ガーディアン解任   作:slo-pe

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二年目九校戦編12

 

 

 九校戦八日目。今日からは中断されていた本戦に戻る。

 既に一高の総合優勝が決定しており、完全に消化試合とはいえ、ミラージ・バットとモノリス・コードは各校のエースが集う花形競技。さらに二種目共ルール変更があったため、会場の盛り上がりも十分だった。

 

 モノリス・コードにおける一高のメンバーは、服部沢木の最上級生ツートップ、隠密性に関しては一高トップとも言われている幹比古、そして達也にして「最速の魔法師」と言わしめたエリカ。

 担当エンジニアも、服部と幹比古が達也、沢木が五十里、エリカがあずさと、こちらも一高トップスリーを揃えている。

 エースが集うという謳い文句に恥じない、一高の最高戦力だ。

 

 そんなモノリス・コードは今年から総当たりのリーグ戦になった。二日に分けて六つの会場を使い、各チーム八試合を十回戦の枠に分けて行う(つまり試合をしない時間帯が各チーム二回あるということだ)。

 

 第一試合、一高対八高は森林ステージに決定した。八高は野外実習に最も力を入れており、森林ステージはホームグラウンドと言える。

 

「出場するのは俺と吉田は確定でいいだろう。問題は沢木と千葉さんのどちらを参加させるかだが……」

「千葉さんでいいだろう」

 

 本部天幕ではメンバー選考を含めた作戦会議が行われており、迷いを見せた服部に沢木が言った。

 

「変な気を使うな、服部。俺たち三年よりも吉田くんと千葉さんの方が森林ステージに適している。それは練習期間ではっきりしている」

「…そうだな、すまん沢木」

 

 服部は沢木に一言謝罪すると、エリカに視線を向けた。

 

「千葉さん、いけるか?」

「いけます。ですが一つだけ、お願いがあります」

「なんだ」

「この試合、あたしに任せてもらえませんか?」

「…どういう事だ?」

「去年達也くんと二人でやったことを、あたし一人でやります」

 

 服部が眉を顰めた。エリカの発言を不可能と思ったからではなく、何故そんな無駄なリスクを負うのかと思ったのだ。

 

「去年のあたしは、正直達也くんやミキのオマケでした。でも今年は違う。本戦モノリスの第一試合、注目度が高いこの試合で、あたしはあたしの……千葉エリカの価値を証明します」

「…わかった。沢木も吉田も、異論はないな」

「ああ」「はい」

 

 チームメイトの了承が得られたエリカは、作戦会議に同席していた達也へ向き直る。

 

「これから試合に臨む彼女へ何か言うことは?」

「頑張れ」

「よしっ」

 

 達也の短い応援に、エリカはやる気満タンの笑顔を見せた。

 

 

 

 第一高校と第八高校の試合が開始された。開始の合図と共に、エリカが森林の中に飛び込んでいく。

 対照的に、服部と幹比古は自陣モノリスの前から動かない。それどころか幹比古が感知の陣を敷くと、二人して地面に座って談笑していた。観客の誰もが訝しんだが、そんなことに関係なく試合は進んでいく。

 

 森林ステージと言っても富士の樹海を会場に使っているわけではなく、演習場の一部に人工の丘陵地形を作りそこに樹木を移植した、あくまで訓練用のフィールドだ。

 だが、プロテクション・スーツを着け、ヘルメットを被り、CADを携えた状態で、樹々の間を縫いながら全長八百メートルの森を走破するには、最低でも五分を要する。

 まして敵に警戒しながら進むとなれば、途中戦闘がなかったとしてもその倍は掛かると見るべきだ。

 

 そのフィールドを、エリカは猛烈な速度で駆けていた。

 

