ガーディアン解任   作:slo-pe

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二年目九校戦編11

 

 

 西暦二〇九六年六月。国際実業界に一つの訃報が流れた。

 市場規模は小さいものの、軍事上の重要性からどの国家も無視できない魔法工学製品。そのトップメーカーであるドイツのローゼン・マギクラフト社の前社長、バスティアン=ローゼンが息を引き取った。

 享年九十六歳、老衰だった。

 

 

 

 

 時は遡り、九校戦開始から一か月ほど前。

 

 魔法工学製品において世界トップクラスの売上を誇るドイツの魔法機器メーカー「ローゼン・マギクラフト社」。

 その日本支社長、エルンスト=ローゼンは自分のオフィスで書類、ではなく録画映像を見ていた。

 記録されているのは去年、西暦二〇九五年夏の九校戦モノリス・コードの試合模様。本戦ではなく新人戦だ。

 

 モノリス・コードは本来男子のみの競技だが、ディスプレイの中ではヘルメットを被った赤毛の少女が、刀のような物を手に、目にも留まらぬ速さで草原を駆けている。

 ような、というのはその刀身は鋭利さを備えておらず、しかも打撃の瞬間に刀身部が空中に浮くという通常の刀ではあり得ない特徴を備えていたからだ。

 物理攻撃を禁止するという、九校戦モノリス・コードのルールに沿った武器を用意したのだろう。エルンストにとっては少し物珍しいだけで大して価値のある物ではない。彼が注目しているのは、武器ではなくそれを振るう少女、エリカの方だ。

 

 アンナ=ローゼン=鹿取。それはエルンスト=ローゼンの従姉の名であり、千葉エリカの母の名でもある。ローゼンの現当主はエルンストの父親であり、その弟が本家を出奔したアンナの父、エリカの祖父だった。

 つまりエリカはローゼン家当主の姪孫(てっそん)に当たる。本来であればローゼン本家の一員に数えられるべき娘なのだ。

 

 エリカは今年の六月に亡くなったローゼン家の先代当主、バスティアン=ローゼンの曾孫。

 ローゼンの一族にとって、エリカの祖父は日本人と駆け落ちした時点で既にいないものとなっているが、それはあくまでも一族内部の認識に限った話。法的に見ればエリカは遺留分権利者、曾祖父の遺産の一部を受け継ぐ権利を有している。

 

 日本に赴任した当初、エルンストにはエリカと関わり合いになるつもりは無かった。顔も知らないエリカの母親は従姉といっても他人同然、ましてやその娘のエリカは親戚という感覚も無かった。それはおそらくエリカの方も同じだろう。

 いや、彼女はそんな消極的な気持ちではなく、もっと積極的にこちらとの接触を忌避している可能性が高い。彼女の立場なら、ローゼン家を憎悪していてもおかしくない。

 しかし、先代社長の相続という問題が発生してしまった以上、この問題を避けて通ることは許されない。相続とは詰まるところカネの問題だが、今回はローゼン本家の血筋とそれに付随する財力・権力が関わってくる。庶民の遺産とはわけが違うのだ。

 

 デリケートな扱いを要求される厄介な案件だが、カネはどこまで行ってもカネでしかない。当初の予定では、エリカとは慎重に交渉を重ねて、然るべきモノを受け取らせ、円満にローゼンとの縁を切らせるつもりだった。

 だった、という過去形なのは、今のエルンストは違う考えを持っているからだ。

 

 ディスプレイの中ではエリカが少年に飛び付く場面が映し出されている。

 少年がルール違反のオーバーアタックを受けて、エリカが居ても立ってもいられなかった。その姿は年齢相応に微笑ましく、少なくともエリカの側は少年に好意を抱いていることが伺える。

 

 少年の名は司波達也、エルンストがスカウトしたいと考えている魔法科高校生だ。

 前任の日本支社長からもその価値を耳にしていたし、エルンスト自身も去年の九校戦での実績や四月の恒星炉実験を見て、その極めて高い評価が過大ではないと確認している。

 

 彼はモニターも兼ねたデスクの天板に、司波達也と千葉エリカに関する調査資料を呼び出した。既に繰り返し見ている資料、そこには去年の十一月頃から二人が恋仲にあると記されており、年末にはあの『シルバー・リング』を贈られたとの記載もある。

 

「当初は千葉エリカの件は巡り合わせが悪かったと考えていたが……」

 

 エルンストの口から独り言が漏れた。

 

「千葉エリカを取り込むことで、司波達也を引き抜けるなら安いものだ」

 

 ローゼン一族の汚点であるルーカス=ローゼン。彼の孫であるエリカをローゼンに迎え入れ、エルンストがその後見人となる。それ自体は業腹であり、一族からの反感も買うだろう。しかし、達也の頭脳と技術には、そのデメリットを補って余りあるほどの価値がある。

 現時点で懇ろな仲である達也とエリカ。二人が結婚すれば、司波達也をローゼンの婿として迎えることができる。

 達也をスカウトする足掛かりが欲しかったエルンストにとって、エリカの存在は渡りに船だった。

 

