいに、呆れを浮かべた深雪の顔が映る。

 

(きれい……) 

 

 そんな表情でも、深雪はこの世のものとも思われぬ程に美しい。泉美の意識がそんな場違いな思念に満たされる。

 深雪に目と意識を奪われボウッとしていた泉美は、促されるまま深雪と隣り合うようベッドの縁に腰掛ける。

 

「体調は平気?」

「はい、今立ち眩みが起きた程度で、それ以外は問題ありません」

「そう、よかった」

 

 深雪の顔に安堵が浮かぶ。だが、次の瞬間には、それは跡形もなく消え去っていた。

 

「泉美ちゃん。心身共に疲れている貴女には酷かもしれないけれど、敢えて厳しい事を言うわね」

「……承ります」

 

 部屋に入ってきた時よりも濃い叱責を備えた言葉に、トリップしていた泉美の意識も現実に引き戻される。

 

「今回の泉美ちゃんの行動は褒められたものではないわ。貴女は中条会長や私の後を継いで一高の生徒会長になる子よ……立場には責任が伴う。たとえ試合で惨敗しても、相応の振る舞いをするべきだった」

「…はい」

 

 泉美の脳裏に去年の新人戦ミラージ・バット決勝の光景が浮かんだ。第三ピリオド、飛行魔法という切り札を出してきたほのか、他の選手はただ呆然と眺めていたのに対して、深雪は最後まで跳躍を止めなかった。

 それに比べて自分はと、再度自己否定が泉美を襲う。

 

「不幸に打ち勝つことは難しい」

「え……?」

 

 深雪の声から叱責が消え去り、さらに話題が急転したことで泉美は戸惑う。そんな泉美へ、深雪はことさらゆっくりと語る。

 

「私の…姉のような人の言葉でね、『不幸は突然やってくるから、それに打ち勝つのは難しい』『でも日常の訓練次第で、絶望は回避できる』って」

 

 これは穂波からの言葉だった。

 深雪はその魔法特性から四葉の仕事を任される事は少なかったが、それでも次期当主(候補)として経験を積むという意味で仕事を振られることはあった。

 そこで深雪は二度、ミスをしている。一度目は人間を「止めて」しまったことへの罪悪感から、二度目は油断と慢心から。穂波の魔法障壁が無ければ死んでいたかもしれない、文字通り致命的なミスだった。

 

 突然の、予想できないはずのミスをカバーした穂波へ、深雪は尋ねた。

 そうして得られた言葉を、今度は深雪から泉美へ伝えていく。

 

「備えておくの。想定外のナニカが起きて、理想通りにいかなくても、『最悪』だけは回避できるように。心と身体の準備をする」

「備える……」

「そう、備える。私もそうだったのだけれど……他人(ひと)よりも魔法力に恵まれたが故に、挫折を経験せず、備えるという思考が生まれない。自分の想像を超えるナニカに対しては、驚くほど脆い」

「……私は」

 

 泉美は思わず漏れたという様子で呟き、一度言葉を切った。深雪は急かすことなく続きを待った。

 

「今日の試合で、黒羽さんに完璧に負けました……傲慢かもしれませんが、七草である私が負けるはずないと……お姉様や香澄ちゃんのように優勝できると、そう思っていました……ですが、完膚なきまでに叩きのめされて……負けるなんて考えていなかった分、心が耐えられなかったのだと思います」

「そうね」

 

 感情を整理して、言葉を選びながら、独り言のように語る泉美は、普段の彼女からは考えられないほど弱々しい。

 しかし傷付いた彼女が立ち上がるためには必要な過程だった。少なくとも過去の深雪はこうして立ち上がってきた。

 

「負けることは、仕方なかったと思います……もう一度戦ったとしても、私は彼女に勝てない……直すべきは、その後の振る舞い……第一高校一年生の女子エースとして、生徒会役員として、相応の」

 

 言い終えた泉美は一度目を閉じる、少ししてから開いたその瞳には強い意志が宿っていた。

 泉美は座ったままではあるものの、深雪の方へ目一杯身体を向け、そして深く腰を折った。

 

「深雪先輩、この度はご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません。以後このような事がないよう、精進します」

「ええ、お願いね」

 

 その様子に深雪も満足げに頷く。そして、顔を上げようとした泉美を、そっと抱き寄せた。

 

「でも、誰も見ていない所では、こうして休まないとね。疲れちゃうもの」

「?」

 

 突如訪れた温かく柔らかな感触。何が起こっているのか理解できず、泉美の思考が真っ白になった。

 想像を超えるナニカに対しては驚くほど脆い。その通りであった。

 

「はい、おしまい」

「え……」

 

 深雪が体を離した。

 

「泉美ちゃん、船尾ちゃんが水波ちゃんに抱き着いていたのを羨ましがっていたでしょう? 優勝したわけじゃないから少しだけ、立ち直ったことへのお祝いと、頑張った泉美ちゃんへのご褒美」

 

 未だに理解が追いつかない泉美をよそに、深雪は立ち上がる。

 

「それじゃあ私は本部に戻るわね。エンジニアの先輩や香澄ちゃんにはきちんと謝るのよ」

 

 それだけ言うと、深雪は部屋を出ていった。

 

「……」

 

 泉美はそれを呆然と見送り。

 

「…………あ」

 

 ようやく何が起きていたのかを把握して。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 とても淑女とは思えない、この世の終わりのような叫び声を上げた。

 

 

 





◯点数まとめ。
基本一位から三位まで得点付与。
ペア種目は60→40→20。
ソロ種目は50→30→20。
クラウド・ボールは四位から六位の選手が入賞。順位は決まらないため一律で5点付与。
ミラージ・バットのみ四位の選手に10点付与。
モノリス・コードは100→60→40。

◯新人戦初日
ロアー・アンド・ガンナーペア
一高:男子一位、女子一位(60+60)
三高:男子二位、女子三位(40+20)

◯新人戦二日目
アイス・ピラーズ・ブレイクペア
一高:男子三位、女子二位(20+40)
三高:男子一位、女子一位(60+60)

クラウド・ボール
一高:男子一位、女子一位&入賞
(50+50+5)
三高:男子二位&入賞、女子三位&入賞
(30+5+20+5)

◯新人戦三日目
ミラージ・バット
一高:二位(30)
三高:三位(20)

◯新人戦四日目
モノリス・コード
一高:二位(60)
三高:三位(40)

◯結果
新人戦
一高375点、三高300点。
一高の優勝。

本戦へ半分加算
一高:460+187=647点、
三高:290点+150=440点。

残り本戦ミラージ・バット、モノリス・コードで得られる最高得点が
50+30+20+100=200点
なため、一高の総合優勝は確定している。


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