 彼女の感覚は三人の気配を摑んでいる、言うまでもなく八高の選手たちだ。その想子(サイオン)光を、エリカは白く光る人影として捉えていた。

 元々エリカが叩き込まれた剣術体系には想子光を頼りに敵の位置や周囲の状況を掌握する技が含まれている。人間の知覚反応速度の限界領域で剣を振るう『山津波』を使いこなすには、視覚や聴覚だけでは不十分なのだ。

 だが、エリカは去年までこの技術をあまり熱心に修行していなかった。曖昧な「陰」を認識する感覚を磨くより、剣を操る技を磨く方が大切だと剣士として思い込んでいた。

 彼女が考えを変えたのは、達也と共闘した経験がきっかけだった。

 ブランシュのアジト襲撃、モノリス・コード、八王子特殊鑑別所における呂剛虎との遭遇。達也の気配察知が無ければあれほどスムーズに事は運ばなかった。

 

 自分には、美月のような特別な「目」は無い。

 自分には、達也のような特別な「眼」は無い。

 

 しかしそれは、言い訳にはならない。達也に頼りきりではいけない。エリカは自身をそう叱咤した。

 

 横浜事変の後、エリカは集中的に想子光を認識する技を修行した。

 エリカはこの技術でも天稟を示した。元々気配を読むことには人並み以上に長けていたのだ。その剣士としての感覚に魔法師としての感覚を融合させることで、エリカは短期間のうちに想子光で「陰」と「影」の「形」を捉える技を会得した。

 

 今のエリカは灯りの無い真夜中の森の中ですら自在に駆け抜けることができる。「視角」を絞り込めば、およそ八百メートル先まで、想子光の輪郭を識別することができるようになっていた。

 

 美月のように、霊子光を見ることはできない。

 達也のように、そこに何があるのかまで見通すことはできない。

 

 エリカが見ている「景色」は、影絵のようなものだ。だが敵を見つけ、見失わない為にはそれで十分だった。

 

(あと少し)

 

 八高のオフェンスまでの距離は三十メートルを切り、エリカは木陰に隠れた。接近してからは移動に魔法を使っていないため、相手はエリカに気付いていない。

 

(まだ……まだ……まだ…………GO!)

 

 周囲を警戒しながら進む八高オフェンス。その張り詰めた糸がほんの少し緩んだ瞬間、エリカは八高選手の前に躍り出た。

 エリカがいきなり現れたことに驚いた八高選手は、反射的に魔法を放った。いや、放とうとした。

 

 だが、既にそこはエリカの間合いだった。

 

「ガッ……!」

 

 正面から一撃、咄嗟の防御とプロテクターの所為で気絶させるまではいかずとも、痛みにより構築途中の魔法は霧散し、致命的な隙ができた。エリカはすかさず二撃目を放ち、相手選手の意識を刈り取った。

 エリカは念のため相手のヘルメットを外してから、もう一人のオフェンス目掛けて駆け出した。

 

 

 

 選手の姿はルール違反監視用のカメラが追いかけており、その映像は客席前の大型ディスプレイに映し出される。障碍物の多いステージでは、この映像が観客の頼りとなる。

 今、空中に吊るされた大型ディスプレイには、エリカが八高二人目の選手を撃破する様子が映し出されていた。

 

「エリカ先輩、凄い……」

「そうですね、相手選手が何処にいるのか分かっているようです」

 

 香澄の呟きに泉美が答えた。

 

「『分かってるよう』じゃなくて『分かってる』んだよアレは」

 

 その泉美にさらに船尾が続いた。

 

「船尾、どういうこと?」

「魔法師は五感と同じように想子光を知覚できるでしょ? 千葉先輩はその想子光の陰影を捉えることで相手選手の居場所を把握してるんだって」

「…そんな事できるの?」

「私は無理。でも千葉先輩は出来てるし、出来る人はいるみたいだね」

「へぇ……やっぱりエリカ先輩凄い」

 

 香澄はディスプレイに映るエリカへ尊敬の眼差しを送る。その一方で、泉美は船尾へ問い掛ける。

 