 あと一か月もすれば、今年の九校戦が開催される。補欠学生であるエリカが今年も選手に選ばれるかどうかは微妙だったが、身上調査書に記載されたデータから見て応援には来るはずだ。

 ローゼンの日本支社長である彼の手元には早くも九校戦の招待状が届いている。そこで接触を図るのが最も自然だろう。

 

「ルーカス=ローゼンはローゼン家に害しかもたらさなかった。ならば孫に多少役に立ってもらったとしても罰は当たらないだろう」

 

 来日当日からずっと付きまとっている監視の目を鬱陶しく思いながら、エルンスト=ローゼンは招待状の返事を書かせるべく秘書を呼び、自身はエリカとの交渉の段取りを考えるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 八月四日、九校戦の前夜祭が明けたこの日は、選手たちの英気を養う休養日とされている。

 技術スタッフや作戦スタッフは最後の追い込みがあるためその限りではないが、エリカは選手であり、出場するモノリス・コードも大会八日目からの競技だ。戦いに備えるよりも団体旅行気分であり、非日常の雰囲気を楽しんでいた。

 しかし、一人の女性秘書がエリカのもとを訪れたことで、旅行気分は跡形もなく消え去った。

 

 三十代から四十代と思しきスーツ姿の女性は、エルンスト=ローゼンの使いを名乗った。

 エリカは法律上ローゼンの縁者であり、相続の件で話があるのだろうと察した。遺産も地位も興味がなく断ったエリカだったが、女性秘書は粘り強く、しつこかった。

 仕方なしに了承したエリカは、早く終わらせたいという気持ちと意趣返しが合わさり、今すぐに連れて行けと秘書に告げた。

 

「畏まりました」

 

 だが、女性秘書はなんの躊躇いも不快感も見せず了承した。その場でエルンストへ連絡を入れ、「それでは案内します」と歩き出した。これにはエリカの方が肩透かしを食らってしまった。

 秘書の後に続きながら、エリカは違和感を覚えた。ローゼンの汚点の末裔である自分がこんな待遇をされるはずがないと。

 

 そして、訪れた来賓用の部屋で二度目の、先ほどよりも強烈な違和感がエリカを襲った。

 

「去年の新人戦モノリス・コード決勝戦、ビデオで拝見しました。見事な戦い振りでした」

 

 丁寧な口調で友好的な笑みを浮かべるエルンストを、エリカは気持ち悪そうに見返した。

 

「あっそ」

「あれ程はっきりした実績を残したことで、九校戦モノリス・コードのルールが変更され、今年も選手として出場することが決まっている。実に素晴らしい」

 

 直接攻撃が禁止されたルールで剣術という可能性を示した去年の新人戦モノリス・コード。

 試合を観たというのは本当なのだろう。対八高の森林ステージ、対二高の市街地ステージ、対三高の草原ステージ、エルンストが語る活躍はエリカが実際に行ったものだ。対九高が無いのは渓谷ステージは幹比古の独壇場で、エリカは何もしていないからだろう。

 

「もういいでしょ、さっさと本題に入りなさいよ」

「そうですね。それでは今日来てもらった理由ですが」

 

 エリカがエルンストの話を遮って本題を促す。一方で、エルンストは彼女の失礼な態度を気にした様子が無かった。

 にこやかなビジネススマイルを維持したまま、こう切り出した。

 

「フロイライン、ローゼン家の養子になりませんか? 私が貴女の後見を務めましょう」

「…どういうつもり?」

「どういうつもりも何も、貴女は本来ローゼン本家の一員に数えられるべき人間です。本当はもっと早くに話をすべきだったのですが、私が日本支社に赴任した当初はどうにも時間が取れず……」

「そうじゃない。ローゼンにとって、あたしは一族の汚点の象徴。なんでわざわざそんな厄介事を引き込むのよ」

 

 エルンストはエリカの問いに一拍置いて答えた。その一拍はエルンストのためではなく、エリカを落ち着けるためのものだった。

 

「確かに貴女の祖父、ルーカス=ローゼンはローゼン家に害しかもたらさなかった。一族の汚点です……ですが貴女は違う。貴女のその天稟はローゼン一族の中でも出色のものだ、この国で埋もれさせるのはあまりに惜しい」

「おあいにく様。あたしは埋もれているつもりはないし、ローゼンの人間になるなんて真っ平御免よ」

 

 エリカはエルンストの提案を鼻であしらう。

 

「そうですか」

 

 エルンストの態度は、それ程押しの強いものではなかった。ただ粘り強く、巧みだった。

 

「失礼かと思いましたが、貴女の事を調べさせていただきました。千葉家での冷遇、第一高校では二科生として授業待遇の差もある。交友関係に恵まれているのは喜ばしいですが、貴女が正当に評価されているとは言い難い」

「ローゼンなら正当に評価してやれるって?」

「そうです」

 

 すぐに返事をしなかったエリカに対して、エルンストは笑みを深めてこう付け加えた。

 

「それに、才能を生かす環境が恵まれなかったのは貴女だけではない。貴女の恋人である司波達也くんもその一人だ」

 

(……なんだ、そういうことね)

 