「船尾さんはどうしてそれを知っているのですか?」

「千葉先輩に直接聞いた。やり方というか、感覚の研ぎ澄ませ方も教えてもらえそうだったけど……多分習得にすごい時間かかるからとりあえず保留中」

「えっ、船尾ズルい!」

「ズルくないでーす」

「むぅぅぅ……」

「はいはいむくれないむくれない。そんな言うなら香澄も一緒にお願いしてみる?」

「いいの? 船尾保留にしてたんでしょ?」

「んー、まあ、労力に見合うリターンがあるか微妙だったからね。でも香澄と一緒ならやってもいいかなって」

「船尾……!」

 

 感動した香澄とじゃれ合い始めた船尾に、泉美はいつそんな時間があったんだと驚いていた。クラウド・ボールは今大会唯一ルール変更が無いため他の競技よりは時間的余裕はある。しかし、競技慣れしていない一年生で、他競技の先輩と交流できるほどの余裕を作れるものなのか。

 

「ちなみに、他の先輩方は千葉先輩のような知覚を持っているのでしょうか?」

「大抵は得意魔法に関係した要素に特化してるけど、結構いるよ。例えば光井先輩は光波ノイズに敏感で、ミラージ・バットでも光球が結像する前に跳んでるよね。五十里先輩は電荷分布に敏感で、吉田先輩も『気息(プラーナ)』っていうエネルギーの波動? を感じ取れるみたいだし。あとこれはウソがホントか分かんないけど、千代田先輩は震度1未満の地震でも気が付くらしいよ」

「へぇ、千代田先輩が」

 

 香澄は風紀委員での上司の知覚能力を今初めて知ったようで、頻りに頷いている。

 泉美は船尾の情報量、そしてそれを調べようとする貪欲さにまた驚かされる。彼女の強さの秘訣は魔法力以外の部分が大きいと改めて認識し、元々高かった友人の評価をさらに一段階上げた。

 

「あとはね! 何と言っても水波先輩!」

 

 唐突に船尾のテンションが上がった。香澄も泉美も、「ああ、また始まったよ」と少しげんなりした表情になる。

 

「水波先輩は障壁魔法が得意でしょ? だから空間の変動…特に質量の分布に特に敏感なの! クラウドでも質量分布の変動を知覚することで、ボールの移動や変化を把握してるんだって! クラウドのボールって軽いし速度も数もとんでもないのにさ、視覚と魔法感覚と質量分布の三つの判断材料を全部処理してるんだよ、ヤバくない!?」

 

 水波語りで盛り上がり始めた船尾を意識からシャットアウトして、泉美はとある思考に沈む。

 

(光波ノイズ……黒羽選手に勝つには、極端な話ですが彼女が光球を見つける前に得点すればいい……空間の変動も、空気の揺れに敏感になれば、あの暴風を事前に察知できるかもしれない……『万能』と呼ばれる私たち七草は、どの魔法への適性も一定以上ある……やってみる価値はありそうです……あとは単純に飛行魔法を使いこなすための身体能力も……)

 

 一年後のリベンジへ向けて、一昨日大敗した亜夜子対策を考える。

 

「泉美? おーい、いずみー?」

「そっとしときなよ香澄。今泉美は来年のリベンジに燃えてるんだろうから」

「…そっか」

 

 泉美をこちらに戻すのは後回しにすることにして、香澄と船尾はエリカが最後の八高選手を打ち倒す様子をディスプレイ越しに見届けた。

 

 宣言通り、エリカは八高選手全員を打ち倒し、自身でその価値を証明したのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 二試合目、九高との対戦は渓谷ステージで行われる。

 左右にそびえる崖と、細長く、大きく曲がった池が特徴のステージだ。ここではエリカがメンバーから外れる事となった。

 

「吉田くん、去年の新人戦のあれでいこうか」

 

 試合が渓谷ステージと決まってすぐ、沢木が笑顔でそう提案した。

 

 去年の新人戦モノリス・コード、渓谷ステージでの対九高戦。

 幹比古が霧の結界でステージ全域を覆い尽くすことにより、一高は一度も戦闘を交えること無く勝利した。

 

「沢木、相手はあの時と同じ九高だ。あの作戦は特に警戒しているんじゃないか?」

 

 服部が彼らしい慎重論を唱える。

 

「警戒されていたって有効な策には違いない。司波くんはどう考える?」

 

 沢木が幹比古本人ではなく、達也に話を振った。これには達也と幹比古が顔を見合わせて苦笑する。

 だが上級生のご指名だ、幹比古は達也に回答を譲った。それに幹比古も達也の考えを聞きたかった。

 

「多少アレンジを加える必要はあると思いますが、有効でしょう」

「どう変える?」

 

 服部の問い掛けに、達也は作戦を説明し始めた。

 

 

 

 試合開始直後、渓谷ステージ全体を深い霧が覆った。

 スタンド席にどよめきが走る。九校戦に直接足を運ぶ観客の多くは、去年の新人戦のことを覚えていた。

 九高はこれを予期していたのだろう。モノリスを中心にして半径十五メートルの対物障壁を張り、霧の侵入を阻止している。

 モノリスの「鍵」となる無系統魔法の射程距離は十メートル。対物障壁は魔法力を消耗しないよう出力を絞っているので一高選手の侵入を阻止することはできない。だが障壁が破れた瞬間、どちらから敵が接近しているのか分かる。九高はモノリスを選手三人で囲んで、持久戦の構えを取った。

 

 九高の考え方は決して間違っていない。普通なら、これほど広い範囲にわたる魔法を長時間維持できるものではない。現に去年の新人戦でこの作戦が使われた試合は五分ちょっとで決着が付いている。

 だが、五分が過ぎ十分が過ぎても、霧はますます濃くなる一方だった。

 九高の選手たちはSB魔法──精霊魔法の性質に詳しくなかった。独立情報体を介して事象改変を行う精霊魔法は、時間を掛ければ掛けるほど多くの独立情報体を集め術を強化できる。

 持久戦を仕掛けているのは、実は一高の方だった。

 

 九高の選手は交互に対物障壁を張っているが、十分を過ぎた頃から消耗が目立ち始めた。そして一高の選手も、幹比古だけが働いていたのではない。服部も着々と攻略の準備を進めていた。 

 幹比古の術により霧の中でも視界を確保していた服部は、九高の陣地の手前三十メートルまで接近していた。そしてドライアイスの雨を対物障壁に触れないよう、その周りにパラパラと降らせていた。地面に落ちたドライアイスはそこらに転がっている石ころや疎らに生えた草をしっとりと濡らす霧の雫に溶け込み消える。

 

 ドライアイスの粒が地面に落ちる音は、沢木が指を鳴らし、その音を九高選手へ向けて増幅することで誤魔化している。

「霧の結界」に指を鳴らした音響爆弾。去年の新人戦を想起させるパフォーマンスに観客は大喜びだ。その歓声も、九高選手の疑心暗鬼を誘う。

 そして十五分が経過した時、焦れた九高が遂に動いた。対物障壁を二重に展開し、外側の障壁を解除して本来オフェンスの役目を担っていた選手が外に出た。

 その直後、彼は地面を這う電撃の網に捕らわれる。

 

 服部の得意とするコンビネーション魔法、『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』。

 

 二酸化炭素が溶けて導電性が高まった霧の中を、電気の蛇がのたうつ。

 本来なら相手選手の服を十分に湿らせて、直接電撃を浴びせる魔法であり、完全な効果は得られていない。しかし、不十分な効率は高い威力でお釣りが出た。

 対物障壁のすぐ外側で明滅する電光に、障壁の中の九高選手は動揺した。敵がすぐ近くまで接近していたのに気づかなかったことも、彼らの平常心を奪った。

 対物障壁が揺らぐ。そこへ、石礫を巻き込んだ突風が叩きつけられた。

 