 先ほどエリカの返事が遅れたのは、エルンストの言葉を魅力的に感じたからではない。

 ずっと考えていた、エルンストがエリカに対して友好的な理由。それが一瞬で確信に至った。

 

「あれだけの技術と頭脳がありながら、去年まで無名であったなど本来ならあり得ない。私たちローゼンなら、司波達也くんに見合う最高の研究環境を用意できる」

 

 熱弁を振るうエルンスト、先ほどまでエリカの活躍を語っていた時とは熱量が段違いだ。それが無意識なのか、本命がバレてもいいと思っているのか、エリカにはどちらでもよかった。

 

「貴女の天禀と彼の英知を無駄にしないためにも、ローゼンの一員となりませんか?」

 

 エリカの答えは変わらない。ローゼンの一員になるなど真っ平御免だ。

 ただ、達也を手に入れるために、一族の汚点である自分を調べ上げ、後見人になる覚悟を決め、この場でも友好的な態度を崩さなかった。その一点に限っては評価できる。

 

 エリカは元々整っていた姿勢を改めて正し、折り目正しく頭を下げた。

 

「申し訳ありません、お断りさせていただきます」

「…理由を伺っても?」

「私は今の環境に満足しています。過去の境遇に関して思うところはありますが、その過去が無ければ達也くんをはじめとした友人たちに出会えませんでした。達也くんに関しても同じだと思います」

 

 口調や態度だけでなく瞳に込められた誠実さまで変えたエリカに、エルンストの返答に僅かなタイムラグが出来てしまった。

 

「バスティアン=ローゼン様の遺産についても辞退させていただきます。正式な書類が必要なら署名致しますので、家の方へお送りください」

 

 ローゼン前社長の遺産放棄。ローゼン家との縁切りを言外に告げられ、焦ったエルンストが引き留めようとしたが。

 

「それでは失礼します」

 

 それに先んじてエリカは立ち上がり、軽快な足取りで部屋を出て行った。

 

 ホテルのロビーに下りていったエリカは、視線の先に恋人の姿を見つけた。ちょうど会いたいと思っていたところだ。今日の自分は運が良いと思ったが、面倒事を済ませたご褒美が降ってきたのだろうと考え直した。

 

「達也くん、やっほー」

「エリカ、ちょうどよかった」

「ちょうどよかった?」

「ああ、ほのかからランチを部屋でと連絡が来ているだろう。気付いてないと思って待っていた」

「え、あ、ほんとだ」

 

 エリカは端末を取り出して、誘われた時間まであと少しだったと確認した。エルンストの案件で端末にまで気を配れていなかった。

 ふと、エリカは首を傾げた。

 

「達也くん、あたしが誰と会ってたか知ってる?」

 

 達也は一瞬、本当に一瞬だけ「しまった」という表情を見せた。

 達也がそういった感情を顔に出すのは珍しい。そもそも行動を把握していたと悟らせるなんて、そんな不用意な言動をすること自体が珍しかった。

 

「もしかして達也くんって千里眼?」

「いや、遠隔視(クレアボヤンス)のスキルは無いが」

「じゃあなんで分かったの?」

「……言ってもいいが、多分引くぞ?」

 

 これは単に、エリカが好奇心に駆られてのセリフだったが、想像とは別の効果があった。珍しく、本当に珍しく、達也が躊躇いを見せている。

 

「いいわよ。引かないとは言わないけど、それで嫌ったりはしないから」

 

 だから逆に、エリカは促した。達也が何を隠しているのか、興味に駆られて。

 達也はそれでも躊躇いを見せたが、結局はそのカラクリを説明した。

 

 曰く、達也はエリカに向けられる視線を有害なものと無害なものへ選り分け、害の無いものは認識外へ押しやるという作業を特に意識することなく頭の中で自動的に行っているらしい。

 それを聞いたエリカが浮かべたのは、呆れだった。達也の行動そのものではなく、その技能の規格外さにだ。エリカは既に達也の非常識ぶりに驚くのに飽き飽きしていた。──飽きた、で済まされるのもエリカならではだろうが。

 

「ちなみにそれやってるのはあたしにだけ?」

「習慣で深雪と水波にもやっているが……深雪はともかく、水波に関してはよほど強い悪意が向けられない限り気付けないな」

「そのフィルタリングが意味分かんないのよ」

 

 エリカはこれでもかと言うほど呆れた顔をしている。覗き見に近い行為に対しての嫌悪感が見られないことに達也は安堵した。

 普通の女の子なら怒るどころか激怒するかもしれない。だがエリカは普段から合理主義の達也にもそんな心配性な部分があり、それが自分に向けられていることを嬉しく感じてしまう少女だった。

 

「それで、何か問題はあったか?」

 

 達也は相変わらずの鉄仮面だが、エリカ視点では心配そうに自身を見つめる風に変換されていた。

 

「んーん、何も。相続の件を断っただけ」

 

 達也は、というか四葉家はエリカの血筋について既に把握しているだろう。ならば変に隠す必要は無いと思った。

 

「そうか」

 

 複雑な問題のはずだが、清々しさすら感じさせるエリカに、達也は再度安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

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