 服部の魔法『砂塵流(リニア・サンド・ストーム)』のバリエーション。

 

 リニア・ストーン・ストームとも言うべきその魔法に、九高の対物障壁が崩壊する。

 障壁を破った石礫は、二酸化炭素を溶かした霧の雫でしっとりと濡れていた。雷蛇は新たな通り道を見つけて、九高モノリスの周りを蹂躙する。一気に流れ込んだ霧も、たっぷりと二酸化炭素を取り込んでいた。

 絶縁障壁を張ってしゃがみ込んだ服部の前で、美しくも残酷な雷光のイルミネーションが九高の選手に纏わり付いた。

 

 雷光が収まり、霧が晴れた。試合状況を伝えるディスプレイには、九高の選手三人が気絶している姿が映し出された。

 

 去年とは違う形で相手を圧倒した一高へ、観客席からは歓声と拍手が送られた。

 

 

 

 

 三試合目と昼休憩を挟んでの四試合目。

 一高にとっての第三試合は草原ステージでの二高戦だ。見晴らしのいいステージでは幹比古は不利を受けるため、出場選手の選考はすぐに終わった。

 また、ここまでエリカ、幹比古、服部の活躍が目立っていたため、作戦会議では沢木が前線に出たいと主張した。反対する者はいなかったが、エリカが面白がってこんな提案をした。

 

「モノリスの守備捨てちゃいません? あたしと沢木先輩のタッグと服部先輩の援護射撃で、さっさと終わらせちゃいましょう」

 

 この提案に沢木は気合十分で賛同し、服部も形だけ慎重論を唱えたがその実ノリノリで了承した。

 

 

 

 試合開始直後、エリカと沢木が真っ先に駆け出し、服部もそれに続いた。モノリスの守備を捨てた一高にスタンド席ではどよめきが走る。

 

 その間にも、エリカ沢木タッグは二高オフェンスへ接近していた。

 

 二高選手は遠距離から魔法を放っているが、エリカたちは目にも留まらぬ速さで弾幕の中を駆け抜けている。無謀な突進に見えて、エリカたちは一発も被弾していない。

 二人とも見事な身体操作だった。魔法で加速した状態で思い通りに身体をコントロールするセンス。魔法で加速させられているのではなく、自己加速魔法を使いこなしている。

 

 だが、魔法を放っている相手選手も、二高のエース級の実力者だ。攻撃が躱され続けたのを見て、魔法を切り替えた。

 

『圧力レンズ』

身体全体を対象にしながら圧力が強くなる焦点を設定することで、局所的に強い打撃を加えるのと同じ効果を発揮する魔法。

 

 プロテクターや威力規定があるとはいえ、この魔法を受ければただでは済まない。少なくともこの試合は満足に走れない程の打ち身になる事は確実だった。

 

 しかし、相手の魔法に対して、沢木は何もしなかった。ただ相手選手との距離を詰める。

 エリカも足を止めることはなく、モノリス用に『小通連』を内蔵した武装一体型CADを二度振るった。

 

『サイオン・ブレード』

刀身に沿ってサイオンを纏わせ、魔法式を切り裂く対抗魔法。

 

 エリカと沢木の二人を対象に展開された二つの魔法式は、それぞれ真っ二つになり効力を失う。

 

「なっ!?」

 

 魔法が斬られるという初めての光景に、二高選手が硬直する。エリカと沢木を前にして、その硬直は命取りだった。二高選手の目の前に二人が迫る。

 初手、エリカの斬撃は辛うじて避けたものの、その先を沢木の拳が襲う。

 

 モノリス・コードは素手や武器での直接攻撃は禁止されているが、『小通連』のように僅かでも体から離れていれば良い。

 沢木の拳の先に、圧縮された空気塊が形成される。達也が提案し、五十里が形にした『空気弾(エア・ブリット)』のダウングレード版とも言えるシンプルな魔法だ。

 しかし、シンプルだからこそ打撃の一瞬で発動できるのであり、モノリス・コードの物理攻撃禁止ルールを掻い潜るのに最適だった。

 

 沢木の拳、正確には空気塊が二高選手を殴り飛ばす。二高選手は三メートルほど吹っ飛び、そのまま気絶した。

 

「うわぁ……」

 

 エリカはその様子に若干引いている。プロテクターがあるため打撃も落下も衝撃は軽減されているだろうが、それにしても思い切り殴ったなと。

 

「……少しやり過ぎたか?」

 

 沢木もその意識はあったらしい。第一試合から活躍の場がなかったため、無意識のうちにストレスが溜まっていたのだろう。

 

「…いきますか」

「…そうだな」

 

 幸いオーバーアタックを告げるブザーは鳴っていない。二人はプロテクターの性能を信じて先へ進むことにした。

 

 自校のオフェンスが早々に無力化されたことで、二高も作戦を変更した。二人のディフェンスをバラバラに配置するのではなく纏まる、二対二の構図に持ち込もうとしたのだ。

 しかし、これは悪手だった。

 

 服部がモノリス付近で固まった二高選手たち目掛けて魔法を放った。

 上昇気流と共に、白い霧が二高チームの頭上に生じた。霧はたちどころに濃度を増し、自らの重さに耐えかねたかの如く、地上へ向かって崩れ落ちた。ドライアイスの雹が降り注ぐ。

 

収束・発散・移動系複合魔法『ドライ・ブリザード』。

 

 真上から降り注ぐドライアイスの弾丸は、遮蔽物のない草原ステージでは隠れてやり過ごすこともできない。

 だが、指先で摘まめる程度の礫が大したことない速度で落ちてきたとて、ヘルメットを着けていれば大怪我をすることはない。何発も続けて命中すれば軽い脳震盪くらいは起こすが、本戦選手がそんなヘマをするはずもない。

 

 この魔法は布石、目的はドライアイスを含んだ霧を相手選手に浴びせること。

 渓谷ステージ、一高対九高で服部が使ったのと同じく、コンビネーション魔法『這い寄る雷蛇』に繋がる一手目の魔法だった。

 二高選手たちはそれを即座に理解し、この場に留まってはダメだと霧の範囲外へ脱出した。そこにエリカと沢木が対面し、奇しくも二高チームの目論んだ二対二の構図が実現した。

 

 さて、二高選手が服部の『ドライ・ブリザード』の効果範囲から脱出したということは、モノリスを守る選手は誰もいないということ。

 服部は気流を起こしてドライ・ブリザードの副産物である霧を吹き払い、モノリスを開く『鍵』となる魔法を撃ち込む。

 

 二高選手たちはモノリスの守りに戻ろうとするが、既に接敵しているエリカと沢木がそれを許すはずもない。

 服部は加勢するかコードを打ち込むか少しだけ悩んだ後、ウェアラブルキーボードにコードを打ち込んでいった。

 

 

 

 コードが受信され、試合終了のサイレンが鳴った。一高の校旗が掲揚されるその途中から、第一高校の応援席は大騒ぎだった。

 だが、観客席には不満を露わにする者もいた。

 

「ふーん……エリカ、あんな魔法使えたんだ」

「シュウ、それはどっちに嫉妬してるんだ?」

「どっちもだよ、摩利」

 

 第一高校の卒業生である千葉修次と渡辺摩利は、観客席にて並んで観戦していた。目立たぬ夏服姿で客席に紛れ込んでいる二人だが、未だにファンの多い摩利がいるため周囲からチラチラと視線が送られる程度には目立っていた。

 

「エリカが魔法式を斬り裂いたあの対抗魔法。達也くんの『術式解体(グラム・デモリッション)』を参考に、エリカの戦闘スタイルに合わせて改良した新魔法なんだろうね」

 

 修次は自身も認めた通り、達也とエリカの両方に嫉妬していた。

 達也に対しては、可愛い妹が兄である自分に全く相談することなく、達也と共に新たな魔法を完成させたことに。エリカに対しては、修次にとっても有益な魔法を二人きりの秘密にしていたことに。

 

「あの魔法は、魔法と言っても事象改変の為の魔法式を持たない想子(サイオン)の斬撃だ。『術式解体』以上に射程が短いけど、それ以外欠点らしい欠点が無い──実用化されているものでは最強の対抗魔法と呼ばれている『術式解体』。それを少ない想子量で剣術に応用できるとなると、その有用性は計り知れない」

「そうだな。エリカは自身のセンスに頼って発動しているが、あれを魔法式として共有し実用化に至れば、魔法犯罪に対する強い抑止力になる。千葉の門下生が多い警察は大喜びだろうな」

「……ふふっ、達也くんには九校戦が終わったら話を聞かないとね。うん、これは警察や防衛大、そして千葉家の次男としてだからね、仕方ないね」

「……ほどほどにしてやれよ」

 

 摩利は仄暗い笑みを浮かべる恋人に呆れ返っている。

 修次は達也のことをすこぶる気に入っているが、同時にとんでもない嫉妬も抱えている。

 例えば防衛大に通っている摩利が、少ない休みをやり繰りして達也に調整を依頼しており、自分より会う頻度が高いかもしれないと知った時。

 例えばエリカの左手薬指に輝く世界初の完全思考型CAD『シルバー・リング』を見つけ、それを達也が贈ったと知った時。

 修次は達也を呼び出し、竹刀を使った模擬戦で稽古という名の憂さ晴らしをしていた。その後に達也も徒手格闘のみの条件で、修次をボコボコにし返していたのでお互い様ではあるが。

 

「次のステージは岩場か市街地か。エリカの出番はあるか微妙だね」

「岩場でも市街地でもエリカの知覚は役に立つだろうし、どちらでも出るんじゃないか?」

 

 九校戦で使用されるステージは、森林、岩場、草原、渓谷、市街地の五種類。一校あたり一日四試合しかないため、ステージが被ることは考えづらかった。

 摩利はエリカを外す理由が無いと考えているが、修次は違った。

 

「エリカの欠点は手札の少なさだ。岩場ステージならともかく、市街地ステージでは不測の事態への対応が難しい。あのメンバーならエリカが外れるのが一番丸い」

「確かにそうだな……それならどうする? ホテルで観戦するか?」

「いや、ステージが決まってから決めようか。岩場なら現地で見たいし、市街地ならホテルに戻ろう」

「分かった。発表されるまで屋台でも行かないか? さっき気になるのがあってな」

「いいよ、行こうか」

 

 大学生とはいえ二人とも防衛大に所属しており、修次に至ってはそれ以外にも役割が多い。そのため休みを合わせるのも難しく、泊まり掛けのデートなど本当に稀だ。

 貴重な二人の時間を存分に楽しんでから、本日の第五試合のステージを確認する。

 

「市街地か」

 

 摩利は平静を保って呟いた、つもりだった。しかし呟いた声が僅かに上擦っているし、そわそわした雰囲気が漂っている。客観的に見て、平静を保っているとは言い難い。

 それもそのはず、今日二人が泊まるのは会場からほど近いホテル、そのダブルの部屋である。久しぶりの恋人との逢瀬、観戦よりも……と想像してしまっても不思議ではなかった。

 修次はそんな恋人を微笑ましく思いながら、からかうのは部屋に戻って、観戦が終わってからでも遅くはない、夜は長いのだから。と欲求を抑え込んだ。

 

「それじゃあ、戻ろうか」

「そうだな」

 

 修次が左手を差し出すと、摩利は一瞬周囲を気にしたが、結局は繋ぎたいという自身の心に従った。

 

 

 

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